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【DarkAge】空京動乱

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【DarkAge】空京動乱
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●クランジη(イータ)(2)
 
「いいや、笑っているのさ」
 その語尾が、空気に溶けてしまうよりも早く、
 突然、半裸のイータを拘束していた柱が火を噴いた。
「爆弾!? いつの間に!? この……バロウズだかマリスだか……やりやがったな!」
 シリウスが事態に気がついたときには、巨大な柱は中ほどから折れ、支えるもののなくなった天井が崩落を始めていた。
「危ない!」
 ポチの助はまったく躊躇しなかった。フレイに飛びついてその背に覆い被さる。ベルクも同じだ。二人でフレイを守るような姿勢を取った。
 天泣は頭を両手で覆わんとして気がついた。瞬間的にラヴィとリーリが、左右から自分の腕にしがみついてきたことを。
 ――死ぬときは一緒、ってことか……。
 酷い時代に生まれついたものだが、そう悪くない人生だったかもしれないな――天泣はそんな気がした。
 しかし天井の破片は彼らを埋めることなく、空中で静止していた。
「このときばかりは、イータの能力に感謝するべきですわね」
 乳白色の髪をかきあげ、リーブラは額の汗を拭った。
「あいつ……!」
 シリウスはバロウズの姿を探し、逃げ去る彼の背を見出していた。
「テメッ、待て!」
「もう追いつけそうもないよ」
 サビクはシリウスの肩を押さえる。
「それよりもボクたちが気にすべきは、イータのことじゃないか?」
「そうだな……柱のあの娘は……?」
「あそこだ」
 天泣は空を指さした。
 クランジηは上下で折れた柱ごと分離し、空に浮かび上がっていた。
 天井を構成していた石や鉄をすべてとどめたまま、自身も無重力空間のように浮かんでいるのだ。
「そればかりではない」
 伯爵の、片方だけの視線の先。天井のなくなった空間から外の灰色の空が見えた。
 空の一角に小さく見える黒い点のようなものが、徐々にだが大きくなっていく。
「あれは……エデンか……!」
 シリウスは唾を飲み込んだ。
 それを目指すように、イータの柱は遠ざかっていく。
 一方で、エデンは近づいてくるように見える。
「……この場から離れたほうがよさそうですわ、皆様」
 ミューが、フレイに肩を借りて立ち上がっていた。彼女はすでに両目を布で隠している。
「わたくしはイータと話をしました。クランジ同士しか聞き取れない音域で」
「ミューって言ったね、キミ」
 ラヴィーナがつかつかと、ミューに近づいて言った。
「キミって、本当は僕らレジスタンスと同じ考えじゃないような気がするよ」
「鋭いですわね。おっしゃる通りです。わたくしはこの都を一度、徹底的に破壊してもいいと思っておりますの。つまり……」
「イータには、『エデンを空京に落とせ』って言った……ということか」
 天泣はぽつりと呟いた。天泣は焦ることより逃げることより、考えることを選んだ。彼は聞く。
「教えてくれ……ラヴィ。どうしてミューが、そういう考えだと判ったのか」
「あー、いや、実は悪い想像から順番に訊いてみるつもりだっただけ。常に最悪を想定、ってね」
 この二人のすぐ横を抜け、
「冗談じゃねぇ!」
 とイータに叫んだ姿があった。シリウスだ。
「イータ! クランジη! 聞いてくれ!」
 イータの姿はさらに上昇し、砕けた石や鉄を衛星のようにまとわりつかせたまま上空にある。もう大声で吼えようと、言葉が届くかどうか怪しいほどの距離だ。それでもシリウスは、喉も裂けよと声を張り上げた。
「お前が能力を悪用され、ただの装置としてエデン……あの巨大な砦を支えさせられていたこと、それに怒りを覚えていることはわかる! オレは同じ立場になったことはねぇが、人格を無視されパーツみたいに扱われたことに心底ムカつくってのはわかるつもりだ!」
 声はかすれ、顔を真っ赤にしながら、それでもシリウスはまた大きく息を吸って叫んだ。
「だが、だからといって、今お前がやろうとしているのは報復としても明らかにやりすぎだ!! この街にエデンを落とせば、間違いなく大勢の人が死ぬ! イータ、お前にとって恨みのある連中だけじゃない! お前の存在を知らず、戦う力も持たず、ただ精一杯毎日生きている人たちも死ぬんだ! だから! やめてくれ! 頼む! 空京にそんなものを落とさないでくれ!」
 シリウスの必死の叫びにもかかわらず、エデンは着実に落下に近づいていた。もうその岩肌が目視できるほどに迫っている。
「無駄ですわ。あなた様はイータのことをご存じない」
 ミューがシリウスに呼びかけたが、彼女は首を振った。
「無駄と言われてはいそうですかと、道を譲れる状況じゃねぇ! ミューとやら、気に入らねぇんならオレを、さっきの弾丸みたいに固めちまったらどうだ!?」
 このとき天泣が、シリウスとミューの間に割って入った。
「シリウス、あなたが話せなくなったら僕が引き継ぐ」
 天泣の眼差しは優しい。しかし、込められた意志はダイヤモンド以上に強固だった。
「レジスタンスに栄光あれ、だ。僕たちは反乱者であっても大量殺戮者じゃない。少なくとも僕はそう思っている。こんな暴挙は命を懸けて防ぐ……。ミュー、邪魔をするのならあなたと刺し違えるくらいはする覚悟だ」
「ボクだってそう。シリウスと天泣が動けなくなったら、ボクが説得を引き継ぐよ。最後の瞬間まで」
 と言ってラヴィが、さらにリーリも、
「その次は私ね。ところでさっきから気になってるんだけどその目隠しなに、プレイの一種?」 
 と笑って二人で天泣の左右についた。
「必要なら荒事もこなしますわよ」
 リーブラがミューの背後に立ち、
「イータを説得できるのがキミだけだというのなら、頼みたいね、今すぐ。……まあ、これが人にものを頼む態度でないのは承知しているけど、非常事態ということで」
 サビクも腰の剣に手をかけてミューに迫った。
 だがリーブラとサビクの真横には、ベルクとポチの助がそれぞれ付いたのである。
「私は……私たちは、最初の約束をたがえませぬ。ミューさん」
 代表してフレンディスが言った。彼女はシリウスと天泣たち、その全員を相手にできる位置取りで小太刀・煉獄を構えている。
「一蓮托生。いかような選択であれ、最後まで従う決意です」
 フレンディスの顔色は蒼白だ。しかし、彼女はたとえ命を失っても言葉を守るだろう。
 ミューは溜息をついた。
「……参りましたわ。レジスタンスにではなく、ここにいる皆様に」
「だったら……!」
 シリウスをさえぎってミューは続けた。
「もうイータにはお願いしました。エデンをどこか、空京外の安全圏に着地させてほしい、と」
 天泣は安堵の溜息をもらした。目で確認できたのだ。
 イータの体とエデンが、空京上空から遠ざかっていく。
「市街に戻るとしよう。これでひとつ、問題は片付いた」
 これまで沈黙を守っていた伯爵……リュシュトマ少佐が言った。