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もしも、あなたの性別が逆だったら!?

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もしも、あなたの性別が逆だったら!?

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もしも、こんな学園生活があったら





 桜舞い散る通学路を、一人の生徒が走っていた。
 息を切らし、大きく両手を振って、体を動かす。通学路の左右に敷き詰められた桜の木からは、花びらがいくつも舞い降り、走る生徒の頭や肩にまとわりつく。
 走りながら、肩や、手についた花びらを払い落とし、その生徒は、一人の背中に声をかける。


「はーすーみーく……ん?」


 言いかけて、あれ? とその生徒は首を傾げた。
 自分は今、その、目の前にいる人物をなんと呼ぼうとしたのか。
 声をかけられた一人の女子生徒が、長い髪をなびかせて、ゆっくりと振り返る。


 彼女の名前は月崎 羽純(つきざき・はすみ)。胸元までの長い髪と、綺麗に整った顔立ち、そして、平均よりも遥かに高い身長に、抜群のスタイルを併せ持ち、学園中の男子から憧憬の眼差しを集める――女子生徒だ。
「あれ?」
 そんな、高嶺の花に一目惚れし、ことあるごとに声をかけているこの男子生徒は、遠野 歌菜(とおの・かな)。入学したての一年生でありながら、三年であり、学園でも有名な羽純に声をかけているため、今や彼の学園の有名人となっている。
 そんな彼が、なぜか今、羽純のことを「羽純くん」と呼ぼうとした。通学路を歩く生徒からも、くすくすと笑い声が響く。
「歌菜くん……」
 羽純は少し困った顔で振り返り、一歩だけ歌菜に近づく。平均よりも身長の高い彼女は、歌菜と同じくらいの身長だった。まっすぐに視線がぶつかり、歌菜は一瞬、息が止まる。
「一年生の間で、変な呼び方でも流行ってるの?」
「へ? いや、そういうわけじゃないんだけど……」
 歌菜はあたあたと手を振る。
「そ」
 羽純は仕方ないなあという風に軽く息を吐いて、ゆっくりと手を伸ばす。歌菜の頭の上に乗っていた桜の花びらを、羽純は静かに払った。
「おはよう、歌菜くん」
 そして、小さく笑みを浮かべて言う。
「うん、おはよう、羽純……先輩」
 歌菜ははにかむような笑顔で、答えた。


 一つ、強い風が吹く。舞い落ちた花びらが風にさらわれ、宙を舞う。
 宙を待った花びらは静かに、歌菜たちの通う校舎を撫で、そのまま、どこかへと飛んでいき、そして、消えた。






 ※ この物語は性別が変化しておりますので、名前と口調が一致しておりません。違和感がありますがご了承ください。






 二年生の廊下には、女子生徒の黄色い声が響いていた。
「さゆみくーん!」
「おはよ、さゆみくん!」
 その黄色い声の行き着く先は二人の男子生徒だ。制服を着崩して胸元をわずかに見せているその生徒は、二年生の綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)と、アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)
「おっす」
「はよ」
 二人で女子生徒たちに手を振る。彼らは軽音楽部でバンドをやっており、そのワイルドな演奏と歌が、一部女子生徒から圧倒的な支持を受けていた。
 そんなファンの声援を受けつつも、二人は自らの教室へ。
「あー、授業たりー」
 席に着くなり、アデリーヌはカバンを放り投げて机に足を乗せる。そんな、一見すると不良にも見える行為もまた絵になっていて、クラスメイトからも声が上がっていた。
「相変わらずモテモテだなあ。羨ましいぜ」
 クラスメイトのマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)が、バスケットボールを指先で回転させながら言う。
「朝からやかましいだけだっての」
 アデリーヌは言って、机から足を下ろそうとする。
「ストップ。はい、そのまま」
 そんな様子を、クラスメイトで写真部の部員、土井竜平が一枚、写真を取った。
「おい竜平、いつも言っているが無許可で撮るな」
 さゆみがカメラを取り上げようとするが、竜平はさっとカメラを持ち上げてそれを避ける。
「残念だったわね。あんたたちの写真は高く売れるのよ」
 特にこういう感じのはね、と、軽く舌を出して竜平は言う。
「どれどれ……はは、確かにこれは売れそうだ」
 竜平の後ろからヴァルキリーの集落 アリアクルスイド(う゛ぁるきりーのしゅうらく・ありあくるすいど)がカメラを覗き込んで言った。
「さっすが、ただ机に足乗っけてるだけでも、絵になるわね、アデリーヌくんは」
 クラスメイトの女子生徒、エドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)も写真を覗き込んで言った。
「買う?」
 竜平はエドゥアルトと、その隣にいて一緒にカメラを見ている千返 かつみ(ちがえ・かつみ)に聞くが、
「さすがに買いはしないかな。生で見るのが一番、ってね」
 かつみはそう答えて笑顔を浮かべた。
「バンドもやってて、モテモテで。言うことなしじゃねえか。お前らいいよなあ」
 アリアクルスイドはマリエッタのボールを奪い取って言う。マリエッタが「おいっ」と声を上げて立ち上がった。
 ボールを奪い返そうとするが、アリアクルスイドはボールを上にやってマリエッタの手の届かない位置に。マリエッタは、男子生徒の中でも背が低い。
「別に……俺たちは今の自分に満足してるわけじゃねえからな」
「おー、出た出た。よく言うぜ」
 さゆみの言葉にアリアクルスイドが笑って言うと、マリエッタが大きくジャンプしてボールを奪い返す。最初は取り返そうとしていたアリアクルスイドだったが、バスケ部エースのマリエッタがボールをしっかり抱え込んだため、素直に諦める。
「気持ちはわからないもないな。常に上を目指すというのは、武の道にも通ずるものがある」
 窓際の席に座っている衣草 玲央那(きぬぐさ・れおな)が、静かに目を閉じて言う。さゆみたちとは違い、彼は制服を上のボタンまでしっかりと閉め、すっと背筋を伸ばして椅子に腰掛けている。
「玲央那はモテたいとか思わねえのかよ?」
 アリアクルスイドは聞くが、
「思わないな。恋沙汰に現を抜かすほどの余裕はない」
 姿勢を崩さず、腕を組んで言う。
「玲央那……女の子っていうのは可愛いもんだぜ?」
 椅子ごと体を乗り出して、前の席のソラン・ジーバルス(そらん・じーばるす)が振り返る。
「お前は一年の女子にいかがわしいことをしているという噂があるな」
「はてさて、なんのことやら」
 玲央那の指摘に、ソランは口笛を吹いて前を向いた。
「ち、このクラスにはずいぶんとリア充が多いな。なあ、ユリナ!」
「うお、なんだよっ!」
 近くの席で、女子生徒、黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)にノートを見せていた黒崎 ユリナ(くろさき・ゆりな)の肩に、アリアクルスイドは手を回した。
「なー、ユリナー」
「うっせえよ、あっち行けって」
 にやにやするアリアクルスイドをユリナはそう言って追い払う。
「ご、ごめんなさい、ユリナくん。私が宿題を忘れたばっかりに……」
 小さなおさげを指でくるくると回しながら、竜斗は恥ずかしそうに言った。
「いいって。そんなことより早く写せよな」
「うん……」
 ユリナの言葉に、竜斗が小さく笑って頷き、シャープペンを握る。後ろから聞こえるアリアクルスイドのひゅー、。という声に、ユリナは無言で消しゴムを投げた。
「ふ……アリアだって、あんなに綺麗な姉君がいるではないか。見ようによっては、貴様もリア充だ」
