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4.かけがえのない、人々と

 その朝、ハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)は喧騒の中目覚めた。
 ぼんやりした耳でよく聞けば自分を祝ってくれる、一族の声、声、声。
 パートナーや親族たちが、ハイコドの誕生日を祝うため一堂に集結したのだ。
「んふふ、おはよ〜」
 中でも自らが一番祝いたいとばかりに、他の祝福者を蹴散らしハイコドにすり寄って来るのはソラン・ジーバルス(そらん・じーばるす)
 甘いお祝いややや手荒い祝いの洗礼を受けるハイコド。
 そんな中、ニーナ・ジーバルス(にーな・じーばるす)は裏方は仕切るとばかりに、パーティーの準備や会場の飾りつけ、料理の仕上げを行っていた。
 お昼いっぱいかけてパーティーの準備は終了した。
 あとは、祝うだけ!
 待ちかねたとばかりに、ハイコドを中心とした一族のどんちゃん騒ぎが始まった。
 そんな騒動の中も、ソランはハイコドの一番側で騒ぎを盛り上げ、ニーナは会場を仕切り料理の残量や部屋の片づけに気を配る。
 そして騒動が終わり子供達が寝静まってから。
 これからが、3人の本当の時間だった。
「ハコくん、これ、プレゼント」
 ニーナは改まって、ハイコドにプレゼントを渡す。
「へえ、これは……」
 箱を空けたハイコドの目が輝く。
 ネクタイと、タイピンだった。
「んー、ハコくんに合いそうだから買ってみたけど、考えたらあまりスーツ着ないのよね、ハコくん」
「スーツは着ることもたまにあるし、ピンもネクタイもありがたく使わせてもらうよ」
「えへへ、喜んでもらえて良かったわ」
「私のプレゼントは……これ!」
「わっ」
 突如、ハイコドの視界が塞がれた。
「ふふふ、プレゼントはあ・た・し……っていうのは逆にマンネリ化しちゃってるから、これ」
 ハイコドの目を覆っていたのは、アイマスク。
「これがあったほうが寝やすいかなって思って」
「なるほど……ありがと、わっ」
 感謝の言葉を言い終わる前に、ソランがすり寄ってきた。
 いつの間にかニーナも同様にすりすり甘えている。
「二人共そうやってひっつかれると暑いって、もう」
 そう言いながらも、ハイコドは二人を撫でたりブラッシングをしてスキンシップを図る。
「……そろそろ、ベッドに行こうか」
 ほんのりと甘い時間はベッドでも続いた。
 何をするでもなく、ただくっつきあって眠る。
 それだけ。
「ソラがエッチなことしないとこういう風に静かに過ごせるからたまにはいいものね」
 ニーナは小さく、呟いた。

   ◇◇◇

 ゴール前のせめぎ合い、そしてシュート!
 魅せるプレイに、観客たちは一丸となって叫び、唸り、雄叫びを上げる。
 ここは、イタリアの競技場。
 富永 佐那(とみなが・さな)ソフィア・ヴァトゥーツィナ(そふぃあ・う゛ぁとぅーつぃな)エレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)を誘い、サッカーの観戦に来ていた。

 数刻前。
「エレナー? 今日、友達からサッカーのチケット貰っちゃってさ。後でソフィーチカも連れて、一緒に行こうよ!」
「あら? スポーツ観戦ですか。たまにはいいですわね。ソフィーチカにも声を掛けませんと」
 佐那はエレナとそんな会話を交わしつつ、目でソフィアに合図を送る。
(分かっています……!)
 ソフィアは無言のまま頷くと、予め佐那と打ち合わせていた通り、エレナに気付かれないようこっそりと花束を買いに行く。
 買った花束は、とある場所へ。
 そして、3人はサッカー観戦を堪能した。

