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【特別シナリオ】あの人と過ごす日

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【特別シナリオ】あの人と過ごす日
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リアクション


アムトーシスと夢の日々

 そこは、暗澹とした空に見下ろされる土地だった。
 その地には人間はほとんどいない。いるとすればそれは、数少ない関所を越えた地球人たちやシャンバラやカナンの民ぐらいのものだ。その地はうす暗い空気に満ちていて、人の入る隙を与えない。もっとも――いざ踏み込んでみれば、心地良い所もあることが分かるが。
 そこは俗に魔界と称される場所だった。
 ザナドゥ――地上の民はそう呼ぶ。
 その一画にある芸術の魔神が治める都市を、アムトーシスといった。
 アムトーシスは魔神の名が示す通り、芸術の街だ。そこは澱んだ空気のザナドゥにあって最も煌びやかさに満ちている。通り沿いには芸術家の魔族たちが軒を連ね、自らの芸術作品の売り込みに精を出している。ひとたび通れば、アムトーシスの芸術品を買わずにはいられまい。そんな謳い文句さえあるほどの街だった。
 そんな都市に――一人の契約者とパートナーの姿があった。
「うわー。久しぶりに来たけど、やっぱり変わってないねぇ」
 街の全貌を見下ろしながら、身を乗り出して感嘆するのは杜守 三月(ともり・みつき)だった。
 彼は都市の中心に位置するアムドゥスキアスの塔の前で、展望広場のようになっている場所から下を眺めていた。
「んー……」
 身体で伸びをする。
 と、そこに――
「三月ちゃん、あんまり先に行かないでください?」
 遅れて、杜守 柚(ともり・ゆず)がやって来た。
「あ、ごめんごめん」
 三月は苦笑しながら謝る。柚は大きな荷物を入れた旅行鞄(トランク)をガラガラと引きずりながら、ぷくっと膨れた顔になった。
「謝って済むなら警察はいらないんです!」
 これにはさすがに三月も参った。
 ふんっとむくれて顔を背けてしまった柚に、どうしたものかと三月も苦笑のまま頬をかく。と、そのとき、柚はふとすぐ傍のアムドゥスキアスの塔に気づいた。
「うわぁ……」
 つい、ため息がこぼれた。
 もちろん、街を見たときに、すでに塔には気づいていた。だが、あらためて間近で見るのはずいぶんと久しぶりなことだった。思わず感嘆の息をついて、その大きさや、蒼石《ラピスラズリ》のように鮮やかに光る外壁に見とれてしまう。
 すると、ふいに――
「やあ。二人ともよく来たね」
 すぐ近くから声が聞こえた。
 二人がふり返ると、そこには幼い少年がいた。青白い髪の毛の上に帽子がちょこんと乗っている。そして額からは、魔族であることを象徴する一本角が。
 間違いない。その姿はまさしく柚たちが待望していた人のものだった。
「アムドゥスキアス!」
「アムくん!」
 二人はその魔族の名を呼びながら駆け寄った。
 魔神 アムドゥスキアス(まじん・あむどぅすきあす)……。それは、ザナドゥの芸術都市アムトーシスを治める魔神の名だった。
 魔神と呼ばれるのは、魔族の中でもとくに秀でた者たちのみだ。長寿であり強大な力を宿し、ザナドゥの各地をその力で守り続けている。
 かつては――アムドゥスキアスも地上のカナンと戦いを繰り広げた。もっとも、それはアムドゥスキアスにとって、地上の人間が、契約者が、共に生きるに値するものかどうかを見定める為のことだった。それからアムドゥスキアスは、カナンと協力し合って仲間であった魔神バルバトスを倒し、シャンバラとも友好条約を結んで今日に至っている。
 アムドゥスキアスと、柚、三月は、その時以来の親友だった。
 二人はだからこうして、アムドゥスキアスの塔に遊びにやって来たのだ。
 その目的は――
「いやー、でも、二人が僕らの誕生日を祝ってくれるとは思わなかったよ」
 アムドゥスキアスの語る通り、彼らの誕生祝いにあった。
「こういうときの為の友達だろ?」
 アムドゥスキアスに続いて塔を登りながら、三月が言った。
「そうそう! 一緒に祝ったらきっと楽しいです!」
 柚も晴れやかな顔で口にする。それから彼女はその手に持っていたバスケットを持ちあげた。
「この中にたくさんサンドイッチも入ってるんですよ!」
「アハハ。それはきっと、あの子たちも喜ぶよ」
 アムドゥスキアスはそう言って笑う。彼は魔法でトランクを浮遊させながら、長い階段を登っていった。やがて、一つの扉の前に辿り着く。
 そこは客が来たときのために用意されている大広間の部屋で、どれだけ騒いでもはしゃいでも、次の日にはアムドゥスキアスのかけた魔法で元通りになるという不思議な部屋だった。
 部屋の扉を開くアムドゥスキアス。
 するとそこには――
「あー! 柚ちゃんだー!」
「三月ちゃんだー!」
「アムくんもいるー!」
 三者三様の反応を見せた三人娘の姿があった。
 その名は――魔神 ナベリウス(まじん・なべりうす)
 三人一緒に揃って一人の魔神という、変わった種族の魔神だった。普段はゲルバドルと呼ばれる森を守っている彼女たちだが、今日だけはその限りでない。
 三月や柚が持ってきたたくさんの荷物を見て、きらきらと目を輝かせた。
「三人とも、オモチャもお菓子もたくさん持ってきたぞー」
「「「わーい!」」」
「すぐにお料理もして、お祝いにしますからねー」
「「「わっきゅー!」」」
 飛びあがって、お菓子だお料理だとはしゃぐ三人。それを、三月と柚は微笑ましそうに見つめる。
 アムドゥスキアスはその様子を見ながら、くすくすと笑っていた。



