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蒼空学園の長くて短い一日

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蒼空学園の長くて短い一日
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リアクション

「そう、そうして手はこの形のまま、投げるのではなく入れるのだと意識してみろ」
 さく。と音をさててオレンジ色のボールはゴールのネットの中に嵌まって床へ落ちた。
「凄いわルカ! ダリルの言う通りにしたらちゃんと入った!!」
 両手を重ねて居たダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)に褒めるように頭を撫でられて、頬を染めて身を捩る{SNL9998687#ジゼル・パルテノペーに}、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は目元に慈愛を滲ませて頷いている。

 ジゼルは球技大会で、全く戦力に成らなかった。
 バランス感覚は異常に良い、身体もそんなに固い訳じゃない。だがこの少女は絶望的にどんくさいのだ。
「(どうしたら海みたいに上手く出来るのかしら)」そんな風に考えながら体育館でボールを弄んでいたら、意外な顔が二人現れた。
「ルカ、ダリル!
 どうしたの? 二人とも球技大会には出てなかったよね?」
 思いがけず出逢った友人に輝く藍緑色の瞳に、ルカルカは少々むくれながら説明する。
「私? 公務の帰り。使いっぱなのよ。
 『校長と知り合いのようだし適任だろう』なんて、配達にそんなの関係無いじゃん」
「『帰還は急がなくてもいい』と言われたから、まあ『そう言う事』だ」
 ダリルの言う『そう言う事』とは、自由に羽根を伸ばしてこいと、そういう意味なのだ。ルカルカも文句は言いつつそこは分かっている。
 だからここへやってきたのだ。



 そうして三人で遊んでいるうちに、体育館に柚を連れた海がやってきた。
「お茶買ってきますね」
 誰に言われずともこれから何か練習試合めいたものが行われるのだろうと察した柚が居なくなってから、四人はベンチに座って彼女を待つ事にする。
「それ――」
 海は人差し指で自分の制服の襟を指差し、ルカルカを見た。
「襟のやつ、変わった?」
 軍人でない海にはそれ――つまり襟章が何を示しているのか良く分からない。ただデザインがルカルカが何時も付けていたシンプルなものから少しだけ華美になったのに、軍人に憧れを抱く年齢の少年らしく気がついた。
「昇進とか、そういうのか?」
 ルカルカが瞬間少し姿勢を正すと、ジゼルが彼女の向こう側から顔を出した。
「少佐さんね。ルカは佐官になったのよ」
「良く知っているな」
 ダリルは素直に関心して、そしてその直後彼女の兄を名乗る男を思い出してふむと頷いた。女子高生には縁遠そうな情報を知っているのは、恐らく彼の影響だろう。
 団長から聞いた話では、彼はごっこ遊びの延長のような軍隊を率いながら、U.S.ARMYに所属しているらしいと。
 ということは彼が大尉と呼ばれているのは、中隊を率いているからではなく、その隊で適当な階級を割り当てたからでもなく、恐らく本当にCPT(大尉)なのかもしれない。あの年齢からは少々早過ぎると思うが、事件というか荒事の多いシャンバラの基準を当てはめれば優秀な人材は一気に昇進してしまうものだった。
 しかし何故あの滅茶苦茶な行動――犯罪の数々が軍規違反にならないのか、一体彼が本物の軍に所属しながら何をしているのか等はさっぱり分からないが、調べても損しかしなさそうだ。
 雑念を振り払っていると、ジゼルは海に説明を続けている。 
「佐官になると作戦指揮をするようになるの。
 だから少佐さんに上がるには、お勉強は沢山しなくてはならないのだと、お兄ちゃんから聞いた事があるわ。ルカはとても頑張ったのね」
 素直な尊敬を表す目に、ルカルカはくすぐったそうに頷く。
「おめでとう。その……少佐、殿?」
「殿はいらないわよ。
 でもありがとう。光栄だと思うわ。
 金団長の信頼と期待には、応え続けて行ける限り、行きたいの」
 誇らしげな顔でそう言って、ルカルカは軍人の顔から普段の気さくなお姉さんに顔を戻して海をみる。
「海は? スポーツとか、相変わらず頭頑張ってる?」
「基礎練とか……体力作りはしてる。
 ランニングは天気が悪くて最近ちょっとサボり気味だな。
 その分部屋で出来ることはやってる」
 その部屋で出来る事を詳しく聞かれて、海は答えた。
「ストレッチはするだろ。あとは腹筋、腕立て――」
「ねえダリル。うでたてってあの逆さまになってするののこと?
 あんなものを皆やっているの?」
「逆さま?」
 ジゼルに服の裾を掴まれて、ダリルは繰り返した。
「うん。お兄ちゃんいつもそれで本読んでる」
「読書――」
 逆立ち腕立てくらい契約者なら出来るものも五万と居るが、それで読書しているというのはどうなのだろう。
「トレーニング中に本なんて読む訳ないだろ。全く集中出来ない」
「効率的ではある」
「でも頭が行ったりきたりするのにどうやって文字を追うの?」
 三人して並んで首を捻ってしまったのに、ジゼルが何だか申し訳ない気持ちになっていたところへ柚が帰って来た。
「さて、バスケでもしますか」
「3on3がいいか。
 あと一人――」
 立ち上がったルカルカに同調して海は広い体育館の空間に視線を彷徨わせて、彼の友人匿名 某(とくな・なにがし)の姿を目に留めた。

