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【特別シナリオ】あの人と過ごす日

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【特別シナリオ】あの人と過ごす日
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リアクション

   「高峰結和」


「……あ、これ、いい……かも」
 高峰 結和(たかみね・ゆうわ)がそのショッピングモールに寄ったのは、葦原島に出発する三日前のことだった。
 エメリヤン・ロッソー(えめりやん・ろっそー)が葦原明倫館で開かれる御前試合に出場するので、色々と揃えようと思った。一通り買い物を終え、さて帰ろうとしたところで、その絵葉書は目に飛び込んできた。
 青い空にシロツメクサの広がる野原――。
 綺麗だな、と思ったときには手に取っていて、店内のレジに向かっていた。
 気に入った写真をただ集めるのもいいが、やはり絵葉書は誰かに出すものだ。結和は、隣のハンバーガー・ショップに入って、アボガドバーガーのセットを頼んだ。オプションはポテトではなく、サラダだ。
 食べながら、誰に出そうかと手帳のアドレス帳を繰った。――いや、迷うまでもなく、葉書の写真を見たときから相手は決まっていた。
 ――アイザック・ストーン。今はシャンバラ刑務所にいる犯罪者だ。
 塀の中にいる彼へ、結和はこうして時折、手紙を出す。ペンを持って、何を書こうか考えるが、結局いつもたわいない内容に落ち着く。季節の挨拶や、見かけた花が綺麗だった、今はこんな食べ物が旬だ、といったことだ。思い返してみると、花の写真が多いような気がする。一度、花束を差し入れたときに喜んでくれたから――という単純な理由からだ。
 時折、自分の身の回りに起きたことも書き連ねるが、アイザック本人が喜んでくれているかは分からない。今まで、返事は一度しか来たことがない。それも「放っておいてくれ」という内容で。
 だが、受け取り拒否をされてないのだから、それほど迷惑ではないのだろうと思うことにしている。
 そこまで考えて、結和は深く息を吐いた。
 ――これはエゴ、だ。
 結和はかつて、アイザックと、その相棒であるウィリアム・ニコルソンに向け「幸せになってほしい」と告げたことがある。二人とも驚いていた。ウィリアムは、当時収監されていたバラ実プリズンから出せと脅し、アイザックは放っておいてくれ、とその時も同じことを言った。
 その願いをどちらも聞き届けることが出来なかった。――ウィリアムは、結局、自力で脱獄し、今は行方が分からないのだが。
 相棒が逃亡しているため、アイザックの仮出所の可能性はなくなったと聞いた。捜査への協力も拒んでいるという。ただ大人しく、模範囚ということなので、刑務所側はそれほど彼を危険視していないらしい。
 あまりに大人しいので周りの囚人から暴力を受けたが、抵抗はしなかった。見かねたのか、別の囚人が助けてくれたこともあったそうだ。
 こういった内容は、バラ実プリズンの前所長、南門 纏(なんもん・まとい)から聞いた話だ。彼女が、北門平太(ほくもん・へいた)の親戚だと知ったときには驚いたものだが、おかげですんなり情報を得ることが出来た。
 それほど大人しく、従順な性格のアイザックがなぜ空京爆破などという暴挙に出たのか、分からない。彼はそれについても、証言を拒んでいた。
 アイザックたちのことを考えると、ほとんど連鎖反応のように思い出されるのが、救えなかった「彼」のことだ。
 初めてアイザックとウィリアムを前にしたときも、ガラス越しに会ったときも、そして今も、結和は「彼」のことを頭の片隅に置いていた。「彼」の代わりに二人を救いたい――おそらく、それが本音だ。
 だから、エゴなのだ。
 こんな気持ちの手紙など、アイザックには見透かされているかもしれない。だから返事がないのかもしれない。
 考えれば考えるほど落ち込んでいく。
 ゆらり、と揺れた頭は、すぐ脇の衝立にこつんと当たった。
 エゴついでに、「自分の願い」なんてものを考えてみる。二人に幸せになってほしいのはもちろんだが、結和自身がどうしたいかと言えば、――そう、二人と友達になりたいのである。
 その希望がどこから出てきているのか、結和自身にもよく分かっていない。
 面会時、「友達」にはなった。だが、二人のことはまるで知らない。大学に通っていた頃は他に友人もなく、家族もなく、故に彼らのことを知る人物は存在しないという。だから、その最初の一人になりたい――そんな風に考えていた。
