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 ふたりの未来へ繋がる為に

 過去の思い出――というには、ほんの少しの苦みと2人にとってそれに勝る大事な出来事が沢山起きた頃。

 酒杜 陽一(さかもり・よういち)高根沢 理子(たかねざわ・りこ)が降り立ち、その思い出へ向かっていくのをイーシャンとシルヴァニーは黙って見送った。
「そういえば、あの頃は陽一の事「酒杜先生」って呼んでたんだよね……懐かしいなぁ」
「あのまま、蒼空学園で教師やっていたら……いや、あれで良かったんだ」
 理子と、彼女の元パートナーであるジークリンデ・ウェルザングの運命も大きく廻った。理子も陽一も自分に降りかかる未来を受け止める覚悟を持って挑んだ事件――


 ◇   ◇   ◇


「そんなの絶対に駄目!」
 理子の声が響いた。対照的に陽一は至極冷静に周りを見ている。
「今回の行為は、おそらく世界の未来に必要なこと。しかし、学園の意志に背いたことによる政治的非難はまぬがれません」
 中々納得しない理子を陽一と彼の仲間達が静かに諭していた。理子は理子で、我儘になれるなら思い切り我儘を言いたい――けれど、そうしていても陽一達を困らせるだけだと解っている事が彼女の複雑な表情から伺い知れた。
「……こんなのって……」
 陽一は既に先手を打ち、仲間達にそれを告げる。

 物陰に隠れてその様子を見ていた理子は、不意にその場面から目を逸らした。
「理子さん……?」
「ごめん、陽一……ほんとに子供で我儘で、頭でちゃんと解ってたはずなのに……あの時はどうしても、納得……出来なかった。結局、陽一を犠牲にしてしまったよね……」
「……蒼空学園が最小の責である為には、必要な事だったんだ」
 理子の頭に掌を乗せた陽一は軽く撫でながら、過去の自分達へもう一度目を向けた。教師である事を辞める覚悟、今思えばそれは理子の通う蒼空学園を失くさないようにと無意識の決断だったのかもしれない。当時の自分と話が出来ればそれが解るかもしれないが、それは叶わない事であった。

 それからジークリンデとテティスの決着、ジークリンデがシャンバラ女王アムリアナ・シュヴァーラであった事、そして理子に投げかけられた1つの問いかけ――目まぐるしく廻る思い出に、理子も陽一もその間は口数も減ってしまっていた。
「……卑怯者、か……あれは堪えたなぁ」
 理子がしみじみと呟いた言葉に陽一はただ黙って理子を見つめた。
「自分の嫌なモノは受け入れず、力だけを借りる……楽な道を選んでいたと気付かせてくれたんだよね。すごくキツイけど」
 陽一へ視線を合わせて微笑む理子を自然と抱き寄せた陽一は、自分とパートナーを見送る理子達を見渡していた。

「酒杜先生……」
 ツァンダを去ろうとする陽一と彼のパートナーを見送る理子と新日章や親衛隊の面々が立ち並ぶ。交わした言葉は少なくても、陽一の判断と行動が彼らを無為に追い詰める事なく済んだと今でもその判断は間違ってはいない――と、陽一は信じていた。

 あの時、理子さんはどんな顔をしていただろう?
 ふと気になった陽一だったが、覚えているはずなのに思い出せないでいた。今見ている思い出の中ならあの時の理子の顔を見る事が出来たが――

「陽一がツァンダを去ったあの時、あたし……泣けなかった。泣いたら、陽一の行動を責めているみたいで、陽一がどんな思いで蒼空学園の教師を辞めたのかって、そう思ったら……あたしのするべき事も自然と決まったと……思う」
 陽一が打った先手――ジークリンデ救出を独自に目論んだ彼が、親衛隊の戦力を利用する為に理子を人質に動いたのだという『事実』を陽一は直筆文書にしたためていた。救出はあくまで陽一の独断であり、共に行動したみんなは強要されているだけであるという内容の文書を当時の蒼空学園校長である御神楽 環菜へ届ける事で蒼空学園の責任を最小限にする策であった。しかし、その代償は陽一の蒼空学園教師の辞表である。
「たくさん……たくさん、教えてもらったよね。陽一にも、みんなにも……だから、陽一」
 いつの間にか、ツァンダ郊外には人の姿はなくなっていた。それぞれの時間を歩き始めた当時の自分達はもうここにはいない。
「この過去があっての今のあたし達だよね……? あたしは、2人の未来の為に陽一とこれからも頑張っていきたいって思ってる」
 理子の言葉に陽一はそっと彼女を抱き寄せた。
「俺も、理子さんと同じだ……だから、双子君にこの過去をもう一度見せてもらいたかった。この出来事が理子さんと俺を大きく成長させてくれたから」
 深呼吸した陽一は理子へ向き合うと彼女の両手を取り、自分の手の中へ包んだ。
「俺の気持ちも、理子さんに伝えないとな……これまで積み重ねてきた過去も、今……歩んでいる時間も、未来へ繋がるこれからも、俺は理子さんと頑張っていきたい。頑張っていこう……理子さん」
 泣き笑いの表情を見せながら理子は大きく頷いた。
「さて、あまり双子君を待たせてもいけないだろうから……帰ろうか」
「うん……」


 ◇   ◇   ◇


 懐かしい思い出から現代へ戻ってきた陽一と理子は、改めてイーシャンとシルヴァニーへ礼を告げた。
「懐かしい思い出を見せてくれて、ありがとう」
「満足していただけたら、何よりですよ」
「それよか、あんたら……恋人同士だろ? ダメだぜ、彼女泣かせちゃあ」
 少し目が赤い理子を指差してツッコミするシルヴァニーに、イーシャンは容赦なくお仕置きを始める。両手でシルヴァニーの頬を引っ張りながらにこやかに陽一と理子を見送るのだった。


 大切な思い出でもあり、忘れられない大きな事件でもあり――けれど、陽一と理子は互いの想いを新たにふたりの未来を歩もうとしていたのでした。