 アリアクルスイドの肩を叩いて言うのはオカルト研究会部長、シェヘラザード・ラクシー(しぇへらざーど・らくしー)だ。
「あのな……姉貴は別だろうが」
「そんなことはないぞ。聞くところによると、貴様の家の料理はすべて涼介・フォレスト姫が担当しているということではないか。つまり、姫の手料理を毎日食べているということだ。その事実だけで、十二分に、リア充!」
 シェヘラザードが言うと、「そーだそーだ、羨ましいぞ!」「一度でいいから涼介さんのご飯を食べさせろ!」「今日遊びに行くからな!」と男子生徒の間から声が響く。
「仕方ねえだろ! ウチは共働きなんだよ!」
 アリアクルスイドは叫ぶ。その間にも、ぶーぶーとブーイングが響いていた。
「大体、そんなことなんで知ってるんだよ……お前オカルト研究会だろ」
「ふ、オカルト研究会の情報網を舐めるな」
 シェヘラザードはメガネを持ち上げて言う。
「そして今現在のオカルト研究会の研究テーマは、恋愛! 熱く燃え、切なく痛み、そして獰猛に欲する! 恋愛……まさにそれは、オカルティック!」
 また始まったぜ、とクラスの間にため息がもれる。
「というわけで、フィリシアくん、実際にどうだね、恋愛というものは!」
 そしてクラスメイトに声をかける。近くの席で会話をしていたフィリシア・バウアー(ふぃりしあ・ばうあー)は急に話を振られて驚きの顔を浮かべ、その恋人であるジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)は、口にしていたペットボトルのお茶を噴き出しそうになっていた。
「いやどうって言われても……なあ?」
「そうだよ……いきなり話を振らないで心臓に悪い」
 二人は顔を見合わせ、しかもジェイコブはハンカチで口元を拭いながら答える。
「それに、俺たちはこ、恋人である以前に同じ水泳部の同胞でもあるからな。やはり、共通の目標や趣味、そう言ったものを持っているのがきっかけだったりとか、するんじゃないか」
 フィリシアは言う。ふむふむとシェヘラザードはメモを取り、
「ユリナ殿たちにもそういったものが?」
 今度はユリナたちに矛先を向ける。
「共通の趣味かあ。そういうのはないな、俺たち」
 ユリナは答える。「きっかけはー?」と外野からヤジが飛んで、ユリナはうっせ、と声を上げた。
「はぅ……私がその、三年生の先輩に声をかけられて困っているところを、助けていただいたのがきっかけで……」
 竜斗がか細い声で言う。「言わなくていいっ!」とユリナが言うと、「ごめんなさいごめんなさい」と竜斗はぺこぺこ頭を動かした。
「おー、やるじゃんユリナ」
「そら惚れるな」
 さゆみとマリエッタが続けて言う。ユリナは少し恥ずかしそうに視線を逸らした。
「ふむ……リアトリス殿も、恋人がいるとの噂があるが?」
 近くの席でなにやらノートに書き込んでいるリアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)にシェヘラザードは声をかける。
「恋人? ボクにはそういう、決まったパートナーはいないかな」
 ノートを見ていた視線をあげてリアトリスは言う。
「その答えで安心した」
「噂があるの、女子生徒とだしなあ」
 アデリーヌとアリアクルスイドが言う。「ええそうなの!?」とリアトリスも大きく反応した。
「リアトリスさんは男の人の演技もかっこいいんですよ」
 竜斗が言った。
 リアトリスは演劇部の部長で、多彩な演技や声の使い分けなどにより、男性の役も女性の役も見事にこなすという実力を持った女子生徒だ。
 最近は新入生歓迎公演での王子役がとても板にはまっていて、特に女性のファンが多いそうだが。
「あはは、確かに最近はよく一年生に握手を求められるよ。王子様、握手してくださいって」
「一年女子からラブレターももらったんでしょ?」
 ジェイコブが言う。
「言わないでよそれボクの中で黒歴史だから」
