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種もみ学院~荒野に種をまけ

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種もみ学院~荒野に種をまけ

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救援到着!


 種もみの塔の屋上にある種もみ学院の教室に一人残ったジークリンデ・ウェルザング(じーくりんで・うぇるざんぐ)は、せかせかと動かしていたペンを止めると大きく息を吐き出した。
 そして、空を見上げる。
「暑いわね……」
 額にうっすらとにじんだ汗をぬぐい、何となく教室を見回した彼女は、隅のほうにあるものを見つけた。

「ちわーっす! 猫の手、貸しに来たぜ」
 と、元気よく教室に上がってきたのはシリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)だ。
 彼女の後ろからついてきたサビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)もひょこっと顔を出し──。
「何を……しているのです? それ、パラソル……?」
 二人の声に顔を向けたジークリンデが、ちょうどいいところに、と二人を呼び寄せた。
「日差しが強いからパラソル立てようと思ったの。でも、なかなかうまくいかなくて……手伝ってくれるかしら」
「最初の猫の手っすね」
 笑ってシリウスはパラソルに手を伸ばした。
 三人でやればあっという間にパラソルは安定した。
「ありがとう、助かったわ。何か飲む? お酒はないけどね」
「暑いからビールなんてうまそうだけど、飲んだらチョウコ達に怒られそうだ」
 軽い冗談を飛ばし合いながら、ジークリンデはクーラーボックスから冷えたお茶を取り出し、シリウスとサビクに渡した。
「ずい分たくさんあるんですね。差し入れですか?」
 教室の隅にいくつも並ぶ大きなクーラーボックスとその中身に驚くサビク。
「種もみ生が持ってくるのよ。みんなでお金を出し合ってるんだって」
「盗まれたりしないのですか?」
「カンゾーさんとチョウコさんが目を光らせてるから」
 なるほど、とサビクは頷く。
 本家B四天王の二人に盗みがバレたら、パラミタ大陸の端から太平洋に突き落とされてもおかしくない。
「さて、ジークリンデ校長」
 サビクは態度を改めてジークリンデに呼びかける。
「アナログな手段で孤軍奮闘していると聞いて駆けつけました。ボク達に手伝えることがあれば、何なりとお命じ下さい」
「そうだった。パラソル立てに来たんじゃねぇんだよな。ほらサビク、ノートパソコン出して」
 言いながら、シリウスはスマートフォンを机に置き、持参したキーボードを接続する。
「手伝いに来てくれたってこと? でも、百合園は大丈夫なの?」
「静香がいるし、他にも有能な奴はいっぱいいるから大丈夫っすよ」
 話しているうちにサビクの準備も整った。
 彼女は、ジークリンデがメモした各種もみ生達の状況を手早く表にまとめていく。
「ここ、電気通ってねぇんだな。充電切れる前に下の階のどっかで借りるか」
「ジークリンデ校長、これからどうしますか?」
 サビクに聞かれたジークリンデは、最初に熾月 瑛菜(しづき・えいな)のことを気にした。
 戦闘中のチョウコに加勢するため、一人で向かったからだ。
「応援を頼んだほうがいいね。金髪の……何だっけ? 彼らの力がどれくらいか不明ですし。──校長、もどかしいのはわかりますが、ここはどっしり構えていてくださいね」
 どこか落ち着かないジークリンデの様子を察したサビクが宥めるように言った。
「あなたがここにいることが皆の支えになることもあるのです」
 ジークリンデは一つ深呼吸を落とし、ゆっくりと頷いた。
「よし、それじゃ話を詰めようぜ。輸送先のオアシスの位置はわかってるんだよな? 荒野が庭のパラ実生なら最短距離を選ぶだろうけど、賊に邪魔されて迷走ってこともありうる。定期的に連絡よこせって言っても無駄だろうから、こっちから確認とっていこうぜ」
「そうね。みんなの努力で集まった大事な物資だもの。一つだって奪わせないわ」
 ジークリンデは種もみ生達へ連絡を取り、現状と現在地の大まかな位置を把握した。
 今のところ、賊に遭遇しているのはチョウコ達だけのようだ。
 周囲にはくれぐれも注意するよう伝えると、ひとまずやることはなくなった。
 次の定時連絡まで何をしていようかと考えていると、新しい訪問者が現れた。
「人手、足りてる? 手伝いに来たよ」
 と、顔をのぞかせたルカルカ・ルー(るかるか・るー)だったが、のんびりしているジークリンデ達を見ると不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの? 何だかリラックスモード……?」
「今ちょうど一段落ついたところなの。でも、実は他にもすることがあった気がするのよね」
「そうなのですか。それは……」
