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一会→十会――絆を断たれた契約者――

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一会→十会――絆を断たれた契約者――

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【ヒラニプラ採石場: いざ、再戦】


 アッシュと馬宿はシャンバラを駆け回り、思い当たる契約者に呼びかけを終えた後、プラヴダと連絡を取りつつ、気を引き締めて件の採石場へ再び足を向けた。
 そんな矢先――、
「あっ、見つけた。おーいアッシュ君!」
 爽やかな声を発し、ドクター・ハデス(どくたー・はです)が二人の元へやって来た。
「どうした、ハデス?」
「ハデス? それは誰のことだい? 僕は高天原御雷だよ」
 キョトンとしてそう答えたハデス――以後しばらく御雷と描写――に、アッシュは「え? あ、ああごめん! 別の人と勘違いしていたみたいだ」と謝罪する。そのくらいアッシュの中の記憶のハデスと、今のハデスは食い違っていたのだ。
 彼もまた、高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)ハデスの 発明品(はですの・はつめいひん)との繋がりを絶たれた事で、性格が変化していた。
 しかし『高天原 御雷』は、彼の本名である。
 彼はある事故から重傷を負った妹――咲耶を助ける為に命がけで契約を交わし、彼女を守る為にドクターハデスと名乗るようになった。そういった経緯を鑑みれば、これは変化というよりも――御雷という名前が本名である事といい―――本来の姿へ戻った、と言えるのかも知れないが……。
「気付いたらここに居て、僕は自分の名前以外殆どの記憶を失ってしまったみたいなんだ。
 でも、ほんの僅かに残っている記憶が、採石場に僕の失われた半身が捕らえられているって告げている。だからお願いだ、僕を採石場へ連れて行ってくれ!」
 そう訴える御雷は、聞いた者がそうそう断れない雰囲気を発していた。すっかり毒の抜けたこの優しい青年を前に、馬宿とアッシュはほんの一瞬、彼はこのままの方が良いのではないかと思い至ったが、彼のパートナーがどういう状況にあるか分からない以上放っておく事は出来ない。
「分かった、一緒に行こう、御雷」
 アッシュの言葉に、御雷は笑顔を見せて「ありがとう!」と告げたのだった。

 ――その頃、咲耶はというと。

「ゴズ様、もうすぐここに契約者の集団がやって来ます」
 亜人を身の回りの世話に使役し、ふんぞり返っていた『君臨する者』ゴズは、膝をつき頭を垂れながら報告する人物――咲耶を一瞥する。
「ふん、アッシュとその残党どもが、何が出来る。俺は魔法の維持に忙しい、奴らの迎撃はお前がやれ」
 半ば投げやりの指示を、咲耶は分かりました、と受け取り、立ち上がってもう一度礼をすると背を向けて歩き去る。
「……良いのですかゴズ様? あの女は元契約者ですぜ?」
 亜人の一人がゴズに耳打ちする。この前の戦いで彼女――咲耶はハデスを逃がすためここに留まった結果、ゴズの手に落ちた。魔法世界に落とされたわけではなく離れ離れになっただけのため、実は他の契約者のような症状を発さないはず……なのだが、単体であればゴズも『絆を断ち切る魔法』を行使出来た。今の彼女はそれにかかっており、時折身体に浮かぶ魔法の鎖がその証拠であった。
「俺の魔法は絶対だ。あいつが過去に何であろうと、関係ない」
 そうゴズに言われてしまえば、亜人もこれ以上言うことはない。引き下がった亜人には目もくれず、ゴズは早く魔法世界に落とした者たちが抵抗力を失い死ぬまで働き続ける奴隷にならないかと思っていた。

「フフフ……さあ、いらっしゃい、契約者。
 秘密結社オリュンポスの幹部、マジカル・サクヤが相手をしてあげるわ」
 丘の上から、腕から手にかけて浮かび上がった鎖に時折恍惚とした表情を見せつつ、咲耶が口にする。
 ――傍から見れば、咲耶はあえて今の状況を楽しんでいるようにも見えた。


