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学生たちの休日17+

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学生たちの休日17+

リアクション

    ★    ★    ★

「あかん、陽射しが眩しい……。カルキの臭いが……。早く部屋に戻らないと、HIKIKOMORI成分が浄化されてまう……」
 プールにやってきた上條 優夏(かみじょう・ゆうか)が、早くも撤退宣言をする。それを、フィリーネ・カシオメイサ(ふぃりーね・かしおめいさ)がぐいと腕を掴んで阻止した。オーソドックスに蒼空学園の水着である上條優夏に比べて、フィリーネ・カシオメイサの方はかなり大胆なエメラルド色のビキニである。
「ダメだよ。今回はサービス回なんだから、ちゃんと水着を堪能しないと、主人公には戻れないよっ!」
 自らの水着姿を上條優夏に誇示するようにフィリーネ・カシオメイサが言った。
「こ、これは、やっぱり、試練なんやろか……」
 どうすればいいんだろうかと、上條優夏がふらふらとプールサイドに歩み出ていった。しっかりと胸を腕に押しあてながら、フィリーネ・カシオメイサがサポートして連れていく。
 これでも、二人はデートである。
 正式につきあいだしてからはまだ日が浅く、上條優夏はまだ自分がリア充であることを自覚できてはいない。
 否、せっかくHIKIKOMORIを自称して、ニート生活を満喫しようとしていたのに、これでは「リア充氏ね」と言えなくなってしまうかもしれないではないか。
 はたして、HIKIKOMORIとリア充は両立するものなのだろうか。そんなことはないときっぱりフィリーネ・カシオメイサに言われはしたものの、確証はなかった。
 なら試しましょうと、フィリーネ・カシオメイサにリア充満載のプールへと連れ出されたというわけだ。
 まあ、連れ出された時点でHIKIKOMORIとしてはもう失格なのではあるが。それすらも判断つかなくなっているということで、上條優夏の現状がうかがえるというものだろう。
「確かに、温泉と水着回は、神回になる定めやけど。HIKIKOMORIとしては……」
「でも、ここに来ないと、神回がなしで1クール終わっちゃうよ」
「そ、それはあかん。俺の人生全体のシリーズの評価が下がるやん!」
 フィリーネ・カシオメイサに説得されて、渋々上條優夏はプール遊びを始めた。ビーチボールを投げ合ったり、水をかけ合ったりする。
「あははははは、こいつぅ」
 なんだか楽しい。
「これがリア充なんや……」
 はたと自覚して、上條優夏が呆然とプールの中で立ちすくむ。そして、そのまま沈んだ。
「いやあ、溺れるー」
 なんだか棒読みのセリフが聞こえてきた。フィリーネ・カシオメイサだ。
「何!? 待ってや、フィー、今助けるよって!」
 一瞬にしてキリッとすると、上條優夏が浮上した。みごとな犬かきで泳いでいって、フィリーネ・カシオメイサを助ける。ちなみに、しっかりと足は立つ場所である。
「ありがとう。優夏が助けに来てくれなかったら、あたし死んでたかも。優夏がHIKIKOMORIじゃなくて、ここにいてよかったよ」
 なぜか紐の解けているビキニを胸の所で両手で押さえながら、フィリーネ・カシオメイサが言った。いつの間にか天井からスポットライトが当たり、なぜか周囲のカップルたちが拍手をしている。すでに、ここはフィリーネ・カシオメイサのマイワールドと化していた。もう上條優夏はどっぷりと取り込まれている。
「あかん、もうHIKIKOMORIの神としては失格や。せやけど、これから俺、フィーをちゃんと幸せにできるんやろか……」
「えっ、二人の将来のこと、ちゃんと考えてくれていたんだ。大丈夫。人は恋で成長するものなのよ。これで、恋人クラスレベル2よ」
「レベル低ー」
「だって、まだまだいっぱいイベントは待っているんだから」
 そう言ってフィリーネ・カシオメイサが上條優夏に思いっきりだきつくと、周囲のモブ恋人たちがさらに強く拍手して、口々に「おめでとー」と祝福した。

