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【蒼空に架ける橋】幕間 願いは星降る夜に

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【蒼空に架ける橋】幕間 願いは星降る夜に

リアクション

 セレンフィリティとセレアナの結婚式という、思いがけないイベントもあって、パーティー会場はおおいに盛り上がっていた。
「いやー、めでたいめでたい! どんどん持ってけ! まだまだあるぞ!」
 わははと笑って男が大鍋を振るう。中身は魚や貝といった海鮮と黄色くて丸い穀物の粒の煮物だ。出来上がる先からおたまですくって皿に取り分けて屋台に並べていくそれを、ひょいとヒノ・コが手に取った。
「じゃあいただいていくねえ」
 男とヒノ・コの目が、ばちっと合う。
 次の瞬間、男はへらっと笑って「おう」と答えた。
「……正体が発覚すればリンチにあいかねない自覚はあるのかしら……」
 そのやりとりを少し離れたテーブルから見つめて、はなはだ疑問だというふうにJJはつぶやく。
「髪と瞳の色を変えて、額の刺青を隠しただけですがね、堂々としていれば、意外と他人というのは惑わされるものです。まさかあのヒノ・コがここにいるとは、という潜在意識があるんでしょう」
 足元に座って待機している狼型ギフトのパルジファルが答える。
「……かもしれないわね。でも、警戒は怠らないで。どこから何が飛び出してくるか、分からないわ」
「へえ、姐さん」
「……まったく……ボディガードなんて、賞金稼ぎの仕事じゃないんだけど……」
 JJは紙コップを持ち上げて、半ばほど残っていたジュースを口に含む。直後、
「JJさん、パルジさん。こちらにいらっしゃったのですねっ」
 聞き慣れたフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)の声が後ろから飛んできて、軽くむせた。
 両手に料理の乗った皿を持ち、嬉々として小走りに駆け寄ってくるフレンディスの後ろには、いつもの2人――ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)の姿もある。
「……あなたたちもいたの」
「はいっ。
 あの、お席、ご一緒してもよろしいですか?」
 わくわく、わくわく。
 うれしいのを隠そうともしないで自分を見下ろしているフレンディスを見て、JJは少し無表情で固まっていたが。
「……どうぞ」
 と自分の前の席を指した。
「ありがとうございますっ! 護衛任務に就かれていらっしゃるのは承知しておりますゆえ、決してお仕事のお邪魔とならぬよういたしたいと思います! もしもお邪魔となりましたら、即座にそう申してくださいっ」
「……いいから、食べて。冷めるわよ」
「はいっ」
 JJと一緒に食事が楽しめることに、もう見るからにぱたぱたシッポ振り状態のフレンディスの姿に、隣のテーブルについた――JJがついていた席は3人掛けの丸テーブルだったので――ベルクはほおづえの下で苦笑する。
「しっかし、すごいなつきようだな。あれ、もしかして再戦希望っての忘れてないか?」
 ベルクとしては、せっかくの楽しそうなパーティーなのだし、天燈流しというロマンチックなイベントもあるということで、フレンディスと2人きりで楽しみたいという思いがなくはなかった。ついさっきまでそれができると考えて、いろいろ頭のなかでそれっぽく自然に運ぶ段取りを組み立てたりもしていたので、ちょっと惜しい気もする。
(だがまあ、フレのやつ喜んでいるし。あの顔が見られるだけで良しとするか)
 恋人として望む基準が下がっているような気がしないでもないが、ベルクは納得すると、その視線を今度は屋台を回りながらたわいない談笑を楽しむヒノ・コの方へ向けた。
 とたん、知らず知らず眉間にしわが寄る。
「あのじいさん、ナチュラルにこの場になじんでるな」
 なぜ伍ノ島を抜け出せたのか、ということについてはから連絡を受けていた。全部推測だが、一応は納得できるものだ。しかし、第六感的なものでどうにも引っかかるし、いやな予感は消えない。
「つーても、俺に選択権はねぇんだが」
 ため息をつく。
 そのとき、後ろで座って見守っていたポチの助が四肢を上げ、横を素通りして行った。
「あーあー嫌ですねえ、これだからエロ吸血鬼は」
「んだと? ワン公」
「現実だけでは足らず、まだ起きてもいない、想像でしかないことでまで悩んでるんですから。ドMなんですかね」
 フッと笑ったあと、ちらりと視線だけで見上げる。
「まったく、この間はエロ吸血鬼たちのせいでさんざんでしたよ。僕がいなかったらどうなっていた事やらです。目もあてられない事態になっていたのは間違いないでしょうね」
 まさしくそのとおりだったため、ベルクは「うぐ」と言葉に詰まる。
 ポチの助は優越感たっぷりにフフンと鼻高々だ。
「しかし、この島全体に俄然興味出てきましたね。いずれじっくり調べてみたいものですが……。
 ま、今夜はパーティー、パーティーとくれば無礼講。今は報酬の『ほねっぽん』を存分に堪能するのですよ。脳の活性化には『ほねっぽん』とドッグフードが一番ですからね!」
 ………………。
「その……パルジさんも食べませんか?
