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リアクション
第4章 嫁が欲しい、領地も欲しい、水魔再来 Story2
「あ、あの、陣さん。先程、カエルさんの気配を見つけたようですけど…、まだ近くにいるのでしょうか?」
宝石使いではない自分では探知できず、結和は遠慮がちに小さな声音で七枷 陣(ななかせ・じん)に聞く。
「えーとな、町に入ってからその雑貨屋があるところやね」
「こんな悪いこと、一刻も早く止めなければ…っ」
「私が引き寄せてあげるわ♪」
月崎 羽純(つきざき・はすみ)たちに女神として持ち上げられ過ぎたカティヤ・セラート(かてぃや・せらーと)は、柔らかに微笑みハイリヒ・バイベルを開いた。
「あわわわ。言っていることと、行動がなぜか違うような…」
一見、優しそうな女神にも見えるが、真逆の態度に困惑してしまう。
「いいいいえ、な…何でもないですー」
「ふふ、いいのよ。今の私の心は、海よりも広く深いのだから♪」
「さっすが女神様。行け、頑張れ」
半分心にもない言葉を発した羽純はカティヤから離れる。
「さぁ皆、力を分けて頂戴な♪」
聖なる咆哮の術を行使するべく仲間へ美しくウィンクをした。
「―…我と共に在る眷属よ」
羽純はエレメンタルケイジに触れ、精神を沈めて静かに言葉を紡いだ。
ペンダントの宝石が淡く輝くと、その大地の気が陣のエレメンタルリングへと流れていく。
「我らが持ちし祓魔の祝福を受け…、纏え」
彼から邪なる気配を暴く魔力元を受け取った陣は、熱く燃えながらも暖かな炎の魔力をリングに乗せた。
「聖者の気質をっ」
「(相変わらず素直で真っ直ぐな気やね…、なぁんてな。さぁてジュディ、磁楠、たのんまっ!)」
遠野 歌菜(とおの・かな)に光と風の気をもらい、2人の友から受けたリングが琥珀・紅・白・黄緑色へとゆっくり色を変えていく。
『悟れ!祓魔の理を!』
そうジュディと磁楠が強く唱えると、スペルブックから放たれた重力の力によりリングに託された仲間の力が融和する。
その手に陣はありったけの精神を集中させると、白い風が荒々しく渦を巻き、その風に灰色の重力がまとわりつく。
“セイクリッド・ハウル!!”
紡がれた最後のワードに重力の嵐は雷鳴のような音を激しく響かせ、それは1人の乙女を媒体とすべくその者の身体を包み込む。
仲間たちに託された力を受けたカティヤは炎の風を纏い、暴れ狂う水魔を目視する。
「またお嫁さんでも探して暴れているのかしら?生憎だけど、ここにはカエルのお嫁になりたいっていう人はいないわよ♪」
「フン、同じ姿に変えてしまえばいいだけだゲコッ」
カエルにしてしまえば、自分の嫁になるはずだと自慢の顎を膨らませ、偉そうな態度をとる。
「ベールゼブフォさん!私のこと、覚えてらっしゃいませんか?以前お話しさせていただいたものです」
「むむ。おまえは、我が一族の女医になったはずでは!?なぜ、人の姿に戻っているのだゲコォーッ」
「え…、わわわ私がですか?ち、違います。カエルさんは可愛いですけど、同じ姿になってまでは……」
いったい何を言っているのか理解できず、ぶんぶん被りをふって否定する。
「我らの嫁にもきたくせに、知らぬというのかっ」
「いえ、あ…あの……っ」
「女の子を困らせるなんてよくないな。ね、クローリスくんもそう思わないかい?」
一方的な物言いに呆れ顔をしたクリストファーは、腕の中におさまっている少女にそう話しかけた。
「まー、ナイことばかりいうやつは、さいてーすぎるかな」
「悩める乙女のために、素敵な香りを分けてあげてあげたらどうだい」
「はぁ、きょうはゆっくりしていたのに。ふぅ、おにーちゃんがどぉ〜してもーっていうなら、まぁーあげなくはないね」
主に向って上から物を言いながらも、両腕を広げてステップを踏みながら柔らかな花の香りを撒いてやる。
「こ、この不快な匂いはっ、嗅ぎ覚えがあるゲコォオ」
ベールゼブフォは目が飛び出そうなほど驚き、手足をばたつかせた。
彼らはクローリスの特性を忘れてしまったのだろかと思い、クリストファーは小首を傾げた。
「あいつ、例の撲滅神父の片割れじゃないカァッ」
「例の…何だって?」
不可視の者がまた惑わすために、おかしなことを言っているのだろうか。
ロラへ視線をあてるとぶんぶんと被りを振っている。