 リアトリスは少し早口で言った。周囲から笑いが漏れる。
「このクラスは実に参考になるメンバーが多いな!」
 ふはは、と笑い声をあげてシェヘラザードは言う。
「うぜー」
 アデリーヌが言った。
 笑い声と、話し声が騒がしく響く音の中、クラスの担任がやってきて、教室はわずかに静かになる。
 HRが、始まった。






「はあーっ……」
 遠野 歌菜(とおの・かな)は大げさに息を吐いて、机に突っ伏す。そのまま状態で、一枚の横に長い紙を、ひらひらと手の上で揺らす。
「歌菜、それなんだ?」
 影月 銀(かげつき・しろがね)は歌菜が掲げる紙を見て聞く。
「ああ、これ? 次のライブのチケットだよ。その……羽純先輩に渡そうかなって思ってさ」
「なるほど」
 歌菜が三年生の中でも美人で有名な羽純に積極的に挑んでいるのは、学園内でも有名な話と化している。銀もそのことを知っているため、少し笑ってから言葉を続けた。
「ま、確かに羽純先輩は美人だしスタイルがいいし、憧れる気持ちもわかる。でもな、ちぃっと理想が高すぎるんじゃねえ?」
「ううーん……」
 言われ、歌菜は机の上にふにゃんと潰れる。
「羽純先輩、また告白されたって聞いたぜ?」
「マジで!?」
 佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)が振り返って言い、歌菜が立ち上がった。
「でも断ったってさ。難攻不落の月崎羽純。玉砕した男子の名前がまた一人刻まれたそうだ」
「すげえな」
 銀も頷く。ルーシェリアと顔を見合わせ、
「歌菜の名前も、そのうちリストに載るぜ?」
 歌菜のほうを見た。歌菜はまたしても机の上に潰れる。
「もう載っているんじゃなかったか?」
 ルーシェリアの隣、アルトリア・セイバー(あるとりあ・せいばー)が振り返り、言う。
「え、マジで?」
「マジで」
 ルーシェリアの言葉に、歌菜は頷く。
「入学式に一目惚れしてから、ずっと追いかけてるケド、彼女はクールにスルー。玉砕リストの一年生部門のトップの名前、俺だよ?」
「お疲れ」
 銀がぽんぽんと歌菜の背中を叩く。
「でも、俺は諦めないからな!」
 歌菜は立ち上がった。
「いつか絶対、羽純先輩に振り向いて貰う為、今日も俺はオトコを磨くんだっ! バンドのボーカルとして、そして一人の男として! 絶対に、羽純先輩にふさわしい男になって見せるからな!」
 椅子に乗り、机に足を乗せて熱弁する。「おおー」と男子たちからまばらな拍手があがり、女子からは「歌菜うっさい」と冷ややかな声が届く。我に戻った歌菜が少しだけ恥ずかしそうに、静かに席についた。
「気に入った、歌菜、互いに頑張ろうぜ、どっちが先にオトコになれるか勝負だ」
「よしきた」
 アルトリアと歌菜がにししと笑いながら手をパチンと合わせる。
「アルトリア君。狙いの和輝センセが来たよ」
 ルーシェリアが言う。
「せんせー、おっはよー!」
 アルトリアが立ち上がり、教室にやってきた教師の元へ。
 今年から赴任した美人教師、佐野 和輝(さの・かずき)の隣には、彼女の実弟である、クラスメイトのアニス・パラス(あにす・ぱらす)の姿もある。赴任して最初のクラスに実の弟がいるということで大変そうだが、それに加えて
「あの教師、顔も性格も結構好みのタイプだな。よし、アタックしてみるか! ルーシェリア、お前も手伝ってくれよな!」
 と、アルトリアが積極的にちょっかいを出している。おかげで、和輝としてはクラスになじむのは早かったが、いろいろと苦労を抱えることになっていた。
「でもいいのかルーシェリア。お前だって、あのセンセ、好みだって言ってたじゃないか」
 歌菜が頬杖をついて言うと、
「僕も先生のことが気になってるけど、アルトリア君が気になってるならいいかと。その方が面白そうだしね」
 言って、立ち上がる。
「それに、あのシスコンをからかうのもオツなものだよ」
 言って、「お姉ちゃんにちょっかいだすなー!」と声を上げるアニスの元へ。
