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甘味の鉄人と座敷親父

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【七 スイーツのツは、『詰め腹(つめばら)切らせてやるぜぇッ!』のツ】

 外野スタンド席では、春美に続いてあゆみまでが予選敗退となった事態を受けて、ディオネア、ミディア、コルネリアの三人が揃って溜息を漏らしていた。
「中々、上手いこといきませんわね」
「最後に残ったのが、みにゃこか。ふーん。まぁ、がんばれー」
 まるで取ってつけたかのような適当なミディアの応援に、ディオネアはやや引きつった笑みを浮かべるばかりである。
 そんな彼女達が最後の望みを託す森田 美奈子(もりた・みなこ)が戦っているのは、予選Cブロックであった。
 この予選Cブロックは、他のふたつの予選ブロックと比較しても、その激戦度合いは特に際立っていたといって良い。
 中でもケージ内での戦闘は、これは本当にスイーツコンテストなのかと、ひとびとに目を疑わせる程の激烈さがあった。
「我が料法(モード)は鮑! 喰らうが良い、我が必殺の料法、神砂鮑ッ!」
 ケージ内で、鮑の幻影が巨大な破壊空間の渦巻きとなって、対戦相手に襲いかかる。
 咆哮の主はセリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)であった。
 鮑を自在に操る究極セリス(意味不明)、いや、柱のセリス(もっと意味不明)が繰り出す圧倒的な攻撃の破壊波は、同じくケージ内で戦いに臨むシン・クーリッジ(しん・くーりっじ)に容赦無く襲いかかった。
「調理とはッ! 勇気の賛歌ッ! 自然への恐怖を、我が物とすることだッ!」
 強大な敵を相手に廻しても尚、敢然と立ち向かうシンであったが、神砂鮑の破壊力は、斑目 カンナ(まだらめ・かんな)に料理の特訓を施したことで体力が極端に落ちていたシンの肉体を、確実に蝕んでいった。
「オレが最期に見せるのは、お前に託すクーリッジ魂だッ! 調理人の魂だッ! 受け取れーッ!」
 セリスが繰り出す神砂鮑の直撃を受け、シンは口元を紅いシャボンで染めて倒れた。
 いや、実のところシンが倒れたのは神砂鮑のせいではなく、カンナが味見を頼んだ食材に石鹸が付着したままなのに気付かず、そのまま呑み込んでしまったのが原因だったのであるが。
 ともあれ、シンは倒れた。
 何となく出オチ感が否めないのだが、そこはまぁ、気にしなくて宜しい。
「シィィーザ……じゃなくて、シィィーーーーンッ!」
 ケージの外側、簡易キッチンで絶叫する九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)
 そのジェライザ・ローズの傍らでは、冬月 学人(ふゆつき・がくと)が鉄仮面の如き冷静な表情で、レシピノート片手に佇んでいる。
 学人は、そのレシピノートをぱらぱらとめくりながら、静かにいい放った。
「……調理を続行しよう」
 その余りの冷静な態度に、ジェライザ・ローズは怒りと悲しみに震える拳を、ぐっと握り締める。
(シンの為に、涙ひとつ流さないの?……と怒って、以前の私なら学人だろうが容赦なく襲いかかっただろうけど……!)
 ジェライザ・ローズは、学人が持つノートを指差して、ひと言。
「学人……ノート逆さだよ」
「……ッ!」
 愕然と佇む学人。
 だが、そこに記されている文字はやたらギャル文字が多く(ちなみに、書いたのはジェライザ・ローズ)、そもそも逆さに持っていようが何しようが、まともに読めたものではなかった。
 学人、危機一髪である。
 ただでさえ読みづらいノートを渡されている上に、シンが倒れた今、次は学人が味見役を担当しなければならないのだから。
「いつまでもケージん中で寝てられちゃあ邪魔だから、取り敢えずシン起こそうか」
「えぇッ!? 今の流れでッ!?」
 さっきまでの寸劇は何だったのかと、思わず耳を疑ったカンナであったが、ジェライザ・ローズは至極淡々とシンをケージ内から引きずり出し、往復びんたを二十発ぐらい連発で叩き込んでいた。
「しかし、シンの再起不能は痛いな……どうすれば良いのか? ロゼッ! 君の意見を聞こうッ!」
「いやだから、味見役は学人だって」
 ジェライザ・ローズに素っ気無く返されてしまい、学人は二度に亘って途方に暮れなければならなかった。

