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第二章 宿の手伝いも楽じゃない


 厨房。

「新メニュー開発頑張ろう!」
 ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)は宿に着くなり手伝いとしてここに来ていた。
「私もお手伝いします。美味しい料理が出来るといいですね」
 高天原 水穂(たかまがはら・みずほ)は大賛成。
「ボクも水穂おおねえさま達のお手伝いをしますよ!」
 日高見 佐久那(ひだかみ・さくな)は元気にお手伝いに名乗りを上げた。
「ありがとう、二人とも。旅館と言えば、美味しいお料理という事で温泉のお湯でタジンやアクアパッツァみたいな蒸し料理を作ってみようか。ヘルシーだし」
 ネージュは厨房に入り、鍋や食材を見て回った時に思いついたメニューを披露。
「では、具材や火加減は私が担当しますのでねじゅちゃんは味付けをお願いします」
 水穂はそう言うなり必要な食材を切り始めた。
「それならボクは盛りつけを」
 佐久那は水穂達の邪魔にならないようにサポートをする事に。
「ありがとう。早速、あたしは……」
 ネージュはあしらったら面白いだろうとパスタを一反木綿風に生地を伸ばしたりし始めた。
「そう言えば、ここは妖怪の山だから二人にそっくりな妖怪さんがいるかも……九尾の狐とか……」
 ネージュは手を動かしながらふと思いついた事を口にした。妖怪が結構好きなネージュは会いたいという希望を込めながら話題にした。
「おねえさまみたいな妖怪……どんな感じかな?」
 二尾の銀狐の佐久那はちらりと具材を切る水穂の九尾を見て妖怪を想像してちょっとワクワク。
「それは似た種族としてとても興味があります。出会えるといいですけど」
 当然の如く水穂も興味津々で具材を包丁で小気味良く切っている。
「きっと会えるよ。たくさんチラシを配ったと言っていたから」
 パスタを終えたネージュは香草たっぷりの美味しいタレ作りを始めた。
 その時、
「女将さん、開店おめでとうございます」
「お花を持って来たよ」
 花束を抱えた歳は18歳と6歳程度の九尾の姉妹が現れた。
「…………(綺麗な花をありがとうね。玄関にでも飾ろうかね)」
 女将は花束を受け取るなり嬉しそうに手振りで礼を言った。顔があればおそらく笑顔。
「ありがとうございます。何かお手伝い出来る事はありませんか?」
「お姉ちゃんと頑張るよ?」
 九尾の姉妹は祝いを渡す他に手伝いを申し出た。
「…………(それは助かるけど、いいのかい?)」
「大丈夫だよ! たくさんお手伝いするために来たんだから」
 不思議そうに訊ねる女将に答えたのは九尾妹だった。
 そこへ
「女将さん、このお皿が少し足りな……わぁ」
 目的の皿がどこにも見つからず訊ねに来た佐久那は思わぬ出会いにびっくりの声を上げた。
「こんにちは、えと銀狐のお姉ちゃん?」
 佐久那を見た九尾妹は人懐こそうな笑みで挨拶をした。
「こ、こんにちは……水穂おねえさま、ネージュちゃん!!」
 佐久那は驚いたままつられるように挨拶を返すなり二人を手招き。
「どうしました?」
「何かあった?」
 呼ばれた水穂とネージュは事態を知らないままやって来た。
 そして、
「……九尾の妖怪さんだね」
「……ねじゅちゃんの言った通り会えましたね」
 まさかの出会いに驚きと嬉しさ。
「お姉ちゃんもあたしと同じ妖怪さん?」
 九尾の妹は水穂の九尾に気付き、親しげに訊ねた。
「少し違います。私は狐族の獣人です」