 これは、お世話になっているお礼なのです」
 ポチの助にとり、 人間の出すごちそう<<<<<超えられない壁<<<<<ほねっぽん なのだ。
 おもむろに『ほねっぽん』を取り出して、パルジファルの前に置こうとしたときだった。
「ポチさーーーん」
 自分を呼ぶペトラの声が耳に入り、ポチの口からぱさりと『ほねっぽん』の袋が落ちた。
「あれー? おかしーなあ。ポチさん、こっちで見たって聞いたんだけどなあ」
「ペ、ペトラちゃん」
 ぽむ、といふうに、ポチの助はそちらを振り返った次の瞬間、獣人姿になる。
 立ち上がり、ぱしぱしと服についているかもしれない汚れをはたき落としていると、ペトラが彼に気づいた。
「あっ、ポチさん! 見つけた!
 ねえねえポチさん、天燈流しに行こ? ボク、かなえたいお願い事があるんだ」
 ポチの前まで駆け寄って、ペトラは自分のつくった天燈を突き出す。そこに『一緒に未来を見られますように』という文字を見て、ポチは真っ赤になると、それを隠すように手を口元にあて、こほっと空咳をして何食わぬ顔を演出してみせた。
「ああいう非科学的な行事には興味ないのですが……ま、まあ、ペトラちゃんがそんなに言うなら、行かないことも……」
「うん! お願いっ」
 あっさりペトラにお願いされて、ポチの助はペトラとともに天燈流しの集合場所へ向かうことにしたのだった。
(おーおー、リア獣が、シッポ振り切って)
 あきれ半ばでその背中を見送って、ベルクはフレンディスたちのテーブルへ視線を戻す。
 そこではフレンディスが何か思い切った顔で、話を切り出していた。
「……そのぅ……昼間の、パルジさんのお話ですけれど……少し気になって……。
 “あのとき”というのは、どういうときなのでしょうか。もしご迷惑でなければ、お話ができればと……。
 あっ、あの、無論、お話できぬ事情でしたら深入り致しませぬので、忘れてくださいまし!」
「…………」
 JJの面が、先までと変わらず無表情のまま顔色だけ青ざめたようだった。
 ポチの助が残していった『ほねっぽん』を片そうとしていたパルジファルの動きが止まり、JJを見上げる。そのとき、あきらかにJJの視界外の位置で、JJの右手が動いた。テーブルの上を探るように動いた指が各テーブルに最初から用意されていたアルコールの瓶を掴み、紙コップにそそいで口元にあてがう。
「……なに? ――うッ」
 自分の手の動きだというのに驚いているJJの口に、ぐいっと一気に流し込まれるという、それはとても奇妙な光景だった。
「あの、JJさん……?」
 仰いだ格好で固まっているJJにおそるおそる手を伸ばしたフレンディスの前、「ぷはっ!」と噴き出して、JJは突然動き出した。
「よっしゃ、交代ー!」
 JJには全くあり得ない、いきいきとした表情と少し低くなった声で、豪快に叫んだ。横でパルジファルがややげっそりした表情を浮かべている。
「……主。今回はちょっと強引すぎやしやせんか」
「いーのいーの。
 にしても、こいつ相変わらずアルコール弱いのな! ひと口でこれって、ほんとにおれの妹かよ」
 大口開けてカラカラ笑う。JJのあまりの変わりように衝撃を受けて絶句しているフレンディスの耳元に、ベルクがささやいた。
「こりゃ、あいつだあいつ。ジャン。前もこうなったろ。クインのやつが言ってたじゃねーか、JJの――」
「兄上さま!」
「んっ?」
 ハッとした顔で見上げるフレンディスに、JJ――もとい、ジャンが笑顔を向けた。


 にこにこ、にこにこ。テーブルの下から出した足を組み、酒の入った紙コップを指ではさんでぷらぷらさせながら、人懐っこい笑顔でジャンはあいさつをした。
「フレンディスさん。まともに話すのはこれが初めてだけど、きみたちのことはよく知ってるよ。ジャネットの見聞きしているものは、おれも知ることができるからね。ここんとこで」
 頭を指でトントンする。
「あ、はい。ですが、あの、初めまして。フレンディス・ティラと申します!」
