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迷宮図書館グランダル

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迷宮図書館グランダル

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迷宮図書館グランダル 3

「伯爵?」
「ええ。ちょっとお話を伺えませんか?」
 清泉 北都(いずみ・ほくと)は旅人を装って街の人に話しかけていた。
 雑談と読書に興じていた町の人々は、どこか害がなさそうに見える少年の笑みにすっかり気を許している。
 にこっと、北都は笑ってみせた。
「伯爵ねぇ……実はおれたちも、普段はそれほど姿を見ることはないんだよな」
 街の人が言い出す。
「そうそう。伯爵様はいつも読書でお忙しいからさ。図書館の奥とか、隠れた自分だけの書斎とかにいるらしいぞ」
「図書館?」
 北都は単語に耳を止めた。
「図書館がこの街にはあるんですか?」
「そりゃ迷宮図書館ってぐらいだ。この街そのものが図書館の一部だからな。あるってもんじゃない。あらゆるところに、おれたちだって知らない書棚がいくつも隠れてるって話だぜ」
 街の人の話に北都は思案めいた顔になった。
(図書館か……探ってみる価値はありそうだな)
 もちろん、それをおくびには出さない。にこっと笑って、北都は言った。
「いろいろと教えていただき、ありがとうございました」
「いや、いいってことよ」
 街の人に別れを告げて、北都はその場を離れる。
 図書館を探して、彼は探索を開始した。



 佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)賈思キョウ著 『斉民要術』の二人は、街で起こっている様々な出来事や伯爵についての噂を探るうちに、時計塔についての話を聞くことができた。
 それはこんな話だった。
「毎日、二時間おきぐらいかね……。時計塔の鐘の音が鳴るんだよ。すると、みんなぴたっと足を止めちまって、それぞれ思い思いの本を手にして読書の時間に入る。鐘の音はその合図なのさ。止めようと思っても、どうしても止められないもんでね。時計塔の音を聞くと、みんなどうしたって本を読みたくなっちまうのさ」
 奇妙な話だった。
 けれど、弥十郎はどことなく納得できた。たぶんそれは、ジアンニ伯爵の日々の楽しみなのだろう。ある種それは伯爵の生きる糧でもあるし、この世界を維持するエネルギーだ。伯爵にとって、それは数少ない刺激なのだった。
(……哀しい話だねぇ)
 弥十郎は同情にも似た気持ちを覚えて、塔を見る。
 まるでこの街そのものを時計の針のように自由に動かしたいとでも言うようなそれは、弥十郎には気持ちの良いものには見えなかった。
「なんだか自分の世界ばかりを大事にしていて……キモチ悪いです」
 斉民要術が辛辣な感想を口にする。弥十郎は苦笑した。
「ま、そうだねぇ、確かに……。とてもじゃないけど、良いものだとは言えないよねぇ」
「……で、どうしますか?」
 斉民要術がたずねる。弥十郎はまた時計塔を見あげた。
「――決まってるよ。お隠れになって出てこない人には、ぜひとも向こうからご登場願おうじゃないか」
 弥十郎は自分でも知らずのうちに、不敵にほほ笑んでいた。



 街の人々は誰とも知らぬ隠れた書斎の中――。
 中央にこしらえてある机の前で読書にふけるジアンニ伯爵はふと顔をあげた。
「おかしいな…………」
 そろそろ、街の活性のためのイベントが起きてもいい頃合いだった。時計塔の音が鳴ると、一斉に人々は書へと意識を戻す。誰しもが抱くその集中力と想像の力こそが、伯爵の力となるはずだった。
 けれども、街はまったく変化がない。
(……なにが起こった?)
 伯爵が疑問を感じて本を閉じたそのとき、書斎に駆け込んできた男がいた。
「は、伯爵っ! 伯爵様!」
 〈司書〉の一人だ。ゆったりした白い衣服が乱れるのもかまわず、男は急いで伯爵の前にやって来た。伯爵の眉がぐっと曲がった。
「なんだ、騒々しい」
「た、大変でございます! 実は……時計塔の〈書の時間〉を告げる鐘の音が鳴らないのです!」
「そんなことは我が輩もとうに気づいておるわ。……塔だけにな」
 伯爵はぼそっと言う。
「……は?」
 男はぽかんとした顔になった。
「……なんでもない。それで? 原因はわかっておるのか?」
「それが……時計塔に侵入した者たちを書物たちが見ておりました。すぐに〈司書〉の兵たちを向かわせておりますが、いぜんとして正体は知れず……」
「よい。何者かはわかっておる」
 伯爵は男の言葉を遮った。
 そう。わかっていた。が、しかし、ここまでやるとは想定外だ。せいぜいが悪あがきをする程度だと思っていたが、時計塔の鐘の音にまで気づくとは……。
(面白くなってきたではないか――)
 ジアンニはほくそ笑んだ。こうでなくては物語は始まらない。
 それに最後には我が輩が勝つことは目に見えているのだ。これはそれまでの起伏に過ぎない。
 我が輩の勝利というエンディングまでの。
「引き続き、〈司書〉たちに当たらせろ。我が輩はすこし出かけてくる」
「ど、どちらに?」
「そのようなこと……たかが安物の本ごときがたずねることではないわ!」
 ジアンニ伯爵は干渉を嫌う。怒りの声が発せられ、視線が男を貫いた瞬間――。
 男の姿はぼんっと一冊の本に変わっていた。いや、戻っていたというべきか。男の元の姿であるぺらぺらのペーパーブックが、床に落下した。
「我が輩の高貴な探求心を満たさぬ本に用はない。せいぜい、そこでしばらく反省しておくのだな」
 伯爵はこれみよがしに大声で笑いながら去ってゆく。
 床に放置された本のタイトルには、『月刊少年ジンプ六月号』と書かれていた。