 ジークリンデの答えにサビクは次の仕事の内容を待つが、何だったかなという気の抜けた呟きが返ってくるだけだった。
「寄付金へのお礼状も終わっちゃった?」
「それよ!」
 ルカルカの問いに、ハッと顔を上げるジークリンデ。
「思い出せてよかったわ。今のうちに文面を考えておかないと」
 そう言ってペンを手に取り、ノートを広げたジークリンデの前にダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が厚さの薄いケースを置いた。
「俺の予備のやつだが、よかったらもらってくれ」
 それはシャンバラ電機のノートパソコンだった。
「こ、これはさすがにもらえないわ。借りるだけで充分よ」
「じゃあこうしよう。これは種もみ学院に寄付する。パソコンがあるといろいろ便利だからな」
「ダリル先生、太っ腹ね」
 ルカルカがからかうように笑った。
「そういえば、ダリルさんはこの学院の医師だったわね」
 そのことをジークリンデは思い出した。
 そして、ノートパソコンは受け取ることにした。
「みんな喜ぶと思うわ」
「ここは、電気は通ってなさそうだな」
「まったくと言っていいほど」
「少し、通信インフラの整備をしてみるか。どこまでできるかわからないが……」
「お願いするわね」
 ダリルはさっそく教室を見て回り、それが済むと下に停めてある装輪装甲通信車へ必要なものを取に行った。
 その間、ジークリンデ達はお礼状の作成に取り掛かった。
 寄付されたノートパソコンを使い、ジークリンデがリストを作っていく。
 ルカルカは文面を考えた。
 ふと、顔を上げたジークリンデがサビクに頼んだ。
「お礼状用の封筒と便箋を買ってきてくれるかしら。たぶん、この塔のどこかに売ってると思うの。管理人さんなら知ってると思うわ」
「お任せください」
「領収書も忘れないでね」
 ジークリンデのために働けることを嬉しく思いサビクはすぐに席を立った。
 オレも行くよ、とシリウスも立ち上がる。
 そして、階段を下りかけたところでサビクは振り返る。
 女王ではなくなり、その記憶もなく、しかし生き生きとしている姿に、ほんの少しだけ寂しさを覚えた。
 サビク達が買い物に行って少し後、ルカルカがざっと書きあがった文面をジークリンデに見せた。
「いいと思うわ。──ルカルカさん、もしかして慣れてる?」
「慣れてると言うか、慣れざるを得なかったと言うか……。佐官になったら事務仕事が増えたのよね」
 苦笑するルカルカに、ご苦労様とジークリンデは労う。
「ねぇ、今回寄付をしてくれた人達を学院に招待するのはどうかな。種もみ学院の紹介PVも付けるとかして」
「そうね……実際生徒達を見てもらえたらいいかもしれないわね。でも、今すぐは決められないわ。カンゾーさんやチョウコさん、総長さんの意見も聞かないと。この学院を動かしているのは彼らだもの」
「じゃあ戻って来たら聞いてみるね」
 宛先も文面も整った頃、二人は重大なことに気がついた。
「プリンターがないわ!」
 何故かすっかり失念していた。
「後は自宅に帰ったら私がやるわ。ルカルカさん、ありがとう」
「中途半端な感じでアレだけど……」
 定時連絡まではまだ時間もあったため、二人はとりとめのない話をしながらお茶を飲んでいた。
 そのうち話題は蒼きアーガマーハのことに移った。
「珍しいものだと聞いてたけど、あるところにはあるのね。やっぱり闇ルートかしら」
 ジークリンデは首を傾げる。
「スーパーパラ実生とパラミタ愚連隊だけじゃ済まなさそうよね」
 ルカルカの言うことはもっともで、ジークリンデも頷いた。
「ルカルカさんも求めているの?」
「そのうちね。基本的に私の職は『軍人』だし、クラスってのはスキルの取捨選択でしかないと思うの。『自らの定義を自らで付ける』。それが独自クラス……そう思うわ」
 ダリルはもう、それを見つけたのよ、とルカルカは言い足した。
 ちょうどそこに、そのダリルと買い物に行ったシリウスとサビクがそろって戻ってきた。
 ジークリンデはシリウスとサビクに残りの作業は自宅ですることを告げ、無駄足になってしまったことを詫びた。
「この封筒と便箋がお役に立つなら、それでいいんです」
 微笑むサビクに、ジークリンデの顔にも微笑が浮かんだ。
 通信インフラ整備のための道具一式を持ってきたダリルは、ここに戻る途中、管理人に会ってきたようで何やら難しい表情をしていた。
「あんまり強い回線は望めそうもない……というか、そもそも回線自体がここまで来てないというか。無線LANでどこまでいけるか……」
 やれるだけやるか、とダリルは作業に着手した。
 彼が何故ここまでこだわるのかと言うと、自分が関わる職場が機械化されていないのは居心地が悪いからだ。
 そのへんお見通しのルカルカが、せっせと働くダリルをからかう。
「動機が自分のためってあたりがダリルよね」
「結果として学院の利便性が向上するなら良いだろ」
「そりゃそーね」
 真面目に返され、肩をすくめるルカルカ。
 ふと、ジークリンデは携帯に目をやる。
 今頃みんなはどうしているだろうか。
 無事に物資が届くことを祈った。