「ジャン・ディリー。よろしく。
 それで、きみの質問なんだけど。妹はね、あのときの事についてはどう訊いても絶対話さないと思う。それはきみが悪いとかじゃなくて、妹のなかでは巨大なトラウマなんだよ。その証拠に、まだおれなんかを必要としてる。
 信じてないから話さないんじゃない、口に出せないんだ。分かるね?」
「は、はい」
「でもおれは違う。それに、おれはこんなに妹のことを考えてくれるきみにすごく感謝してるし、きみには知っておいてもらいたいと思ったから、こうして出てきた」
 ほおづえをつき、紙コップを飲み干すと、ベルクに合図を出して注がせる。それを片手に、ジャンは話した。
「妹は生粋の箱入り娘だったんだよ、当時ね。両親が、おれやほかの者なら窒息しそうな愛でスポイルして育てた。自分たちの言うことをきいて、それだけをしていればいいって。
 で、生まれて初めてした反発が、外の世界への兄との冒険だった。「何がしたい? どこへ行きたい?」兄の言葉に目がくらんで、妹は初めて自分の望みを口にして、はしゃいではしゃいで……落とし穴にまっさかさまに落っこちた。自分がつくった穴ではなかったけど、妹にとってはそれも自分のせいだ。被害者がよく陥る妄想だな。自分がああしたから、こうしたから、こうなった。たとえば、兄の死とか。
 こうなってしまっては身動きができない。がんじがらめだ。結果的に、妹は両親の言葉が正しいとますます信じ込むことになった。自分の考えで動いては駄目だ、また取り返しのつかない失敗をする、と。
 おれはねー……」カラになった紙コップをテーブルに戻し、ジャンはどうとればいいか分からない、苦笑のようなものを浮かべる。「幼かった妹の精神治療器具の1つなんだよ。ほんとはとっくにおれなんか忘れて、卒業してなくちゃいけないんだけどね。
 以上。終わり。体返すぞ、ジャネット」
 かくん、とうなだれる。前にきた髪をうっとうしそうにかき上げながら現れたのはジャネットだった。
 フレンディスをやぶにらみして、はーっと重いため息をつく。
「JJさん、あの……」
「……アルコールの抜ける前にチェンジしないでって、いつも言ってるのに……。
 言っておくけど、兄の言葉で正しいのは半分だけよ。まったくもう……お節介なんだから」
「でも私は、お話を聞けてうれしかったです。……今もこうしてJJさんを守ってくださるとは、素敵なお兄さまですね」
 にっこり笑ってそう伝えたあと。フレンディスは急に真顔になって尋ねる。
「あ、でもその……お風呂のときとか、恥ずかしくありませんか?」
 それに対しJJが何と答えたか、答えなかったかはともかく、ベルクが「うわぁああ……っ」と思わず胃のあるあたりを上から押さえたのは間違いなかった。




 一時的、ジャネットがジャンに体を奪われて、ジャンがフレンディスへの昔話をしているころ。
 ちょこちょこと食べ歩きしながら屋台を回り、料理の乗った皿を片手に座れる場所を求めてどんどん人気のない草むらの方へ歩いて行っていたヒノ・コに声をかける者がいた。
「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターハデス!
 ククク、おまえがナ・ムチが言っていたヒノ・コとかいう大悪人だな!」
 声に驚き振り返った先には、ナ・ムチの主観がバリバリ入った言葉をうのみにし、さらに想像の翼を大いにはためかせたドクター・ハデス(どくたー・はです)が自信満々立っていた。
「……おや? きみはだれ? 初めて会うよねえ?」
「だからドクターハデスと名乗ったではないか!」
「あ、そうだった。ごめんねえ。なんか昨日からいっぱい人に会うから覚えきれなくて」
 パスタむしゃむしゃ。
 イカモドキリングもぐもぐ。
「う、うむ」
 なんだか勝手が違う気がしたが、ハデスはこほんと咳をすると仕切り直しをするように、もう一度高笑いする。
「フハハハ! いいか! ナ・ムチから、おおよその話は聞かせてもらった!