「事件が起きているっていう採石場は、ここね……。大量の亜人が占拠してるって話だけど――」
 前方に目的の採石場を見つけ、ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)が事前に得た情報と照合しながら様子を探る。占拠しているだけならまだしも、契約者の中に行方不明者が出ている、となれば同じ契約者として放っておく訳にはいかない。
 しかも行方不明の人物の中には、彼女達が――ミリアはなんだか勝手に認定されていたが――兄と慕うアレクまで含まれているのだ。
 そんな次第で皆を引き連れやって来たのだが――。
「採石場さん、初めてだから楽しみなの。探検するの!」
 早速というかいつものことというか、本来は一行のリーダーであるべき立場にいる及川 翠(おいかわ・みどり)が率先して目的を――元々目的を明確に定めているわけではなかったが――乱しにかかる。
「私も行きたいっ!」
 サリア・アンドレッティ(さりあ・あんどれってぃ)が翠の言葉に乗り、二人は駆け出してしまった。
「ああっ、ちょっと、待ちなさいってば!」
 確認の作業に気を取られて対応が遅れたミリアが声を飛ばすも、既に遅し。二人の姿は遠くなってしまった。
「えっと、ミリアさん、ここで何が起きているのでしょう……?」
 三人の中で唯一、徳永 瑠璃(とくなが・るり)だけがその場に留まってミリアにここに来た理由を尋ねてきた。
「はぁ……今度からちゃんと話をしてからにした方がいいのかしら。でもちゃんと聞いてくれるとは思えないし……。
 あぁ、ごめんね、瑠璃。実はね……」
 ミリアが首を振って、瑠璃にここで起きているであろうことを聞かせる。
 つい二週間程前に彼女達とアレクらは空京で別の事件に巻き込まれた。
 その時、翠とサリアは加害者が知り合いであった事や、重傷を負ったアレクを見て激しく動揺し、戦いの中で集中力を乱すという大変危険な状態に陥った。
 それらからミリアは今回の内容をある程度伏せていたのだが、かえって逆効果だったと反省する。
「なるほど、分かりました。じゃあ早く翠さんとサリアさんを追いかけないと、戦いに巻き込まれてしまうかもしれませんね」
「そうね、急ぎましょ!」
 二人頷いて、翠とサリアの後を追った――。


「馬宿、敵の陣容が分かるか?」
 同じ頃、契約者と共にプラヴダが既に配置を終えている採石場のすぐ傍まで来たアッシュは、杖を手に前方を見据える馬宿に尋ねる。
「ゴズを中心に輪形の陣を敷いている。彼らの後方には採石場があって、この一部が魔法世界に繋がっていると推測される」
 聞こえてくる様々な音から、馬宿はまだ見えない敵の陣容をそのように判断する。
 するとアッシュは間を置いて、馬宿とドミトリーに向き直った。
「僕に先陣を切らせてもらえないか。ゴズも僕の姿を見れば戦力を集中させてくると思う。そうすれば必ず層の薄い箇所が出てくるはずだ、そこを攻めて欲しい」
 馬宿は一瞬、アッシュを心配する視線を向けたが、彼の意思のこもった瞳にその考えを破棄した。
 ドミトリーは「どんな感じでも合わせられるよー」と何時ものにやついた笑みを湛えたままいい加減に言うので、それでいいという事なのだろう。
 馬宿はアッシュの顔を、正面から見据える。
「分かった。……無理はするなよ」
「分かってる、こんな所で負けるつもりはないさ」
 馬宿の声にそう答えて、アッシュは仲間の元へ駆けていった。

「……うん、分かった。方針に従うよ。
 アッシュ、何だかちょっと、頼もしくなった感じだね」
 アッシュの方針を聞かされた契約者を代表するように、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が一歩進み出て答えた。こうしてアッシュに答えるルカルカは、普段彼女がどのように評されているか知らない者(今のアッシュ含む)にとっては『頼れるお姉さん』に見えたことだろう。
「ありがとう! 頼もしくなった……かどうかは僕には分からないけれど、精一杯努力するよ。
 行こう、敵の矢面に立つ危険はあるけれど、皆となら心配は要らない!」
 アッシュがそう契約者たちに呼びかけ、彼らを連れてゴズの待ち受ける場所へと進軍する。ルカルカも向かおうとして、隣で通信を試みていたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)に呼び止められる。
「コードはやはり、出てこれないようだ」
「……まあ、よっぽどの事があったんだろうね、うん」
 ダリルの報告に、ルカルカが曖昧な笑みで返す。変貌してしまったジゼルをなんとか連れ戻そうとしたコードだったが、まったく相手にされなかったことが堪えていた。
 先程二人がジゼルの姿を見た時も、彼女は何時になくナーバスな様子で、ハインリヒと歌菜とフレンディス以外には誰にも近付こうとしなかった。
 だが彼女の様子をすっかり変えてしまったこの事件の影響を外したとしても、ジゼルにはアレクという結婚相手が居る、これは紛れも無い事実。
 コードの行動は時に、その事実に照らし合わせると疑問を生む事があり、さらにはコード自身がそれを理解していない節がある。……まあ、この手の事例は理解できる者もそう多くないが、これは流石に理解してもらいたいところだろう。
「こればっかりは、コード自身でどうにか折り合いつけてもらうしかないよね。私達が言っても聞かないだろうし」
「聞くは聞くだろうが――」
 納得するかどうかはまた彼の問題だと、二人は思う。
「……とにかく、私達も行きましょ!」
 これらは今真剣に考えるべきことではないと判断し、ルカルカは問題を棚上げした。ダリルもため息を吐きつつ、ルカルカの指示に従う。