「ふふ、久しぶりに熱狂しましたわ。有意義な時間でした」
 エレナは満足そうにため息をつく。
「ところで、夕食はどうしましょう? そこらのバルで何か買ってきましょうか?」
「ううん。折角だから、そこのリストランテに入らない?」
「お食事ですか? 佐那さん、今日はサービス満載ですわね。どうしたのですか?」
 いつになく上機嫌な佐那の様子に首を傾げつつ、エレナはリストランテの扉を開けようとする。
 が、その手が止まる。
「あ……いけませんわ。このお店、満席のようです」
「ううん、大丈夫。ね、ソフィーチカ」
「はい!」
 佐那とソフィアに押されるようにして、エレナはリストランテに入る。
 実はこのお店は既に佐那によって予約されていることを、エレナは知らない。
「すんなり入れるなんて……ラッキーですわね」
「そうね」
「そうですね」
 エレナの様子を見て含み笑う2人。
 そして食事も後半に入った頃合いだった。

「エレナ――Всего наилучшего(誕生日、おめでとう)!」
「おめでとうございます!」
 祝福の言葉と共に、ソフィアは店に預けてあった花束をエレナに手渡した。
「まぁ……」
 一瞬、驚きに瞳を見開くエレナ。
「いつもありがとう。エレナには感謝してもしきれないよ」
「マーツィ、こんな私を引き取ってくれてありがとうなのです。今、とても幸せでいられるのも、マーツィのお陰なのです。これからも、私の大好きなマーツィで居て欲しいのですよ……」
 しかし二人の祝福の言葉に、くしゃりと表情を崩す。
「……ありがとうございます。こんなによくしていただいて……ありがとう、私の子供たち」
 二人を、抱き締めた。

   ◇◇◇

 ヒラニプラ郊外の洋館。
 そこに、いつもと変わらぬ、しかし特別な朝が来た。

「アコ、もう朝よ。起きて……あら」
「おっはよー」
 いつもの様にルカ・アコーディング(るか・あこーでぃんぐ)を起こしに来たニケ・グラウコーピス(にけ・ぐらうこーぴす)は、不思議な光景に自分の目を疑った。
 既にアコは起きているばかりでなく、エプロンまで装備していたからだ。
「今日の朝食はアコに任せて!」
「そうなの? それじゃあお願いしようかしら。私は洗濯を干すから」
「今干してるよー」
「あらあら」
 二階からルカルカ・ルー(るかるか・るー)の声が聞こえる。
「それじゃあ、掃除機を……」
「使用中だ」
 リビングから聞こえるダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の声と、掃除機の音。
「あらあらあら」
 先回り先回りする家族たちに、ニケは首を傾げてダリルに問う。
「一体、今日は皆どうしちゃったのかしら」
「誕生日くらい好きな事をしてゆっくりしていろ」
「誕生日? 一体、誰の……」
 そこまで言ってニケははっと手を打った。
「そういえば、今日は私の誕生日でしたわ」
 ということは、今までの不思議な現象は、皆の気持ちということで……
 ニケは頬に手を当てる。
(嬉しい……けれど、ちょっと心配……)
 そうっと、台所を覗きに行った。
 がしゃーん、ぷしゅー。
「きゃー」
「あ、あらあらあら……」
 ニケが懸念していた通り、アコは台所で格闘中だった。
「お、お手伝いするわ!」
「いいから! 大丈夫だから!」
 見かねて飛び出したニケだが、アコに背中を押され台所から締め出される。
 ふと見上げれば、ルカルカの干した洗濯物が風にはためいている。
「あ……」
 しかしよくよく見ると、それは歪んでいたり皺になっていたり……
「い、今からちゃんとするからっ!」
 慌てて誤魔化そうとするルカルカだが、そこはニケが譲らない。
「干し方……教えるから一緒に干しましょう」
 ルカルカと新婚生活を送っている相手が困らないようにという、ニケの気遣いでもあった。
「いつもありがとう」
「普段からお手伝いしてくれるともっと嬉しいわね」
「が、頑張る」
 ニケにそう言われ、てへ、と舌を出すルカルカだった。
 そしてリビングは、安心できるダリル担当。
「流石ね。助かるわ」
 すっかり綺麗になったリビングを見て安堵の息をつくニケ。
「主夫だ」
「主夫だー」
「やめろよ、それ」
 茶化すルカルカとアコに、ダリルは溜息ひとつ。
「そういえば、朝食はどうなったの?」
「はい、召し上がれ!」
 少し焦げてはいるものの、アコの愛情たっぷり、手間をかけた朝食が食卓に並べられた。
「誕生日おめでとう」
「いつもありがとう」
 いただきます、の言葉ではなく、今日だけは感謝と祝福の言葉が行き交う。
 カードや花束、プレゼントが届き始める。
 アコからはブローチ、ルカからはジュエリーケース、ダリルからネックレスを貰い頬を染めるニケに、ダリルが皆でクルージングに行こうと誘う。

