蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

【原色の海】樹上都市の感謝祭

リアクション公開中!

【原色の海】樹上都市の感謝祭

リアクション



第3章 街コン……の、はずだった。


「これでよし……」
 トマトまみれの頭を拭いて、何とか料理を完成させ、友人の手の届かぬように先に料理をパーティ会場に運んでいった守護天使は、ふと立ち止まった。
「うんしょ、うんしょ……」
 パーティのメイン会場のすぐ側、知人がデッキの上に、何か四角い重いものを運んできたのだ。既に折り畳み式のテーブルやら、何やら、資材が周囲に運び込まれている。
「ようボブ、クーラーボックス届いたよー!」
 知人、そして彼の胸元に「ボブ」と書いた張本人が手招きする。
「あー、材料の方は届いたんですか?」
「ああ、安心しろよボブ! 自然解凍もちゃんと計算に入れてるよ!」
 桐生 円(きりゅう・まどか)のテンションは普段より高い。このテンションに最初は積極的に合コンに参加したいのだろう、などと思ったものだが。これは見事な勘違いだった。
「合コン? ボブの都合など知らんな! 婚約者が居るんだ!」
 ……しくしく泣く守護天使の肩をバンバンと叩く。
 別に円を口説こうなんて思ってはいないが、こう、どうして誰も彼もカノジョやカレシがいるんだろう……。
「まぁ、料理上手な所をみせて、胃袋をわしづかみにするんだ! まぁ、頑張れ! 応援してる!」
「応援ありがとうございます。こう、自分なりに努力はしたんですが……。……で、この名前なんですけど……」
 自分の服の胸元を指した守護天使に、円は満足そうに頷いた。
「自己紹介って名前が重要だからね、覚えてもらえるといいね!」
「いや、ボブじゃなくて僕の名前はちゃんとありまして、アルカ……」
「さあ急いで準備しなきゃね!」
 小柄な円には大きな屋台。守護天使は応援のお礼ということで、手伝ってあげることにした。業務用の焼き鳥機とたこ焼き機を、広げたテーブルにのっけてあげた。テーブルの周りに白と赤のビニル素材っぽいひらひらの布を巡らせて、旗を立てて。
 日本人には胡散臭いテキ屋だが、守護天使には新鮮でエキゾチックに映ったようだ。
 円はエプロンと頭に三角巾を締めて、テキ屋っぽく装うと、クーラーボックスから材料を取り出した。
 鳥皮、バラ肉、レバー、ハツに塩と胡椒、タップリかけて。
「ふふふ、焼くだけだから、簡単……」
 ジュウジュウ音を立てながら焼けるお肉は、ちょっと目を離すとすぐに焦げてしまいそうだ。
「と思ったけど難しい……い、一気に焼くとなると面倒だね」
 レバーと、ハツは慣れてるんだけどなぁ、と。ひとつひとつ焼き加減に気を付けながら、今度は横を向く。
「よ、よし次はたこ焼き機だ! こっちの方は説明書見てたから大丈夫なはず!」
「こっちの方は大丈夫なはず、って……」
 ねじり鉢巻きをした守護天使が不安げな顔をするのを、円は気合で制した。
「大丈夫だって!」
(料理の得意な恋人の手伝いはしてるもん! 一向に上達はしないけど!)
 大きなボールの中に、たことキャベツに、だしに、小麦粉と卵と薄口しょうゆをまぜまぜまぜ……。
(山芋も摩り下ろせばいいんだっけ?)
 ぐるぐる、薄黄色の記事をよくよくかき混ぜて、
「その後は、鉄板に容器で注入して、半分焼けたところにブツ切のタコを投入して……ほれ、くるくる回せば……回せば……」
 握った串で、果敢に半分焼けたたこ焼きに挑むが、回らない。……くるん、と逃げてしまう。或いは、刺さってしまう。
「ボブ! ボブ! 助けて! こげる! 回せない!」
「たこ焼きなんて初めてですよ!!」
 焦げくさい匂いが広がっていく。わたわたする円に串をバトンタッチされたが、守護天使はうまく回せず、側に置いてあったフォークを引っ掴んだ。
「それじゃ穴だらけになっちゃうよ!」
「大丈夫ですよ、ちょっと焦げても穴が開いても、ソースで誤魔化せば! ほら!」

