リアクション
○ ○ ○ 街中に設けられたスピーカーとインターネットを通して、シャンバラの女王アイシャ・シュヴァーラ(あいしゃ・しゅう゛ぁーら)の声が響いている。 軍と警察、そしてロイヤルガードが、全力で対処に当たっているから、仲間を信じて冷静に行動してほしいと。 そんな彼女のお願いの言葉が、大切な人達を守るための言葉が響いていた。 (アイシャちゃんは本当は空京も守りたい) アイシャを大切に思っている騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は、宮殿の屋上でそんなアイシャの声に胸を詰まらせていた。 女王として会議に出なければならなかったアイシャだけれど、本当は守るために赴きたい気持ちもあったはずだ。 だから、アイシャの数々の命令――ではないお願いは、彼女にとって苦渋の選択なのだ。 いつも傍に居る詩穂だけれど、最近はその「お願い」を叶える方が良いような気がしてきた。 好き、とか。 愛してる、とか。 相手が他の人だったら……。 相手が男の人だったら……。 これは普通の恋愛感情だったと思う。 演説を終えたアイシャに、詩穂はテレパシーで語りかける。 (ねぇ、気づいたの。 詩穂が最初から今までずっと守ってきたはずの相手に、……実は、逆に励まされていたんだってことに) 『詩穂……』 アイシャの声が、詩穂の脳裏に響き、詩穂の顔に微笑が浮かぶ。 (アイシャちゃんは護られてばかりの女王じゃありません、詩穂と一緒に成長するって約束したからそっちの件も信じてるよ) 詩穂は空を見据えて警戒を怠らずに、大切な人に心からの言葉をかけていく。 (アイシャちゃんはゾディアックに自ら赴いたとき、女王として覚悟を決めて強くなったよね。 でも誰よりも争いごとを望まないアイシャちゃんだから、平和が乱れるとき、平和を乱す者が現れたとき、詩穂は「アイシャの騎士」として避けられない宿命に立ち向かうときは代わりに剣となることを誓います) 『詩穂……あのね……』 こんな状況だから当然だけれど、アイシャの言葉からは迷いを感じる。 (だから……、こっちは任せて) テレパシーで詩穂は優しく、強くアイシャに言う。 『ごめんね、詩穂……もしもの時は、私、退避させられる。ううん、しなきゃいけない。シャンバラが国家神を失わないために』 (そっか、そうだね) 傍に行きたい、支えたいという気持ちを抑えながら、詩穂は元気に言う。 (大丈夫、こっちは任せて!) ――ありがとう。 どうか無事で。 詩穂も皆も。 どうか無事で。 そんな言葉が、詩穂の脳裏に流れてくる。 涙が出そうになるくらい、切ない声で。 「……行こう! 空へ」 「破片一つも落さしゃぁせん」 鎧姿で詩穂に装備されている清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)がそう答える。 詩穂はパートナーと屋上にいる仲間に、空飛ぶ魔法↑↑と対電フィールドを付与する。 ミサイル少しでも早く、楽に狙えるように。 (陛下聞こえますか? 万博でお茶を注がせて頂いたセルフィーナです) セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)は、飛んでいく詩穂を見守りながら、テレパシーでアイシャに語りかける。 『はい、詩穂は無茶……してない?』 アイシャのその言葉に、セルフィーナは答えなかった。 詩穂は無茶するかもしれない。だけれどそれを知れば、アイシャはとても心配するだろうから。 (最初は陛下により近い役職を希望されていた様子でしたが、先日ラズィーヤ様から励ましのお言葉を頂いたみたいで。 ええ、それから様子が変わりましたね) クスリと笑みを含ませながら、セルフィーナは言葉を続ける。 (陛下の近くにいるだけでなく、陛下を信頼し、個ではなく、こうしてミサイル迎撃に参加するようになりましたよ) 『……詩穂のこと、よろしくね』 (もちろんです、共に陛下をお守りする仲間も一緒ですから) と答えて。 セルフィーナは詩穂の後を追った。 「出来ました。こちらで間違いありませんか?」 風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)が書きあがったばかりの図面――浮遊要塞アルカンシェルの見取り図をアレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)とティリア・イリアーノに見せた。 アレナは真剣に図面を見た後、首を縦に振った。 