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リアクション
トラック・フィアーカーに契約者たちを詰め込めるだけ詰め込むと、
「しっかり捕まっててくださいね。客車じゃないのでちょっと乗り心地は悪いですけど」
トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)はパワードスーツの中からそれだけ言って、トラックに鍵をかけた。それから手を運転席に向かって振る。
「いいよ、出発だ」
運転席の魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)は髭を撫でつけながら、子供じみた口調で返す。
「えー。こんな悪路を走行して行けって言うんですかー?」
「そうだよ」
こともなげにトマスが言うので、子敬はまたわざとうんざりした顔を作ってみせた。
悪路と冗談めかして言ったが、スポーンの周囲を取りこむ性質、そして戦闘によってアスファルトの所々は割れ、塀やビルの壁、電柱が崩れ落ち瓦礫が散乱しているような状態だ。
おまけに、運が悪ければそれらがトラックの真ん前だの頭上だのに降り注いでくるわけだ。
「大丈夫、僕たちの他にもサポートしてくれる契約者がいるからね」
(まぁ、アイリス殿を失わず、また別の敵・イレイザーを発生させずに済むようにというなら、頑張るしかありませんかねぇ)
「解りましたよ」
子敬は言ってハンドルを握り、トマスが持ち場──トラックの右横に取り着いたのをミラーで確認した。
左にも後部にも、同じようにトマスのパートナー達、パワード・スーツのフィアーカー・バル隊がスタンバイ。
また、契約者たちの乗り込むイコンや、上空には飛空艇とドラゴンも護衛している。
「死なない程度に頑張りますか。希望を、捨てる訳には行かんのですよ」
エンジンをかけ、アクセルを踏んだ。
──ブオオオンという音を立て、勢いよく排気を吐き出しながらトラックが大通りを走り、唯斗の足元で右に曲がり、二車線の道に入る。片腕に取り付けた銃型HCから呼び出した地図は、走行可能な道路が変わったとはいえ、こんな状況でもそれなりに役に立った。
やがて正面にやはりというべきか、コモドドラゴンのような形をしたスポーンの群れが現れた。
トラックの正面に護衛のイコン──南斗星君と名付けたパールヴァティーが回り込むと、20ミリレーザーバルカンを掃射する。
「お久しぶりです。梅琳教官」
イコンのパイロット、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)の声が周囲に響く。
「なんとなく懐かしくなりまして……今日は久しぶりに、かつての制服に袖を通しました。以前みたいに後ろからそれいけやれいけと号令をかけていて下さい」
今日の彼女は、クローゼットの奥に仕舞いこんでいた教導団の旧制服を引っ張り出していた。アイリスの危機に集った6人に感化されたのかもしれない。
「懐かしいですね。新入生歓迎の訓練の時に教官たちの賭けの対象にされたのがつい先日のことみたいです」
同乗するセリエ・パウエル(せりえ・ぱうえる)が口元を少し緩めた。
祥子は再びバルカンを構え、二度目の掃射。
「戦場で敵を打ち倒すのは……私達の役目です」
道路を横断するように放たれたバルカンだが、追い切れなかったコモドドラゴンたちがイコンに飛びかかってくる。
「お姉さま、九時方向から強力な反応を感じますわ」
セリエに注意を促されて、祥子は南斗星君の防御機能の殆どを停止させる。
「システム及びエネルギー、攻撃モードに割り当て完了! 【北斗星君】発動」
パールヴァティーの滑らかな、青白い機体の表面が赤みを帯びた光で覆われる。跳躍。
左に飛び跳ねれば、目標を失ったコモドドラゴンたちは頭を巡らせたが、その戸惑いのうちに上空からの──ブライトブレードドラゴンの光のブレスに焼かれていった。
ドラゴンの背に跨ったイオテス・サイフォード(いおてす・さいふぉーど)が、逃げ遅れたスポーンを、“我は射す光の閃刃”で貫いていく。
「私が祥子さんと出会ったのも、祥子さんの教導団時代でしたわね」
巨大な黒い塊に向かっていく北斗星君の背を見ながら、彼女は懐かしく思い出す。
「一度結ばれた絆は解けることなく繋がりを保ち続けてくれる……みなさんとアイリスさんもそうだと信じていますわ」
セリエの言う強力な反応を発した黒い塊。それは、小さな粘土の球体を、もっと言うなら爬虫類のゴム人形をぎゅっと握り固めたような不恰好な形をした塊だった。
あちらこちらにちらちらと光を反射する金属片、ぬめりを帯びた体表、そしてナイロンやゴムやシリコンや金属やその他諸々の線が不恰好な体毛となって飛び出している。
病院から現れたスポーンは、様々な機器を取り込みながら巨大化していると聞く。
彼らの前に現れた体長五メートルほどのそれは、だが転がりながら周囲のスポーンを体表にくっつけながら、粘土のように未だ伸びあがろうとしていた。
祥子はだが不気味なそれを、高揚感を以て迎え撃つ。
(ああ……大学生だ教育実習生だといっても。やっぱり私は現場が好きなんだな……今だけは教師見習いの立場を忘れて……先陣切って拳を振るわせてもらうっ!)
