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【ニルヴァーナへの道】ツミスクイ 脱ノ章

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【ニルヴァーナへの道】ツミスクイ 脱ノ章

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chapter.13 持ち越した謎 


 来る時に通った門が見えた。
 ここまで来れば、地上はもう目の前であった。おそらく地上に戻っても、再度探索に出向くことになるだろうと生徒たちは感じつつ、その門を潜ろうとする。
 その時だった。
 ガシャン、と何かが崩れるような音が聞こえた。一同が音の方を振り向くと、そこには地面に両手をつき今にも倒れそうなブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)、そして同じく息を切らし辛そうにしているパートナーのジル・ドナヒュー(じる・どなひゅー)がいた。
「どうした?」
 周囲の者が近付くと、ジルが口を開いた。
「傷口が……おそらく崩落の時の怪我が開いて……」
 苦しそうに話すジル。彼女の話によれば、どうにか痛みに耐えてここまでは来たが、もう動くことも辛いのだと言う。
「……宗吾を、呼んでほしい」
 ブルタがそう言うと、聞こえていたのか、宗吾が自ら近寄った。
「なんだ?」
「お願いが……ある。傷を負ったボクのパートナーを……地上まで連れていってくれないだろうか?」
 横目で宗吾はジルを見た。傷口と思われる部分を手で押さえているせいか、傷の深さは見えない。しかし彼女の様子はとても辛そうで、それは誰が見ても同じだった。
「でも、お前は?」
「ボクは所詮魔鎧の体だけど、こっちは生身だから……ボクは少し休んだら追いつくから、早く」
 言って、ブルタは宗吾にジルを預けようとする。宗吾は少し間を空けたが、ジルの腕を取った。
「まあ、どうせすぐそこだ。連れていくよ」
「……良かった」
 それだけを呟いて、ブルタは壁面によりかかった。宗吾は「ほら」とジルを背中へ導くと、おぶってみせた。そこまでは、一見違和感のないやり取りのように思える。
 しかし、よく思い返せば謎はあった。
 ――なぜブルタは、真っ先に宗吾に任せたのだろうか?
 自分のパートナーといえば、言わずもがな、大事な存在のはずである。それを、よく知らない、しかも複数から疑いを持たれている相手に預けることが、あり得るだろうか。
 答えはノーである。ならばブルタはなぜそうしたか。それは、彼に別の目的があったからだ。
 ブルタの目的を明かすには、彼の推測と立場をまず明かさなければならない。
 これまで何名かの生徒が宗吾に疑いの目を向けていたように、彼もまた、宗吾を敵――裏切り者だと当たりをつけていた。その上で、ジルを預けたのだ。
 宗吾を裏切り者だと予想したならば、通常は警戒したり、監視したりするだろう。だがブルタは違っていた。彼はあろうことか、裏切り者に協力しようとしていた。その動機はおそらく、彼の性質を考えれば平和に退屈していたといったところだろう。
 しかし、ブルタは今の自分の立ち位置が、世界に影響をもたらすものではないことを理解していた。同時に、表立って協力することが自分を不利にすることも。ならば、どう動くのが裏切り者にとっての協力になるだろうか。
 その思考の末辿り着いたのが、この偽装策である。
 偽装。つまり、ブルタとジルの一連の行動は、芝居であった。彼もジルも、傷はどこにも負っていない。ただひとえに、無事地上まで宗吾を逃がすために彼らは演技をしたのだ。怪我人を連れていれば、万が一地上に誰か監視が控えていても「負傷者」という存在を盾、あるいは隠れ蓑にしてやり過ごせると踏んだのだ。
 最悪、利用されるためだけに人質として扱われてもいい。それがブルタとジルの意思だった。もちろんこれは、宗吾が裏切りを働くことが前提であるため、彼に裏も何もなければ、ただの人騒がせで終わる。そういう意味では、賭けに近い行動であった。
 その宗吾がジルを助ける行為に出たのは、ブルタの意図を汲んでだろうか。それともただの善意からだろうか。とここで宗吾が、意外な人物を呼んだ。
「神海。悪いけどちょっと俺と一緒に来てくれないか?」
 ジルをおぶったままの宗吾が、神海を呼び寄せた。無言で神海が宗吾に近づくと、宗吾は言う。
「怪我人なら、一刻も早く地上に連れてった方いいだろ? だから先に行こうと思ったけど、ここってよく考えたら降りる時結構手間だったんだよな。だから、手伝ってくれよ、神海」
 おそらく、宗吾の言っているのは地上と地下城を繋ぐ出入口のことだろう。一同は、地下に降りた時のことを思い出していた。晴明が床面を崩し、穴を開けた時の場面を。
 抜け穴は晴明が破った石床の下に二メートルほど広がっており、そこから下り坂が続いていた。
 それはつまり、今いる現在地からの視点で見れば、上り坂が続いた後に、二メートルほど上の穴から這い出なければいけないということだ。女性とはいえ、人ひとりをおぶったままそこを通るのは確かに人手が必要だろう。
「承知した」
 神海が、宗吾に返事をし、横に並んで歩き出す。
「じゃあそういうわけで、晴明、先に地上出てるからな!」
 宗吾が、晴明に手首を振って一行から離脱する。