 三人娘は精一杯遊びまくった。
 折り紙を使って輪っかを作ったり花を作ったりしたので、床は色鮮やかな紙でカラフルになる。そしてモモは初めて柚たちと出会ったときのように、カブトを被っていた。えい、やー! とチャンバラごっこをするモモとサクラを柚は慌てて止め――なぜなら、彼女たちが暴れると遊びでも塔が崩れかねないからである――ナナと一緒におみくじで運試しをした。
 もちろん、おみくじはモモとサクラも一緒である。二人は小吉と中吉を引き、むーっとつまらなさそうにむくれた。一方、ナナは大吉で大はしゃぎである。
「「どーしてナナちゃんばっかりー!」」
 ……三人の実にくだらないいさかいが起こったことは言うまでもない。
 それから、柚が塔の中にある厨房を借りて料理をつくっている間、アムドゥスキアスと三月はナベリウス三人娘たちとともに、まずはジュースで乾杯することにした。
 サンドイッチを片手にジュースを飲みながら、歌えや飲めやと大はしゃぎ。ゲルバドルには森の民族歌が、アムトーシスには大勢の音楽家がつくった曲がたくさんあるので、地球の歌も交えつつ、三月とアムドゥスキアスとナベリウスたちは合唱する。
 そこに、柚がたくさんの料理を持って戻ってきた。
「はい皆さん、お料理が出来ましたよー」
「「「わーい!」」」
 まっさきに飛びついたのはナベリウスたちだった。
 彼女らは、柚がアムドゥスキアスの塔で働いている給仕たちと一緒に運んできた料理に一目散に駆け寄った。それこそ、獣みたいに。
 一斉に貪りつこうとするので、アムドゥスキアスが注意する。
「こら、三人とも! まずは合掌してからだよ!」
「「「はーい……」」」
 三人はとぼとぼと戻ってくる。柚がそれを見てくすくすと笑った。
「それじゃあ、みんな揃ったところで……」
「「「いただきまーす!」」」
 全員で合掌してから食事にありつく。
 そこには、色とりどりの季節のお料理やケーキなどがたくさん並んでいた。パスタやサラダ、それにスープも。ナベリウスたちはむしゃむしゃと頬張った。
「こうしてると、なんだか親戚の子どもの世話してるみたいだね」
 三月が笑う。
「ほんとですね」
 柚もなんだか嬉しくなってほほ笑んだ。
 それから彼女たちは食事を終えると、ナベリウスたちに誕生日のプレゼントを渡すことにした。アムドゥスキアスにも一緒に、だ。これまで出来なかった分のお祝いを一気にしてしまうつもりなのである。そこで柚が選んだのは、蒼空学園の特注の制服だった。
「うわー!」
「すごいのー!」
「柚ちゃんたちとお揃いなのー!」
 ナベリウスたちの背丈に合わせて作られた制服は、彼女たちにぴったりと合う。アムドゥスキアスも制服に袖を通し、気恥ずかしそうに頬を赤く染めた。
「なんだか、こうしてると学生に戻った気分だね」
「アムくんにも学生時代があったんですか!?」
 柚は驚愕の事実である。三月も目を丸くしている。アムドゥスキアスは苦笑した。
「一応ね。あんまり出来のいい学生じゃなかった気はするけど……」
「そっかぁ。アムにもそういう時代がねぇー」
 三月は妙に感心したようにうなずいている。アムドゥスキアスは頭を掻いた。
「あんまりからかわないでよ。恥ずかしいじゃないか」
 そう言うと、柚が大きな声を張り上げた。
「恥ずかしがることないですよ! あ、そうだ! そう言えば三月ちゃん、あれあれ」
「ああ。えっと……どこにやったかな……」
 ごそごそと鞄を漁る三月。
 と、そこから見つけたのは――
「あった!」
 デジカメと小型のプリンターだった。
「それって……」
 アムドゥスキアスがデジカメに目を止めた。地球の近代文明にも興味を持っているアムドゥスキアスは、それが何であるかを承知していたのだ。
 一方、ナベリウスは興味津々におおーと目を輝かせた。
「これなら、みんなで思い出の写真とかも撮れるだろ?」
 三月はにぱっと笑う。
「わーい、写真写真ー!」
「写真ってなにー?」
「なんだかわからないけど、楽しそうー!」
 ナベリウスたちははしゃぎ回り、それに三月がカメラを向けた。
「さ、みんな。撮るよー!」
 ナベリウスたちは一斉に集まってくる。
 それから――パシャッ、と、カメラのシャッター音が響いた。
 デジカメの画面に五人の姿が映る。そこでは、蒼空学園の制服に身を包んだアムドゥスキアスとナベリウス三人娘に囲まれた柚が幸せそうに笑っていた。



