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一会→十会――絆を断たれた契約者――

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一会→十会――絆を断たれた契約者――

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【シャンバラ: 自分を失いつつある者たち】


「……何? 僕に何か用?」
 アッシュと馬宿の姿を見るなり、フィッツ・ビンゲン(ふぃっつ・びんげん)があからさまに不機嫌といった様子を見せる。
「彼は採石場には行ったが、その時は単独だった。パートナーが囚われたわけではないにも関わらず同様の症状を起こしている」
「……彼から僅かだが、ヴァルデマールの魔法の波動を感じる。
 確か彼は、自分は先祖のかけた魔法が失敗して呪いを受けた、パラミタに来たのはこんな自分でも変な目で見られないで済むと考えたからだ、と言っていた。契約者は絆によって成立している、今その絆を断つ魔法の影響で契約者としての意識が薄れた結果かもしれない」

 小声で話し合うアッシュと馬宿、その様子が気に入らなかったのだろう、フィッツが不機嫌ぶりをさらに強めた。
「何だよ、ヒソヒソとさ。誰なんだい君たちは?」
「あ、ああ、済まない。僕はアッシュだ」
「アッシュ? 君もシンデレラのお仲間かい?」
 交わされたやり取りに、馬宿が眉をひそめる。彼が抱いた疑問は直後にアッシュが『僕の名前と『灰かぶり』は同じ文字列が含まれているんだ』と答えたことで解消された。
「僕はアッシェと呼ばれてる。……シンデレラの物語と違うのは、義理の母とその子供らにいじめられるだけで魔法使いともお城の舞踏会とも縁がない事さ。僕に希望なんて残ってないんだよ。どうせここで朽ち果てるのがお似合いなのさ」
 どうやら一部の記憶が欠落し、補われる際にネガティブな方向に補われてしまったようだ。馬宿と頷き合ったアッシュは彼を元に戻そうと試みる。
「思い出すんだ、フィッツ。今の君は本当の君じゃない」
「何を思い出せって? いつからここにいたのかすら思い出せないのにさ!
 御先祖様の失敗で呪われた僕は家族に厄介払いされたんだ。お父さんにもお母さんにも見捨てられて……きっと思い出したくないくらい酷い捨てられ方をしたんだろうね。今の辛さなんて、その事に比べればきっとましなんだ。
 それなのに、僕に何を思い出させる気なんだよ!? やめてくれ!」
 明らかな拒絶の意思を示すフィッツ、ほんの僅かの力でこれだけの影響を及ぼすヴァルデマールの魔法に改めて脅威を覚えながら、アッシュはさらに一歩踏み込む。
「忘れてしまった? いや、君は覚えてる! そうだろ?
 僕、アッシュ・グロックはフィッツ・ビンゲンの友達だ!」
「!? 友達だって!?
 何を言っているんだい、僕は君のことなんて知らない。僕に友達なんて居るわけない、どうせからかっているんだろう?」
「君には僕が、君をからかっていると見えるのか?」
 視線を逸らすフィッツの肩をアッシュが掴んで、自分の方を振り向かせる。同時に手から魔力を送り込むと、馬宿の目にもフィッツを取り巻く鎖のようなものが見えた。
「友達なんて……居るわけがない。ありっこないよ……」
 フィッツの言動にも戸惑いが生まれ始める。そのままアッシュが魔力を送り続けていると、彼を縛っていた鎖はカタカタと揺れ始め、やがて弾けるように消えていった。
「彼にかかっていた魔法は微弱だったから、僕でも解除出来た。
 ……でも、他の契約者は簡単にはいかないだろうね」
 一息ついて馬宿に振り返ってそう口にしたアッシュの目の前で、へたり込んでいたフィッツがゆっくりと立ち上がる。
「……ここは……あれ、僕はどうしてこんな所に……。
 ん、アッシュ、どうしたんだい?」
「……どうやら、思い出したみたいだな」
「? 何のことだい?」
 事態が分からず、フィッツは首を傾げるばかりであった。