 水穂は笑顔で答えた。
「へぇ、獣人さんなんだ。びっくり!」
「私も驚きです」
 まさかの獣人に驚く九尾の妹とまさかの出会いに驚く水穂。
「料理をしていたのですか?」
 九尾姉がまな板の具材などに気付いた。
「新メニューを作っているところだよ」
 ネージュがにっこりと答えた。
「すごいねぇ。あたしも手伝う! 味見する!」
 片手を上げて元気に九尾妹が名乗りを上げた。味見だけが目的なのは明らか。
 しかし、
「味見するじゃないでしょ。今日は開店したばかりで忙しい宿の手伝いに来たんだから」
 九尾姉は怖い顔で妹を諫めた。
「むぅ」
 納得いかない妹は頬を膨らませてそっぽを向く始末。
「良かったらお手伝いしてみますか? もちろん味見も」
 水穂はそっと九尾妹と視線を同じくし、優しく声をかけた。子供の家『こかげ』園長であるため子供の相手は慣れたもの。
「うん!!」
 水穂の優しさに表情を明るくし、九尾妹はあっという間に機嫌を直した。
「本当にいいんですか? この子、我がままで迷惑を掛けると思いますけど」
 九尾姉は何やら作業をしようとする妹を見てから恐縮しながら言った。
「大丈夫だよ。料理は大勢でする方が楽しいし、妖怪さんのアドバイスも欲しいから」
 ネージュがさらりと対応した。
「……」
 九尾姉は何も答えず、妹を見ながら考えていた。
 その妹は水穂に連れられ佐久那の所へ
「よし、ボクと一緒に盛り付けをしよう」
「うん! お姉ちゃんと盛り付けする!」
 佐久那と一緒に盛り付けを手伝う事に。佐久那は皿の事を思い出し、女将の所に行った。
「……それじゃ、妹をお願いします。名乗るのが遅くなりましたが私は緋影であの子は御影と言います。よろしくお願いします」
 姉は顔をネージュに戻し、妹を任せると共に遅くなった自己紹介をした。
「御影ちゃんの事はあたし達がしっかり見てるから」
 ネージュはすでに馴染んでる御影の様子を見守りながら言った。
「お姉ちゃんは女将さんのお手伝いをするけど、ここのお姉ちゃん達の言う事をよく聞いて大人しくしてるのよ」
 緋影はは妹に言い聞かせてから女将の手伝いに行った。
「はーい。いってらっしゃい、お姉ちゃん!」
 御影は元気に手を振りながら姉を見送った。
「さぁ、料理再開! 御影ちゃんにも手伝って貰おうかな?」
 ネージュはニコと佐久那と一緒に盛り付けをしている御影に話しかけた。
「頑張るよ!」
 御影は元気よく返事をした。
 そして、調理を再開した。『調理』を持つネージュと絶妙な水穂の補佐により素敵な料理が出来上がった。
 味の方は、
「とっても美味しいよ! きっとみんな喜ぶよ!」
 御影の絶賛を受けた。
「水穂おねえさま、良かったですね。九尾の狐の御影ちゃんのお墨付きですよ」
 御影の隣で見守っていた佐久那は嬉しそうに言った。
「そうですね。こんなに美味しく食べてくれると見ている方も嬉しいですね」
 水穂も満足。
 味見を終えた御影は
「……えと、もう少し味見してもいい?」
 恥ずかしそうにおねだり。美味しくてもっと食べたいと思ってしまったのだ。
「いいよ。ほら、どうぞ」
 ネージュは新たな皿を出した。
「ありがとう! でも、お姉ちゃんには黙っててね。また怒られちゃうから」
 礼を言って食べるも途中で手を止めて御影は不安そうにネージュ達の顔を見上げた。
「大丈夫ですよ。ほら、食べて下さい。喉を詰まらせないように飲み物もどうぞ」
 水穂は甲斐甲斐しく飲み物も用意する。
「四人だけの内緒だね」
 佐久那はにんまりしながら人差し指を口元に立てた。
