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茨姫は秘密の部屋に

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茨姫は秘密の部屋に

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「武尊君……」
「後悔しても遅いよ。
 今は戦う事を考えて!」
 ローズの叱咤に、キアラは頷いて杖を振るう。そこから光りの粒が飛び出すと、その隙にとローズは後ろに引く様にと、契約者達へ叫ぶ。
「チャンスっスよ、攻撃しなくていいんスか?」
「私は医者だからね。敵であっても極力攻撃しないよ。
 太刀を鞘から抜く気も余りないね。
 キアラの仲間の軍人だって、軍とは言っても一般人だし、本格的な戦いって訳じゃ――」
 言った瞬間、ローズの持つ大太刀の鞘にドンと重い剣圧が突き刺さる。
「お姉様!」
 トーヴァの振るう剣の切っ先が、ローズたち契約者に向けられていた。
「悪いけど……」
 トーヴァは首をこくりと傾げるような仕草をする。
「アタシは、元プロなの」
 刹那の間に、トーヴァは大きく踏みこみローズの首の皮一枚の所へ刃を突き刺した。
「逃げるんスよ!」
 だがローズは静かに息を吐き出し言った。
「……このまま戦う!」
 再び直線にやってきた剣を、鞘を回転させる事で払い間合いを取ると、キアラに行くように促した。
「何を言ってるんスか! お姉様は強い、はっきり言って貴女じゃきっと敵わないっス!!」
「でも攻撃が見えない訳じゃない! だからその間に……」
 行きなさい、とローズは告げる。
「……ッ! 了解…………!」
 その場から消えて行く契約者たちの足音に、ローズは唇を歪めた。
「さあ、来い」
「そうこなくっちゃね」
 唇をぺろりとなめて、トーヴァは炎のヘラジカを呼び出した。それは鞘を構えたまま動かないローズの周囲をグルグルと走り回る。
 否――、こんなものは目眩ましだ。森の中で炎のスキルを本気で使う訳は無い。
「だとすれば……!」
 ローズが上をキッと睨み上げると、やはりそこからトーヴァが飛んでくる。
 一閃。
 火花と共に二つの剣が搗ち合った。
 ローズは思っていた。
 一度、医者としての全てを打ち捨てて、強者と戦ってみたいと。
 今この瞬間、彼女の夢は叶いつつある。
 だが、果たしてこの戦いに勝利する事は出来るのだろうか……。



「かつみさんは、大丈夫なんでしょうか……」
 千返 ナオ(ちがえ・なお)は、走りながらそう呟いていた。
 彼のその質問に、歌菜たちは複雑な表情で答える。今さっき、トーヴァの強さを見たばかりだ。それに彼女の側に堕ちたハデスのあの的確な指揮。
 二人の連携でこちらは戦力を失っていくばかりだというのに、このまま何人ゲートに辿り着けるのだろう。
 ナオのパートナー千返 かつみ(ちがえ・かつみ)は、ナオに先に逃げる様に言って、早々に別れてしまった。
 しびれ粉を巻き、疾風の如く走りながら敵を惹き付けていった彼の安否が気になる。
「あんなに強い人に襲われていたら、かつみさんは――」
 それきりぴたりと足を止めたナオに、皆は振り返って苦い表情を浮かべる。
 彼の覚悟を受け取ったからだ。
「……ごめんなさい、やっぱりかつみさんの所に戻ります。
 足手纏いになるかも知れないけど、やっぱり一緒に戦いたいです!」
 踵を返した彼を、仲間達は追いかけない。
「……二人とも、無事に帰るといいけど……」
 歌菜の言葉に頷いた仲間達は、ほんの少しの後に息を呑む事になる。

「ナオは……?」 
 眉を顰めたかつみが、そこに茫然と立っていた。
「ナオ君、かつみ君の所へ行くって言って引き返したんスよ?」
 キアラが一歩前に出てそう言うのに、かつみは頭を整理する。
 大事なパートナーを逃がす為に、ナイフ一本でここまで死にもの狂いでやってきたのに、そのパートナーの姿が無い。
 それも自分を追いかけて――。
「……引き返した?
 そんな……だって、ここまでくるのにナオには――」
「会ってないんスか!? それじゃあナオ君は……」
「どこへ……?」



「皆さん! 無事で良かったです!!」
 駆け寄ってきた御神楽 陽太(みかぐら・ようた)のパートナー御神楽 舞花(みかぐら・まいか)の声に、それを出迎えるキアラの表情は晴れない。結局別れた仲間のうち、ここへ戻って来れたのは彼女を含めて四人。
 途中怪我をしたアデリーヌを連れて、彼女達は今、ゲートの前に立っている。
 アルテッツァも、ローズも、ナオも、皆行方が分からないままだ。
 身を犠牲にしてまで仲間を逃がしてくれた武尊やさゆみが逃げ切れたとは、到底思えない。
「舞花ちゃんも、無事で良かったっス」
 手を握り、ゲートの中心へ導いていく。
 弾幕を張る事で後列で援護をしていた舞花は、途中別れる事になってしまったが、テレパシーで通信を行いながらここまで辿り着く事が出来たのだ。
 少々の悪い予感から、何かあった時互いに連絡を取れる様にと手を打っていたのが正解だったらしい。
「他の皆と……連絡は……」
 キアラの小さな希望に、しかし舞香は打ち消す言葉しか持っていない。
 ハデスとペルセポネは事件が起こった直後、その次は雫澄のパートナーだったろうか。
 そうやって一人また一人と、繋がりのような何かが消えて行くのを、彼女はその心で感じていたからだ。
「もう行かないと……そろそろ追っ手がくるわ」
 肩を抱いてくれる舞香にキアラは俯いたまま頷く。装置が作動し始める中、キアラは呟いた。
「私は今まで、お姉様や……隊長が居るからそれでいいって思ってた。
 弱くても、強い人たちの下に居るからそれでいいって思ってた。
 でも……そんなのただの甘えだった。私がもっとしっかりしてればもっと沢山ここに居る事が出来たのに!!」
 唇を噛み締め見据えた正面で、隊士とその手の堕ちた契約者を連れたトーヴァが嗤っている。
「もう……甘えない。誰かの手を借りて、逃げ出そうなんて思わない。
 これからは私が皆を守る!!」
 両腕を開いて決意を込め、キアラは姉と慕うパートナーを睨みつける。
「そう、なら戦いましょう。
 ねえ……、戦争は楽しいわ。本当に本当に楽しいわ。
 アタシとお友達が勝つか、それともキアラちゃんと仲間が勝つか。
 ふふっ、ドキドキするわね」