* * *

「――改めてルールを確認するが、スキルは禁止。ハーフコートでルールはノーマルだ。いいな」
 確認を取るダリルに、海達は同時に頷いた。
 コートの中で彼らは三対三に分かれて向き合っている。
「あの……私が居ても、いいんでしょうか」
 やはりもじもじしている柚を正面に、ジゼルは親指を突き出した。
「だからこっちのチームには柚よりもっと足を引っ張る私が居るのよ!!」
「チームメイトとして足を引っ張るのは極力避けて貰いたいが……」
「だったらダリルがその分頑張ればいいのよ」
 ダリルの前でルカルカがにやにやと笑っている。
「俺には当然あんたが点くんだろうな」
 海の視線を正面から受けて、某はにやりと薄い唇を歪ませた。『海ガードの使い手』と周囲に呼ばれているこの青年を、海はこの試合の中で危険視しているのだ。
 斯くして、試合はスタートした。



「そっちからでいい」
 某に挑発的にボールを投げられて、海は鼻をならしてそれを受け取った。
 あちらのチームはやる気満々のようだ。
 某も、ダリルも、ジゼルも唇が怪しく歪んでいる。
「余裕があるのも今のうちだぜ!」
 スタートの合図で海は様子見にドリブルを始めた。
 コートにバスケットボールが床に叩き付けられるダン、ダン、ダンという音が規則的に響いている。
 ちらと目配せして、海は最小限の動きでルカルカへとパスを回した。
 と、ジゼルが子兎のように落ち着き無くぴょんぴょん跳ねながら、「ヘイ、パス! パス!」と、騒いでいる。
 何を言ってるんだろうか、ボールはこっちのチームなのに。海が思っていた時だった。
「OKジゼル!」
 反射的にジゼルにボールを回して、ルカルカはハっと我に帰り舌を出して振り向いた。
「ごめん!」
「何で敵にボール回してんだよ!」
「何か良く分かってないのに『パスパス』言ってて可愛かったからつい――」
 ルカルカと海がボケツッコミをしている間を利用して、ボールはジゼルからダリルへと渡ってしまっていた。
 素早くハーフラインまで戻り、『攻め』と『守り』が交代し、ダリルからボールは某に回る。
 某は、3ポイントライン付近に立っていた。
「チッ!」
 海は長いリーチを生かしてその場へと飛び込むが、その時には既に某の手からボールが離れていた。
 と、同時に某はもうゴール下へ向かっている。
「海!」ルカルカの合図で、二人は同時にそれを追った。
 ボールはリングから弾かれ、走り込んだ某が空中でそれをキャッチし、そのままシュートした。
 パスン。と音がして、ボールはリングの中へ入った。
 0しか書かれていなかったスコアボードの記録が代わる。2対0。
「まずは一本」
 某の笑みが、海に向かって飛んで来た。
「ダリルの作戦通りだな」某は走り抜けながらダリルに小声で言う。
「ああ、『ジゼル可愛いよジゼル』作戦は成功だったようだ」
 ジゼルは自身は良く分かっていないが、あれは綿密に練られた? 作戦だったのだ。



