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【22】


 トーヴァ・スヴェンソンのところに神崎 輝(かんざき・ひかる)から連絡があったのは一月程前の事だ。
「ジゼルさんに改めて謝罪したいんです」
 数ヶ月前の出来事に真摯に向き合おうとする友人に、トーヴァは快諾する。「堅苦しいのもちょっと違う気がする」と言う輝と色々話し合った結果、当事者の一瀬 瑞樹(いちのせ・みずき)水瀬 灯(みなせ・あかり)、それにあの場に居合わせなかった七瀬 紅葉(ななせ・くれは)も含めたメンバーで行く事になった。
 そうした目的があるため出来れば早くしたかったようだが、互いにゴタゴタしていたし、トーヴァの方はクリスマスシーズンで仕事が書入れ時の為都合がつかず、一月に入り正月休みを終え定食屋がひっそり営業を再開した頃、彼等はあおぞらへ向かったのである。


* * * * *



 成る可く混雑する時間帯は避けたつもりだったが、それでも働いているジゼルの邪魔にならないタイミングで揃って頭を下げた。
 今回の件に関わっていなかった紅葉が心配そうに見守る中、ジゼルから返されたのは笑顔だ。
「皆が悪いとか、誰が悪いとかそういう風には考えて無いの。
 でもこの事で皆と……ヘンな感じになっちゃうのがイヤで……。
 私はただ、もう一度仲良く出来たらいいなって……」
「これからもお友達のままで居てもらえますか」
「勿論よ」
 ジゼルと輝達。お互い息と一緒に蟠りを吐き出したと見計らって、紅葉が第三者として出来る事として、話し切り替えた。
「そういえば僕、トーヴァさんと余りお話したことありませんでしたよね。
 改めましてマスター――輝のパートナーの七瀬紅葉です。スイーツバイキングの時はちょっと挨拶しただけだったので……合コン…………」
 合コンというには事件じみていたあの記憶を思い出しつつ、遠い目をする紅葉に、灯が乗っかってくる。
「あれ? そういえばあたしなんてトーヴァさんもジゼルさんもまだちゃんと話してないような……」
「そうね。トーヴァ・スヴェンソンよ」
「ジゼル・パ」「ミロシェヴィッチって言いなよ」
 被せながらにやりと笑うトーヴァに肘でつつかれて、ジゼルは両手で顔を覆ってしまう。
「……恥ずかしいんだもん!! 発音難しいし!」
「はいはい。初々しい新妻だねぇ。
 っと、宜しくね、灯ちゃん」
「あ。名前覚えてて貰えてましたー?」
「そりゃあもう。大事な友達のパートナーだもの」
 軽い調子で握手を交わしてしまえば、一気に何時もの空気に戻ってしまう。皆が笑い合う様子を見て、紅葉は一人目を細めていた。
 合コンの時に初めて見たトーヴァから受けた全てを見抜かれているような視線が気になっていたが、この感じだと少なくとも、悪い人ではなさそうだ。
 今も久しぶりのジゼルとの会話がぎこちなく途切れないように、場の空気を率先して盛り上げてくれているのが見て取れる。
「ところでさ。これもこの間のと同じでジゼルちゃんが作ったの?」
 ティーカップと一緒にテーブルに並べられた色とりどりのカップケーキを指差してトーヴァが質問する。
「半分ね。
 余り手の込んだお菓子を作る時間は無いから、土台になる部分とメレンゲドールとかチョコプレートは業者さんから買って、崩れ易いトッピングを乗せたりする飾り付けの部分はお店でやるの。それからこのクリームはお手製――だから半分」
 成る程と頷いて、ケーキを一口運んでからトーヴァは首を横に振った。
「だからかなー、やっぱこの間ジゼルちゃんがベースに持ってきてくれたののほうが美味しい気がするー」
「そうかなぁ。照れちゃう。でもお店だからやめてーなんて」
「ジゼルさん、ケーキも作れるんですね。凄い」
 カップケーキを真剣な目で見つめながら、瑞樹が言った。
「凄く無いよー。レシピ通りに作れば簡単だよ」
「そうなんでしょうか。
 私はいつも失敗してマスターに怒られちゃう……」
 肩を落としている瑞樹をフォローしようとしているジゼルに、輝は声を顰めて「瑞樹に料理させるとえらいことになるんです」と、「どうなってるのかボクも分からないんですけど、謎料理が出来上がるんですよ」と耳打ちした。
「どうやったらうまくなれるんですかね……気になります」
