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パラミタ・イヤー・ゼロ ~愛音羽編~ 

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パラミタ・イヤー・ゼロ ~愛音羽編~ 
パラミタ・イヤー・ゼロ ~愛音羽編~  パラミタ・イヤー・ゼロ ~愛音羽編~ 

リアクション

 六階・夜灼瓊禍玉の間


 飛び散ったガラスの破片のなか、夜灼瓊禍玉は大きなハンマーを握りしめて震えている。
 ひとりぼっちで棺に寝かされていた自分の境遇を受け入れられずにいた。
「体は大丈夫、タマ?」
 リネン・エルフト(りねん・えるふと)が彼女を気づかう。リネンに戦う意思はなく、穏やかに接しながら『銃型HC』で撮影しておいた三階の様子を見せた。
 そこに写るのは、棺で眠る夜炎鏡の姿。
「八紘零が裏切ったわ。あなたのお姉さんも……多分」
「そ、そんな……」
 夜灼瓊禍玉の震えが激しくなった。信じていた零による裏切りは、彼女の心をぐちゃぐちゃに掻き乱している。
「でも、心配しないで。お姉さんはきっと助かるから。そして、あなたもね」
 優しく、平易な言葉で説得をつづけるリネン。彼女のとなりではユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)が【レストア】をかけ、ガラスの破片で傷ついた夜灼瓊禍玉を癒していた。


「タマちゃんはお友達なのっ! だから……戦うのは嫌なの!」
 敵意とも恐怖ともつかない警戒心がまだ残る夜灼瓊禍玉に、及川 翠(おいかわ・みどり)が言う。
 夜灼瓊禍玉は前に会ったとき、彼女たちへ『お友達』だと告げていた。翠はその言葉を信じて、これからも友達でいられるようにと説得を試みる。
「タマちゃんとは……一緒に探検したり一緒に笑ったり一緒に遊んだりしたいのっ!」
――それは説得という名の、いわば仲良し宣言であったけれど。
 翠の素直な気持ちを感じたのか。夜灼瓊禍玉の震えはしだいに静まっていく。
「私もっ! タマちゃんとは戦いたくないの。ねえ……またいっしょに遊ぼっ!」
 サリア・アンドレッティ(さりあ・あんどれってぃ)も同じ想いだった。とにかくまた仲良くなりたい。彼女が願うのは、手を取り合って楽しい時間をいっしょに過ごすことだ。
 左腕を銃に変え、その銃口を向けることだけは絶対にしたくなかった。

 サリアが悲痛な選択を迫られないよう、ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)は『フレースヴェルグ』や『影に潜むもの』を召還していた。巨大な鷲や黒狼が、夜灼瓊禍玉の足止めを狙う。
 攻撃するためではない。それどころか、むしろ従者たちを親しげに擦り寄らせる。
「タマ。怖がらないでね。見かけはいかついかもしれないけど……慣れればすごく可愛いわ」
 あわよくば夜灼瓊禍玉に、彼らを気に入ってもらえれば良いなと考えるミリアだった。
「私だって、お友達でありたいです……。だけど……。みなさん、忘れてはダメですよ」
 この中でナターシャ・トランブル(なたーしゃ・とらんぶる)がいちばん戦闘を意識していた。慎重な彼女は、襲われた場合に備えていつでも【ブレイドガード】が打てるよう身構えている。もちろん戦わずに済むのがいちばん良いのだが――。
「ただ、仲良くなるだけじゃ……駄目なんですよ。タマさんが零を慕う気持ちを、すべて断ち切らないと」


「えーと。オレは、黙ってたほうがいいのかな?」
 フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)が遠慮気味に言った。彼女は前回の説得時にやらかしているので、自重していたのだ。
 しかし、夜灼瓊禍玉は微塵も警戒していない。
「あ……フェイミィさん」
 夜灼瓊禍玉の表情に、ようやく笑みのようなものが浮かんだ。
「この前は、お洋服を貸してくれてありがとう」
 すでに夜灼瓊禍玉にとって、フェイミィは『親切でセクシーなお姉さん』という印象になっていた。取り乱すようすのない夜灼瓊禍玉に安心した彼女は、ゆっくりと語りかける。
「――タマは前に言っていたよな。お姉ちゃん……天殉血剣と離れ離れになるのはイヤだって。でもよ、なにからなにまで一緒でいるってのが、愛することとは限らねぇんじゃねーかな」
 フェイミィが、夜灼瓊禍玉の頭をぽんぽんと叩いた。
「零との契約を心配してたみたいだが――。自分が忘れても、自分が忘れられても。たとえ、死んじまうことになってもさ。リネンを助けられるなら、オレはいくだろう」
 誰かのためなら死すら厭わない。フェイミィの説く自己犠牲に、夜灼瓊禍玉は新たな愛の可能性を知った。
「オレはさ。リネンのこと、命を懸けられるほど好きだよ。……フラれたけどな」
「ふふっ」
 オチっぽく話すフェイミィに、夜灼瓊禍玉は思わず吹き出していた。
 穏やかな空気に包まれる六階のフロアだったが。


