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影を生む妖刀

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影を生む妖刀

リアクション

 一章 蠢くもの

「本当に、不思議な景色ね」
 アルステーデ・バイルシュミット(あるすてーで・ばいるしゅみっと)が呟く。光術を明かり代わりに使いながら、注意深く森に分け入って行く。しかし、森はまるで出来損ないのシュールレアリスムのように、奇妙な様相を呈していた。
「木まで影になっているの? 御伽の国みたい……ああほらライムちゃん! 駄目だってば!」
「ふんふーん♪」
 ナーサリー ライム(なーさりー・らいむ)シェーラ・ノルグランド(しぇーら・のるぐらんど)の手を振り払わんばかりにうきうきしている。現実味というものをどこかに置き忘れたような景色の中、それはこれ以上ないほど童話的だった。
 密林の中に、影になった木々がまばらに混じってる。遠く離れた影の木は薄く透けるような闇となり、光術の輝きが近づいてくると浮かび上がるように実体化する。触れれば樹皮の感触はなく、自分の体温を直接返されているような、奇妙な温もりを感じた。
「どうして影になっている木があるのかな」
「大ババ様の話だと、斬られるとこうなるんだったよね。当たっちゃったんじゃない?」
「当たった?」
「ん〜♪」
「ああ、ほらライムちゃ……ん?」
 またどこかへ行こうとするライムをシェーラが引き戻す。と、ライムの手に影となった小枝が握られていることに気付いた。
「枝が?」
「……戦闘痕、ということだね。エイラが戦った痕跡が、樹木の影だ」
 そう言いながらアルスが頷く。と、がさり、と近くの茂みが揺らめき、大きな影が飛び出してくる。咄嗟に輝くクーゼを顕現させ、構えを取るアルスをシェーラが慌てて制した。
「待ってアルス! 敵意はないよ!」
「っ!?」
 アルスが慌てて切っ先を下すと、影になっていたのは大きな鹿だった。全くこちらに気付いていない様子で、とーん、とーんと跳ねながらどこかへと消えていく。
「こっちが見えていないの?」
「みたいだね。影が皆敵というわけではないようだ」
 そういうと、アルスは籠手型HCを操作し、拠点に通信を飛ばした。
「こちらアルステーデ。樹木が影化したところが恐らくエイラがいた場所だと思う。それと、影がすべて襲ってくるわけじゃなさそうだね」
「――アルス」
「……それから、敵意のある影を発見。これから戦うよ」
 そういって通信を一方的に切る。シェーラがライムを庇うように立ち、アルスはクーゼを構え直した。少し離れた位置に、無数の腕をわななかせる、異形の影がこちらを向いて立っていた。
「一体とは限らない。ライムをお願い」
「うん」
 短い会話。異形の影が走り出すのと同時に、アルスは灯り代わりに使っていた光術の輝きを撃ち出し、クーゼを構えて突貫した。