「間違いないと思います」 「分かりやすいわ。ありがとう」 アレナをサポートとこの場の指揮を任されているティリアも、出来上がった見取り図に感心し、強く頷く。 アルカンシェルはかつて、十二星華の住居ではあったが、主力メンバーは女王の傍に泊まり込むことが多かったため、あまり利用しておらず、アレナが家政婦のように管理していたという。 「では、各方面に送らせていただきます」 アレナから話を聞いて仕上げた図面を、優斗はスキャナーで読み取ってデータ化し、宮殿のパソコンへ送る。国軍や空京警察等、必要な組織に転送してほしいとメッセージを添えて。 そして、要塞を追跡している探索隊にもアレナから優子のアドレスを聞いて、送る。 「とても役に立つと思います。ありがとうございます」 コンピューターの使い方に熟知していないアレナには思いつかなかった方法だ。 「それだけではなく、バリアが薄いポイントや、弱点、セキュリティーなど内部での活動を阻む障害があるようでしたら、教えてください」 「はい……思い出してみます」 図面を見ながら、アレナは記憶をたどっていく。 「街が騒がしくなってきましたね」 優斗のパートナーの沖田 総司(おきた・そうじ)は、2人の傍らで警戒に努めている。 「騒ぎに乗じて、犯罪行為に走る人など出なければいいのですが」 機械音痴の為、データ作成や転送は手伝えない分、殺気看破で注意を払ったり、各方面からの連絡を代わりに受けたりして、サポートをしていた。 「砲台は結構あって……数とか正確な場所は覚えていません。主砲は確かこの辺りにあります。あと、秘密兵器もあったみたいなんですけれど、使ったことはないので詳しいことはよくわかりません」 「秘密兵器、ですか」 アレナが示した箇所にしるしをつけながら優斗が聞き返す。 「はい、アルカンシェルの中には沢山機晶ロボットがいました。家事やメンテナンスをしてくれたり、アルカンシェルの機能について教えてくれたりするんです。機晶ロボット達なら何か知っているかもしれません」 「なるほど。その機晶ロボットたちが無事であり、協力してくれたら助かりますね」 「はい」 返事をした後、アレナは機晶ロボットの種類や数を思い出し、優斗に話していく。 家事機晶ロボットタイプが10。 工務機晶ロボットタイプが20。 警備機晶ロボットタイプが20。 通信機晶ロボットタイプが10。 おそらく、それくらいだと聞き、これまでに聞いた情報と共に優斗はまた多方面に転送していく。 「通信障害も今の所ないようですね。……街の人々は脅威が迫ってることを実感しにくいでしょうね」 爆撃の音も戦いの音もまだ聞こえない。 それでも油断せずに、総司は警戒を続ける。 「要塞の方は、優子先輩達が何とかしてくれるはず。それまでミサイルは一発たりとも空京には落させない! 全部叩き落とすよ!」 アレナと共に屋上に出ていた秋月 葵(あきづき・あおい)も、詩穂に続き迎撃に出ようとしていた。 イコンがあれば……とも思ってしまうけれど、無くたって自分のできることを全力でやるだけだ。 「アレナ先輩はここから迎撃お願いします。私は詩穂さんと同じように少し前に出て迎撃に備えます」 そう、決意を込めた目で言う葵と対照的に、アレナの表情は曇っていた。 「アレナ先輩?」 「は、はい……。そうですね。ここで迎撃、ですね」 「最初のミサイルの射程が限界なら、まだ時間はあるはずです、が」 アレナの負担を減らす為にもと、対物ライフルを手に屋上に駆け付けた冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)も、アレナの様子が変であることに気付く。 「優子さんの事が気がかりでしょうけれど、今はやれることに集中しましょう」 そう声をかけると、アレナは首を縦に振る。 「アレナさんがここにいてくれたことは、訪れていた百合園生と空京にいる人々にとって、不幸中の幸いなのよ?」 ティリアがそう言うと、アレナは弱い笑みを見せた。 「もう少し、アルカンシェルのことを聞かせてもらってもいいか?」 問いかけたのは匿名 某(とくな・なにがし)だ。 「アレナ、大丈夫だぜ!」 隣には、大谷地 康之(おおやち・やすゆき)のいつもの笑顔があった。 「はい」 アレナは再び返事をして、ごく淡く笑みを見せる。 それから、記憶を辿ってアルカンシェルのことを思いだしていく。 「……ええっと……色々凄い乗り物なんです」 「凄いのか?」 「はい」 「……」 アレナは困った表情だった。 何についてどう説明したらいいのか、分からないようだ。 