 一方、シンを手早く葬り、必要な調理器具をかっさらって簡易キッチンへと戻ってきたセリスは、マネキ・ング(まねき・んぐ)冷 蔵子(ひやの・くらこ)粘土板原本 ルルイエ異本(ねんどばんげんぼん・るるいえいほん)らとハイタッチを交わ……そうとしたのだが、蔵子はそもそも形状が冷蔵庫そのまんまなので、ハイタッチも何も出来たものではなかった。
「よくやった、セリス。アワビマスターであるお前に、遂に最後の試練がやってきた……」
 マネキがその外見とは裏腹に、物凄く重厚な台詞を口にする。
 セリスはうむ、と小さく頷いて、手に取った鮑をじっと見つめた。
「料理とは、戦いであるッ! スイーツもまた、右に同じッ! 我らの絆を繋ぐ鮑調理を妨害しようとする不逞の輩は、きっとまた勝負を挑んでくるだろう……だがセリス、勝つのはお前だッ!」
「そうデスッ! そしてワタシは冷蔵庫なので、鮑を守護するモノとして、セリスさんの調理の邪魔はさせないデスッ!」
 マネキに続き、蔵子も声高らかに宣言した。
 ふたりの熱い想いを受け止めてセリスは感動していたが、傍から見ると、招き猫と冷蔵庫相手に熱く語らっている変人という構図にしか見えないのが、如何ともし難かった。
 セリス以外で唯一、まともにひとの姿をしているルルイエ異本はというと、同じCブロックの他の参加選手達の簡易キッチンに向けて、何やら怪しげな儀式のようなものでの妨害を開始しようとしている。
 いや、単純に瘴気を送り込もうとしているだけなのだが、ルルイエ異本がぶつぶつと呟いているその内容が、余りに異様であった。
「アワビ……ファイアー……アワビ……ファイアー……」
 そんなルルイエ異本の地道な努力が功を奏したのかどうか、ジェライザ・ローズの陣営で、
「ぐはぁッ!」
 学人が反吐をぶちまける悲鳴のような声が聞こえてきた。
 ――いや、この場合単純に、カンナが作ったスイーツ『激辛甘糖地獄』が、余りにも人外の味に過ぎた、というだけの話だったのだが。
 ちなみに、ジェライザ・ローズ陣営が作ろうとしている激辛甘糖地獄は、一応はティラミスをベースに、激甘の生クリームと激辛の唐辛子生地を大胆サンドしたものであるのだという。
 この激辛甘糖地獄、カプサイシン効果で女子に大人気!……な訳は、なさそうであるのだが。
 対するセリス陣営は、とにかく鮑である。
 鮑でスイーツというのも非常に斬新なのだが、鮑最中(あわびもなか)は形としては意外とまとまっているのだから、世の中、分からないものである。
 ところが、攻めてばかりいられる状況ではなくなってきた。
 キャラメル・シフォンケーキを製作中のティエン・シア(てぃえん・しあ)を、ルルイエ異本の瘴気攻撃から守るべく、高柳 陣(たかやなぎ・じん)木曽 義仲(きそ・よしなか)が専守防衛とばかりに場外乱闘を仕掛けてきたのである。
「こちとら真面目にスイーツ作りに励んでるってぇのに、妙なもん送り込んで妨害するたぁ許せねぇ!」
 何故か緑のスリッパ片手に猛然と突っ込んでくる陣の隣には、義仲がバナナの皮を振り回す姿がある。
「安心するが良いッ! スタッフの尋ねたところ、バナナの皮は武器として認定されているようだッ!」
 何をどういう基準で安心しろと吼えているのかよく分からない義仲だったが、取り敢えず陣と一緒になって、セリス陣営への逆襲を仕掛けるという部分では意思の疎通が図れているようである。
「ここは任せろセリスッ! お前は調理に専念するのだッ!」
 マネキが陣頭指揮を執り、蔵子の鉄壁の守りと、ルルイエ異本による呪いの遠隔攻撃が完璧なキッチン防護陣形を完成させた。
 これには流石に、陣も義仲もぎりりと奥歯を噛み鳴らす以外に無い。
「こいつは駄目だな……こうなったら少しでも早く、ティエンの調理を完成させる方に舵を切るしかない」
 いうが早いか、陣は素早く自陣の簡易キッチンへと引き換えし、ティエン指揮のもと、シフォンと生クリームの泡立て作業へと復帰する。
 義仲は義仲で、途中で放り出してきていたフルーツのカッティングに自慢の刀技を振るい始めた。
 一方、ルルイエ異本も流石に疲れてきたのか、瘴気放射は中断し、そのままパイプ椅子に座り込んで放心状態となっている。
 まぁ要するに、ちゃんと調理しなさいという、神様のお達しだということであろう。