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リアクション
第5章 糸の先にいる者 Story1
ロラとベールゼブフォの対話は止まったままだが、クリスタロスの人々の救助の方は淡々とおこなわれていた。
「―…キュアポイズンだけでは、治療が難しいようですね」
結和は自分の手で治せないことに表情を沈ませ、悔しげに服の裾を掴む。
「使い魔の薬草じゃないと、その辺はオレらも…」
呪いの解除はできても解毒治療は難しく、どうしたものやらと腕組して考え込んだ。
「大丈夫。それくらいならすぐに治るとポレヴィークさんが言っているよ」
屈みこんだクリスティーは、木製の細い注射針を倒れ込んで入る町の住人の腕に刺した。
「それは、使い魔さんに作ってもらったのですか?」
「うん。霧を吸い込んでしまっているはずだから、体内の治療も必要だからね。それと、霧の毒を受けてしまった肌も治さないと…」
「な…何かお手伝いできることはありますか?」
「えっと…そうだね。この薬を肌に塗ってあげてくれるかな。はい、手袋どうぞ」
「ありがとうございます。私も毒を受けるわけにはいきませんからね」
医者術を得ようとする者の基本として、治療にあたる自分まで倒れてはいけない。
手に毒がつかないように手袋をはめ、草の器から塗り薬を指で取る。
「えっと肌といいましても、どの辺りに?変色してしまっている部分だけでよいのでしょうか」
「ううん、見えるところは全部ね。今は大丈夫そうに見えても、後から症状がでてしまう可能性があるんだよ」
いくら注射で体内から治療しても、露出した肌部分に届くまで時間がかる。
速やかに完治させるためには、外傷部分の治療も同時におこなわなければならいと告げた。
「あ…、はい。なるほどですね」
こくりを頷いて結和は薬を丁寧に縫っていく。
「歌菜ちゃんたちも町の人を救助してるから、その薬分けてもらいたいんやけど」
「向こうは足りているはずだよ。ポレヴィークさんはもう1人、召喚されているからね」
クリストファーが召喚した使い魔へ目をやり、向こうでもすでに治療をおこなっていると言う。
「へーっ、2体も呼べるんか」
「ふふ、僕たちも成長しているからね。召喚できるようになったんだよ」
「ほ〜」
「ねーねー、陣くん。ボクも何かすることない?」
「あーそうやな。この薬を近くで転がっている人に塗りまくってやってくれ。注射はさっき見てから分かるやろ?」
「りょーかい♪」
苦しげに呻いている人の元へぱたぱたと駆け寄って行く。
「水…水を……」
「うーん、ごめんね。お水は持ってないんだよ、困ったなぁ…。陣くんーお水とか持ってない?」
「すまーん、持ってきてないんや。っと、和輝さんからテレパシーが」
定期連絡のテレパシーが送られ、袖に突っ込んでいたメモ変わりの紙切れを取り出す。
「何か情報掴めたんか?」
『すまない、まだこれといったものは…。そちらは?』
「今、ロラさんが水魔から話しを聞いているところやね。黒い服のシスターが、カエルをそそのかしたみたいや。たぶん、時の魔性っつーのもそうなんかもな」
『ふむ。居所の判明は?』
「いやー、まだそこまでは話が…。ただ、荒廃していく様を楽しむためのことみたいやね」
『それで、あれが目をつけられたと』
陣の話しを聞きながら和輝は小さな手帳に書き込んだ。
『現状、不足していることは?』
「町の人が水欲しがっているみたいや。何か飲み物を持ってきてもらたいんやけど」
『了解。そこで待つように』
「はいはい、どーも!えっとオレらがいるところは、雑貨屋の先にある橋の下に水が流れている近くや。じゃ、待っとくな」
居場所を伝えるとテレパシーが途絶えた。
-待つこと数分-
テスタメントと日堂 真宵(にちどう・まよい)の姿が見え、大きな水筒を抱えながら駆けてきた。
「どなたが助けを求めているのですか、テスタメントが飲ませてあげるのです」
「おー、ありがとう!リーズのとこにいる人や」
「むむっ。真宵、その宝石の力を!」
真宵のペンダントの中の宝石が輝き増し、テスタメントの加速力が高まりさっと駆け寄る。
「さぁ、ぐーっと飲むのです」
紙コップにお茶を注ぎ飲ませてやる。
「うぐ…、ん…げほっ!!」
「はわわっ、何故吐き出すのですか!?」
「ありゃりゃ。ゆっくり飲ませたほうがいいんじゃないかな」
「仕方ありませんねー。さ、ちゃんと飲むのですよ」
片手で頭を持ち上げて傾けてやり、今度はゆっくり飲ませてみた。
「ん……、ありがとう。…あなたは?」
「イルミンスールのテスタメントです!テスタメントたちが来たからには、もう安心なのですよ」
「何日も飲んでなくって……、きっと他の人も…」
「確かに、この荒れようではそのようですね」
橋の下を流れる水を見ると、嗅覚が麻痺ひそうなほどの異臭を放っていた。
酷く濁り緑色に泡立っている光景を目にすれば、飲んだら中毒症状を起すほどのものだと誰でもすぐに理解できるほどだ。