 いつもと違う、特別な日。
 だけどいつもと同じ、かけがえのない日。
 そんな一日が、今日も始まる。

   ◇◇◇

「ねーねー、まだー」
「もう少し、お待ちください。今、最後の仕上げをしておりますから」
 ばんばんとテーブルを叩く崩城 ちび亜璃珠(くずしろ・ちびありす)の声に、泉 小夜子(いずみ・さよこ)はローストビーフにソースを添えながら答える。
「あ、あの、そんな小夜子様にお食事の当番なんて、その、そういうものは私のお仕事ですから、どうか……」
「マリカさん、こちらを切り分けてくださるかしら?」
「あ、はい、お手伝いですね、させて頂きます、させてください」
 小夜子の後ろでおろおろと立ち回るマリカ・メリュジーヌ(まりか・めりゅじーぬ)は、小夜子の指示で再び忙しく働き始めた。

「お邪魔しまーす! はいこれ。プレゼント代わりのダイエット向けケーキとクッキー」
 祥子・リーブラ(さちこ・りーぶら)は家に着くなり上がり込み、崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)に箱を差し出した。
 遠慮ない言動は、相手への親しさの表れか。
「亜璃珠はこれから婚礼衣装を着るんだし、できるだけ絞っておいて損はないわよね」
「よしころす」
 亜璃珠も同様に受けて立つ。
 そこに、自らの指にはめた結婚指輪に目を落としながら小夜子が間に入る。
「……大丈夫ですよ。御姉様もきっと近いうちに結婚できますわ」
「ええい、きこんしゃらめ!」
 あっとゆう間に亜璃珠たちの住む小さな家は、賑やかな喧騒に包まれる。

「さあ、パーティーを始めましょう」
 小夜子がいそいそと料理を並べる。
 今から始まるのは、亜璃珠の誕生日パーティー。
「亜璃珠の誕生日ってことはー、私の誕生日でもあるんだけどさー、わたしのぶんはー」
 ばっしんばっしんとテーブルを叩くちび亜璃珠の前に、小夜子はさっと皿を差し出す。
「勿論、ちびさんや理沙さんの分も用意してありますよ」
「あるじゃん、やったー!」
「いえーい、お姉さまとちびちゃんの誕生日、めでたいですねっ!」
 ちび亜璃珠は立ち上がって喜び、崩城 理紗(くずしろ・りさ)もそれに釣られて立ち上がる。
「ふふん、さすが小夜子ね、気がまわるわ。いちずでつくせる、けっこんデキる女のじょうけんよきっと」
「ありがとうございます」
 小夜子を褒めちぎるちび亜璃珠。
 だが一言多かった。
「亜璃珠にはそういうところがちょっとたりないの」
「な・に・か言ったかしら〜?」
「あいたた……やめてーぐりぐりやめてー」
「そういえば、もう5年なのですね……」
 じゃれ合う亜璃珠とちび亜璃珠の横でふと呟いた理沙の声に、全員の動きが止まる。
「いろいろありましたからねえ、歳をとるのも忘れる反面、 実際の年月以上に老け……ごほん、色々な経験をしたり。そんな感じで人生の密度がたけえのがパラミタなんですねえ」
 亜璃珠に小夜子、祥子を見つめながら理沙はため息をつく。
 ぱらみたこわい、と。
(5年、か……)
 祥子は自分の結婚指輪を見つめる。
(不思議ね。皆とは、もう10年来の付き合いのような気がするわ。それに、私たちが結婚してるなんて!)
「亜璃珠」
 祥子は目の前の相手の肩に手を置く。
「結婚って人生の墓場みたいに言われるけど、結ばれるべくして結ばれた相手とならどんな環境でも気にならないわよね。妥協や打算で結婚するからそうなるのよ」
「……さあころせ、いっそころしてー!」
 しみじみ言われ悲鳴を上げる亜璃珠。
(そうですね、亜璃珠様もいつれはどなたかの伴侶を得るのかもしれません……)
 喧騒を前に、マリカは亜璃珠の、そして自らの行く末に思いを馳せる。
(そうなったら、私の居場所は……いえ、妻でなくとも戸籍をどうにかすれば……あああ!)
 道ならぬ思いにマリカは慌てて首を振るのだった。
 縦か、横かは彼女のみぞ知る。