「なんだ、君は? 私は今鍛錬に忙しいのだが。
 そうだ、君もやっていくか? すがすがしい気持ちになれるものだ」
 的に向かい弓を引いていた双葉 京子(ふたば・きょうこ)が、彼女の下を訪れた馬宿とアッシュに振り向いてそう口にする。京子のパートナーであるは魔法世界に囚われており、今の彼女はどこか古風な雰囲気を漂わせていた。
(……乱れた素振りを晒してない分、話しやすいのは助かる)
 そう思い、馬宿は最初から事実を提示する。あなたには真というパートナーが居た、筋骨たくましい燕尾服を常に身に付けた彼をあなたは執事として迎えていた、と。
「私は仕える立場の人間だ、そんな私が誰かを使役するわけが無かろう?
 ……あまりふざけた事をいう様なら、さすがにお引き取り願いたい所なのだがな」
「何も思っていないのか?」
 非難する言葉ながらその口調に戸惑いが含まれているのを聞き取った馬宿が追求すれば、背を向けた京子が暫く沈黙した後ポツリ、と語る。
「……何故だろう……君が言うその燕尾服というものだろうか……それを着た誰かの姿が、声が感じられるような気がするのだ……
 この胸に去来する気持ちはなんだろうか。分からぬ……」
 京子の背中を見守りつつ馬宿がちら、とアッシュに視線を向ければ、アッシュは(彼女にかけられた魔法はそれなりに強固だが、綻びもある)と目線だけで告げた。
「……よし。この気持ちの正体を知るためにも、君達についていくことにさせてもらう。何もなかった場合はそれでよし、何かあるならば……それもまたよし、だ」
 そうして、図らずも自らヴァルデマールの魔法を抑え込んだ京子は、二人と共に採石場へ向かうことを約束してくれた。


(何だ、ここは……。ここは妾の居る所ではない……葦原? 違う、そこではない……。
 ……そうだ、妾は封じられていた。我が城にて永遠に……だのに何故妾はここに居る?
 誰が、妾を解き放った?)
 エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)の胸にわだかまる思いは、彼女を当てもない放浪の旅へと誘おうとしていた。そんな彼女を引き止めるべく馬宿とアッシュは接触を試みる。
「ぬ? 貴様等は何だ? 何か知っているのか?」
「ああ、知っている。あなたには唯斗というパートナーが居た。彼は今こことは別の世界に囚われの身となっていて、あなたはその影響で記憶に混乱をきたしているのだ」
 事実を語る馬宿の言葉を黙して聞いていたエクスは表情こそ晴れなかったが、それまでのどこか呆けた顔から直っていた。アッシュに目配せすると彼は、彼女を取り巻く鎖が綻び始めている事を伝えてくる。
「不可解過ぎるな……気に入らん。事態が掴めぬことが妾には気に入らん。
 ……良い、貴様等に付いて行こう。そうすれば何がしか掴めるであろうからな」
 目に一筋の光を宿らせ、彼女も馬宿とアッシュと、採石場へ向かうことを約束してくれた。

「さて、ここまでは順調と言っていいだろう。……もちろん、そうばかりではないだろうがな」
 馬宿がそう口にし、次の契約者の下へ足を向ける。次の相手はアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)、彼女はやはり魔法世界に囚われてしまったさゆみと恋人の関係にあった。
 それだけ繋がりが強い事でもあり――決して、恋人関係でないからといって繋がりが弱いわけではない事をフォローしておく――、パートナーを失った今、どうなっているかは知れたものではなかった。
「行こう、馬宿。彼らがそうなったのは僕に責任がある」
「……気負い過ぎるのは好ましいことではないぞ? 責任は俺を含め等しくある、それを忘れないでくれ」
 足が止まったアッシュを追い越し、馬宿が先を歩く。
「……そうだな。頼りにさせてもらうよ、馬宿」
 遠ざかる背中にそう告げて、アッシュが駆け足で馬宿に追い付いた。