 それだけならいつもの光景だったのだが、今日はアニスの少し後ろを、見知らぬ女子生徒が一人、歩いていた。
「転校生だってよ」
 アルトリアが言う。ルーシェルアも「へえ」と声を出し、顔を覗き込む。転校生の女子生徒はぺこりと小さく、ルーシェリアに会釈をした。
「転校生を紹介します。みんな、席に着いて」
 和輝が言うと、皆は席に着く。一人だけ、黒板の前に残った下川 忍(しもかわ・しのぶ)が、黒板に自分の名前を書いた。
「忍!?」
 がた、と音が鳴って一人の生徒が席を立つ。驚いて、忍はチョークを落としそうになった。
「忍じゃないか!」
 立ち上がったのは松本 恵(まつもと・めぐむ)だ。彼女は席を立ち、そのまま忍の元へ。
「恵!? あは、同じクラスになったんだ!」
 忍はチョークを置いて恵の手を握る。恵もその手を握り返し、二人してぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「知り合いですか?」
 和輝が聞くと、
「幼馴染なんです!」
 忍がそう言い、
「それと、ライバルでもある」
 恵がそう付け加え、剣を振る動作をした。
「そうだったんですか。同じクラスになれてよかったですね」
 和輝は言う。そして、忍には恵の近くの席に座るように指定し、二人は仲良く並んで席へと戻った。
「それじゃあ、HRを始めますよ」
 そして、軽い連絡事項を伝える。特に連絡事項はなくHRはすぐに終わり、忍の近くには多くの生徒が集まってゆく。
「よし決めた! チケット渡す!」
 歌菜は少しの間、いろいろ質問をしているクラスメイトたちを見ていたが、突然そんなことを口にした。
「羽純先輩が卒業するまでに、大人気ボーカルになって見せる! その第一歩だからな!」
 チケットを掲げ、「よし!」と歌菜は自分に気合を入れていた。
「いいなあ。そうやって、夢中になれるものがある人は」
 そんな歌菜を眺めていたミシェル・ジェレシード(みしぇる・じぇれしーど)は、ふとそんなことを口にした。
「銀、ボクも、歌菜みたいにさ、なにか、打ち込めるものを作ろうと思うんだ」
「打ち込めるもの?」
 銀はオウム返しに聞き返すと、ミシェルはこくりと大きく頷いた。
「ボク、運動部に入ろうと思うんだ」
「運動部ー?」
 これまたそのまま返す。ミシェルはこくこくと何度も頷き、
「いつもボクがドジを踏むせいで銀に迷惑かけちゃってるからさ。銀みたいに運動できるようになりたいんだ」
 ドジだという自覚はあるようだ。銀は少し安心した。
「何部だよ」
「何部にしよう……それはまだ、決めてないんだけど」
 ミシェルが答えると、
「サッカー部はどうだい?」
 話を聞いていたヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)がミシェルに向けて言った。
「今サッカー部は、2チーム作るにはちょっと人数が足りてないんだよ。入ってきたら、すぐにでも試合に出て、活躍できるよ」
 矢継ぎ早に言う。
「サッカーかあ……うん、興味あるかも」
 ミシェルが言うと、「そうだろそうだろ!」とヒルダは嬉しそうに言う。
「今日の放課後、いろいろ見て回ろうと思うんだ。そのときに、サッカー部も見に行ってみるよ」
 続けて言う。
「うん、待ってるから、いつでもおいでよ!」
 ミシェルは嬉しそうにそう言った。
 銀は小さく息を吐いて、
「運動音痴のミシェルが運動部に入るのは心配だからな……わかった。俺も一緒に見て回るよ」
「本当!?」
 銀が言うと、ミシェルは嬉しそうに言う。
「ああ。どうせ帰宅部で、帰ってもやることないしな」
「ありがとー、銀!」
 ミシェルは笑顔で言った。
「銀も来るんだね。うん、待ってるから」
 ヒルダも言う。「わあったよ」と銀は小さく答えた。






「おい、セレン」