    ★    ★    ★

「自己を見つめ直す薬?」
 目の前の湯飲みに注がれた、どろどろのごけみどろ色の液体を見て、ハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)がちょっと顔を引きつらせた。どうひいき目に見たって、悪い予感しかしない。
「うん、なんでも一族に伝わる秘伝の薬なんだって、じっちゃんが言ってた」
 平然と、ソラン・ジーバルス(そらん・じーばるす)が言う。
「まあ、ものは試しってことよね」
 うんうんと、ニーナ・ジーバルス(にーな・じーばるす)もうなずく。
 ちょうど秘薬は三人分あるのだが、どう見ても劇薬にしか見えない。
「いや、俺は遠慮……」
「まあまあ、遠慮しない、遠慮しない」
「じゃあ、口移し? ねえ、口移し!?」
 嫌がるハイコド・ジーバルスを、ソラン・ジーバルスとニーナ・ジーバルスがのしかかるようにして床に押さえつけた。
「ちょ、ちょっと……うぐぐ……ごっくん」
 ソラン・ジーバルスに口移しで薬を口に入れられたハイコド・ジーバルスが、ゴクンとそれを飲んでしまう。
「ああ、私も!」
 慌ててニーナ・ジーバルスが薬を口に含んだときには、すでにハイコド・ジーバルスの身体は縮んでいた。あっという間に女性化していく。
「わうっ」
 着ていた服がだぶだぶになり、片肌脱ぎの状態になって長い袖をブラブラと振り回している。
 逆に、男性化したソラン・ジーバルスとニーナ・ジーバルスはぐーんと身長が伸びた。おかげで、着ている物はぱつんぱつんでつんつるてんだ。
 そばにいた子供のコハクとシンクが、何が起こったのかと、目を丸くして成り行きを見つめている。
 どうやら、これは、性転換薬だったらしい。どうも、一定期間が過ぎた夫婦がこれを飲み、お互い逆の立場になって夫婦生活を顧みるというものらしいのだが……。
ソラが男の姿になったとき、女の僕との身長差は約30センチ、普段だと身長差約10センチ。なんだか、男してほんとにもう……。いっそのこと逆の性別で出会ってたら……。って、早く元に戻りたいなあ。考え方が女の子になってるよー
 急速に色々と女の子化が進んだハイコド・ジーバルスが、情けない声を出した。
「いいじゃないか、ハコちゃん、かわいーぞー」
 思わず、ソラン・ジーバルスが、かわいかわいとハイコド・ジーバルスの頭を撫でた。
「うん、でも、匂いは変わらない。というか、前よりもいい匂いかも」
 後ろからだきしめたニーナ・ジーバルスがくんかくんかとハイコド・ジーバルスの匂いをかぐ。
 大柄な二人のイケメンに前後からだきすくめられて、ハイコド・ジーバルスがジタバタした。
 つるぺったんの幼児体型、だけどお尻は安産型のハイコド・ジーバルスを二人のイケメンが弄ぶ姿は、すでに犯罪ぎりぎりである。
「もう。誰か助けてよー」
「こら、待てー」
「あははははは、よいではないか、よいではないか」
 たまらず逃げだすハイコド・ジーバルスを、楽しそうにニーナ・ジーバルスとソラン・ジーバルスが追いかけ回す。
 男女が入れ替わって、いつもとは違う夫婦の光景が……、いつもとは違う……、いつもと一緒じゃないか!
 結局、この一族は今日も平常運転なのであった。
「えーと」
「あーと」
 そんな三人の痴態をじっと見ていたコハクとシンクだったが、おもちゃ箱から画用紙とクレヨンを取り出すと、その姿をスケッチし始めた。
 この前衛的な絵を前にして、三人の大人が頭をかかえたのは、元の性別に戻ってからのことであった。

    ★    ★    ★

「ははははははは、ついに俺は百人斬られを実現し、新たに、ハイパードクター・ハデス(どくたー・はです)、本物の悪の天才科学者にクラスチェンジしたのだ。これで、世界征服も、もう目前にまで登り詰めたことになる。喜べ、改造人間タカマガハーラ裂屋よ!」
「もう、そんな変な名前で呼ばないでください、兄さん! 私は高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)です。兄さんだって、高天原御雷じゃないですか」
「うっ、その名を口にするな……」
 いきなし高天原咲耶に本名で呼ばれて、ドクター・ハデスがよろめいた。
「だいたい、以前約束していたオリュンポス専用パワードスーツの正式採用はどうなったのですか? せっかく頑張ったのに、役に立たなかっただの、ただ働きだっただの、あの子、泣いてましたよ」
「んーっ、誰のことかなぁ」
 ドクター・ハデスが、そっぽをむいて言った。都合の悪いことを無視してこそ、真の悪の大幹部である。それでこそ、正義の味方を前にして、「しまった、そのことを忘れておった。ドクター・ハデス、一生の不覚っ!」というセリフを、一生に何度も口にできるのだ。
「もう、最終回も近いんですから、早く滅びてください」
「待て、人気の幹部は、最終回後も生きのびるだろうが!」
「それは改心したときだけです。改心しない幹部は、きっちりとオリジナルビデオや映画で最期を迎えています。それとも、本編で人知れずフェードアウトしたあげくに、子供雑誌の連載漫画で『うわあ、やられたー』の一コマで退場したいんですか?」
 だんだん、何を言い合っているのかわけが分からなくなってくる。
「それよりも、早く巨大化してください」
「待て待て待て待て、待てー!! それは古今東西変わらぬ死亡フラグじゃないか!」
 冗談じゃないと、ドクター・ハデスが高天原咲耶に言い返した。
「でしたら、新型超巨大イコンをパワードスーツの代わりに作りましょう。もちろん、兄様を元にしたデザインで格好いいのを」
 それもまた死亡フラグである。
「お前は、どうしても俺を殺したいらしいな。だいたい、悪の大幹部がきっかけとなって、最後に世界が救われるというパターンもあるのだぞ」
 当然、今現在ストーリーはそこへとむかって流れているはずだ。そのはずである。そうだよね?
「ステキです。兄さんは、その犠牲となるのですね」
「どーして、そこから離れないんだ!」
「離れちゃいけないんですか?」
「当然だろうが!」
 もう、お前を巨大化してやろうかと、ドクター・ハデスが頭をかかえた。
「だいたい、俺がいなくなってしまったら、秘密結社オリュンポスの戦闘員たちはどうなる。全員、失業だぞ」
「まっとうな職に就けていいじゃないですか。私も、平凡なOLになります」
「いやいや、世の中、そう簡単でもないぞ。やはり、俺が面倒をみてやらなくてはならないのだ」
「はあ、その前に、私の面倒をちゃんとみてほしいです……」
 いったい自分の未来はどこにあるのかと、高天原咲耶が大きく溜め息をついた。