「前へ、前へ! この道が開ければよし! 敵が集まってきて塞がっても他が手薄になるなら、そこが道になるわ」
“畢我一如”によって得た一体感は、巨大なスポーンが空に向けて放った口とも言えない口から吐き出した炎を躱させる。
そのまま全身全霊を込めた“ダイアモンドクラッシュ”を、巨大なスポーンの中央に叩き込んだ。嫌な手ごたえがして、力場を発生させた拳がめり込む。
そこに、イオテスの対イコン用爆弾弓が空から放たれ、爆発を起こした。
飛び散ったスポーンの一部と一緒に、爆風でビルの窓が割れていく。
それを横目に、巨大なスポーンを避けてトラックは進む。その路上に再びトカゲ集団が立ち塞がった。
「乗り上げたくはないものですね。やっぱり安全運転が第一ですから」
子敬がハンドルを切る前に、上空から撃ちこまれた弾丸の雨で、スポーンの一体が塵と化す。
ビルの谷間を縫うように舞う小型飛空艇オイレの上には、クイーン・ヴァンガードの強化スーツとエンブレムを付けた男性の姿が見える。天城 一輝(あまぎ・いっき)だ。
身体を捻って一瞬後ろ向きになると、次々とトラックめがけて走ってくるコモドドラゴンたちを撃つが、今度は外れた。すかさず前に弾幕を張る。
流石に滑空でもなく運転しながら、飛空艇の上で機関銃を撃つのにはいささか無理がある。あまり精度は期待できない。逆に、小回りの利く運転もできなかった。弾幕が消えると、敵を見定めようと残ったコモドドラゴンは首をもたげる。
が、その瞬間に弾けて消えた。今度はもっと後方からだ。
「無謀な行動には慣れているつもりだけど、今回はまた大胆な行動に出たものね。貴様らしくてウズウズするわ」
一輝より更に上空、迷彩塗装を施したヘリファルテの上で、ローザ・セントレス(ろーざ・せんとれす)が不敵な笑みを浮かべる。
「瀬蓮たちの血路を開く……なら、私は貴様を護衛するだけですわ」
二人は交わらぬよう旋回しながら、トラックを下方に見ながら空を舞う。
振り返ればトラックの出発点、バリケードの側にはコレット・パームラズ(これっと・ぱーむらず)が展開した“絶対領域”の結界が張られ、出発地点を守っていた。
幼く小柄なコレットは、メイド服の両手を一生懸命に広げている。
(あたしに出来る事……安心して帰れる場所を護る事だよね!)
そして地上ではユリウス プッロ(ゆりうす・ぷっろ)が戦っている。彼は新たなスポーンの群れの中に、タイミングを見てフェザースピアを投げ込んだ。
一体のスポーンが貫かれ倒れると、それを取りに行きつつ彼が銃型HCで援護を要請すれば、一輝は再び機関銃に取りついて、地面に向けて機関銃を撃った。
子敬はそれらを器用に右に曲がり、左に曲がりして回避しつつ、尚もトラックを走らせる。
だが病院がその元凶なのだろうか、進めどもスポーンの数は一向に減らない。
「むしろ増えてませんか……?」
近代的なビル街は今や不気味な熱帯雨林と化し、あちらこちらの壁に標識に黒い爬虫類が這い回り、跳ねまわり、羽のあるものは空を舞っていた。
時折何かを踏んだのか、がたんとトラックが上下する。
更にあちこちで戦闘があった後だろう。イコンや人との戦いで散らばった瓦礫や窓ガラスをなるべく避けながら走行を続けていたが、
「わわっ!」
スポーンのうち一体がフロントガラスに張り付いて視界を塞ぐ。
慌ててブレーキを踏もうとしたところ、トラックの上から放たれた一撃がそれを霧散させた。
「露払いは、わたしたちに任せてもらおうかな」
芦原 郁乃(あはら・いくの)が朝露の顆気を嵌めた拳を開き、フロントガラスに向けてひらひらと手を振った。
それを見て、秋月 桃花(あきづき・とうか)が危ないですよ、と郁乃の背中を引き戻す。
「無茶は駄目ですよ。転げ落ちたら大変です」
無茶というなら、この作戦自体も無茶だ。そして郁乃は桃花にとって大事な人だ。だが。
(郁乃様は自分の力を友達やみんなを守るために使いたいといっていました。そういう意味では、今回は瀬蓮様のためですし絶好の機会ですね。
そして桃花は、そんな郁乃様を守り、支えます。そう、傷一つつけさせません)
そんな桃花の決意を込めた視線には気付かず、
「ありがと、桃花。さ〜て、そろそろ病院が見えてきてもおかしくないよね?」
郁乃は前方に目を凝らしたが、突如トラックがブレーキをかけたので、慌ててトラックの下部にしがみ付く。
「きゃあっ……なに!?」
目を開けると、その道は崩れた瓦礫で塞がれていた。慌てて方向を変えて別の路地に入ろうとするが、そちらも電柱が横倒しになっていて、進路を阻んでいる。
戸惑っているうちにやがてトラックの後部が開いて、瀬蓮たちをはじめとした契約者たちが姿を現した。