 街の上空にはいくつもの本棚が浮いている。
 アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)セレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)の三人はそんな本棚の前で本を読みふけっていた。
 もっとも、読んでいるのは一般小説や文献の類ではなく、マンガ本だったが。
「ふぁ〜あ…………さすがにちょっと疲れてきたなぁ……」
 アキラは山積みになったマンガの上にさらに読んでいた本をぽいっと積み重ね、あくびをした。
 最初こそ、読み忘れていたシリーズの最終巻や、名前だけしか聞いたことがなかったような往年の名作とかが揃っていて興奮したが、何時間もぶっ続けだと飽きてもくる。
 ルシェイメアもハッとなって、読んでいたマンガを取り落とした。
「そうじゃっ! こんなことしてる場合じゃないのじゃ! アキラ! なにをぼけっとマンガばっかり読んどるか! いつまでもこんな世界に閉じ込められておくわけにはいかん! さっさとシェミーを救出して脱出せねば!」
「自分だって夢中になってたくせに、よく言うよ……」
 アキラが呆れたように言う。
「まあまあ……」
 セレスティアも料理本から目を離して、アキラたちをなだめた。
「こうして読んだことない本があると、つい足を止めてしまうのはよくあることですから、仕方ないですよ、ルシェイメアさん。それよりシェミーさん探しを再開しましょうか」
 本を閉じてセレスティアは言う。
「けどよぉ……」
 アキラは街を見下ろしてから言った。
「こんな大きな街で、どうやって見つける? 当てもないってのに」
 実際、街は思ったよりも広かった。中央にある時計塔を中心として、円形に広がる街並は圧巻だが……この場合は落胆のほうが大きい。アキラすでには諦めモードに入っていた。
「そんなことで諦めてどうするんじゃ! 男ならやってやれじゃぞ、アキラ!」
「どこの男塾だよ、そりゃ……」
 さっきまで読んでいたマンガに影響されたのか、ルシェイメアは熱血モードに入っている。アキラはそんなルシェイメアに疲れを隠せなかった。と、そこで、なにやら視界の隅でちらちらと動くものに気づく。
「んあ?」
 見ると、一冊の本が、自分の角っこを手のように動かして、紙をひらひらさせていた。
「……これ、見ろってのか?」
 怪訝そうにアキラがたずねると、本はこくっとうなずく。
 アキラは紙を受け取って、それを広げた。すると、そこに描かれていたのは――。
「これは……!」
 街全体の地図だった。
 それも、単なる全体図じゃない。どうやら誰かが手書きしたらしく、隠し通路やら裏道やら、街の裏側の部分まですべて描かれていた。アキラは驚嘆した。
「すげーなっ! これ、お前が全部書いたのかっ!?」
 アキラに賞賛されると、本は少し赤くなってテレテレと恥ずかしそうにした。
「どうやらこの本は喋ることはできないものの、動くことが出来るようじゃのぉ」
 ルシェイメアが言う。セレスティアが地図の一部を指さした。
「アキラさん、これ……」
「ん?」
 見ると、そこには隠された書斎の入り口が書かれていた。街にはこうした通路がいくつもあるようだが、一番近いのはセレスティアの指すこの場所だ。
 いったい何が隠されてるんだ?
 しばらく考え、アキラは口にした。
「……行ってみるか」
 ルシェイメアもセレスティアも、異論はないとうなずく。
 三人はさっそく、小型飛空艇を動かして街に降りていった。