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女王危篤──シャンバラの決断

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女王危篤──シャンバラの決断
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紅月

 館のテラス。
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が白輝精の部下林 紅月(りん・ほんゆぇ)に聞いた。
「久しぶりだな、怪我はもういいのか?」
 彼らはかつて戦い、またドラゴンキラー作戦の際には、ダリルのパートナールカルカ・ルー(るかるか・るー)が紅月をかばって守った事もある。
「帝国の治癒魔法技術は進んでいる。とうに完治している」
 紅月は相変わらず突き放したような物言いだ。が、言葉の最後でトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)に視線を送る。
「俺か? 俺はピンピンしてるぜ?」
 トライブは仮面で素顔を隠して紅月に味方していたが、その際に正体がバレている。だが、彼は「そんな事は無かった」と押し通して、ここでもシラを切っていた。
 トライブのパートナー、千石 朱鷺(せんごく・とき)が話題を変える。
「砕音先生の予想で『紅月が軟禁されてるかも』と仰っていたので心配していましたが、お元気そうで何よりです」
「白輝精が大帝によって神の力を見い出され、選帝神となったからな……。ある意味、地位や立場という鎖に縛られているようなものだ」
 トライブが心配そうに聞く。
「帝国では、どんな生活をしてたんだ? イジメられてないだろうな?」
「選帝神の配下ともなれば、一般の民からは信頼されるようだ。
 だが他の選帝神や龍騎士の中には、嫉妬を感じている者もいるように見える」
 トライブはまだ心配の表情を崩さない。
「そうか。それと大切な事だが……他の男に口説かれたりしてねぇよな?」
「……は?」
 紅月にとっては予想外の事を聞かれたが、トライブは本気だ。
「紅月に手をだす輩は、例え神様でもぶっ飛ばす!」
「……」
 紅月は諦めの表情で、その手に自身の矛を持つ。ただの棒のようなそれに、突如、無数の刃が生える。
「くだらぬ干渉をしてくる者には、逃げ帰るか肉塊に変じるか選ばせるのみ」
 パートナーが神となった為、その刃に宿る光は以前と比べて遥かに強い。
 しかしトライブは、それで安心したようだ。
「あんたが貞操を守ってくれてて嬉しいぜ。とにかく紅月と再会するまで、心配で堪らなかったからな」
 ダリルが紅月に聞いた。
「で、帝国まで来て今お前は満足しているのか。幸せは手に入れたのか?」
 紅月は薄く笑った。
「幸せ? 面白い事を言う。大帝は災厄を遠ざけようとしているが、あの力を持ってしても、滅びへと時が進むのを避ける事は不可能だろう」
 朱鷺がダリルに視線を送りながら言う。
「そろそろ、わたくしは下がりましょう。後はお二人で存分にイチャついていただく、という事で。久しぶりですから、色々と溜まっているでしょうし」
 トライブが「おいおい」と突っこむが、朱鷺はしれっとして答える。
「……話したい話題が、溜まっているという意味ですよ」
 ダリルも察して、席を外していく。
「俺も挨拶は済んだ。ナラカ城の管制やオペレーションについて学ばなくてはならん。戻らせてもらう」
 朱鷺は去り際、紅月に言う。
「一応トライブは未成年なので、林紅月も誘惑しすぎないようお願いします……冗談ですよ」
 紅月がにらむが、朱鷺はそそくさと場を辞した。
 テラスに、トライブと紅月が取り残される。紅月は機嫌悪そうに、矛をぐるりと回して出っ放しだった刃を収める。
 トライブが聞いた。
「これからどうするんだ? まさかこのまま、帝国でのんびり暮らすって訳じゃねぇんだろ? 今後、何か行動を起こすなら俺も行動を共にさせてくれ」
 紅月は息をついた。
「これは予想に過ぎないが……大帝は白輝精に、パラミタの滅びを遠ざける方を探させるのではないか。もっとも白輝精が失脚しなければ、の話だ。アレの性格や今の立場では、下準備などの実務を行なうのは私になるだろう。大帝に仕えたいなら……」
 紅月の話をトライブが遮る。
「勘違いするなよ。世界の為でも大帝の為でもない。紅月を守る為だ。俺はあんたに惚れてるんだからな」
「……」
 紅月は無言だ。トライブは彼女の前に回り、真剣に訴える。
「世界がいつか終わるなら、俺はその瞬間まで紅月と共にありたい」
「……傷は、もういいのか?」
 紅月がまた同じ事を聞いた。
「なんなら見せてやろうか?」
 トライブが服をめくろうとすると、珍しく紅月がたじろいだ。
「そ、その必要はない。ああした想いは、もうたくさんだ、という事だ」
「心配いらねぇよ。俺はこれからも紅月と共に戦う事を誓う」
「……そうか」
 紅月は矛の先で、小石を小突いた。


 白輝精が館の壁に、びたっと張りつきながらブツブツつぶやいている。
「あー、もー、そこは目をウルウルさせながら『私、心配なの!』でしょっ。どーして、ああ奥手かしらねー」
「……何してるのです、白輝精?」
 彼女を探していた朱鷺が、あきれた様子で背後に現れる。
「のぞき♪」
「……今後の事もありますので、紅月との連絡手段を確保する為にも、林紅月か白輝精の部下として認めていただきたいのですが」
 朱鷺の言葉に、白輝精はにんまりとした。
「ナーイスアイディア! トライブ君たちを私の部下として滞在させれば、同僚同士という事で紅月と……ふーふふふふ☆」
 こうしてトライブと朱鷺は、あっさりと白輝精の執事、メイドの一人として雇われる事になった。