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)の背中を、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)がシャープペンでつつく。「んにゃ」とセレンフィリティは小さく口元を揺らすが、起きない。
「セレン、起きろって」
 セレアナはさらに強く彼の背中をつつく。
「あー、もう、うっせえなあ!」
 がた、と大きな音を立ててセレンフィリティは立ち上がった。
「俺の居眠りタイムを邪魔する奴は、死刑!」
 そして、ごきごきと拳を鳴らしながらセレアナのほうへと振り返る。
「……居眠りタイムねえ」
「あ」
 セレンフィリティのすぐ横に教師が立っていた。教科書の角の部分を使って、セレンフィリティの頭を思いっきり叩く。
「眠いならしばらく立っとれ」
「……わかりました」
 セレンはぶすっとした顔で言う。クラスメイトの間から笑い声が響き、後ろのセレアナも「ダメだこりゃ」と息を吐いた。



 休み時間になって、セレンフィリティは開放される。「かーっ!」と叫んで、席に着いた。
「セレンくん、どうしてそんなに眠そうにしているんだい?」
 エセル・ヘイリー(えせる・へいりー)が彼の元に来て聞く。
「昨日遅くまで勉強してたんだよ……ほら、もうすぐ全国模試だろ?」
 セレンフィリティは口にし、「うん」とエセルが頷く。
「俺は推薦も決まってるから、模試なんて受ける必要ないんだけどな。でもやっぱ、全国に俺の名を轟かせてみたいじゃねーか、せっかくだからどーんと模試で立派な成績を残して、胸を張ってこれからの学園生活を送っていこうと思うわけですよ!」
 ふふん、と胸を張ってセレンフィリティは口にする。
「授業中寝てたら、推薦自体がなくなるぞ?」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が近づいてきて、すれ違い際にそう口にする。
「う……まあ、そうだけどよ、どうも古典って読み聞かされるとダメなんだよなあ。こう、小豆がかごの中を往復しているような音に聞こえてよ」
「それは、舟も漕ぎたくなるね」
 あはは、とエセルが言った。
「授業で寝てるようじゃ、模試で高得点なんて無理だよ、セレン君」
 つい、とメガネを持ち上げて水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)がセレンフィリティのほうを向く。
「古典は音読するのが理解のコツだ。声に出して頭だけじゃなく耳と口で覚えることで、すっと頭に入ってくるものだよ」
「おうおう、さっすが全国模試で一桁を取ったことある奴は言うことが違うなあ」
 セレンフィリティの言葉に、「運がよかっただけだよ」と答えるゆかり。彼は入れない大学はない、と言われるくらいの秀才で、この学校の、現在の生徒会長でもあるという人物だ。
 メガネをつけて成績優秀、と聞くとただのガリ勉ボーイにも聞こえるが、それでいて、彼はバスケ部では元エースという才能も持っている。まさに文武両道、神様も人に二物を与えることがあると、学園中で話題になっている。
「ところでゆかり、生徒会長の次期候補、いろいろと名前が挙がってるみたいだけど」
 セレアナが話しかける。クラス委員長である彼女は必然的に生徒会とも話す機会が多く、二人は仲がいい。
「嬉しいことだね。オカルト研究会のシェヘラザード君が手を挙げるとは思わなかったけど」
 ゆかりは軽く肩をすくめた。
「生徒会の引継も大変なんだろうな」
 ルカルカはノートを「サンキュな」と言ってゆかりに渡し、言う。
「もうほとんどの業務は後輩たちがやってくれているからね。僕の出番はほとんどないよ」
 ゆかりもノートを受け取って、答えた。
「あとは無事に選挙を乗り越えるだけです。そうしたら、水原くんも私も、晴れて生徒会から開放されるということですね」
 クラスメイトの女の子が話しかけてきた。
