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涙の娘よ、竜哭に眠れ

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涙の娘よ、竜哭に眠れ
涙の娘よ、竜哭に眠れ 涙の娘よ、竜哭に眠れ

リアクション

 岩石がごっそりと削られてできた、巨大な洞窟。
 その中に、大きなドラゴンが、翼を折り曲げてうずくまっていた。
 彼は羽を怪我しており、化膿した傷口がのぞいている。傷はとても深いようで、その両翼は、まったく動かすことができないようだ。
 ドラゴンの全長は10メートルだが、痛々しく身を縮めるその姿は、なんだか少し小さく見えた。
 傷ついた翼にしがみついて、泣いている者がいる。美しい女の子で、背中には金属製と思しき、三対の羽を生やしていた。
 彼女こそが、熾天使と噂される少女だった。

「出来るならそっとしてあげたいが。君らの事は、ちょっとした騒動になっているのでね」
 鉄心が、慎重にドラゴンへ話しかけた
「怖がらせたり、危害を加えるつもりはない。もし、何か知っていることがあれば、教えて頂きたいんだ」
 ドラゴンは瞳を開け、真っ赤な瞳で鉄心を睨んだ。
 彼の視線には、明確な敵意はない。しかし、かといって、とつじょ現れた訪問者たちを信用してる様子でもなかった。
 まあ、悪くない。こちらを見てくれただけでも、最初のネゴシエーションとしては成功だろう。
 鉄心は、ふぅっと小さく息を吐いた。
「……それにしてもだ。面白がってみたり、かと思えば恐怖の対称にしたり。人間とは中々身勝手なものだな」
 彼のつぶやきに、いちだんと大きな同意を示したのは、ミリィ・アメアラと、メメント・モリーである。
 ゆる族として生きてきた彼らは、世間の評価の浮き沈みに、思い当たることも多いようだ。

「俺たちは、異常気象について調べに来たんだ。ねえ、君はどうして泣いているの?」
 セルマが、優しく少女に話しかける。
 少女には人間の言葉で。ドラゴンには【龍の咆哮】で。
 ドラゴンの言葉は、完全には伝わらない。それでも、セルマの温かい声に、少しずつ心が打ち解けているようだ。
 ドラゴンの瞳が、徐々に穏やかになっていった。


「私も竜好きだし、少し似てる気がするので……」
 ティー・ティーが、ゆっくりとふたりに近づいていく。
 心優しき彼女には、専用のスキル【インファントプレイヤー】があった。言葉が違えども、祈りを通じて、ティー・ティーは意思の疎通がとれる。
「……仲良くなれたら良いな」
 視線を合わせて、彼女はドラゴンと見つめ合う。心が、通じ合う。
 泣きつづけ、嗚咽しか発することのできない少女からも、ティー・ティーは想いを受け取った。
 原始的な祈りのなかにあっては、言葉はいらない。


「……ありがとう。すべてを話してくれて」
 ティー・ティーが立ち上がると、みんなに向けて告げた。
「ここにいる、泣き止まない女の子は――熾天使ではありません。愛涙の島の、最後の生き残りです」

 これで、すべてが繋がった。
 アトラスの上空を襲う、星辰異常。それを止めるためには、愛涙の島の生き残り――つまり、泣き止まない少女を、愛するものが抱きしめ、眠りにつかせればいい。
 だが、今までそれができなかったのは、ドラゴンが翼を動かせないほど、深い傷を負っていたからだ。

「……ずっと空も飛べずに、何かと不便だったはずですの。早く、良くなってくださいましね……」
 イコナが、『ルシュドの薬箱』と『蒼き涙の秘石』を発動させた。
 セルマとミリィも、ドラゴンの傷口にむけて【ヒール】をかける。
 集まった他の契約者もまた、持っている回復系スキルやアイテムを使って、ドラゴンの傷を癒していった。

 深くえぐられていたドラゴンの傷は、徐々に快復していった。
 まだぎこちないけれど、彼はその雄々しい両翼を、動かせるようになっている。
 そして。
 長い間、泣きつづけ、やせ細った少女の体を。
 ドラゴンが、ゆっくりと包んでいった。

 ふたりへ囁くように、早川あゆみが【幸せの歌】を口ずさんだ。安らぎに満ちた彼女の声を、子守唄にして。
 少女は、いま。
 愛する者の腕に抱かれ、ようやく眠りにつくことができた。