クリスタロスの町でそんな酷い印象を残した覚えはなく、口元に手を当てて考え込む。
確認がてらパートナーのほうへ目をやるが、“彼らをいじめたりはしてないはずだよ”と返答をくれた。
「もうワスレタなんてヒッドィゲコォッ」
「俺が?無理に攻撃したりなんてしたことないのだけどな」
まったく身に覚えのないことにクリストファーが困惑する。
「空腹の我らが、ちょーっと作物をもらっている時。そのチビで散々いたぶったじゃないカァ」
「それってもしかして、人が育てたものを勝手に食べたのでは?」
人の物は自分の物だと言い張っていた彼らなら、人里を襲ったからではと呆れ顔をする。
「片割れっていうことは、もう1人は僕なのかな」
この世界では魔性たちにマイナスな印象を持たれているらしく、クリスティーは小さく苦笑する。
「キサマのほうは、この前…よくも毒舌でよくいじめてくれたナッ。仕返ししてやるウッ」
「失礼なやつだね。戦わなければならない相手にも、失言したことなんてないよ…」
今度こそあることないこと言い散らしているのだろうと、少し口の端を下げ眉を吊り上げる。
「ゲゲコォ、今日こそ退治してやるゲコォオ」
「お仕置きされちゃうのは、あなたたちのほうよ!」
先手をとるべくカティヤは聖なる咆哮を放ち、水魔の巨体を吹き飛ばす。
避ける間もなくひっくり返ったカエルは、ギャァギャァ騒ぎながら手足をばたばたさせた。
「く、くそぅ。…ムッ!」
ぐねりと身体をひねって転がり立ち上がると、クリスタロスの人間の姿を目にした。
「やらっぱなしは癪だゲコ。さっさと町から出て行かないのが悪いッ」
「出て行く土産としてカエルにしてる、ありがたく思うゲコヨ!」
身勝手な言葉を並べたベールゼブフォはカエルソングを歌い、逃げ回る人々を襲う。
「好き勝手やらせるわけないでしょ。いけないことはいけないって、この私が優しく教えてあげるわ♪」
「フンッ、キサマらの相手はコレで十分ゲコッ。イケェエエー!!」
ドンドンと足踏みし、分身を出現させ祓魔師たちを倒すよう命じる。
「トークンがこんなに!?これじゃカティヤさんでもすぐには…っ」
あっとゆうまに道を封鎖され、水魔たちの気配がどんどん離れてしまう。
「私が行きます。…ロラ、時の宝石をお願い」
「んーうぅ!(はぁーい!)」
ペンダントの藍色の宝石が輝き、それに合わせて結和はトークンの群れの中へ駆けていく。
「磁楠、オレらもいくぞ。リーズとジュディはここ頼んまっ」
「おっけー陣くん♪」
「反省するまでお笑い芸人のサインをやるのではないぞ」
「はぁ?誰が芸人やっ。んな未来、ぶち壊してやるっつーの!」
ジュディをひと睨みすると走行速度を加速せ、結和たちに続いて水魔の本体たちのほうへ向う。
「倒してもきりがないわ…」
「カティヤさん、一瞬でもいい。道を開いてくれ!」
「愚痴っていても減らないものね。分かったわ♪」
顔にかかった黒髪を片手で後ろへやり、白き一閃を放ち彼らのために道を切り開く。
「いた!よーしっ」
「あわわ、たくさん水球が…」
「突破されるのも計算してたっつーことやな。オレらがやつらの注意を引きつける。結和さんは本体をよろっ」
「は、はい。(せかっく任せてもらったのですから、カエルさんたちを早く大人しくさせませんと…)」
水魔祓いを託された結和はハイリヒ・バイベルを開き詠唱を始める。
「―…うぇ、重っ」
陣は空から引きつけようと、背に炎の翼を広げて磁楠を持ち上げる。
「私に毒の霧だとかあたらないようにしろよ、小僧」
「分かってるっつーの!ほれ、斜め下から飛び上がってくるぞ」
「ふむ、落ちてもらおうか」
悔悟の章のページを開き、一呼吸すると詠唱する。
「すばしっこいヤツめッ。ぐぬぬ、もうちょいで届くゲコォッ!」
「フッ、それは無理だな」
磁楠は口元を笑わせ、凝縮した圧の塊りでぴょんぴょん跳ねる本体を押し落とす。
ベッシャァアと地面に落とされたそれは、“グゲゴォオオッ”と叫んだ。
「うわ、ヒドッ」
「同じことを繰り返すからこうなっただけだ」
「ひょっとして撲滅神父ってさ、クリストファーさんたちじゃなくってお前やないか?」
「さぁな。所詮は偽りの未来だからな、知らん」
そこに潰れかかっているだろうカエルを見下ろし涼しげな顔で言い放つ。
「ヌァアアッ、倒してやるゲコォオッ」
懲りていないのか、また立ち上がった水魔は小さな目をギョロつかせ、口から毒々しい緑色の霧を吐き出した。