――とつぜん、異変が起きた。
 意識を失ったように瞳孔を開いた夜灼瓊禍玉が、両膝から崩れ落ちたのだ。それは『三種のギフト』としての絆が解除されたことを告げていた。
 三階のフロアで、夜炎鏡が死んだのである。

 八紘零とパートナー関係にあった三姉妹だが、その契約は個々に結ばれたものではなかった。あくまでも、『三種のギフト』という形態の上での契約だったのだ。
 そして今、三女の夜炎鏡が死んだことで、『三種のギフト』としての結託は解除され、結果的に零との契約も無効化された。
 だが夜灼瓊禍玉はパートナーロストの影響で、生命力を著しく喪失している。
 零の呪縛から解放されたものの、糸が切れたマリオネットのように力なく横たわる夜灼瓊禍玉。
 フェイミィが【オープンユアハート▽】をかけたが、効果は薄い。

「タマ……聞こえる?」
 リネンが、どんよりと澱む夜灼瓊禍玉の瞳を覗きこんだ。まるで濁ったガラス玉のようだが、わずかに夜灼瓊禍玉の意志を感じる。
「彼女を救うには、再契約するしかありませんわ」
 スキルでの治療をあきらめたユーベルが、リネンに告げた。
 再契約。イレギュラーなかたちで行われる契りに、不安要素は多かった。無事に結ばれることはできるのか。結ばれたとして、契約前の記憶を保つことはできるのか――。
 しかし剣の花嫁であるユーベル自身、『武具系種族』の出身でありながら、契約後も記憶を保持している。
 実際にどうなるかはわからない。それでも、かつて似たような境遇で成功例があるというのは、大きな説得力になった。
 リネンはふたたび夜灼瓊禍玉と向き合う。残された最後の意志をふりしぼり、彼女は訴えている。

 あなたと、結ばれたい……。

「力が欲しいみたいね、タマ」
 リネンは覚悟を決めていた。 夜灼瓊禍玉の肩をつかんで、彼女は咆哮する。
「なら……くれてやるわ!」


――夜灼瓊禍玉の瞳に光が宿っていく。
 少女はふたたび契約の力を感じていた。しかしそれは、八紘零と結ばれたときに感じた、心が凍りつくような冷たさではなかった。
 そのまま微睡んでしまいたくなる、ぽかぽかとした温かさ。
 夜灼瓊禍玉がまぶたを開ける。目の前には、リネンの優しげな微笑があった。
「……わたしと契約してくれたの?」
「そうよ。うまくいったみたいで、よかったわ」
「ありがとう……。リネンさん……」
 タマは新たな絆に導かれるようにして、リネンの胸元へ飛び込んでいく。

「やれやれ。すっかり口説き魔ですねぇ、この人達は」
 襲撃の警戒を解いたミュート・エルゥ(みゅーと・えるぅ)が、満更でもなさそうに飄々と笑っていた。

 
 すっかり元気になったタマのもとに、サリアがとてとてと歩み寄る。
「……タマちゃん、はいこれ!」
 サリアの両手には、『わたげうさぎ』が1羽乗っていた。その名のとおり、大きな綿毛にしか見えないもふもふの兎。
「あのねっ。これ、タマちゃんにあげるっ!」
 わたげうさぎの進呈は、サリアにとって友情の証でもあった。
「すごい! もっふもふだね!」
「うん!」
「ありがとうサリアちゃん。わたし、これ大好き!」
 タマがうれしそうに、わたげうさぎを優しく撫でていた。

「どうやら、タマも目覚めたようね。――もふもふに」
【もふもふの達人】ミリアが、ふたりの様子を見守りながらニヤリと笑っていた。