 それから六人は、その日を目一杯遊び倒した。
 今ではすっかり疲れてしまったようで、クッションの上でぐーすかと眠っている。その周りにはトランプや習字道具の墨が散らばっていて、余り物のシュークリームが残っていた。
「遊んだなぁ……」
 三月は一人、ぼそっとつぶやいた。
 この時ばかりは、あのアムドゥスキアスでさえもスースーと寝息を立てていた。すっかり五人がひとまとまりに固まって眠ってしまっている。
 その寝姿に、三月は微笑ましさすら感じる。
 彼は五人の顔を見てくすっと笑った。
(こんな時間が、いつまで過ごせるかな……)
 昨今のパラミタは次第に不穏な空気に包まれている。
 パラミタだけでなく、地球すら脅かす強大な影が、契約者たちの前に立ちはだかろうとしているのだ。それを思うと、三月も時に恐怖を覚える。
 しかし――
(今だけは……)
 こんな幸せな時間を、少しでも長く過ごしたいと思った。
 と、ふと三月は気づいた。
「ははっ……。ナナったら、墨でヒゲ書いてら」
 トランプでポーカーフェイスやババ抜きをやった後、負けた人には墨で顔にイタズラ書きをすることになっていたのだ。
 それから、シュークリームにも辛子入りのハズレが混ざっていた。それを食べて悶絶したのは、他でもないアムドゥスキアスだった。
「柚も楽しそうだったな……」
 三月は、柚がナベリウスたちを抱きしめながら寝ているのを見て、つぶやいた。
 彼女は三人を抱きしめて「みんな大好きです!」と言った後、そのままの格好でいつの間にか寝てしまったのだ。
 まるで、ぬいぐるみか何かと一緒に寝ているような体勢だ。彼女たちの姿を見ていると、三月もなんだか眠くなってきた。
「そうだ。最後に……」
 三月はごそごそと、デジカメを取り出した。
 五人の寝顔を撮ろう。彼はそう思った。この日の思い出を最後に撮るのだ。それはきっと、三月にも、柚にとっても、かけがえのないものになるはずだろう。
「いくよ、みんなー……」
 もちろん、返事はない。だけど、シャッターは切られる。
 ――パシャッ。
 静かに寝息を立てる五人の寝顔を写真に収めて、三月は笑った。
(こんな日がずーっと続くといいなぁ)
 そう思いながら、彼もあくびを噛みしめる。五人の寝姿を見ていると、すっかり自分も眠くなってきたようだった。
「それじゃ、僕もおやすみぃー……」
 ばたんとすぐそばに寝転がる。
 遊び疲れた六人は、そのまましばらくは夢の中だった。
 とても幸せな、夢の中だった――。

fin