「その凄い乗り物からは、どんな攻撃が予想される?」 「ミサイルとか、爆弾とか、沢山あります。でも攻撃より守りに特化した乗り物だと思います。……乗り物じゃなくて、要塞、というかお家ですが」 「飛距離的には、最初のミサイルの射程は限界なんだろうか?」 「多分……種類は沢山ないはずなので、とりあえずはあのミサイルに注意するのがいいと思います。爆弾を投下できるほど近づかれてしまったら……逃げるしかないと思います」 「空京を明け渡すしかない、ということか」 「バリアを解いて、攻撃モードになったら、ビームとか、レーザーとかも沢山撃ってくるかもしれません。そういう風に使ったことないので、わからない、ですけれど……ごめんなさい」 「アレナが謝ることなんて、何もないだろ!」 某とアレナの会話に、康之が割り込む。 「教えてくれてありがとな!」 そう、笑みを向ける康之に、アレナは頷いた。 「よし、それじゃミサイル撃ち落とすぞ。いざとなったら俺が『Free Sky』で飛んでいってトライアンフでミサイルを……」 小型の乗り物に乗って空を飛び、大剣でミサイルを斬る……というような発言に。 「無理。それはやめろ」 某がすぐに突込みを入れる。 「……えっ……、まあ、だよなぁ……」 となると、自分はお荷物にしかならないよなーと思いながら、康之は暗い表情のアレナに目を向ける。 彼女は悩んでいるようだった。 どんな思いを抱えているのかは分からないけれど。 「傍にいるからな」 康之はアレナの傍にずっとついていてあげようと思う。 彼女は、神楽崎優子のパートナーとして、要塞を知る十二星華として。それから、白百合団員としてここにいる。 共に訪れた百合園の学友と、空京に生きる人々を守る為に。 「優子さんや、他のダチが心配か?」 「……はい。それはもちろん。……だけ、ど」 アレナの表情が沈んでいる理由は他にもあるようだった。 「いえ、なんでもないです。私と、優子さんの守りたい人達、守ります」 アレナはいつものような微笑みを浮かべようとする。 「そうか? もし、悩みがあるのなら後でいくらでも聞くし、俺じゃなくて優子さんにぶつけてみるのもいいかもな。とにかく今は集中しよう」 康之の穏やかな言葉と微笑みに、アレナはこくりと首を縦に振った。 「軽く作戦立てておくぞ。……ロイヤルガードの2人は、空から確認してくれるみたいだな。俺はホークアイで接近するミサイルの状況を確認し、通過地点と時間を割り出そうと思う」 某は防衛計画の能力で、迎撃の作戦を立てていく。 「それを元にアレナに攻撃のタイミングを教えるから、アレナにはミサイルを指定して星剣で射落してもらう。……その星剣だが、分散させた時の精密さはどれくらいなんだ?」 「私も上空でホークアイでミサイルに備えます。アレナさんが迎撃し損ねたものがあれば、そちらを優先的に狙います」 某と小夜子がアレナにそう言った。 「お願いします。ミサイルに矢を当てるのは難しいですし、拡散させると威力が弱まって、狙いも定まりません。ちゃんと狙えるのは数本だけです。ですから、私の攻撃だけで抑えることはできないと思います。でも、頑張ります、から。よろしくお願いします」 「大丈夫♪ みんなを守る為なら不可能も可能にする! それが魔法少女だから」 葵は笑顔で言うと、空飛ぶ魔法↑↑で浮かび上がった。 「葵ちゃん、無茶なことだけはしないでくださいね」 パートナーのエレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)は葵のことがとても心配だった。 だけれど、葵にアレナのサポートをしてあげてほしいと頼まれていること、そして自力で飛ぶことが出来ないため、一緒に行っても足手まといになる可能性が高いから……我慢してこの場に留まることにした。 「うん、アレナ先輩のサポートお願いね」 言って、葵は要塞が向かってくる方向へと飛んでいく。 「わかりました」 答えた後、エレンディラはアレナの傍らに立つ。 「何でも言ってくださいね。お手伝いしますから」 葵を案じる気持ちを抑えつつ、エレンディラがアレナに言うと、アレナは「一緒に、行きたいです、よね」と小さな声で寂しそうな笑みを見せた。 「まだ少し、時間はあると思いますが、抜かりなくいきましょう」 小夜子は星剣を使うアレナの邪魔にならない程度に距離をとってライフルを構えながら上空に警戒をする。 イナンナの加護を受けている小夜子だが、今のところ危険は感じない。 でも、通信機からは緊迫した報告が流れ続けている――。 |
||