 晴明は思った。きっと宗吾が自分ではなく神海を呼んだのは、潔癖である自分を熟知した上でのものだろう。そう考えると、意外というほどでもなかったのかもしれない。
 ただ一部の生徒は、その光景に深守閣を重ね合わせていた。
 ――そういえば、あの時も宗吾と神海のふたりが揃ってハルパーに近づいていた、と。



 宗吾と神海は、坂を抜け、地下と地上の狭間の穴にいた。
「狭いな……」
 宗吾が一旦ジルを神海に預け、まず自分が地上へと出る。そして、神海が押し上げるようにジルを上に掲げ、地上で宗吾が受け取るという段取りだ。ジルが無事宗吾に戻ると、神海は壁面に手と足をかけ、穴を這い上がった。これで、ふたりは無事地下から帰還となった。
 ふう、と宗吾が一息吐いた時だった。不意に、ふたりは自分たちの周囲を取り囲む気配に感づいた。
「……誰だ?」
 穴のあった押入れから飛び出て、広間へと足を踏み入れる。そこには数名の生徒がハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)と共に立っていた。その様子から、彼らは探索隊を待っていたのだと察する。
「総奉行。なんだ、わざわざお出迎えしてくれたのか! でも悪いな、ハルパーは……」
「静かにするでありんす」
 ハイナが、宗吾の言葉を遮った。その表情は険しい。それは、ハイナが地下での出来事を知っていることを暗に示していた。なぜハイナが? その答えは簡単である。
 今宗吾と神海を囲んでいる生徒のほとんどは、崩落からいち早く抜けだした者たちだったからだ。つまり彼らは、帰還を出迎えようとしていたのではない。内通者の存在を知った上で、待ち伏せていたのだ。その中のひとり、緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)が口を開く。
「遙遠たちは、深守閣で崩落が起きた直後、真っ先に出口へと向かっていました。そこであったすべては、既に報告済みです」
「崩落で怪我した人は心配だったけど、遙遠の言うことも最もだったからな」
 パートナー、緋桜 霞憐(ひざくら・かれん)も続けて言った。
 霞憐としては心苦しさがなかったわけではないが、少しでも早く脱出し、救助体制や治療体制を外で整えることも必要だとも思っていた。
「今、ハルパーという言葉が出ましたね。 その行方や問題行動の有無も含めて、これからここを通るひとりひとりを、調べさせていただきますよ」
 遙遠のその言葉は、まるで「そうすればそこで裏切り者が分かるでしょう」と言っているようだった。と、ここで宗吾が背に抱えたジルを見せながら言った。
「調べるなら後でいくらでも調べてくれていい。けどまずは、怪我人の治療が先だろ?」
「大丈夫です、先程も言った通り、体制は整っていますから。怪我人をこちらへ。そのままおふたりには残っていただいて、調べさせていただきますよ」
「調べるったって……何をだよ? 俺も神海も、地下で悪いことなんて何もしてないぞ?」
 遙遠の言葉に、宗吾はジルを下ろすと両手を広げてみせた。神海もそれにならう。遙遠はふたりをじっと観察するが、衣服の下にハルパーを忍ばせている様子もない。
「なあ、もういいか? ていうか、これからここ何十人も通るし、こんなことやってたら大変だぞ?」
 宗吾が言うと、遙遠は「それでもやります」と言い切り、彼は肩をすくめた。その様子を見つめていたのは、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)だった。
「うーん……これは、どっちかな」
 小さく呟くルカルカ。彼女は、目の前のふたりが味方かどうか判断を決めかねていた。本来ならハルパーを持つ者に対し明確に「シャンバラ政府側」「寺院側」と区分したいところだったが、肝心のハルパーがまだ目撃されていない上、このふたりも今ひとつどちらか判別しづらい。
「他に何を調べたい? もう大丈夫なら風呂に入りたいんだけどな」
 宗吾が手を上げたまま言う。確かに叩いても何も出てこない以上、ふたりを拘束する理由はもうない。
「念のため、全員揃うまで待つでありんす」
 広間を出ようと歩き始める宗吾と神海だったが、ハイナに呼び止められ、その足を止めた。
「ま、晴明たちもそう時間かかんないだろ。じゃあ俺たちも、このへんで待機させてもらおうかな」
 言って宗吾がその場に腰をおろしかけた時だった。
「あれっ……!? 地上にまで来ちゃったよ!?」
 大きく、高い声が押入れの方から響いた。驚いた待ち伏せ組が引き戸の奥をのぞくと、そこにはハルパーをずっと追跡していた美羽とベアトリーチェ、そして彼女らを護衛していた祥子らがいた。トレジャーセンスを使い、ハルパーのある方角に進んでいたはずの彼女が、なぜここに。
「おかしいよね、これ……」
 美羽が祥子の方を見る。祥子も、首を傾げるばかりで答えを出せなかった。
 晴明たちが地下を練り歩き、その間ハルパーは発見できていない。そして千住やお華と接触した生徒たちが、ふたりはハルパーを持っていなかったことを証言している。今広間にいる宗吾の手にも、神海の手にもハルパーはない。もちろん、他の生徒たちの誰もハルパーは持っていない。残りの生徒たちはまだ地上に出ておらず、ハルパーの方角を絞って動いていた美羽が先に地上に出たことで、それは証明できる。
 ならば、ハルパーは一体どこへ?