 フォークとスプーンの二刀流で奮闘していると、そこに、鳥丘 ヨル(とりおか・よる)が通りかかって二人に向けて手を振った。
「守護天使の……ボブだっけ? ああ、本当にボブだ、名前書いてあるね。それ、分かりやすくていいんじゃないかな?」
「あー、こんにちは」
「楽しそうな企画ありがとう! ボクも今から参加させてもらうね」
 ボブ、街コンどころかテキ屋の手伝いを離れられなそうだなぁと思いながら、ヨルは料理コンの会場へと入って行った。
「……先に来てたんだ」
 待ち合わせの相手、アナスタシアレベッカは先に来て待っていた。
 正直なところヨルは、レベッカを許した……というと大げさだが、罪を気にしていないわけではない。
 だけど、もしそればかりをここで追求すれば、雰囲気も暗くなるだけで、責めたらレベッカがそれで反省する、というわけでもないだろう。こういうことは、皆と混じって少しずつ自覚するした方がいいのではないか……と、思う。
「こんにちは」
 レベッカの言い方はそっけなかったが、事件中は殆ど無視するような、敵対的な態度だったことを思えば、成長したのかなと思わなくもない。
「やあ、レベッカ。ボクはヴァイシャリーのお気に入りのカフェのコーヒー豆を持ってきたよ」
 ヨルは気にしていないという態度で、両手に抱えた紙袋を持ち上げた。
「二人とも、豆からの淹れ方は知ってるかな〜?」
「……し、知りませんわ」
 アナスタシアは負けを認めるような口調で言うので、ヨルはおかしそうに笑った。
「レベッカは知ってそうだけど、アナスタシアは超お嬢様だからねー。知らなかったら教えてあげる。知ってたら二人の好みの味を教えてね」
 ヨルは袋に入ったコーヒー豆を取り出すと、次に一抱えもある道具類を取り出した。コーヒー豆には種類があることや、豆の挽き方や、お湯の沸かし方なんかを丁寧に教えて、それぞれに一杯のコーヒーを入れた。
「さて、ボクはコーヒーは淹れられるけど料理はさっぱりなんだ。 二人はどう? 得意な一品があったら作り方を教えてほしいな。簡単なやつで」
 アナスタシアとレベッカはヨルのコーヒーを飲み終えると、それぞれ料理に取り掛かった。
 レベッカは今まで料理の経験があるのか、それほど戸惑わずにキッチンに立った。持参した袋から何やら乾燥した葉や小瓶から香辛料らしきものをあれこれと入れている。
 が、アナスタシアの方は見るからに危なっかしい。
 今までの生徒会の活動もあって全くできない……というわけではないのだが、絶対的な経験値が足りないのだろう。あれを持ったりこれを持ったり、落としたり、霧層になったり、澄ましているレベッカが時々くすっと笑っていた。まぁ、あまりいい感じの笑い方ではなかったが。
「……できたわ」
 先に作り終えたのはレベッカだった。ホーローの両手鍋にたっぷりのスープ……と言いたくなくなるような代物だ。でろりとした国防色がとぐろを巻き、えも言われぬ匂いがもわんもわん立ち込めている。
「こ、これは……」
 見てた分にはそんなにおかしな材料入れてなかったような、とヨルは思い返すが、
「野菜スープ。ハーブや錬金術の材料を……カエルの粉末とかサソリの……。……健康に、いいのよ」
 どうぞとアナスタシアは差し出され、その禍々しさに後ずさった。
「いえ、……遠慮しておきますわ。……他に何か作れたりは……?」
「後は、オートミールやミルク粥なら……」
「そ、そちらにしていただけるかしら? ええと、私もできましたわ。……初めて一人で料理を作ってみましたの!」
 アナスタシアも両手鍋を差し出す。こっちは大丈夫かなぁとヨルは覗き込んだが――こちらも見たことのないようなものだった。
 葉っぱの土台の上に乗ったケーキの表面にケーキナイフで刻み付けられている。
「エリュシオン風の甘いチーズケーキですのよ!」
 えっへん、と得意げなアナスタシア。材料はチーズと小麦粉と卵を練って月桂樹の土台の上に敷き詰めて焼き上げるシンプルなものだ。ちょっと焦げてるけど。
 この猟奇的な表面は、と思っていると、アナスタシアはその上に温めた蜂蜜をとろとろと注いで、持っていく間に食べごろになってますわよ、と言った。
「そういえば、ここはお料理教室ではなくって、守護天使さんの恋愛相手を探すのじゃなかったかしら? 肝心の姿が見えませんけど」
「……え、これって婚活の意味もあるの? まいったなぁ、考えてなかったよ。それにさっき、守護天使のボブは外で屋台をやってたような気が……」
 ヨルは首を捻ってから、何か思いついたようにぱっと顔を明るくして、
「せっかくだからアナスタシア、いい人見つけてきたら? ボクとレベッカでキミにふさわしいか見極めるからさ。それとも、見つけてきた人にアナスタシアがふさわしいか……かな?」
「え? ええっ? な、何をおっしゃいますの!?」
「レベッカ、遠慮しないでズハズバ言おうね」
 ヨルは楽しそうな笑顔をレベッカに向ける。
「……え、ええ」
 戸惑ったように、だが頷いてくれたレベッカに、ヨルは良かったなと思う。
 レベッカの力になってくれる人が見付かって、そしてボクたち百合園生を含めてくれたら嬉しいな。――そう、ヨルは願うのだった。

