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木蔭のお茶とガーデニング

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第1章 お茶で息抜き


 資料館の入り口から現れたその姿に、百合園女学院の生徒たちはさりげなく姿勢とスカートの裾を正した。そこに静かにして堂々たる姿、彼女たちとは異質な雰囲気を纏う人物が二人、いたからである。
 即ちシャンバラ国軍総司令金鋭峰(じん・るいふぉん)と参謀長羅 英照(ろー・いんざお)であった。
「こちらにオープンカフェが……」
 案内するのは、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)。最後尾にダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)
 そして生徒たちの中から百合園の生徒の中から歩み寄って来たのは白百合会会長のアナスタシア・ヤグディン(あなすたしあ・やぐでぃん)と校長の桜井 静香(さくらい・しずか)だった。静香は私用ではあるが、校長という立場もある。
「ごきげんよう」
 アナスタシアはスカートを広げ、恭しく頭を下げる。
 たった数歩の距離。アナスタシアは間近に見た二人の姿にやや気圧されていたが、実家で受けたレディーとしての教育で、それを感じさせぬように振る舞った。彼に対する態度として適切であったかは、別として。
「本日はどのような……」
「温室の完成をお聞きして、お忙しい団長達のひとときのやすらぎになれば、と思ってお誘いしたの」
 ルカルカが答える。
 資料館と季節展示を見て(口実?)最後にカフェで休憩するというコースを考えたのもルカルカだ。
 急な“おもてなし”の発生にアナスタシアは内心ひやりとしたが、どうやら公式な任務・視察ではないと雰囲気で察して胸を撫でおろした。
「そうでしたの。でも今日は私たちはこの通り土埃にまみれていますから……お恥ずかしいですわ。
 後日いらしていただけたなら、素敵なお花をお目にかけられたと思いますのに」
「もし宜しかったら、咲いた時にでもまた見に来てください」
 ではごゆっくり、と二人がまた恭しく金鋭峰と羅英照に挨拶して行ってしまってから、四人はカフェに入った。
 庭に面した室内は窓が大きく開け放たれ、小さなデッキとその下の芝生にも席が並ぶオープンカフェのスタイルになっていた。
 折角だからと四人は、庭に出て、ダークグリーンのモザイクタイルのテーブルに着席した。
 確かにここから見える花々は秋にさしかかったせいか、元々植えられていた地域との気候の差か、少々寂しく見える。そのために芝生を除いてガーデニングされている真っ最中だった。遠くに白い骨組みにガラス造りの温室が見えるが、今こちらも学生たちが行き交っている。
 ルカルカは、その中にチラホラと見知った顔を見付けた。更には教導団の生徒もいる。
(団長たちに緊張しそう)
 ごめんなさい、と心の中で謝りつつも、ルカルカも彼らが賑やかだったので、なんだか楽しくなるのを感じていた。
「流石は百合園さん。とても美しいですね」
「ああ。資料館の梁のアーチが見事だった」
「まだ少ないですが、あの花も綺麗ですね」
(とは言ったものの、団長たちは花とはあまり縁がないかしら。男の人だもんね)
 執務室に花があったかルカルカは思い出そうとしたが、あった時となかったと時とあったような……。
「団長の執務室にもお花があったかしら……庭の花でよければお持ちしますよ」
 笑うルカルカだったが、彼は困ったように僅かに眉を寄せた。
「来客があるため、花は管理の行き届いたものを用意し飾ってくれる者がいる。君には君の仕事があるだろう。私の秘書ではない筈だ」
 言葉少なに鋭峰が応じていると、カフェのスタッフがダリルの注文した紅茶を四人分、運んできた。
「どこのお茶かしら?」
 ルカルカの疑問に、シンプルだが瀟洒なエプロンを付けた若いウェイトレスは、ヴァイシャリー近郊の地名を答えた。
 ルカルカはが安心して口を付けると、濃くも華やかな香りが広がった。二人はどうだろうと見やると、団長たちも仕事のことを考えずお茶を楽しんでくれているようだった。
「しかし、団長や参謀長をルカが誘った時には内心ビックリしました」
 と、ダリルはまだ漂っている仕事モードの空気をほぐそうと笑う。
(世界が大変な時、会議だ軍務だと緊張の連続の二人に息継ぎの時間をという気持ちからなのは多分、お二人も察してると思うが、な)
 ダリルは彼なりに、ルカルカのことも気遣っているようだ。
「丁度ヴァイシャリーに所用があった」
「お時間いただきありがとうございます。……それにしてもヒラニプラの茶葉とはまったく違うな。どんな食事が合うだろう」
 ふむ、と考え込むダリルに、ルカルカが横から口を出す。
「この御茶に合う食事をダリルが作って団長たちに持ってくの決定ーっ」
「こらっ」
 楽しそうにはしゃぐルカルカを慌てて叱り、それから二人に向けて居住まいを正しつつ、
「いえ、ご希望なら喜んで作りますよ。中々機会はなさそうですが……」
 あ、ダリルが笑った、とによによするルカの頭を、ぺちんとはたく。
「……茶化すなタンポポ頭」
 英照は二人を見て、ふっと口元を緩めた。
「仲が良いのは、いいことなのだな」
 再び苦笑いするダリルだったが、それをルカルカはにこにこして見ているのに閉口するダリルだった。
 ……もちろん表向きは、であったが。