(あれ……? なんだろ、この気持ち……。
 ここで大切なモノと別れた気がする……そう、ずっと一緒に居るって誓った人と――)
 採石場への道程を駆けながら、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は何かを思い出そうとしている自分に戸惑っていた。左手の薬指を見る、そこには婚約した証がはめられていた。
(誰? 誰なの!? なんで私、その人のこと忘れちゃってるの!?)
 自分がとてつもない罪を犯しているような気分になる。……しかしそんな気持ちは坂を登りきり、眼前に亜人の軍勢を目の当たりにした時に吹き飛んだ。……いや、正確にはすり替えた、と言っていいだろう。

「お前たちが! お前たちが私から大切なモノを奪い取ったんだ!」

 裂帛の気合を声に乗せ、美羽は敵勢の一角に切り込む。他の場所でも同じように強い感情に支配された者たちが、指揮を執っていたアッシュや馬宿、プラヴダの兵士達の制止を振り切る形で亜人の軍勢へ突っ込んでいった。
 こうして、予期せぬ形で契約者と亜人の二度目の戦いは始まることとなったのであった。

(えっ? ちょ、ちょっと待ってください、こんな展開予想していませんって!)
 契約者の集団が現れるや否やいきなり戦闘が始まったことに、契約者側だけではなく亜人の軍勢側も驚いていた。亜人の軍勢側に付いていた咲耶も同様である。
(もう、どうしてこうなるんですかっ!
 ……あれ? 前にもこんな事があったような気が……)
 頭に浮かんだ、何故か懐かしいと思える光景に咲耶は一瞬動きを止め、すぐに首を振って光景を打ち消す。
(知りません、知りませんっ、こんな人の事なんて!)
 苛立ちをぶつけるように、咲耶は契約者に向けて生成した炎をぶつける――。


 上で――彼女らにとっての上という意味――戦闘が始まった頃、翠たち一行は採石場の探索を行っていた。
「はぁ、結局こうなるのね……今日もこうして翠達の面倒を見てるだけで精一杯なのかしら……」
 ミリアが既に疲れたようなため息を吐く。前々から翠達の保護者的な立場に自分がなっていることは自覚していたが、そのおかげで予期せぬ出来事に巻き込まれる頻度が上がっているような気がしていた。「ふんふんふ〜ん♪ 探索楽しいの!」
「そうだね、楽しいね!」
 ミリアの心配をよそに、翠とサリアは上機嫌で探索を続けていた。
「あの、えっと……皆さん気をつけてくださいね」
 そんなミリアと翠・サリアを交互に見て、瑠璃が気休め程度の言葉を口にする。ゴズの軍勢もまさかこのタイミングで採石場の方に契約者が紛れ込むとは思っていなかったから、特に仕掛けも亜人も配置はしていなかったのだが、それを知る由もなく一行は区画の走破を目指して突き進んでいった。
「あっ、ここに何かあるの!」
 端末を覗き込んでいた翠が、部屋と部屋の間の通路で立ち止まったかと思うとそんな事を呟き、手にしたハンマーで壁を思い切りぶっ叩いた。
「ちょっと、こんな所でそんな事したら壁が崩れ――きゃああああ!!」
 注意しようとしたミリアが、天井から落ちてきた鉱石の雪崩を食らう。
「あれ? 違ったの」
「お姉ちゃん!?」
「ミリアさん!?」
 翠が首を傾げ、サリアと瑠璃が駆け寄り、ミリアを石の中から救出する。
「いたたたた……もう、どうしてこうなるわけ?」
 涙目で世の理不尽を訴えるミリアだが、幸いにもかすり傷程度で済んだようだった。どうも天井に置いてあった鉱石の袋から鉱石が落ちたらしかった。
「これ……見たことがあるわ。確かイルミンスールの魔法具の中に、近いのがあったと思う」
 近くの石を拾い上げて見たミリアは、これがイルミンスールで使われている魔法具の材料になっているのだと思い至った。
「そういえば、ここで事件が起きる前、ここで採れる鉱石を調査しに行くって話があったっけ。これを持ち帰れば、役に立つかな」
「? ミリアさん、どうしました?」
 瑠璃とサリアが、何かを呟くミリアを見つめていた。
「瑠璃、サリア、ここにある石を集めて頂戴。翠! 勝手に行かないの、あなたも手伝いなさい」
「え〜! まだ探索終わってないの!」
「ダメ! お姉ちゃんの言う事は聞きなさい!」
「は〜い」
 渋々といった様子で、それでも石を集めている内に楽しくなったのか、翠も積極的に石を集め始めた。
「これを校長先生と、『豊浦宮』の皆さんに届ければいいわよね」
 思わぬ収穫にミリアが、これでちょっとは私達も貢献できたかな、と思いながら作業を続ける。