「――あら、ここにいたのね。ちょうどよかった、果物をフレッシュジュースにどうかしらと思って」
 お料理コンというだけあって、参加者の多くは女性や、既にカップルになっていた男性だったが、あの人はどうだろう、などとおしゃべりをしているところに、ふらりと百合園の教育実習生祥子・リーブラ(さちこ・りーぶら)が入ってきた。
 片腕に提げたバナナやリンゴの入った袋を調理台に置く。
「ありがとうございますわ」
「それはこっちの台詞よ。一応教師なのに、今日は楽しむ方がメインなんだもの」
 祥子は、手の中のウツボカズラ……の形をしたバッグの、頼りなくも閉まっている蓋をちらりと見てから、
「それじゃ、また会いましょう」
 レストランを出たところで、ウツボカズラの蓋が内側からパカッと開いた。頭で押し開けて、ちょこんと顔を出したのは、白蛇型のギフト宇都宮 義弘(うつのみや・よしひろ)だ。
「おでかけ! おでかけ! お祭りがあるの? パーティーってどんなことをするの?」
「そうねぇ、みんなで集まってご馳走を持ち寄って、食べたりおしゃべりしたり……楽しいこともあるかもね?」
 この前の事件、サイコメトリで死者を覗いた義弘には、随分怖い思いをさせたと祥子も気にかけていた。
(原色の海での思い出が嫌なことばかりじゃ可哀想だし、少しは楽しいところも見せてあげないとね……)
 そう思ったのは祥子の「親心」なのかもしれない。ギフトだから血は繋がってはいないけれど、彼女の心を栄養にして育ったのだ。
「ねえ、お母さん? 運んでもらえるのは嬉しいけど、これじゃ僕が食べられてるみたいだよ!?  僕、蛇だから食べる側だよ!?」
 幾ら移動が楽だから、といっても、ウツボカヅラは蓋の付いたツボの形をした……食虫植物、である。確かに義弘が食べられているように見える。
「大丈夫、大丈夫。美味しいお料理が出るんですって。お肉とかお魚とか……ふふ、人も集まって来たみたいね」
 オークの大樹に近づいていくと、去年はフラワーショーをしていた広い場所で、持ち寄りの料理を持った人々が続々と集まってきていた。
 大きなテーブルに並べられていく料理。お肉やお魚、野菜にお花。
 様々な花や樹の仮装をした人たち。花妖精たちの頭に咲く花。
 傷ついた大樹を賑わすように、春でもないのに一斉に花が咲いたようだった。
 あっちこっちそっち何処を見ても人で一杯、と。義弘は物珍しげにキョロキョロ見回す。海に浮かぶ海京は行ったことがあるが、「海の上の森の上の都市」というのも初めてだった。
「あれはチューリップね、……あれは、可笑しいわね、薔薇の花妖精がカスミソウの服着てるわ、花束みたいよ」
 祥子は義弘が楽しめるように説明をしたり、料理を運んだりする百合園生に先生らしく挨拶していく。
「あら、あんなところに屋台があるのね、懐かしいわ」
 馴染みのある醤油やソースの匂いの立ち上る屋台に近づくと、守護天使とよく見知った生徒が屋台に立っていた。
「ねぇねぇお母さんもしかして僕の仮装なの? た、食べ物なんかじゃ誤魔化され……あ、あのお肉おいしそー♪」
 思わず抗議しかけて発見した焼き鳥につられて、ぴょこんと頭からちょっと首まで出したところ、
「へぇー、これ焼いたらおいしそうですかね?」
 守護天使にむんずと掴まれて、義弘はじたばたした。
「うわー、本当に食べられちゃうよ!」
 うっかり焼き鳥ならぬ焼き蛇にされそうになったところで、お詫びに義弘は焼き鳥をたっぷりごちそうしてもらったとさ。