 アイザックとウィリアムは、どんな風に笑うんだろう? 何を話して、どんな食べ物が好きで嫌いで、たとえばどんな本や映画が好みなんだろう?
 笑うのはいいけど、泣くのは――感動の涙はともかく――想像したくない。
 そういえば、二人はどうやって知り合ったんだろう?
 結和は、ふっと目を開けた。衝立に寄りかかったまま、瞼を閉じていたらしい。眠っていたわけではないが、少々、意識が飛んでいたかもしれない。
 そして、目の前のガラスに――男が映っていた。
「あ……」
 信じられぬ思いで、呟く。ガラス越しの向こうではない。映っている。結和の後ろに、その男はいた。
 にやり、と笑うと白い歯が見えた。
「相変わらず、すっとぼけた女だな?」
「ウィリアム……さん」
 掠れた声で、その名を呼ぶ。振り返ることが出来ない。
 ウィリアムの焦げ茶の髪は、前よりも伸びていた。そのせいで前髪の下はよく分からなかったが、不健康そうには見えない。逃亡者にも思えない。
「あのっ……」
「おっと」
 立ち上がりかけた結和を、手で制する。
「こっちを向くな。前を見たままで話をするんだ。振り向いたら、俺はすぐ帰るからな?」
 こくりと頷き、結和は再び腰を下ろした。もしも逢えたら、と詮無い想像をいくつもしていた。それが現実となったとき、結和は何から話せばいいか分からなかった。
「あの……お元気、ですか?」
 ウィリアムは噴き出した。「本当に変わった女だな。この状態でその挨拶かよ? 普通は捕まえようとしたり、今までどこにいたかとか訊かねぇか?」
「はあ……でも……」
 振り返れば帰ると言ったのだから、捕まえることは不可能だ。今までどうしていたかは訊きたいところだが、
「……教えてくれるんですか?」
「なわけ、ねぇだろ」
 ウィリアムは意地の悪い笑みを浮かべた。楽しそうでは、ある。
「じゃ……どうして、ここに?」
「通りがかったら、お前がいた。無視してもよかったんだが、お前、アイザックに手紙を書いてるだろ?」
「どうしてそれを――」
「前、見てろ」
 振り返りそうになって、慌てて首を戻す。
「蛇の道は、ってやつさ」
「やめたほうが、いいですか?」
「いや? あいつが嫌がってねぇなら、いいんじゃね?」
「放っておいてほしいと言われましたが」
「でもちゃんと、保管はしてあるらしいぜ」
「本当ですか!?」
 嬉しさのあまり、結和はまた立ち上がりかけ、ガラスの中のウィリアムに睨まれて座り直した。
「あいつがその手紙をどうするつもりはは知らねぇけどな」
「あ、あのですね!」
「あん?」
「いつか、いつかでいいんです。お茶に招待したら、来ていただけますか?」
 は? とウィリアムの目が丸くなった。まじまじと穴の開くほど見つめられ、結和は顔が赤くなるのを自覚した。
 くっ、とウィリアムが笑う。
「本っ当におかしな女だな。俺は逃亡犯、あいつはまだ塀の中だぜ? それとも、罠なのか?」
「罠なんてそんな!」
 ウィリアムが右足を踏み出した。すい、と彼の身体が結和のすぐ後ろにつく。背中にウィリアムの体温を、首筋に息を感じた。
「いいとも。俺たちの計画が全て終わって、あいつが出てきて、お前がまだそんなセリフを言えるならな――」
「計画、って――」
 ウィリアムの指先が、結和の首筋に触れ、彼女は思わず目を瞑った。
「……六十秒、数えるまでそのままでいろ」
 ――ウィリアムの気配が消えた。
 結和は律儀に数え始めた。もちろん、声には出さない。五十八まで数えたところで、
「何をしている?」
と声をかけられた。更に二つ数え、結和は目を開けた。隣に、アヴドーチカ・ハイドランジア(あう゛どーちか・はいどらんじあ)が立っていた。
「帰りが遅いので迎えに来たんだが、まさかこんなところで転寝か?」
 結和は店内を見回し、それから店の外にも目をやった。ウィリアムの姿はない。
「転寝……? 夢?」
 アイザックのことを考えるあまり、夢を見たのだろうか? そうかもしれない。彼が都合よく、こんなところに現れるはずもない。
「……そうだよね」
 呟いた結和の目が、そのすぐ下で固まった。サラダと紅茶はある。だが、一つ足りない。
「あの、アボガドバーガー知らない?」
 アヴドーチカが眉を寄せる。
「知るわけない……よね……」
 では、あれは。
 ――夢ではなかった? ウィリアムが持って行った?
 分からない。そもそも、アボガドバーガーを頼んだのも夢だったのかもしれない。食べたのかもしれない。包みは捨てたのかもしれない。
 だが本当にウィリアムがいたとしたら――中身を見てさぞがっかりするだろうと、結和は少しおかしくなって、笑みを浮かべた。
 そして今日の出来事を「夢」として、アイザックに報告しようと思ったのだった。