 山葉 涼司(やまは・りょうじ)山葉 加夜(やまは・かや)夫妻もまた、オープンカフェを訪れていた。
「9月は秋ですね。少し気温も落ち着いてきたような気がします」
 晴れてると暑く感じますけど、と、おっとりと、加夜は言った。
 昼間の太陽はまだ夏の暑さのようで、朝晩は涼しく過ごしやすくなった。木々の葉にも黄色や赤が混じり始め、落ち葉もちらほらとみられる。
「大丈夫か? 気分が悪くなったらすぐに言うんだぞ」
「大丈夫ですよ。ほら……お楽しみが来ました」
 妊娠中の妻を気付かう涼司を嬉しく思いながら加夜は視線を外す。
 ウェイトレスが銀のトレイに乗せて持って来た中に、お待ちかねのアイスティーとアイスコーヒー、モンブランふたつ。
 加夜は秋を感じさせる栗のクリームの上品な甘さを楽しむ。舌を洗い流すアイスティーの冷たさが喉に心地良かった。
「花が綺麗ですね」
 元からあるささやかな花と、徐々に加えられていく花の苗を遠くから眺めて、普段よりのんびりとしたペースで話す。
 今日は二人とも何の予定もなく、ただ二人の時間を過ごすことが出来た。ちょっとした贅沢だ。
「こちらの特製ブレンドのハーブティーをお願いします」
 アイスティーを飲み干してしまってから、今度は加夜はどこかの守護天使がブレンドしたものを注文する。
「……大丈夫か? 変なものが入っているんじゃ……」
 心配そうな涼司に、成分的におかしなものは入っていない、とウェイトレスは請け負う。
「どなたでも安心して召し上がれますが、ただ気分が少し変わることがあるので、体調にご不安がありましたら……」
 加夜が飲むと決めたので、結局そのハーブティーは運ばれてきた。
 ガラスのポットに、見たことのあるものないもの、種々のハーブの葉が取り混ぜてある。お湯は濃い目のピンク色に染まり、氷の入った器に注がれる。氷が解けて少しずつ薄まっていく様は綺麗だった。
「……ん……少し甘酸っぱいでしょうか、美味しいですね」
 自然で控えめな甘さと酸っぱさは美味しいけれど――けれど、何だかドキドキしてきたのは気のせい?
 顔を上げて涼司の顔を見れば、余計にドキドキして顔が赤くなる。日焼けした頬、普段より精悍な顔つき、じっと見つめてくる真剣なまなざし……。
「え、ええ。とても美味しいですよ。涼司くんもどうですか?」
 普段より、素敵に見える。加夜は心臓の高鳴りを抑えつつにこっと笑ってみたが、うまくできたかどうか。何だか結婚前に戻った気さえしてくる。
「俺はいい……まだ残ってるから」
 でも以前より普段のドキドキが少し減っても、結婚前には得られなかったものもある――そっと、彼女は大切な命の宿ったお腹に優しく触れる。
「涼司くんはお父さんって呼ばれるのとパパって呼ばれるのはどちらが好きですか?」
「ん?」
「私は小さい頃からお父さんお母さんって呼んでましたけど、パパママって呼ばれるのもいいかなって思ってるんです。まだ気が早いでしょうか?」 妊娠4か月目。加夜は少しずつ母親になろうとしていた。
「そんなことないぜ。俺だったら、そうだな、どっちかというと『お父さん』の方がいいな。俺が『お父さん』か……なんだかくすぐったいな」
 涼司は照れくさそうに頬をかいた。もし彼が過去に戻って『埼玉最凶の中学生』だった頃の自分に言っても、鼻で笑うだろう。
「あーでも、最初はお父さんっていうの難しいだろうからな……」
「ふふふ」
 つわりも楽になった。お腹も少し大きくなってきて……幸せと一緒に、少し不安を感じることもある。
(でも涼司くんが手を握ってくれたり抱きしめてくれるとすごく安心できるんです)
 何も言わずに手を伸ばせば、包まれるように握られて。
 夫の優しい眼差しに幸せを感じながら、加夜はゆっくりとした時間を過ごしていった。