「そういうこと。去年の学校祭はあまり回れなかったから、今年はたっぷりと堪能させてもらおうかな。小野さんも、去年は忙しかったでしょ」
「そうですね」
 小野と呼ばれた女子生徒はゆかりと頷きあう。
「涼介と羽純は今年もミスコンにエントリーだろ? 今年はどっちが勝つか、見ものだな」
 ルカルカが言い、窓際で席に着いていた月崎 羽純(つきざき・はすみ)は倒れこみそうになり、涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)は「そうですねえ」と頬に手をやった。
「毎年誰かが勝手にエントリーしているのよ。去年は前女王枠で強制出場だったし」
 息を吐いて言う。羽純は一年のときにミスコンで優勝してしまい、彼女の周りに男性が集まるのはそのときからだ。
「去年は僅差だったけど涼介が優勝。あは、すごかったよね、去年のミスコン」
 涼介と話していた酒杜 陽一(さかもり・よういち)が言う。
 昨年のミスコンでは羽純と涼介が最後まで残り、僅差で涼介が優勝を持っていった。長くウェーブのかかった髪と、おっとりとした物腰の彼女は、いわゆる「お嬢様」という印象が強く、一部ファンからは「姫」と呼ばれている。
「あれ以来、わたしも男性に声をかけられる機会が多くなりましたわねえ」
 ゆっくりとした口調で涼介は言う。
「涼介は変な男にほいほいついていっちゃいそうで心配だよ」
 そんな彼女と一緒にいる陽一は、ほんの少しだけ制服を着崩したいまどき風の女子高生、といった感じの活発な女子生徒だ。少々天然気味の涼介のフォローに、いつも疾走している。
「そうだな。怪しい男についていって、なにかあったら困るもんな。ところで涼介、今日の夜、図書室に来ないか?」
 前のほうの席のニーナ・ジーバルス(にーな・じーばるす)が振り返ってそんなことを言う。
「あんたは涼介に近づくな。涼介が妊娠したらどうすんだ」
 陽一が言う。
「まあ、わたしがニーナさんの子供を? ふふ、楽しそうですね」
 涼介がなんの悪意もなくそんなことを言い、クラスからは失笑が漏れた。「?」と涼介は首を傾げる。
「ダリルは、ミスコンでないのか?」
 ルカルカが廊下側の席に腰掛けている女子生徒に声をかける。
「私か? うーむ、面白そうだが、涼介や羽純に勝てそうもないからな」
 声をかけられたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)はそう言って笑みを浮かべた。
 背が高く、髪は短めでボーイッシュな性格の彼女は、特に下級生の女子から圧倒的支持を誇るカッコいい系の女子生徒だ。特にすらっとした綺麗な長い足は、それだけで女子から憧れられる。
「ときにダリル、ミスコンではどっちに投票するの?」
 彼女の前の席の、レナン・アロワード(れなん・あろわーど)が大きな胸元を揺らして振り返って聞く。それだけで、一部男子の視線は釘付けだ。
「うーむ……個人的には、羽純にはライバル心を持っているからな。応援するか蹴落とすか」
 ダリルが人差し指と親指で四角を作り、羽純を覗き込みながら言う。羽純は「やめてよ」と息を吐いて言った。
 二人は背の高さが近く、体育などでもペアを組むことが多い。そのため、ダリルはことあるごとに羽純にちょっかいを出している。一部ファンによると、それがまた絵になるとか。
「ダリルの票はファンの票でもあるからね。ふふ、楽しみ」
 レナンは言って笑う。美人ぞろいのこのクラスのおいては印象はそれほど強くないものの、彼女もまたかなり人気のある、可愛い系の女子生徒だ。なによりも身長は低いのだが、胸の大きさはなんとクラスで一番だ。コアなファンがいるとかいないとか、そんな話がある。
「今年の学園祭で、最後かあ」
 エセルはどこか遠くを見るようにしてそう呟いた。
「そうですね。だからこそ、今から楽しみにしておきましょう」
 ゆかりが言い、「そうだな」とエセルは返す。
 やがてチャイムがなり響いて、次の授業の担任が入ってきた。皆は席に着いた。