 広間の生徒たちが驚きを隠せない中、押入れの抜け穴からは次々と生徒たちが帰還してきた。その中には、晴明の姿ももちろんある。
「うーん、確かにこっちの方向! って思って来たんだけどなあ」
 一同が広間に揃ったところで、美羽がもう一度首を傾げた。トレジャーセンスを使いこなせなかっただけでは? どこかで感覚が狂ったのでは? そもそも感覚が探し当てたのは、ハルパーだったのか? という意見も出たが、それにしても確かに深守閣で見たハルパーが出てこないのは事実だ。
 もしかしたら、まだ地下から出てきていない者がいて、その人物がハルパーを持っているかもしれない。言われれば、千住やお華だって、まだ姿を見せていないのだ。再度深守閣に潜り、ハルパーを手にした可能性もなくはない。
 そんな推理を働かせる者たちまで出始め、収集がつかなくなりだしていた。
「ワンモアクエスチョンでありんす。確かにこの方角に、ハルパーの気配を感じたでありんすね?」
 ハイナが尋ねると、美羽は堂々と答えた。
「うん! ハルパーって断言は出来ないけど……でも、このお城であれ以上のお宝ってなかったから、間違いないと思うのになー……」
 その口ぶりからは、嘘を言っている様子は微塵もない。ハイナは、もう一度状況を整理した。
「美羽が追跡していたのは、ハルパーでほぼ間違いないでありんす。その美羽は感覚を追ってここに着いたでありんす。ということは、ミステイクが起きていない限り、ハルパーはここにあるということでありんす!」
 彼女の言葉に耳を傾けつつ、脳内で懸命に考えを巡らせていたのは、ルカルカだった。
 美羽が出てきたより前に戻ってきたのは、宗吾と神海、それにジルの三名。直後に美羽が来たことを考えれば、この部屋にハルパーがある場合その三名の誰かが持っているか、あるいは同じ待ち伏せ組の中の誰か。
 ただ、待ち伏せ組にいる可能性は低かった。待ち伏せは探索隊ほど大人数ではないのだから、もしその時点でハルパーを持っていればそこから逃げ出せばいいのだから。でも、あの三名はいずれもハルパーを持っていなかった。
「持って……いない?」
 彼女はふと引っかかりを感じ、パートナーのダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)に取らせようとしていた行動を思い出す。
 ルカルカは、ダリルに「万が一」のことを伝えていた。
 万が一、剣の花嫁がハルパーを格納していた時のことを。そう、ハルパーも光条兵器である以上、花嫁に収納が可能であると彼女は思い至っていた。
 そして、その場合は花嫁ごと捕縛し、代わりにダリルに格納してほしいことも伝えていた。
「……!」
 ルカルカは咄嗟に、宗吾と神海の方を見た。あのふたりが深守閣でハルパーに近づいていたことは複数の目撃証言で立証済みだ。ならば、彼らに言うことはもうひとつしかなかった。
「レースって、ゴール直前が危ないってのは本当よね」
 含みを持たせた言い方をしながら、ルカルカはふたりに歩み寄った。
「さあ、出して? そこに『しまった』ハルパーをね」
「え? 何を言ってんだ?」
 宗吾が両手をひらひらとさせたが、最早彼女の前には芝居としか映らない。ルカルカの様子を見て、美羽もふたりに近寄った。瞬間、彼女は大きく声を上げた。
「あ! なんか感覚がざわめいてるような感じがするよ!?」
 もしかしたら、それは美羽のかけたカマかもしれなかった。あるいは、本当にその時彼女のトレジャーセンスが一際発揮されたのかもしれない。ただいずれにせよ、彼女らの詰問は宗吾の顔から穏やかさを消した。
「……宗吾、神海。地下で何があったか、話すでありんす」
 ハイナが告げると、宗吾はしばらくの間俯き、そして口を開いた。
「見つけてきたんだよ」
 ぽつりと。宗吾の漏らした言葉が、静寂を生んだ。次の瞬間、宗吾は勢い良く立ち上がると、隣にいた神海の背中に手を添える。次の瞬間彼らが見た光景は目を疑うものだった。
 宗吾が、神海から光条兵器を取り出したのだ。
 圧倒的な眩さで、神々しく広間を照らしたその光条兵器は、紛れもなく深守閣で見たブライドオブハルパーだった。
「宗吾……神海……!」
 ハイナが驚きを隠せない様子で名前を繰り返すと、宗吾はそれを気にも留めず、晴明の方に視線を向けた。
「長かったよ、やーくん」
 彼が口にしたのは、昔晴明を呼んでいた時に使っていた呼び名だった。