 瑞樹が落とした肩を抱いて、トーヴァが「それアタシも気になるー」と手を上げる。
「トーヴァさんも料理ダメなのー?」
 思った事をそのまま口にする灯が聞くのに、トーヴァは「んー」と半分首を曲げている。出来ない事は無いのだ。家に居る時は殆どトーヴァが作っている。元々自炊もしていたし、今はイタリア人と契約したお陰でパスタ料理などのレパートリーも増えた。ただ今作りたいものは、何時も作ってきたものとは違う。こういう、女の子らしい、可愛らしいものだ。
「簡単なのは出来るけど、お菓子とかあんまり自身無いわ」
「お菓子作りたいの?」
 ジゼルがカップケーキを指差すと、トーヴァがにっこり微笑んだ。
「うん。彼氏に、食べさせてあげたいなーとか」
 やや間が有って、皆の視線が一斉にトーヴァへ向いた。
「トーヴァさんの恋人!? 初耳です」と、驚く輝きに続いて「私も知らないよ!」とジゼルが声を上げる。
 そしてふと頭に過った事を、瑞樹が皆を代表する様に恐る恐る口に出した。
「……キアラさんは? 知ってるんですか?」
「言ってないよ。付き合って一週間経ってないもの」
「うわあ…………」の声はキアラのお姉様愛を知る皆が揃えて漏らした。
「ねーねーどういう人? イケメン? イケメン?」
 灯が身を乗り出してくるのに、トーヴァは彼の姿を頭に思い浮かべているようだ。白い頬にほんのり赤い色が宿る。
「うーん、イケメンはイケメンよね。目つきは悪いけど」
 別に何と言う事は無い言葉なのだが周りは「おおっ」とどよめいて、イチイチ大げさな反応だ。
「毎日会ってるけど、会う度に花をプレゼントしてくれるの。可愛くてきゅんとこない?」
 今度は「あー」とか「わかるかも」とかそれぞれが口にする。
「あとちょっと嫉妬深いよーな……、『他の男とはもう寝るな』って言われたわ」
 それは当たり前だと、皆が顔を見合わせた。
「でもそこがまた情熱的で……」
「好きなのね」
「うん」
 ジゼルの言葉に答えたその一瞬、何時ものお姉さんの顔が初恋を知った乙女のように愛らしく変わるのに、皆が椅子の上でぐにゃぐにゃと悶えた。
「写真とか無いんですかー?」と聞いたのは矢張り灯だ。
 が、その後クラッチバッグから端末を取り出し、トーヴァが開いた画面を覗き込んだジゼルが「え」と表情を固まらせる。
 画面の向こうでトーヴァがぴったりと寄り添う人物の顔に、覚えがあったからだ。
 この人は恋人も居た筈だと思うと頭の中がグルグルと回る。
 『明日死ぬかもしれないなら、今日出来る事は今日やった方が良い』という理念の元とことん貞操観念が軽いらしいトーヴァだったが、恋人の居る相手とは一定の節度を保った付き合い方をしているのは知っている。まさか何かの間違いではという思いで、ジゼルは重い口を開いた。
「これ……、ディオン先生じゃないの?」
「んーん、ディオン先生てディミトリアスでしょ。
 この人はそのお兄ちゃん。先生じゃない方のディオンさん」
 ディミトリアスと同じ顔をした双子の兄の存在を思い出して、ジゼルは青かった顔を一気に赤く染めた。
「えっ! あ、そっかごめん! え、ちょっと待って何時!? 何時知り合ったの!?」
「この間のゲームの時よ」
 知り合いが登場するとは思っていなかったらしいジゼルが「きゃー! うそー! すごいー! うそー! うそー!」しか喋らなくなっている間に、トーヴァは端末の写真を愛おしそうに見てから輝へ向き直った。
「落ち着いたら今度輝くんとシエルちゃんにも紹介させて。さっき言った通り目つき悪いし、ぶっきらぼうだけど……案外優しい人だから」
「あ、はい。是非」
「人間で居られる時間短いけど」
「え?」と輝が質問しなおそうとしている間に、飛んでいたジゼルが戻ってくる。
「はー、やばい、汗かいた。もう、超びっくりした!
 じゃあ、うーん、早めに予定たてとこ。お料理教室。瑞樹とトーヴァと予定合う日に。何処が良い?」
「あっ、じゃあ私はこの辺りが――、トーヴァさんはどうですか」
「そーねぇ……仕事はいいんだけど――」
 互いに出した端末のスケジュール帳画面を瑞樹とトーヴァが覗き込んでいると、「皆もくるよね」とジゼルが輝たちへ向き直って微笑んでくる。
 こんな調子でこの日は、紅茶がすっかり冷たくなってしまうまで、久々の友人との交流に盛り上がるのだった。