「くくッ、猛毒で苦しむといいッ」
彼らが苦しむ様を眺めてやろうと撒き散らしゲタゲタ笑う。
「ぬぁぁ!?か、体が、いったい…」
急に酷い倦怠感に襲われたベールゼブフォは、ぐらりとゆらつかせる。
「(すみません、あなたの魔術の特性を利用させてもらいました…)」
結和は裁きの章による雨を霧状に変化させ、毒の霧に紛らせていた。
それのみならず祓魔の光を紐のように変え、カエルの足に絡みつかせていたのだ。
「ベールゼブフォさん!私のこと、覚えてらっしゃいませんか?以前お話しさせていただいたものです」
「むむっ、キサマはあの時のヤツカッ」
未来世界で女医のカエル結和として会う以前、この町で会っていたことをようやく思い出す。
抵抗をやめた水魔は小さな目で彼女をじっと見る。
「なんだか、人の姿で見た時と変わらないゲコ」
「それは、私たちが過去から来たからです。ある魔性によって、ここへ飛ばされてしまったので…」
「ぬぅ、女医のお前と2人いることになるのカッ?」
「い、いえ。ここに来たことによって、“私”のみが存在しているんです」
「なるほどッ、アイツがそうして…1つの個なのカ……フム」
何やら知っているのか、だんだんと声のボリュームを下げていく。
存在するのだが、存在しえない。
今の彼女がそれにあたるのだ。
事の現状を話せば自分の身が危うくなってしまう。
過去に会った時と変わらず信用に足りる者かどうか悩み、目を閉じて考え込んだのだった。
何故、またクリスタロスの町を襲ったのか、口を噤んだままのベールゼブフォにロラが声をかける。
「んーん!むー!(ねえお話しして?どうしてこんなことするの?困ってるならロラたちも力になるから、こんなことするのはやめようよー!)」
「今なら、町も人も手にはいると、ヤツがッ」
「んぅー…?(それは誰のこと…?)」
けしかけたのは何者なのか問いつつ、この隙に町の人たちの治療を行うように、パートナにちらりと目をやった。
「(えぇ、もちろんよロラ)」
ロラをそっと肩から下ろした結和は、空へ目をやり町の人々の治療を始めようと目くばせした。
石畳の上へ降りた陣はさっそく彼女と共に救助をおこなった。
トークンの群れを突破した歌菜たちもカエルたちが大人しくしている間に、速やかに治すべくペンダントに手をあてた。
ようやく落ち着いて会話ができるようになったロラは、人々を困らせるようなことをしたのかベールゼブフォに問う。
「んむー、んー?うぅー。(相談できる人が、今までいなかったの?魔法学校を通してくれれば、ロラたちが来る前のロラたちを呼べたと思うよ。なのにどうして…)」
「領地拡大が容易だと教えらゲコ。取れるなら、今だァーとッ!!」
「むー、んんー。(それを、“誰か”が言ったんだね?それは…“人”なの?)」
「人であって、そーじゃないヤツ」
そう言葉を耳にしたロラは、校長が気にかけていた“魔法学校から姿を消した者”のことなのだとすぐに分かった。
どうやら校長の悪い予感が当たってしまったようだ。
「むー?んうー!(ねぇ、どんな格好をしているの?ロラたちが、カエルさんたちに悪いこと教えないでって言ってあげるよ!)」
「そ、それはイケナイッ!」
「んうー?(どうしていけないの?)」
やはり逆らえないような何かで悩んでいるのかと、忙しく動き回る気配に話しかける。
「黒い服のシスター、時の魔性といるかラ。いけない、死んでしまうかもしれないゲコッ」
「んむーんー!んー(ロラたちを心配してくれてるなら大丈夫!誰かが止めなきゃいけないんだから、そのために来たんだよ)」
「シスター、騙すのが上手いッ。いっぱい手の者がいるゲコ」
「んんー…。んむー?(そうみたいだね…。居場所は知ってるの?)」
けしかけた者の居所を問うと、気配は固まったように停止してしまった。
「見えるものだけが、全てでとは違うッ」
「んうー、むうー。(カエルさんたちからしたら、ずーっと前のことになるけど。それ、町で言ってたの覚えているよ。もしかして、そういうとこにいるのかな)」
彼女への返答に悩んでいるのか、水魔は黙り込んでしまった。
急かしてしまうと怒らせてしまうかもしれない。
ロラも口を閉じて彼らの言葉を待つことにした。
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