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リアクション
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「魔法医学と、現代医学の融合……、まだまだ難しいなあー」
相変わらず、結和・ラックスタイン(ゆうわ・らっくすたいん)は、自分が自分に課した命題に悩んでいた。
口で言うのは簡単だが、赤色と青色を混ぜるようなわけにはいかない。むしろ、生き物と機械を一つにするようなことなのだから。
そもそも、魔術の方は正確な原理が分かってはいない。もちろん、術者の力によって治癒の効果が現れるわけだが、その原因となる力や、効果の現れ方、それらは千差万別だ。大いなる存在の力を借りる場合もあれば、すでに存在する自然の力を利用することもあれば、術者自らの力を分け与えることもあれば、対象の秘めたる力を引き出すだけの場合もある。分かっているのは、結果として傷が治るということだけだ。
もちろん、魔法が万能であるわけではない。
たとえば腕を切り落とされれば、治癒魔法でも腕が生えてくるわけではない。毒におかされた者に対して、物を解毒しても失われた体力は復活しないし、体力を復活させるだけでは毒は消えない。
求める結果が違えば、方法も異なるのは当然なのだ。
現代医学でも、栄養剤を与えれば体力は回復するだろうが、欠損部位が生えてくることはない。それと同じことである。
結和・ラックスタインが求めているのは、主に予防医学の分野だった。あるいは、先天的な疾患や、後天的な病気。それら、魔法や医学でも完治できないでいる物をなんとかしたいという思いである。
すなわち、怪我や病気をする前に、魔法でどうにかしたいというものだ。それは、伝染病が流行ったときなどには、絶大な効果を発揮するだろう。
もちろん、国家神の加護などでも似たような効果は得ることができる。だが、それは汎用ではない。
また、生まれ持った病気も、魔法ではどうすることもできない。魔法では、そのものが本来持つ状態を逸脱することはないからだ。病人を治癒しても、先天的な持病は消えはしないのである。
魔法に欠けている物、それは、現代医学の持つ明確な理論だ。あるいは正確さと言ってもいいかもしれない。それこそ、細胞一つ、薬品一種類に対しての効果を求めることができる正確さだ。
逆に、現代医学に欠けている物は即効性だ。魔法のように、数秒で効果が現れるようなことはない。薬が効くのには時間がかかるし、手術も相応の時間と設備を必要とする。
それらを補えあえれば。すなわち、正確で即効性のある治療ができればということなのだが、ある意味、それは矛盾の塊だ。
魔法は、大雑把であるこそ早いのであり、医学は緻密であるからこそ時間を必要とする。
仮に双方を融合させることが成功したとしても、だいたい正確でだいたい早いという結果になりかねない。特化している物を平均化しても、最大の結果は得られないのである。
また、予防治療にしても、すでに限界ははっきりとしている。病気にならないとすれば、究極は不老不死の一端を解明しなければならない。ある意味、それは禁忌であり、それが実現してしまえば、対象は人間ではなくなる。吸血鬼や魔女がそのいい実例だ。だが、現在では、人を吸血鬼や魔女に変える秘術は残ってはいない。
強化人間にしても、それは元と同じ者であるとは言い切れない場合も確認されている。
結論はすでに出ている、不可能なのだ。
そうそう都合のいい結果があるはずがない。
だが、結果は出ないとしても、経過はどうであろうか。
現代医学を基礎として、その課程で使用する機器や薬品や実験を、魔法で置き換えることは可能ではないのだろうか。
実際、外科手術の時に、消耗する患者の体力を魔法で補えることができれば、成功率は格段に上がる。麻酔にしても、魔法であれば副作用の心配はない。縫合にしても、傷のみをその場で治すことができれば、傷口が開いたり化膿の心配もなくなるわけだ。薬も、生物に害のある成分だけを浄化して新薬が作れるかもしれない。
もちろん、口で言うほど容易くはなく、魔法では局部麻酔はできないし、輸血をすることもできない。だが、できないことがあるように、できることもたくさんある。要はそれを見極められるかということだ。
結局、100%の結果を得ることは夢だろう。だが、その夢を見なければ、何も起こらない。100%の夢を見ているおかげで、50%の結果は得られるかもしれないではないか。そして、それは0ではない。
そして、いつか、その50%をきっかけとして、200%の結果を求める者が、100%の結果に達してくれればと……。
★ ★ ★
「ととととととととと……。とととととととと……」