 おまえが研究のために浮遊島の現状を作った張本人であること。
 そして、自分の目的のために孫娘を犠牲にできる極悪人であると!」
「ええ? ひどいなあ。あの子そんなこと言ったの?」
「うむ」
「反抗期かねえ。さっきもにらまれちゃったし。あの子もとうとうそんな年ごろになっちゃったのか。
 親代わりとしては順調に育ってくれるのはうれしいけど、あれって面倒だよねえ。悲しくなるし、ショックだし」
 ほうっとため息を吐くヒノ・コ。
「うむうむ――って、ちがーう!! 日曜日に家を追い出された親父が地域の集会所で集まって碁を打ちながらしみじみ話すような井戸端会議をしに来たのではないっ!」
「え? 違うの? てっきりナ・ムチの話を聞かせてくれにきたのかと思ってたけど」
「違う!
 その心意気、マッドサイエンティストであるこの俺にはよく分かると言いたかったのだ!」
 マイペースなヒノ・コに妙なやりにくさを感じながらも、ハデスは再度場の主導権を握りにかかる。
「気に入ったぞ、ヒノ・コよ! われら秘密結社オリュンポスは、おまえの目的を達成するための協力をしようではないか!」
「協力してくれる人は歓迎だよ。うれしいね。ありがとう」
「うむうむ。そうだろう。
 で、だ。おまえの目的のためには、カガミと起動キーとやらが必要なのであったな。
 たしか、起動キーはナ・ムチが持っているという話だったな…。
 デメテール! ナ・ムチの元から、起動キーを盗み出してくるのだ!」
 白衣をひるがえしてバッと振り返り、そこにいるデメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)に命じる。が。
「えー、仕事するの、めんどくさーい。
 鍵くらい、自分で取ってくればいいじゃんー」
 イカモドキの姿焼き、両手に持ってもっきゅもっきゅ。
 こっちも結構なマイペース少女だった。
「……くっ! 完全に連れてくる人選を誤った気がするぞ……」
 どいつもこいつも、なんなんだ一体。
「せっかくのパーティーなんだから、楽しまないとねー。
 ね、スク・ナ」
「うんっ!」
 となりでデメテールと同じくイカモドキの姿焼きの串をほおばっていたスク・ナが元気よくうなずく。
「ハデスおにーちゃんもさ、そういうことは明日からにして、今はパーティー楽しもうよ。
 はいこれ。オレの大好きなクロスタータ。分けてあげる」
「何を言う! あしたやろうはばかやろうなのだ!」
 しかし差し出された手のひらサイズの丸いパイは、しっかり受け取ってかじった。
「へー。おにーちゃん、難しいこと知ってるねー」
 ハデスの言葉に感心していたスク・ナの目が、ハデスの後ろで動くものに気づいた瞬間、きらりと光った。
 山盛りの食べ物が乗った鉄板をを両手にかかえて重そうに運ぶ男が1人。
「あ、あれ! ピアディーナ! パンにはさんで食べるとすっごいおいしーんだよ!! おにーちゃん、おねーちゃん、なくなる前に食べなくちゃ!!」
 がっしとスク・ナの手がハデスの袖を掴む。
「よし! 行くわよ、スク・ナ! 突撃ーっ!!」
「わーーーーーい!!」
「って、どうして俺を巻き込むーーっ!?」
 屋台に突撃する2人には勝てず、引っ張られていくハデスを、ヒノ・コはにこにこ笑って見送った。
 デメテールはちら、と彼を肩越しに盗み見る。
 ハデスが話している間じゅう、殺気看破と野生の勘でヒノ・コの態度を探っていたデメテールだったが、成果と呼べるものは何もなかった。ヒノ・コはあのまんまの人物だ。
(目的のために孫娘を犠牲にできる極悪人って言われても、なんにも反応しなかったのよねー)
 つまりはそれを肯定しているのか、それともその程度の侮辱では動じないのか。
(……ま、いーや。あとで一応ハデスに報告しておこうっと)