「えぇ、その方がとてもよくお似合いですわ。やはり屑は屑らしくしていませんと」
 闇が辺りを支配する頃、人気の消えた路地裏にアデリーヌの姿があった。彼女が見下ろす先には手足をあらぬ方向に曲げられた男性が数名、呻き声をあげていた。
「テメェ……ここまでやっておいて、ただで済むと思うなよ!」
 彼女に踏みつけられていた男性が威勢よく叫ぶが、アデリーヌには男性が自分に対して怯えを抱いていることを見抜いていた。
「先に手を出したのはあなた方でしょう? わたくしをか弱い女と思っての事かもしれませんが、残念、わたくしは吸血鬼。見た目とは大きく異なりますの」
 アデリーヌの言葉は彼らにとっては真実であった。事の発端は些細なもので、道端にたむろしていた彼らをアデリーヌが嘲笑しながら通り過ぎただけの事なのだが、彼らにとってはそれが気に入らなかったらしい。外見は間違いなく美女のカテゴリに入るアデリーヌ、一発痛い目を見せてあわよくばと目論んでいた彼らは直後、アデリーヌが男性以上の腕力でもって自分らをねじ伏せるのを目の当たりにした。
「さて、ここからどうしてやりましょう。本当ならこんな塵芥、相手にする価値すらございませんけれど――」
 アデリーヌの言葉は、そこに現れた2つの影によって止められる。
「止めるんだ、アデリーヌ。こんな事をしていても何の解決にもならない」
「……気安くわたくしの名を呼ばないでくださる? この下郎」
 足元の男性を蹴り飛ばし、アッシュへ振り向いたアデリーヌは、元々のどこか気弱そうに見える雰囲気から一変、高圧的な態度を隠そうともしなかった。それは一般的に高貴な立ち振る舞いをする吸血鬼らしいものだったが、やはりパートナーとの繋がりを絶たれた影響は大きいようだ。
「君にはさゆみというパートナーが居たはずだ。彼女は今、囚われの身となっている。
 君はさゆみと愛を誓い合った仲だろう? 思い出してほしい、そしてさゆみを助けるため、力を貸して欲しいんだ」
 さゆみ、という単語を耳にして、アデリーヌの眉がぴくり、と蠢く。――と、突然アデリーヌが地面を強く蹴ってアッシュへと飛びかかった!
「ふっ! ……随分と荒々しいな」
 間一髪、馬宿が間に入り鉄扇でアデリーヌの攻撃を受け止める。この時のアデリーヌにはさゆみのことと、彼女を苦しませ続けたアッシュを憎む気持ちが吹き出していた。名前を聞いただけでこうして反応を見せた所は、やはり二人の絆が強い証拠であろう。
「どうする? ここで俺に打ち倒されるか、さゆみを助けるために行動するか、選べ」
「……その名を貴様等が、口にするなァァァ!!!」
 激昂と共に振るわれた力を、馬宿は受け止めるのではなくその力を利用して後方へ突き飛ばす。その程度では倒れることはなく地に足を着け、アデリーヌは二人を睨んでいたがやがて踵を返し、目の前から駆け去っていった。おそらくは採石場へ向かったのだろう。
「……ふぅ」
 鉄扇を仕舞い、馬宿が深い溜息を吐く。あの問いかけでアデリーヌが矛を収めるかは、賭けな部分があった。もしアデリーヌが二人を打ちのめしてからさゆみを助けに行く選択をしていれば、馬宿も決して無傷とはいかなかっただろう。
「彼女たちの抱えているものをどうにかすることは……難しいだろうな」
「こればかりはな。最終的には本人次第だ」
 呟き、とりあえずの目的を達した二人はその場を後にする。


「あっはっはっはっ! 今日の盗みも絶好調だぜ!
 これだから怪盗はやめられないぜ――おおっ!?」
 笑いながら逃げていた八草 唐(やぐさ・から)は、途端に自分の足が言うことを利かなくなる事態に首を傾げた。
「すまない、少し操らせてもらった。絆は絶たれても契約者としての力は残っているみたいだな」
 唐の前方にはアッシュが、後方には馬宿が立ち、唐の逃げ道を塞ぐ。彼は枝々咲 色花(ししざき・しきか)と採石場で別れて以降、契約する以前の行いに精を出していたが、たまたま狙った先が馬宿とアッシュだったのが運の尽きだった。
「枝々咲色花、その名に覚えはないか?」
「あ? 色花? 誰だそいつ? 何を言ってるのか全く分からねぇよ!」
「あなたは彼女と契約を結んだ、そして今彼女は囚われの身になっている。彼女を助けるために力になってほしい」
 馬宿の言葉に唐は反論するが、続けてかけられたアッシュの言葉に、唐は目眩を覚えるように頭に手を当てながら呟く。
「何だ? 何か頭に引っかかりやがる。
 ! ……そうだ、確か……」
 唐の思考は、ある一時点の過去に飛んだ――。

「ちくしょう、しくじっちまった……はは、こんな所で終わるたぁ、俺も落ちたな」
 ふらふらと歩いていた唐が、ついに力尽き地面に崩れ落ちる。彼はいつものように盗みを行っていたが、脱出が一歩遅れ腿を銃で撃たれ、追手を振り切ることには成功したもののもう動けない状態になっていた。