「あたしは、女将さんに聞いてくるね。御影ちゃんのお墨付きを貰ったこの料理を出してもいいかどうか」
 ネージュは盛り付けられた皿を手に料理教室を繰り広げている女将の所に行った。
 そして、無事に許可を貰い、その素敵な逸品は鍋と同じく注文する客もいて評判は上々であった。もう一つの名物になる事は間違いなかった。

「……(これを……)」
「ふむ、なるほど」
 エクスは厨房が落ち着いた合間を見計らい、女将に教えて貰いながら鍋を作っていた。当然女将は手振り身振りで教えていくのだが、エクスは不思議と理解出来、今の所意思疎通に困る場面には遭遇していなかった。
 エクスの隣では女湯で決意した親友孝行のために鍋のレシピを覚えようとするオルナがいた。
「それでこれを入れたらいいんだよね」
 オルナは近くの調味料を鍋に入れようとしていた。
 それを
「おぬし、それは先ほど味が崩れる故、入れてはならぬと言っておったじゃろ」
 エクスが急いで止めた。オルナについては付き添いで来た親友兼保護者のササカから聞いて知っていた。ササカはオルナに追い返されて部屋で寛いでいる。
「あぁ、そうだった。でもメモに書いてあるから調合とかに活かせるよ……って、何だっけ」
 オルナは思い出したように自分が書いたメモを見るも悪筆な上に書いた内容を忘れるほどの激しい物忘れを発動。
「……おぬし、本当に親友孝行をするつもりなのかの」
 感情を素直に出すエクスは呆れたっぷりにオルナに言い放った。
 その時、
「華ちゃん!」
 座敷童と隠れんぼ中のキーアがやって来た。女湯に向かうお姉ちゃん達にすれ違った後だ。
「おぬし、どうしたのじゃ?」
 エクスは調理の手を止めてキーアに声をかけた。
「今、隠れんぼをしていて座敷童の華ちゃんを捜してるんだ」
「ふむ、妾は見かけなかったが、おぬしらはどうじゃ?」
 事情を話すキーアにエクスは見かけなかった事を答えてからネージュ達にも訊ねた。
「ずっとここで調理していたけど見なかったよ。ね?」
 ネージュは作業をしながら頭を左右に振りながら答え、パートナー達にも確認した。
「はい。見ませんでした」
「ボクも」
 水穂と佐久那も即答した。
「……どこに隠れてるんだろ」
 キーアは困ったように息を吐いて小首を傾げた。
「それよりどうじゃ? 妾が作った物だが味見をしてみるかのう」
 エクスは椀に具材と美味なる汁を注いで渡してやった。
「うわぁ、おいしそう。ありがとう!」
 キーアは嬉しそうに受け取りほうほく顔で味見をしていた。
 そのキーアの楽しそうな様子に
「あぁ、あたしも食べる!!」
 厨房の隅っこに隠れていた少女がぴょこんと姿を現し、駆けて来た。
「あっ、華ちゃん、見っけ!」
 キーアはやって来た華に指を差してにっこり。
「見つかちゃったぁ。ねぇ、あたしもいい?」
 見つけられても悔しい様子は無く華の興味はすっかりエクスの鍋に向かっていた。
「よいぞ」
 エクスはそう言うなり華の分を椀に盛ってから渡した。
「ありがとう……おいしい!」
 華は受け取るなり美味しそうに頬張った。『調理』を有するエクスの鍋は当然の如く美味しい。
「そうじゃろう」
 自分に揺るぎなき自信があるエクスはキーア達の笑顔を満足そうに眺めていた。
 その横では
「……さっき、これを入れたから次に加えるのは」
 オルナが激しい物忘れから妙な鍋を作り上げていた。
「……おぬし、一から作り直した方がよいぞ」
 エクスがとうとう助けの手を差し伸べた。
「ありがとう!!」
 オルナは嬉しそうにエクスの手助けを受け、まともな鍋を作り上げた。