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【逢魔ヶ丘】戦嵐、彼方よりつながるもの:前編

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【逢魔ヶ丘】戦嵐、彼方よりつながるもの:前編

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第2章 要塞潜入


 丘の上空に停止する空中移動要塞は、古城にも似た堅固さで佇む。


 この要塞の正門を避け、建物の下部に回り込む。明らかに正式な通路ではない。石造りの外壁と、壁に使われているのとは少し違う石材の壁との間の、狭い空間だ。そこが、魔道書パレットが魔鎧グラフィティ:B.B――元・禁書『万象の諱』――から夢を通じたテレパシーで教えられた侵入路であった。
「通路というより隙間ね」
 道案内役のパレット、彼のパートナーの杠 鷹勢(ゆずりは・たかせ)とともにその道をくぐり抜けて、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は呟いた。人が行き違うことも出来ない狭さだった。もしも敵に行き合えば引くも進むもままなかろうと心配したが、幸い見回り兵にも行き合うことはなかった。そこの辺りも計算して教えてきたものと、パレットは己が半身である彼のことを信じているらしかった。
「何だか引っかからなくもないな。奇妙な構造だ」
 その通路から出てきたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)も、怪訝な表情で呟く。
「引っかかるって何? ダリル」
「この中だけ、外部とは質の異なる建造になっている可能性が高い」
「もしかして、例の特殊な部屋ってやつ?」
 鷹勢がパレットを見て訊く。コクビャクの幹部とブレーンである奈落人タァがいる特殊な部屋が要塞内にあるという情報も、パレットがグラフィティ:B.Bを通じて得たものだ。
「その可能性は高いね」
 パレットは慎重に言って頷いた。ダリルはその壁にそっと手を触れて、しばらく探るような表情でじっとしていたが、
「さすがにこの辺りからの侵入は無理だな。だいぶ厚い壁のようだ」
 呟いて手を離した。
「壁のすぐ内側がその特殊防護室なる部屋だとも思えん。この位置では、要塞の深部という感じではないからな。何層かの壁に覆われていると見た方がよさそうだ」
 ダリルは予め用意していた、機雷を持たせた『調律機晶兵』の一体を、念のためこの場に配置させた。
 ――いざという時にはダリルの遠隔操作で、それが爆発するのだ。


 やはりパレットに案内を頼む格好で彼らの後についてきたネーブル・スノーレイン(ねーぶる・すのーれいん)は、少し不安そうな表情で、その奇妙な厚い壁を見上げていた。
「グラフィティ:B.Bさんは……この中に、いるのかなぁ……」
 それとも別の、どこか、何か拘束されるような場所なのか。パレットによると急にテレパシーも途絶えたという彼の身を、ネーブルは案じていた。
 ――今、この要塞の下では戦いが起こっている。卯雪を守るキオネを、島を守る皆を助けるためにはコクビャクを何とかしなくてはならない。
(でも、一人一人戦ってたら……きっと消耗戦になっちゃう…よね……
 それに…今は島の人を人質に取ってるから…思うように動けない……)
 直接戦うという手段以外だけが、彼らを助ける方法ではない。潜入して警察側に情報をくれたグラフィティ:B.Bのためにも、地上のキオネ達のためにも、この移動要塞に潜入することを、ネーブルは選んだ。
「かぱぱぱっ」
 彼女の隣で、鬼龍院 画太郎(きりゅういん・がたろう)がいつものように、紙に筆をさらさら〜っと走らせる。
『充分気を付けて参りましょう、お嬢さん』
「そうだね……がぁちゃん……」


