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リアクション
5.
桐悟たちの報告を聞いて、清泉 北都(いずみ・ほくと)もまた資料の捜索に協力するため研究室を訪れていた。
「うーん、この棚はほとんどが計算式のメモなのかなぁ。あっちは宗教とか神話みたいな本ばかりだったし……」
比較的状態の良い資料は結構な数あるのだが、本棚には決定的な情報になりそうなものは見当たらない。
腕を組む北都の背後からリオン・ヴォルカン(りおん・う゛ぉるかん)が声をかける。
「鍵の掛かっていた棚の開錠が終わりましたよ。錆び付いていたので少々苦労しましたが」
「お、ありがと。まあ流石に壊すわけにもいかないしねぇ」
恐らく重要書類はまとめて管理していたのだろう。
北都は手早くいくつかの書類に目を通し、目的のものを探し出す。
「――あった。たぶんこのレポートだ。えーっと、なになに……?」
――これの主たる機能となるのは、人間の『魂』の蒐集である。
その存在の定義すら危ういものを機械的に集めようとするのであるから、本来の用法による理解を求めるのは困難だろう。
私はこれを『夢を見る匣』と名付ける。
影響下の人間が意識を喪うことは本来、欠陥とされるものであるが、これを主目的とし、軍事目的への転用は可能であることを報告する。
結晶体への負荷によって、都市級の範囲へと粒子は拡散し――
「『転用』? ……ってことは、元々は兵器として作ったわけじゃなかったのかなぁ」
「資金援助を求めて本来とは違う機能を軍に売り込んだ、ということでしょうか。珍しい話でもありませんが……」
読み進める二人にニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)が近付く。
「引き出しの奥に本があったわ。たぶん研究者の手記じゃないかしら。文体が古すぎて読めないのよ――お願いできる?」
「了解。ちょっと待ってねぇ」
手元のレポートにざっと目を通し、ニキータから手記を受け取る。
それには苦悩に苛まれる研究者の独白が綴られていた。
――これは悪魔の囁きだ。私の狂気は多くの人間の命を奪うこととなるだろう。
幼くしてナラカに没した愛しの我が娘。私はあの子の姿を、あの子の声をもう一度聞きたかった。
魂の理を破り、命を冒涜する行為だ。
蘇る娘は私を恨むだろうか。ああ、もう私は気付いている。
彼女が人の血を啜るものとして再び生まれるとき。私の命は尽きているだろう――
「……それは」
「娘さんを亡くして、心を壊したのかな――何かの薬物を使用していたらしい記述も見られるねぇ」
「……痛ましい話ですが、今現在、苦しんでいる人がいます。治療法などは書かれていますか?」
目を伏せていたタマーラ・グレコフ(たまーら・ぐれこふ)は、胸に手を当てて北都に訊く。
「時間はかかるけど、電気的な治療で回復を早められるみたいだねぇ。後遺症も考えると、完治には数年――」
『……お……ン……』
何度目になるのか。少女の姿は、前触れもなく部屋の中心にあった。
「――あまり近づかないようにしてください。調査員の昏倒時、接触の直後に意識を失ったそうです」
タマーラが皆に注意を促す。
しかし少女はなにをするでもなく、ただ部屋の主のものであろう椅子へ目を向けると、姿を消してしまう。
「……あの子がその『娘』ということなんでしょうね」
「研究成果には間違いないでしょうけど。本当にその娘かどうかはわからないんじゃない?」
カーミレ・マンサニージャ(かーみれ・まんさにーじゃ)の呟きにニキータが少しだけ冷たい言葉を返す。
現実的に考えて、死者を蘇らせるという行為がそう簡単に上手くいくとも思えない。
悲劇には違いないがせめて、そうであればいい、とは思うが――
「わかりますよ。あの子。『おとうさん』って言ってましたから」
「? ……これは?」
少女が消えたあと、レジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)は手記のあるページが開かれていることに気付いた。
走り書きで荒れた文章だが、なんとか読み取れないことはない。
――この記述を見た誰か。望めるなら、私が生み出した悲劇を終わらせて欲しい。
死者を蘇らせるなど、求めるべき答えではなかった。
自分の娘に厄災としての宿命を背負わせるなどと。
私は善い親とは言えなかっただろう。
『夢を見る匣』の停止とともに、私の悪夢は終わりを告げる。
本当は。彼女の死を、私は受け入れるべきだったのだ。
懺悔の言葉の下に書かれた短文を最後に、手記の記述は途切れている。
「これが解除パスワード、ということになるのでしょうか」
「恐らくは間違いないでしょうね。交渉班や制圧班の人たちにも伝えるべきよ」
レジーヌはニキータの言葉に頷き、通信車を介して全体に伝達する。
そこに書かれていた言葉は。
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