「テスタメントたちはもう行かねばなりません。困ったことや悩み事、懺悔したいことなどあれば連絡するのですよ」
「え、は…はい?」
最後の“懺悔”の単語に対し、何故そんなことまで…と不思議そうに彼女を見上げた。
「彼女はいったい…」
「とてもいい子だよテスタメントさんは。ただ少しだけ、面白いところがあるかなー。にゃはは♪向こうは、話し…進まないみたいだけど大丈夫かな」
黙ってしまったきり、どちらとも口を開こうとしない状況にリーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)は不安そうな顔をする。
長い沈黙が続くのかと思いきやベールゼブフォが重い口を開いた。
その僅かな気配の動きに、リーズは薬を塗りながらそこへ視線を向けた。
「二人は…、この町にいるゲコ。ただの目だけでは、分からないトコ」
「んうー?(ロラたちの目で見えないところなの?)」
「違うけどそうッ。見えるものだけが全てでは…」
「んむーんー。(カエルさん、あの数字は何?)」
「数字ゲコ?」
水魔が見上げると…。
「ゲ、ゲゲコォオオオ!!!」
…目がぶっ飛びそうなほど信じ難いものがそこにあった。
居所をばらそうとする裏切り者への制裁を受けたのだ。
「むう、んうー!?(もしかして、時の魔性の呪いなの!?)」
「し、死にたくないゲコッ。ごめん、許して欲しいゲコォ、もう言わないゲコォオッ」
「んうー!(ロラが助けてあげる!)」
「まだ難しいかもしれないけど、ボクも手伝うよ」
気配の元へ触れたロラとリーズは、もう片方の手でペンダントに触れホーリーソウルの気を水魔へ送り込む。
懸命に助けようとする彼女たちの思いを嘲笑うかのようにカウントが進んでいく。
「んむー、んんー(やだ、死なせたくない。助けたいよ…)」
焦る気持ちを抑え、ぎゅっとペンダントを握る。
「どうしたんや、リーズ」
「陣くん!カエルにデスルーレットの呪いが…」
「そんなもん、どこにも見えなかったぞっ」
治療にばかり集中していたためか、それらしいものはまったく視界になかった。
まだ時の魔性が近くにいるのではとアークソウルで気配を探るが、すでに探知できないほど離れてしまったようだ。
「グゲェコォッ、アイツみたいに死にたくないゲコッ」
自分も罰せられるかもしれないと思った他のカエルたちは、ぴょんぴょん跳ねながら町から逃走した。
「くそ、気づけなかったなんてっ」
「カウントが止まらないよ。誰か、こっち手伝って!」
「んんーむー。(お願い、カエルさんを助けてあげて)」
「リーズちゃん、今行くから落ち着いて解呪に集中して」
「あぁっ、もう…そんな……」
まさか情報を流した水魔が死の罰を受けるとは思わなかった。
「―…呼吸がないわ」
歌菜が水魔の鼻や口の先へ手をやるが、肌に息らしいものを感じない。
サリエルの死の制裁を受け、死んでしまったのだ。
「んむーむー!!(死んじゃやだよやだー!!)」
「ロラ…」
結和は泣き喚くロラをそっと抱き上げた。
「あ、あの歌菜さん、カエルさんを生き返らせることはできなのでしょうか」
「たぶんですけど、私と陣さんなら宝石の力を引き出せるかと…」
「すぐやらないと間に合わないぞ、歌菜」
「うん。分かってる、羽純くん。やってみる!」
「いっちょマジにやってやりますかっと」
2人がペンダントに手を触れると、その中のエターナルソウルは柔らかな藍色に輝き始める。
祈りに集中するとカエルの巨体の真下に時計のような模様が現れた。
しかし、針は動かず淡く光る時計の模様も消滅してしまった。
「蘇生ってかなり難しいみたいですね…。うーん…」
「リミットまで時間はあるから、ワンモアいってみよーや」
「そうですね、まだ諦めませんっ」
奪われた命の時を戻すべく、現世に戻ってくるように祈る。
「(時計の針が動いた!お願い、…死なないで)」
カチカチカチ音を立てながら秒針が逆方向へ回っていく。
体から離れた魂の気配が戻っていき、小さな目がゆっくりを開いた。
「―…ぬぅ?我は……死んだはずではッ」
「やりましたね、生き返りましたよ陣さん!」
「ふぅー。ちょい不本意なところはるんやけどな」
さっきまで戦っていた相手を助けるなんて、歌菜に負けず自分も相当お人よしだとため息をついた。
「んむー!んうー…(カエルさん助かったんだね!ロラも、助ける力をもっと引き出せたら…)」
「ゲコォオ。これ以上は、いやゲコッ!!」
「んんーう、んむーっ。(カエルさん、待ってーっ)」
必死に呼び止めようとするものの、あっとゆう間に気配が遠ざかってしまう。
「やつらを早く止めないと、また誰かをそそのかすかもしれん」
「見えるけど、視界に映らない…ところだよね?」
「そうやな、リーズ。謎かけとは違うみたいやから、“そこにある”ってことや。こればっかは、探すしかなぁ」
ぽりぽりと頬掻き、どう見つければいいのやらと嘆息した。
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