鶏のような声を発して、エメリヤン・ロッソー(えめりやん・ろっそー)が修練場の中を縦横無尽に走り回っていた。
何かの特訓のようなのだが、端で見ていても、何をしているのかまったく分からない。
「まったく、進歩がないのだよ」
修行につきあって、ずっとエメリヤン・ロッソーを見守っていたアヴドーチカ・ハイドランジア(あう゛どーちか・はいどらんじあ)が、溜め息をついて言った。さすがに進展がないので、そろそろ飽きてきているようだ。
「よし、やはりここは、これの出番なのだな」
そう言うと、アヴドーチカ・ハイドランジアがバールを取り出した。
「すべて、この私と、このバールに任せるのだよ!」
言うなり、ビュンとアヴドーチカ・ハイドランジアがバールを振った。
「あ、あ、あ、あ、ぶなっ!」
紙一重で避けたエメリヤン・ロッソーが叫ぶ。
「なぜ避けるのだよ!」
「い、い、い、たいだろ!」
なおもブンブンとバールを振り回すアヴドーチカ・ハイドランジアに、エメリヤン・ロッソーが逃げ回りながら叫んだ。
「黙ってこの完璧なバールの一撃を受ければ、ずれていた身体の箍が収まって、ちゃんとした効果が表れるのだ。さあ、気持ちよくなろうよ!」
これは、もう何を言っても無駄のようだ。もっとも、アヴドーチカ・ハイドランジアとしては、これが通常運転なわけだが。
「そろそろ、ごはんですよー。って、な、な、な、にをやっているのよー!」
大図書室から修練場へやってきた結和・ラックスタインが、エメリヤン・ロッソーをバールを持って追いかけているアヴドーチカ・ハイドランジアを見て慌てた。
「ゆ、ゆ、ゆ、うわ……。た、た、すけて……」
さすがに、エメリヤン・ロッソーが結和・ラックスタインに助けを求める。
「止まってください」
結和・ラックスタインが後ろからアヴドーチカ・ハイドランジアを羽交い締めにして止めようとした。それを見たエメリヤン・ロッソーがホッとして足を止めかけたが、そんなことでバールの勢いを止めるアヴドーチカ・ハイドランジアではなかった。
「さあ、バールの洗礼を!」
「とうっ!」
しがみついた結和・ラックスタインごとアヴドーチカ・ハイドランジアが振り下ろしたバールを、エメリヤン・ロッソーがジャンプ一発、華麗に避けた。
「おおおお、い、言えた……。とうっ! とうっ!」
なんだか、嬉しそうにエメリヤン・ロッソーが叫んではジャンプしている。どうやら、ジャンプするときの「とうっ!」というかけ声を練習していて、「ととととと……」と言い続けていたらしい。
「ほらね、バールは効くだろう?」
それを見たアヴドーチカ・ハイドランジアが、ニヤリと結和・ラックスタインに笑いかけた。
★ ★ ★
ズン、ズズーン……。
「な、何? この音……」
突如ザンスカールの森に響いてきた物音に、シェリエ・ディオニウス(しぇりえ・でぃおにうす)がカフェ・ディオニウスの店内を見回した。
ズズズズズズズ……。
「お姉ちゃん、怖いよー」
波紋で波立つコーヒーカップを見て、さすがにパフューム・ディオニウス(ぱふゅーむ・でぃおにうす)がトレーネ・ディオニウス(とれーね・でぃおにうす)にしがみついた。
ズリズリズリ……。
「大丈夫ですよ。あら、止まった?」
不意にピタッと止まった物音と振動に、パフューム・ディオニウスの頭を撫でていたトレーネ・ディオニウスが顔を上げた。
「みんな、外を見て!」
窓から外を見たシェリエ・ディオニウスが叫んだ。
外に、何やら壁ができている。
三人揃って外へ出てみると、いつの間にか隣に家が建っていた。いや、建ったと言うよりは、なんだか移動してきたという感じだ。森の中には、何か巨大な物を引きずったような跡が、えんえんとのびているではないか。
「いったい、この家は何?」
玄関らしき所へシェリエ・ディオニウスが近づいてみると、そこには「カフェ・てんとうむし」と書かれた看板が下げられていた。
「こんばんわー」
とにかく確かめてみようということになり、三姉妹が突如現れた怪しい店の中へと入っていく。
「ぜいぜいぜい、い、いらっしゃいませ〜」
突如、どこからか声がしたが、人影は見えない。
「ゆ、幽霊!?」
パフューム・ディオニウスが再びトレーネ・ディオニウスにしがみついた。
「失礼な。俺はミスターアンドミセス・オカリナ(みすたーあんどみせす・おかりな)。このカフェ・てんとうむしのオーナーだ」
相変わらず姿を見せずに、声が言った。
「みんなに動けないと馬鹿にされたんで、根性でここまでやってきたんだが……。やっぱり、ここで根性が尽きた。しばらくお隣さんということでよろしく。いやあ、商売敵かなあ。ライバル?」
なんだか勝手なことを言って、ミスターアンドミセス・オカリナがカラカラと姿を見せずに笑った。