「トラックで行くのはここで諦めましょう。病院まであと数百メートルです」
彼らがそう話している間にも、人間の気配を感じたのか、獲物を見付けたハイエナのようにぞろぞろと、周囲からスポーンが集ってくる。
郁乃は桃花と共にトラックから飛び降りると、息も荒い瀬蓮の前に立った。アイリスの影響を相当受けているのだろうが、彼女は気丈にも前を向いていた。
(出会ったころは優しい、可愛いという印象しかなかった瀬蓮。でも今は凛々しささえ感じる。
わたし達以上にいろいろあったから……その瀬蓮が敵にも、運命にも立ち向かう覚悟を決めているんなら)
「こいつらはみんなここで食い止めるから、瀬蓮たちは先へ!」
「えっ!?」
「ちゃっちゃと助けてみんなで帰ろうね。あと申し訳ないとか思わないでよね? わたし達は瀬蓮が好きなの。でなきゃ、ここまで付き合えないんだからさ」
にっこりと微笑むと、郁乃は桃花の顔を見合って、頷き合う。
「瀬蓮様、瀬蓮様が自分の強さを信じていないとしても、瀬蓮様の強さを分かっている仲間がいます。大丈夫です、瀬蓮様なら成し遂げられます。
ここは桃花たちが受け持ちますから、瀬蓮様は瀬蓮様がしなければならないことを優先してください」
瀬蓮を励ますと彼女が頷くよりも早く地面を蹴り、二人はスポーンたちに突っ込んでいった。
郁乃の拳が次々に、トカゲたちを打ち砕く。
「おまえ達の相手はこのわたしだぁ!! やあああああああっ!」
スポーンの鉤爪が郁乃の肌に付ける赤い筋を、トライデントを構えた桃花が清い光で癒していく。
(わたし達の強さは力だけではない、心もだ。絆の強さが、わたし達の強さなんだ)
郁乃が拳を振るい続けるそこに、分が悪いと判断したのだろうか。
幾つかのトカゲ型のスポーンが体を重ね合わせると、ワニに似た姿になった。
戸惑う郁乃。何匹ものワニが、一斉に彼女に飛びかかろうとする、が、それは地面から飛び上がろうとしたところで真っ二つになった。
トラックの左横に取りついていたパワードスーツ姿のテノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)が跳躍すると、その手に持ったギロチンアームが、ワニの金属質な顎ごと砕いたのだ。
続けてもう二体。右横からトマスが放った対神スナイパーライフルの一撃だった。
トラックの後部に捕まっていた、こちらもパワードスーツのミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)が飛び出ると、テノーリオの背後に飛びかかってきたスポーンを、脚を高く上げて空高く蹴り飛ばす。息の合った動きだ。
「別に、この日の為にってわけじゃないけど……PSではこれまでに、ラインダンスやマイムマイム踊ったりとかまでして、『動き方』には訓練を積んできたからな」
「あなたたちと一緒にしたラインダンス、恥ずかしかったわ」
「万に一つでも可能性があるなら、その可能性を少しでも大きくするために力を尽くさないとね」
ミカエラのわずかばかりの抗議に、トマスさらりと言ってスナイパーライフルの引き金を引く。撃たれ、或いは後ずさる彼らが着地する前に、それをテノーリオのギロチンアームと、ミカエラの研ぎ澄まされたキックが黒い霧に変えていった。
「力を合わせる、ということは1+1=2、以上のものを引きだして敵に当たるという事!」
「恥ずかしがってた割にはノリノリに見えるな。今度はオクラホマミキサーでも練習するか?」
そのうちに子敬がトラックを近くのビルに横付けすると、三人はスポーンと戦いながら、横一列にバリケードとなるように展開した。
トマスは攻撃の手を休めず、背後の瀬蓮たちに告げた。
「さあ、僕たちが案内できるのはここまでのようだ」
この場を守り、瀬蓮たちを先に進ませること。そして、確実に一体一体でもスポーンを倒すこと。そうすればアイリスの負担も減る。
(病院内のことは、他の仲間達が回ってくれてるのを信頼しよう。各員、成しうる限りの成すべき事を成せば、可能性は僕達のものだ)
「アイリスさんがイレイザー化したら……どうあっても僕達はそれを倒さなきゃならない。
もしそうなってしまったならば、引導は自分が渡したい……とイコンでスタンバイしている先輩も、そういう事態は望んでいない筈だからね」
彼はひそかにくすりと笑って、「ありがとう!」と手を振る瀬蓮に振り返らずに、引き金を引き続けた。
「瀬連さん、走って! 少しでも早くアイリスさんの元へ……僕達みんなの希望と願いを込めた『小さな翼』……見事、はばたかせてきて!」
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