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リアクション
●Awake
絡みあう二匹の蛇のように、ふたりはひとつになっている。
セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)と、
セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)。
ぴったりと密着し、何者も挟まない。衣服さえも。
まるで最初から、そのような一個の生物であったと言わんばかりに。
セレンはセレアナの肌に舌を這わせる。白磁のようにきめ細かなその曲面に浮く、塩の結晶すら味わい尽くすかのように。
セレンの愛撫が敏感な場所にさしかかると、セレアナは尖ったような喘ぎ声を洩らした。
――こうしているときは……。
夢中で彼女の名を呼びながらも、セレアナの心には冷えて硬くなった部分があった。
――こうしているときは、以前を思い出すときも……あるのに。
しかし違う。どこかが。
四年前とは違うのだ。肌を重ねているときでさえ。
セレアナはセレンの唇を求めた。キスして、とはっきりと口に出しさえもした。
けれどセレンは応じない。セレアナの体を貪るのに忙しく、それどころではないというのか。それとも自分の欲望にしか、頭が向いていないというのか。
ふたりの肉体の距離は近い。かつてよりもずっと近い。
けれどセレアナは感じるのだ。心の距離は遠のいたように。
あの秋の日。そこからすべてが狂っていった。
あのとき、セレンとセレアナは教導団歩兵科の特殊部隊適性者認定を経て、シャンバラ大荒野での長距離偵察訓練を受けていた。
凶報が伝わったのはその最中だった。
教導団本校の壊滅が無線で伝わってきたのだ。金鋭峰団長は行方不明とのことだった。(鋭峰については、後にその死が発表された)
虚報を疑ってもおかしくない状況ながら、セレンは即座に、これが事実であることを確信していた。
このとき同時に、訓練中のセレンらを含む特殊部隊隊員に命令が下った。教導団としては最後の正式な命令だった。
反攻の機会が来るまで潜伏せよ、命令はその一言であった。
そうして年月は流れ、現在に至る。
導団特殊部隊の数少ない生存者、その苛烈な人生がそこから始まった。
二人は暗殺・破壊・潜入工作などの過酷な任務を遂行してきた。レジスタンスの面々とはときに協力もし、方針を巡って敵対もした。なお、エデン攻略戦においてはレジスタンスの側面支援を行った後一旦空京を退いて、再び空京内部にいくつか設けた拠点の一つに戻っている。
汗に濡れた裸身を隠そうともせず、ベッドに仰向けに横たわり、セレンは胸で息をしている。
濃いブラウンの髪は乱れ、一部は頬に張り付いていた。
セレンは片手で眼を覆っていた。
――セレン。
セレアナは身を起こし、恋人の姿を見つめていた。シーツを引いて胸に引き寄せ、他人を見るような目で。
――あの日以来、いつ果てるともしれない潜入と破壊工作の日々の中で……私たちはも少しずつ壊れていった。
壊死、という表現が似合うと思った。人間的な感情は、一気に消滅こそしなかったものの、徐々に腐って墜ちていったような気がする。
――特に、あなたは。
セレンは変わった。セレアナからすれば、「セレンに似た誰か」になり果てた。心に虚無を抱え込んでしまったかのように、機械的に破壊と殺戮を行うだけの兵士。戦闘機械として生まれた『クランジ』とどう違うというのか。
以前はためらっていた引き金を、今ではいともたやすく引けるようになった。
無関係の人間を巻き込まない方法など、存在しないという割り切りができるようになった。
過去を懐かしむことすらしなくなった。
セレアナのそんな視線に気づいていないのか。気づいていて、無視しているのか。セレンは眼を覆った手をどけない。泣いているように見えないこともない。
かつての、いい加減・大雑把・気分屋と三拍子そろった怠惰な、でも愛すべき性格のセレンはもういない。セレアナにはわかっている。十分すぎるほどに。
……わかっていても、痛みはあるものだ。
「セレン」
ベッドから滑り降りると下着を身につけ、スウェットスーツに袖を通しながらセレアナは呼びかけた。
「時間よ」
夜陰、そして朝靄にまぎれてふたりは、光源の弱い影絵のように行動を開始している。
目指すのは空京内の食糧や医薬品を保管する倉庫、配給センターや診療施設だ。
彼女らは幾度もの潜入で既にそれら施設とそこへ至るルート(把握されていなかったり、あるいは警備の薄いところ)を把握し研究し尽くしてきた。その成果が発揮されようとしている。
レジスタンスから連絡が入ったのは昨夜のことだ。そのとき、自分たちを消耗品としてしか考えていないかのような要求を見て、セレンはただ冷笑を浮かべて言ったのだった。
「少しは、自分たちでリスクを取るということを覚えるべきよ」
その言葉通りの行動に、セレンとセレアナは出ていた。
現実に耳をふさぎ外界が存在しないがごとく空京内に引きこもる市民階級に、恐怖と同様を引き起こすことが狙いだ。
レジスタンスからの指示は『空京市民に動揺を引き起こすこと』という程度だったのだが、セレンの手段は徹底していた。
先端医療センター隣接の倉庫。警報装置を切って手早く侵入し通気口の奥に爆弾をセットし終えて、セレンは一息をついた。
決して大きな爆弾ではない。だがこれが正常に作動さえすれば、中にあるものを台無しにするには充分な威力がある。
これで準備は整った。この作戦は時間が大切。彼女らはわずか数時間、それもたったふたりだけで、すべてのターゲットに爆弾を仕掛けることができている。
その安堵感がそうさせたのだろうか、行動中ずっと無言だったセレンが、ここではじめて口を開いた。
「これが始まり……空京市民が奴隷の平和に固執する以上……その奴隷の平和が長続きしないことを教育する必要がある」
セレアナから見たセレンの顔には百の確信が浮かんでおり、疑念などひとつもない。
「セレン、これで良かったというの?」
セレアナは訊かずにはおれなかった。
「今度の破壊工作はこれまでの比じゃない。レジスタンス本隊の指示を超えすぎているわ。貴重な食料や医薬品が消失するだけにとどまらず、一般人にも多数の犠牲が……」
そのとき彼女の背後で、軋みをあげてシャッターが開けられる音がした。
わずかな隙間しか開かないがそれで充分らしい。あまり身なりの良くない姿が狭い空間からもそもそと這い込んでくる。老人のようだ。着ているものからして非市民階級であるのは一目瞭然だ。医療品を盗みに来たのだろう。手慣れた侵入方法からして、常習犯であるのは容易に想像が付く。
医療品の配給が受けられない非市民階級であれば、生きていくための手段として仕方がないのだろう。
セレンは腰に手を当てて、老人が完全に入り込んでくるまで待った。
老人は立ち上がって、ここでようやく自分が置かれている事態に気がついたようだ。
老人はペンライトの光に目を細めている。
「わ、わしは……」
震えていた。
「女房のために痛み止めを……ほんの少し、ほんの少しだけ……」
老人を無視してセレンはセレアナを見た。
「質問に答えてなかったわね。これが回答」
サイレンサー付きの銃が、シュッと小さな音を立てた。
老人は額を撃ち抜かれ、目を開けたまま即死した。
「犠牲を怖れていては行動できない。私たちは戦争をしているのよ」
セレンもセレアナも知らない顔だったが、読者だけはこの老人の顔を知っているだろう。影野祥一と会話していた老人、戦部小次郎に一夜の宿を提供したあの人物だった。
セレンは黙って死体を引きずり、医薬品の陰に隠した。
老人の目は、見開かれたままだった。
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