 しかし、唐は助かった。それは彼を助けた人が居たから。

「そうだ、俺はあの時こう言ったんだ。
 『盗みをやるより、テメェについて行った方が面白いかと思っただけだ。これは恩返しじゃねぇ。けど、俺はテメェと──してやる』。
 ……クソッ! 何でそこだけ思い出せねーんだよ!」
 イライラをぶつけるように、傍にあった物入れを蹴り飛ばす。無論それだけで彼の失ったものが返ってくることはない。
「……取り戻したいとは、思わないか? 俺達は取り戻す術を知っている」
「……チッ、胡散臭ぇな。……けど、今はその言葉に乗っかってやるよ」
 馬宿の言葉に、唐は渋々といった様子で了承してくれた。


 馬宿とアッシュが契約者の下を訪ねている最中、自ら身に起きている異変に気付き、解決を試みようとする者たちも居た。
 絆を絶たれた、と表現したが、実際に絆は絶たれていない。“鎖”によって細く狭められながらも、振り解こうとする力はまさに“絆の力”であった。

「フィアナ殿ー! フィアナ殿、何処に居るか!」
 大声でフィアナ・コルト(ふぃあな・こると)の名を呼びながら探していた木之本 瑠璃(きのもと・るり)は、庭先の片隅でまるで消えそうになっているフィアナを見つける。
「なあ……この気持ちは何だ? 心の中から何か大切なモノがすっぽりと抜け落ちてしまった、この感覚は……」
 自らの身体を抱き、蒼白と表現できる顔で瑠璃を見るフィアナ。彼女らのパートナーであるなぶらは魔法世界に囚われの身となっており、採石場から脱出することは出来たもののフィアナは日々、得体の知れない不安に苦しんでいたのだった。
「今にも崩れ落ちそうになる……私はこの失ったものにどれほど、支えられていたのであろう……」
 がくり、と力が抜けそうになるのを、瑠璃がフィアナの肩を掴む事で留める。
「確かに吾輩達は、大切な何かを失ったと思うのだ。だが……いや、だからこそ、その何かを絶対に取り戻さねばならないのだ!」
「取り戻す……?」
 瑠璃の言葉にフィアナが顔を上げた。そうだ、と強く頷いた瑠璃は続ける。
「心に開いた隙間は、今はそれを求める想いで埋めればいいのだっ!
 今ここで吾輩達が崩れてしまえば、その隙間は二度と埋める事が出来なくなってしまうのだ。そうなる前に、そう……きっと、取り戻すのだっ!!」
 瑠璃の、絆を絶たれてもなお自身を奮い立たせる情熱に、フィアナの消えかけていた心の灯火が煌々と灯る。
「……そう、だな……。まだ手遅れではない、そういうことだろう、瑠璃?」
「そうなのだ! 吾輩達はまだ完全に“負け”てはいないのだ!」
「……確かに私達は一度負けた、何に負けたのかすら分からない……だが、負けをひっくり返す力はこの身にまだ宿っているはずだ。
 負けをひっくり返し、抜け落ちたものを取り戻す……絶対に!」
 瑠璃から手を離されたフィアナは、今度はしっかりと自分の足で立ち、決意を口にする。
「そう、これこそがヒーローの姿なのだ!」
 今や瑠璃の情熱は迸るほどに燃え盛っていた。……なんだかなぶらの方が『助けられるヒロイン』のような気がしてくるが、まぁ些細な事だろう。


「ノーン、さっきから落ち着きないよ、どうしたのさ」
 千返 かつみ(ちがえ・かつみ)の問いに、フードの中に入っていたノーン・ノート(のーん・のーと)が答える。
「うーん……なんか違う気がするんだ。前はもう少し可愛げのある人物の中に入っていた気がするが……」
「何だよそれ、俺は確かに可愛げないかもしれないけどさ」
 ぶっきらぼうに返しつつも、かつみは心にわだかまるモノを抱えていた。自分は確かに約束をしたはずなのだ、何があっても助けに行く、と。
 それなのに、誰とその約束をしたのかが思い出せない。
(何、これ……? なんかすっごい、イライラする)
 段々と険悪な雰囲気になっていくのを、エドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)の言葉が払拭する。
「私は、ここにもう一人居るべき人がいる、そう思う。これを見てほしい」
 そう言って見せられた端末には、自分たちが脱出してきた採石場が映っていた。それを見たかつみは、約束をした人とここで別れたような感覚を得る。
(そうだ、俺はここで――あぁ、畜生。
 でもきっとそうだ、ここに行けばあいつを――助けられる)
 そんな確信と共に、かつみはエドゥアルトとノーンに、画像の採石場へ向かう提案をする。
「彼はきっと今も泣いているように思う。一刻も早く助けてあげたい」
「私の落ち着ける場所は、きっとその彼に関係しているはずだ。行こうではないか」
 二人は提案を受け入れ、戦いのための準備をして採石場へと向かった。