 どんな心境の変化だったのだろう。
 料理を教えて欲しいという亜璃珠の申し出を、小夜子は少し驚きながら受け入れた。
「それでは、何かデザートを……」
 最初は、大人になるなら一人で出来ることを増やすのはどうだろうかといった、亜璃珠の殊勝な考えから始まったものだった。
 しかし、小夜子の持つ人妻特有の貫録と色気に、つい亜璃珠の悪戯心が刺激されてしまった。
 むにっ。
「きゃっ!」
 エプロンの隙間から、小夜子の胸へと亜璃珠の手が滑り込む。
「あっ、御姉様、や、やめてください……」
「フフフフフ、よいではないかよいではないか」
「そ、そこが弱いの、知ってるでしょう? それに私にはもう、伴侶が……」
「夫以外の男に体を許す背徳感で死ぬがいいわ!」
 エプロンの下の手が蠢く。
 が、すぐにその手は引き抜かれた。
「……って、だめだわ。これじゃあ勉強にならない」
「そ、そうですよ」
 ほっとして小夜子は再び教え始める。
「続きは終わってからにしましょう」
「するんですか」
「するわよ、当たり前じゃない」


 そして、彼女たちは進む。
 一日一日を。
 同じようであり、一日たりとて同じではない日々。
 繰り返しているようで、気が付けば遥か遠くへと進んでいく。
 そんな日々の中、特別な輝きを放つ一日を――
 ただ、祝う。


 Happy Birthday――

担当マスターより

▼担当マスター

こみか

▼マスターコメント

 初めての方、はじめまして。もしくはお世話になっております。
 Happy Birthdayを担当させていただきました、こみか、と申します。
 皆様、お誕生日おめでとうございました。
 色々な、しかしどれも幸せな誕生日を担当させていただき、とても幸せな気持ちになりました。
 蒼空のフロンティアとのお別れまであと少し。
 その前に、一度やってみたかった皆さんのお誕生日シナリオができて幸いです。

 できればあと1つ、もしくは2つ、シナリオをご用意できればと思っております(前回も同じことを言ってましたが)。
 イベント的なシナリオはこれで最後にしようと思ったのですが、まだまだ足りない気がして……!(主にあれです、えろとか)
 次回のシナリオで最後のイベントを行いたいと思います。そしてもしかしたらラストのシナリオ。
 でも余裕があれば最後に締めのシナリオを……と。確定してなくてすみません。

 さてそれから、今回も再び告知させていただきます。
 拙作のBL小説『ゼロコンマ』『ゼロコンマ弐』が、電子書籍で配信中です。
(※一部、内容に男性の性的描写がありますのでご注意ください)
 個人的には現時点で自己最高のらぶらぶ描写やら、キャラクターのアクションに気を付けた部分などなど各種詰め込ませていただいた、和風ファンタジー風BLです。
 よろしければ、是非よろしくお願いいたします!

 それでは、最後まで皆さんと共に楽しめたら幸いです。