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書の戦い 2

「だりゃしゃああぁぁぁッ!!」
 ジアンニ伯爵が放った書物の壁を、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は気合いの一撃で貫いた。
 拳のみのど真ん中勝負だ。爆炎を纏った拳は、一瞬にして書物の壁をふき飛ばす。ともに着地したジアンニ伯爵に、唯斗は構えを向けた。
「究極の対魔術戦闘ってのは鍛えた体でどうにかなるらしいぜ? 知ってたか?」
「……ほう。それは我が輩の魔法に対する挑発かな?」
 ジアンニ伯爵はほくそ笑む。
「だが残念ながら忍者の小僧――。我が輩の魔法はそのような都市伝説など一蹴するだけの力を秘めておる。書は我が輩の味方だ。これらの書たちを相手に、どう立ち振る舞えるかな?」
 言うと、ジアンニ伯爵は両掌をゆっくり広げた。
 左右の本棚から無数の書物が転がり出てくる。それはジアンニ伯爵の前に浮遊して並び、唯斗に百万の兵を思わせた。
「……うわぁ……マジか……」
 思わず冷や汗を流して後悔の声をこぼす。
「いまさら反省しても遅い! さあ、やれるものならやってみるがいい!」
 ジアンニ伯爵は怒声を放った。
 瞬間、書物が一斉に唯斗に襲いかかってきた。
「どわあぁぁぁっ!?」
 顔に打ち込まれようとするそれを、身をかがんで避ける。が、すかさず書たちは回転し、上空から唯斗へ落下してきた。
「嘘だろ、おいっ!?」
 ずごぉぉぉっ!
 地面を穿ったそれからなんとか飛び退いた唯斗は、軽い身のこなしで距離を取る。けれども、書物の嵐は止むことはない。次々と、唯斗に向かって飛翔してきた。
 それを――。
「うおおおぉぉぉぉぉッ!!」
 唯斗は書を足場に跳び上がりながら、拳の乱打で貫いた。
 ジアンニ伯爵は思わず呻く。着地した唯斗は、ふり返って伯爵を見据えた。
「戦いはまだ始まったばっかりだぜ?」
「ぐ……ぬ……」
 ひるむことのない唯斗の目に、ジアンニ伯爵は汗をにじませた。



 一ノ宮 総司(いちのみや・そうじ)土方 歳三(ひじかた・としぞう)の二人は、本棚の一部を人質に捕った。
 総司の手が自ら生んだ火術と爆炎波の炎をコントロールしている。
「『書物は紐解かなければ、一片の木片にすぎない』……なんてね。あなたの愛する本が燃えてしまいますよ?」
 総司としては、それでジアンニ伯爵が引いてくれればよいと思っていた。
 が、ジアンニ伯爵はそうはならない。むしろ動かないことは好都合だというように、総司へと紙の刃を放ってきた。
「危ない、総司!」
 歳三がとっさに飛び込み、総司を救出する。
 総司の手から離れた炎は、人質に捕っていた本を燃やし尽くしてしまった。
「ふん……! 書物など、またいくらでも再生すればよいわ。我が輩にたてついたこと……それこそが罪だと知れ!」
 ジアンニ伯爵は叫ぶと、周囲の本を操って総司たちへと攻撃してくる。
 歳三は十嬢侍の朴刀を振るってそれをなぎ払った。
「『書を読みて栄える者を見たり、書を読みて落ちぶれる者を見ず』――。お前は『本を集める』のではなく、『本を読んで色々と学ぶ』べきだな!」
 歳三は一気に距離を詰めて、ジアンニ伯爵に迫った。
 瞬時に伯爵は飛び退いて距離を取るが、その間に総司が接近している。
「むっ……!?」
 総司は花散里と呼ばれる刀を振るい、ジアンニ伯爵の急所を狙った。
 が、あと一歩のところで伯爵は逃れた。伯爵が手にした紙の刃が総司の刀とぶつかり合い、甲高い音を立てる。
 着地した総司は、刀の切っ先を伯爵に向けて言い放った。
「伯爵……他人の生命力を吸い取る本なんて、あってはならないんだ! 僕はあなたを許さない! 古書を愛する者としても、あなたを止めてみせる!」
 決然とした宣言だった。伯爵はにやりと笑う。
「――やれるものならやってみるがいい。我が輩の書に果たして勝てるか!?」
 書を愛すると公言しておきながら、燃やすのを意にも介さない伯爵に総司は怒りを感じていた。
 刀が踊る。総司の心が、伯爵の刃とぶつかり合った。