 取り敢えず一同は、この隙間のような通路を抜けて内部に入る。入ってすぐの扉を用心しながら開けると、半分物置のような半分リネン室のような部屋に足を踏み入れることになった。要塞内に住み込んで立ち働く構成員の居住区域もあるのだろう。そこで使う諸々のものの置き場と思われた。
「さっきの通路は外部から物資を運ぶのにも使われてるのかな。それにしては狭い通路だけど」
 部屋に入ると、先程見えていた異質な壁は内部の構造によって間取りの奥に隠れてしまったのか、見えなくなってしまった。
「もちろん、位置は記憶してある。特に問題はない」
 事もなげにHCを捜査しながらダリルが嘯いた。
「……人が…近付いてくる…みたい……1人じゃない……少なくても5、6人……」
 【超感覚】を使って聴覚を研ぎ澄ませ、入ってきたのとは違う扉に張り付くように立って室外の様子を窺っていたネーブルが、一同に告げた。
「見回り?」
「かも知れないけど、この部屋に何か取りに来るってことも考えられるんじゃぁ」
 鷹勢とパレットが緊迫の内に鋭く言葉を交わす。
「戦う?」
「できれば避けたいところだがな。あっという間に要塞中に侵入者を知らせる警報が鳴り響いたんじゃやりにくい」
 ルカルカは身構えたが、ダリルはそう言って渋い顔をする。ルカルカはネーブルのいる扉まで足音を潜めて近づくと、細心の注意を払って少しだけ開けて、外を見た。廊下が左右に伸び、どちらも廊下の先はここからでは見極められない。廊下を動く影は今のところ見当たらない。ネーブルの超感覚がやっと拾った、小さな小さな音だった。
 その音は左から聞こえたとネーブルは言った。
「じゃあ試しに、右の方へ行ってみましょうか」
 ルカルカはそう言って、ダリルやパレットたちに合図した。
「あ…念のために……私と、がぁちゃんは…少し遅れて、様子を探りながら……行こうか…なって……」
 ネーブルがそう申し出た。
 船内がどんな人員配置になっているかもわからない。あまり多人数で移動すれば見つかる可能性もあるだろう。少し離れて移動することで、先に行く方は気付かなかった危険も感知できる場合がある。ルカルカは頷いた。
「それじゃあ、お互い気を付けましょう」
「無理しないでね!」
 ルカルカとパレットの言葉にネーブルはこくんと頷く。彼女と画太郎以外のメンバーは、そうして周囲に警戒しながら出ていった。
 しばらくの間、部屋には物音一つなかった。
「じゃあ、そろそろ、私たちも…行こうか……がぁちゃん……」
「かぱぱっ」
 筆で『行きましょう! 必ずグラフィティさんを捜し出しましょう』と書いて意気込んでみせる画太郎にもネーブルは頷き、2人は取り敢えず【光学迷彩】を使って足音を忍ばせ、出ていった。廊下の左端の方に、数人の人影が見えた。しかし2人に気付いた様子はなかった。
 気付かれぬうちにネーブルと画太郎はこの廊下を抜けて去っていった。


 なので、この、パレットらと共に潜入した先発隊のメンバーは誰一人、その後この部屋で何が起きたのか知らなかったのである。



「本当に大丈夫なのかなぁ、“アレ”……」
 5人の、まだ若い魔族の構成員が、とぼとぼ、といった感じで廊下を歩いていた。
「俺らに分かるわけねぇよ。どうせ俺らみたいな下っ端には、何が起きても最後まで教えてもらえねーんだぜ」
「あたしらっていつまでここで、こんな腐ったみたいな雑用させられるわけ?」
「戦いなんてたりーよな正直。ぶっちゃけ俺、コクビャクの理念とかよくわかんねーから」
「そういや、例の魔鎧ってどうなったんだ? ……考えたら怖いんだけど」
「とにかく、ここにいる間はまぁ、戦いとも灰ともかかわらなくていいんだからさぁ」 
 先頭を歩いていたアリスの少女が、いかにも憂鬱そうに吐き捨てた。
「さっさと運んじゃおうよ、シーツと枕」
「あー」
「まだ綺麗なのあったっけ? 倉庫に」
 そして彼らは何も知らずに、つい数分前まで侵入者たちがいた部屋に入る。

 そこには――

「!!?」

 新たな侵入者がいた。





 ルカルカやネーブルたちが潜入を開始した頃、
 空中に鎮座したキ巨大な要塞を見上げて戦慄する島民たちに混じってキラリと輝く瞳があった。
 それが桜庭 愛(さくらば・まな)だった。
(あの移動要塞……うちの女子プロレスの試合会場にできないかな?)

 団体の本拠地が欲しい!!

 ――その一心で、警察が待機させていた小型飛空艇を使って如何にも潜入の後発隊の振りをして、先発隊が通ったのと同じ道を通って潜入したのであった。


「な、なんだ、お前!!」
 そうして侵入してきて、こうして出し抜けに敵と対峙したわけである。
「あら、あなたたちちょうどいいわ! ね、エンジンルームみたいなところ知らない!?」
「はっ!?」
 堂々と敵地に侵入してきて誰何には答えず逆に質問してくるゴーイングマイウェイぶりに、若い構成員たちは唖然となる。
「ちょっ、やばいんじゃね!? 侵入者って」
「誰か呼ぼ誰か」
「あーっ、ちょっと待ってっ!!」
 扉へと踵を引き返しかけたアリスの少女に向かって、ワンピース水着着用の愛のボディが薄暗い倉庫の宙を蝶のように舞った!!

「ぐえっ!」
「ねぇねぇ、あなた可愛いわね! うちの団体入らない!?」

 ――もしこれが、戦いに長けて殺気立った年長の構成員だったら、愛は問答無用で反撃を喰らい、場合によっては撃退されていたかもしれない。
 だが、そこにいたのは皆、構成員としてザナドゥから引っ張られてきたはいいが、組織への忠誠心を充分に育てられる前に雑役に回され、自分たちの従事するものの意味も理解できぬままこき使われる若者たちだった。構成員とはいえ、いわば「バイト」のような感覚だ。半人前扱いすらされていない、下っ端中の下っ端だった。

 それゆえそこからこの若者たちは、溢れるプロレス愛だけを燃料炉として突っ走ってやってきた愛の、自称『肉体言語による説得』をモロに喰らう羽目になったのだった。