「全く……! 見つかったからよかったけど、一人で襲われたらどうするつもりだったんだ!」
「だぁって、退屈で」
「退屈だからって何があるかわからない森に一人で繰り出す奴があるか!」
「まぁまぁ、アレン君落ち着いて。ひとまず無事だったんだから、ね?」
 ふて腐れた顔で歩く時見 のるん(ときみ・のるん)に、アレン・オルブライト(あれん・おるぶらいと)が相当な勢いで怒鳴っていた。それをクコ・赤嶺(くこ・あかみね)がなだめている、という構図が出来上がっている。クコはどうしたものか、と困った表情を浮かべているが、耳はしっかりと周囲の音を拾っていた。
 今を遡ること数分。クコが腕に生み出した炎で周囲を照らしながら、赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)と哨戒していたところ、こっそり森に分け入ろうとしているのるんを見つけ、確保したのだ。炎を吹き上がらせ、上空を哨戒していたアレンと橙 小花(ちぇん・しゃおふぁ)に知らせ、合流し、このような説教に至ったわけである。
「怪我をする前で良かった。アレン君の心配も分かりますが、無事だったわけですし、まずは収めて下さい」
「あ、アレン様どうか落ち着いて……」
「ぐぐ……とにかく、今後は単独行動は慎んでくれ。何があるかわからない」
「はぁい」
 霜月と小花の諌めもあり、どうにかアレンは矛先を収めたが、のるんの方は全く懲りていない様子だった。クコはため息をつき、霜月は笑ってそれを眺めていたが、やがて二人とも顔を引き締めて周囲を見回した。
「にしても、この暗さ、この森の中、敵は『影』ですか」
「影化した樹木の傍だとやりにくそうね。捜索に出た人から、交戦の報告も届いているというし」
 見回してみると、来た時に張られていた結界の影響か、拠点付近の樹木にそれほど影化は及んでいない。今霜月達がいる付近が丁度結界の端だったようだ。それを確認すると、霜月は頷いて四人を振り向いた。
「少し後退しましょう。結界が守っていた周辺部をこちらの防衛ラインとして、ここに近づく敵を発見次第迎撃します」
「わかったわ」
「はぁい」
「異存ありません」
「わ、わかりました!」
 そうして五人が少し拠点側に戻ろうとしたとき、おん、おん! という吠え声が影の向こうから響いた。のるんが連れている賢狼のものだ。
「ほーすけ?」
「保介様の声、ですね」
 ほぼ同時にクコの耳もびくびくと震える。アレンも五芒星の護符を握り、顔を引き締めた。保介の吠え声はどんどん近づいてくる。同時に波が打ち寄せるような静かな音と圧迫感がやってくる。
「……のるんさん、小花さん、後ろへ。数が多そうです。援護を」
「はっ、はい!」
「は〜い!」
 のるんは懐中電灯を、小花は光術で輝く球体を発生させて保介の吠え声がした方向を照らす。保介の吠え声はせっぱつまったように短くなり、やがてぎゃん、と一声鳴くと、茂みから弾き飛ばされて転がってきた。
 途端、茂みから黒い影が茂みから保介に跳びかかってくる。霜月も、アレンもそれに反応しきれなかった。ただ反応できたのは、僅かな物音を聞き分けて攻撃の瞬間を予測したクコだけだった。
「シィッ!」
 保介の腹に飛びかかった影を片手で弾き飛ばす。攻撃の瞬間を的確に捉えた一撃で影は地に転がった。それは、人ひとり分もの大きさを持つ、巨大な影狼だった。
「霜月!」
「我は射す、光の閃刃!」
 その影が体勢を立て直すよりも早く、霜月の呪文が影の頭部に炸裂した。強烈な輝きは影の体を半ばまで吹き飛ばし、残った影はどろりと溶けて地に染み込んでいった。
「ほーすけ、大丈夫!?」
「のるん出るな! まだ――!」
 飛び出そうとするのるんをアレンが押しとどめる。クコも霜月も姿勢を低く保ったまま、いつでも飛びだせる姿勢を保っていた。がさり、がさりと近い茂みから音がする。闇に紛れ、光を避けるように、幾つもの影が茂みの奥で蠢く。半円形に取り囲まれ、霜月は後退が遅れたことを悟った。
「囲まれたみたいですね」
「警戒としては成果よ……主人の所に戻りなさい。早く」
 クコは影がこちらの隙を伺っているのを確認しながら、保介をのるんの元に押しやった。保介はよろめきながらのるんの元まで下がる。のるんが保介をしっかりと抱きかかえるのを確認してから、霜月が背後に控える小花に声をかけた。
「仕掛けます。小花さんは合図で光術を。アレン君は今のうちに本部に連絡を」
「はいっ」
「わかりました――こちらアレン、敵襲です。種別は狼、数は……」
 アレンが銃型HCを用いて連絡を始める。じりじりと狼たちの圧迫感が強まってくる。霜月が声を上げるのと、狼たちが跳びかかるために、一瞬だけ動きを止めたのは同時だった。
「今です!」
 光が炸裂する。同時にクコと霜月は茂みに潜む狼の群れに飛びかかっていた。茂みを薙ぐようにクコの蹴りが奔り、霜月の刀が低木ごと裏に潜んでいた狼を両断する。瞬時に三体の影狼が溶けて地に消えたが、残りが即座に霜月たちに躍りかかった。一部は追撃せずに背後に回ろうとする。
「やはり多いですか。アレン君! 救援を!」
「はい!」
 アレンが圧縮詠唱で一つの火球を作り出す。それを空に掲げ撃ち出すと、花火のように空で華が咲いた。
「持ちこたえるわよ!」
「が、頑張ります!」
 小花の光術が、クコの炎が敵を照らす。黒い狼が地を走り、地に溶け、また輝きと共に黒いあぎとがのるん達を狙う。その陰で、一体、また一体と、倒したはずの狼が地面からずるりと再構成され、走り去って行った。