 勝負は続いている。
 センターに戻ったボールは海が持っていた。
 ルカに回すか、柚に回すか。それとも自分が運ぶか。海が数秒の間に逡巡していた時だった。
 目の前の視界が、突然青い色に埋め尽くされたのだ。
「でぃーふぇんす! でぃーふぇんす!」
「ちょ!!」
 何時の間にかジゼルが羽根を広げて目の前に立っていた。
 彼女の身体の倍はありそうな大きさのそれに塞がれて、当然ながら何も見えないのだが、
チームメイトに言われるままに頑張っているジゼルを前に、海は声を荒げる事は出来なかった。
 しかしこれぞダリルの次なる作戦――『ジゼルあざといよジゼル』だったのである!
「スキルは禁止じゃなかったのか!?」
「スキルではない。腕を出し、足を動かす事が禁止でないように、羽根を出す事もまた禁止で無いはずだ。
 羽根は彼女の肉体の一部。そうだろうジゼル?」
「そうだよダリル。
 だしたりしまったりできるけど一応ジゼルの身体の一部だよ!」
「こんなの試合になんねーよ!」
 海が抗議し、ルカルカが呆気に取られている間に、小柄な柚は羽根の横を抜けていたらしい。
「海くん!」
 ボールは彼女に回った。
「(柚、俺が向こうに回る。そしたらボールを回してくれ)」
 テレパシーの声に、柚は懸命にボールをつきながら海の指示通りタイミングを待ち、祈る様な気持ちでボールを縦に投げた。
 すると、その場所に海が飛び込んで来る。
「(海くん、すごい!)」
 惚れ直していた。
「行ける!」
 ダリルと某が動くよりも早く、海はそのままゴールへアリウープした。
「まずは一本。だろ?」
 海はにやりと笑って、某への意趣返しをしてみせた。
 
 次のボールは某が持っている。
 その間にダリルはジゼルに耳打ちしているようだ。
「ふん、即席チームだけあるな」
「そうね。試合中に説明したって遅いんだから!」
 ルカルカと海が某へ向かって行った。
「取らせるかよ!」
 某はそのままドリブルする、と見せかけてボールを天井高く舞い上がらせた。
「な――」「何のつもり!?」
 二人の困惑の声が重なった瞬間。
 ばさっ、と大きな羽根音がして、天井のライトに影がかかった。
「「「ジゼル(ちゃん)!?」」」
 またも羽根を広げたジゼルが、某のボールを中空でキャッチし、そのままパタパタとゆっくり羽根を動かしながらゴールの方まで飛んでいく。
「待て、トラベリング――」
「彼女は飛んでいるんだ、足はついていないから反則ではない」
「飛んでる事自体が反則だろ!」
「そーんなルール、あったっけぇ?」
 口笛でも吹きそうな雰囲気で某が言う間に、ジゼルはゴールまで辿り着いたようだ。
 両手で持っていたボールを「えい☆」とリングへ入れて、点が入ってしまった。
「もう試合にならねーよ!!」



 そんなこんなで――
「……納得いかない」
 スコアボードの圧倒的点数差を見ながら、海はむすっとした顔でそう言った。
「あんなの……試合じゃない! ズルだ、卑怯だ、チートだ! もう一試合しろ! ジゼル抜きで!!」
 海に詰め寄られて、某は息を吐いた。
「いいぜ、なら今度は1on1でな」

 斯くしてスポーツ万能の海と、その『海ガード』と呼ばれる某と、の一対一の試合が始まった。
 高さで勝る海と、小回りのきく某。
 お互いの長所を生かしつつ、相手の短所を利用しつつ激しいせめぎ合いが続いている。
 ボールは某が持っている。
 目の前に海。
 その場で小さく動きながらボールをついている某の様子をうかがっている。
 その時、右手と床を行き来していた筈のボールが突然某の左手へ右手へと海を惑わす様に素早く動く。
「(どっちだ!?)」
 海が動けない間に体勢を低くした某は、彼の右脇をさっとすり抜けた。
 身長が高い海から、某の姿は一瞬消えたかのように見えた。
 フェイントをかませたドリブルで海を抜き、某はゴール下に向かって行った。
 だが、リーチのある海は早い。
 追いついた海の手がボールに触れ――そうになったところを、某は一旦引いた。
「まずい!」
 海の動きは間に合わない。
 空中で行われたそれは一瞬だった。
 某は、反対の手でシュートを決めた。
 何時しかスコアボードの得点を見ながら、柚は精一杯の大声で海に叫んでいた。
「海くん、頑張って!」
「良いトコ見せてやれよな!」
「言ってろ!」

「アツイ、ねぇ」
 濡らしたタオルで汗を吹きながらその声を背中に聞きながらしみじみと言うルカルカの腕に、突然水がかかった。
「暑いっていうから」
 ジゼルがいたずらっぽく笑っている。犯人は彼女らしい。
「こら、やったわね!」
 ルカルカは蛇口に手を付けてジゼルに向かって水を飛ばし、飛沫はダリルにまで飛んで来た。
「まさか屋内に居て濡れるとは思わなかったな――」
 息を吐いてダリルは窓の外の土砂降りを見ている。

 体育館で某と海の試合は続いている。

 それを見ながら柚は決意していた。
 こんな楽しい時間を、もっと長く過ごしたいから、彼に言おう。勇気を持って。
「海くん、一緒に帰りませんか?」と。