 ジアンニ伯爵と十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)は攻防戦を繰り広げている。
 見事な戦いの身のこなしを見せる宵一に、伯爵は呻いた。
「貴様……ただの剣士ではないなっ!」
 宵一は笑みを作り、静かに言い放つ。
「俺はしがないバウンティハンターさ。伯爵、あんたの名前も俺は知ってるぜ。バウンティハンターの間じゃ、あんたはちょっとした有名人だからな」
「ほう……そういえばずいぶん昔に懸賞金をかけられた気がするが……まだ懲りずに我が輩の命を狙う者がいるとは……。愚かな……」
「それがバウンティハンターの特徴ってやつさ。俺たちは馬鹿になるときも、必要なんだよっ!」
 宵一は迫り、愛用の神狩りの剣を振るう。
 伯爵はとっさに刃化させた紙でそれを受けとめた。
「ぐ、おっ……!」
 宵一の力は伯爵のそれを上回る。
 ねじ込まれる力に、思わず伯爵は飛び退いた。
 が、その瞬間――
「待っていたでふよ!」
「なにっ!?」
 回り込んでいたリイム・クローバー(りいむ・くろーばー)の声が、背後から聞こえた。
 女神の右手と呼ばれる神聖なる籠手で伯爵の身体を掴んだリイムは、そのまま逆の左手でヘルスパークの魔法を放った。
「ぐおおおおぉぉぉぉぉっ!!」
 激しい稲光と電撃に襲われた伯爵は、絶叫してくずおれる。
 リイムは宵一のそばまで戻り、煙をあげる伯爵の身体を見つめた。
「これで終わりだ、伯爵」
 宵一が言い放つ。が、伯爵の口からこぼれたのは、降参でもなく泣き言でもない、不敵な笑みから生まれる哄笑だった。
「ふ……ははははっ……! 終わりだと!? なにを血迷ったことを言っている?」
「なに……?」
 眉をひそめた宵一は、次の瞬間、驚くべき光景を目にした。
 みるみるうちに、ジアンニ伯爵の傷が回復していく。まるで時間を巻き戻すように、傷跡はふさがっていった。
「いったい、どうして……!」
 宵一は焦りをにじませる。
 コニレットたちにも、原因はまったくわからなかった。
「ふはははははっ! 残念だったな! これが我が輩の真の力だ!」
 威勢を取りもどしたジアンニ伯爵は、紙吹雪を舞わせてコニレットたちに襲いかかった。
 次々と迫ってくる紙の間を抜け、攻撃も仕掛ける。が、ジアンニ伯爵の身体には傷ひとつ付けることが出来なかった。いくら傷つけても、すぐにそれはふさがってしまうのだ。
「もはや貴様らに勝ち目はない! 我が輩の支配するこの街で、永久に書となって生きるのだっ!」
 ジアンニ伯爵は高らかに叫ぶ。
 が、そのときだった――。
「ぐぉっ……!?」
 それまでなにひとつとて傷つかないと思っていた自分の身体に、小さな綻びが生まれた。
 傷が再生しない。それどころか、少しずつ広がっていって、伯爵の身体を瓦礫のように崩壊させはじめた。
「な、なんだと……馬鹿な……! なぜ、我が輩の身体が……!」
 伯爵が呻いたそのとき、部屋に着地した複数の人影があった。
「まさか……っ!?」
 伯爵はその正体に気づき、驚愕した。
「……お探しのものはこれかな?」
 その目に飛びこんできたのは、ある一冊の本を手にした清泉 北都(いずみ・ほくと)と、それに銃を突きつけているセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)だった。
 隣にはセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の姿もある。いつでも引き金を引けるように、こちらもジアンニ伯爵に向けて銃を構えていた。
 ジアンニ伯爵の顔がみるみるうちに焦燥に彩られる。北都の持っている本を見て、がくがくと震えていた。
「き、貴様っ!? どこでそれを……っ!」
「あなたみたいな人が、わざわざ自分の身を危険に晒すとは思わなかったんだよね」
 北都は微笑しながら言う。
「自分の本体はこうして本の中に閉じ込めておいて……安全な図書館に隠す。その上で、僕らを叩きのめそうってわけだ。考えたねぇ」
「でも、残念」
 セレンフィリティが笑う。
「こうして本を奪われたあなたはもう不死身じゃないってわけ。むしろこっちのほうがあなたの命を人質に取ったってとこかな。形勢逆転ね」
「ぐ……ぬぬぬ……っ!」
 伯爵は悔しさを滲ませ奥歯を噛みしめた。
「貴様らあああぁぁぁっ! それを返せえええぇぇぇっ!」
 化け物のように顔つきを変貌させた伯爵は、北都たちへと一気に迫った。
 セレアナの銃が連続してエネルギー弾を放つ。複数の風穴を開けられてなお、異形の伯爵は止まることなく接近した。
 セレアナは最後の手段に光術の魔法を放った。
「ぐぉっ!」
 フラッシュバンのように閃光が起こり、一瞬だが伯爵の動きが止まる。
「セレン、今よ!」
 セレアナが叫び、セレンフィリティはうなずいた。引き金にかかった指が動きだす。
「や、やめおおおおぉぉぉぉぉっ!」
 伯爵が絶叫するが、もう遅い。
「グッバイ、伯爵――」
 セレンフィリティが撃った銃弾は、北都の持っている古びた書を貫いた。