「やれやれ、まさか私が『豊浦宮』の仕事を本格的に手伝うようになるとはな」
 馬宿が契約者の下へ足を運んでいるため、『豊浦宮』の運営は高天原 姫子が主に請け負う形になっていた。自分にとっての先代が築いた都を自分が運営するという不思議な事態に、姫子は呆れつつもそれを決して悪く思っていないことに気付いていた。
「姫子さんっ!」
 と、そこに次百 姫星(つぐもも・きらら)が扉を勢い良く開けて入ってくる。
「姫星、バイトとやらは終わったのか?」
「バッチリです! 今日一日は空けても大丈夫というお墨付きをもらってきました!」
 そう報告する姫星。経緯を語っていくと――。

 最初は採石場に行くジゼルの代わりに、彼女が看板娘となっている蒼空学園の付近にある定食屋『あおぞら』の補充要員として臨時アルバイトに入っていたのだが、帰ったら報告がてら寄ると聞かされていたものの、ジゼルは閉店後も帰っては来なかった。
 翌日あおぞらでアルバイト見習いをしているアレクの妹ミリツァ・ミロシェヴィッチ(みりつぁ・みろしぇゔぃっち)から電話を受け取り、慌ててまたジゼルの代理でアルバイトをし、それから数日。いつまで経ってもジゼルは戻らない。
「――ツェツァとトゥリンは、葦原の用事で出ていて帰ってくる迄まだかかるのよ。プラヴダも米軍も調査中だと言って、私には何も答えてくれなかったのだわ。
 軍が関わるとこういう秘密主義は珍しくはないけれど、そんな事があるのなら二人も暫く留守にすると教えてくれていいのではなくて?
 大体あのジゼルが何の予告も無しにアルバイトを休むだなんて、普通では無いとしか言えないわ」
 二人の自宅は家族の集まる場所だ。合鍵を持つミリツァは、当然家に行っていた。だがあれから二人が帰った様子は無く、部屋はがらんとしていたらしい。
「『反響』は使ったんですか?」
 姫星はミリツァが使う空間の位置を把握する能力で、二人の居場所を調べたのかと質問する。
「ええ。ジゼルは此処からかなり離れたところに居て、シュヴァルツェンベルク候やフレンディス、歌菜が一緒なのが分かったわ。何故そんな事になっているのか分からないけれど、一先ず彼女は問題無いでしょう。
 けれど問題はお兄ちゃんの方よ……。シャンバラにも、ジゼルの傍にも見つからないの。
 もし地球に居たとしても、微弱になら反応を掴める筈なのに。何の感覚も帰って来ない。このミリツァの反響に反応しないなんて…………、一体何が起こっているというの?」
 何も出来ない悔しさに表情を歪ませミリツァが語る内容に、何かおかしいと感じた姫星は姫子に連絡を取った。姫子から事情を聞かされた姫星は、ミリツァにその事を打ち明ける。
 兄を心から慕うミリツァがそんな話を聞けば卒倒してしまうのではと思われるような内容だったが、彼女は全てを把握すると「それなら安心ね」と優雅に微笑んで見せた。
「異世界に飛ばされたと言っても、ミリツァのお兄ちゃんがそう簡単に『くたばる』筈が無いもの。
 それにしても異世界とは大きな話ね。…………そう、そう言う事なの。姫星、ありがとう」
 ミリツァの事件についての話はこれきりだった。姫星の方は本当ならすぐにでも助けに向かいたかったのだが、そのせいでシフトに穴を開けては後々ジゼルに迷惑がかかる。というわけでグッと堪え仕事を通常の3倍こなし、どうにか一日の空きを作ってもらってこうして駆けつけた次第だった――。

「既に馬宿とアッシュがヒラニプラの採石場へ向かっている。お前も向かってもらえるか」
「了解です! 百魔姫将キララ☆キメラ、ジゼルさんの記憶を取り戻すため、姫子さんの大切な人を取り戻すため、出撃しちゃいます!」
「いや、私は別に――って、行ってしまった」
 姫星の言葉を訂正しようと声をかけるも、既に姫星の姿は無くなっていた。あの猪突猛進ぶりは時に混乱を引き寄せることもあるが、それが実に彼女らしいな、とも思った。
「……無事に帰って来い、姫星」
 そっと呟いた言葉と共に、姫子は掌に魔力を集め、今頃採石場へ全力ダッシュしているであろう姫星を追わせるように飛ばした。