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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

リアクション

 戦いは激化していた。
 渋谷側が居すくむのがわかった。これまで有利だったのは渋谷だったにもかかわらずだ。
 怪異が歩いてくる。気味が悪いほどの速さで。
 戦況を覆すほどの存在が現れたのである。
「ついにイレイザー・スポーンの登場か」
 湊川亮一はM1ロケットランチャーを担ぎ上げた。人間相手ではさすがに使えなかったが、連中が相手なら十分だ。なお、このランチャーは当時の姿をとどめているが、それは亮一が外観を変えただけなので、実際は2022年のホエールアヴァターラ・バズーカの威力をとどめている。
 黒い鱗を持つトカゲ、それも、人間ほどの大きさを持つものといえばいいだろうか。通常のトカゲが、多少なりとも愛嬌のある顔立ちをしているのに比べれば、このトカゲはあまりに冷たく、攻撃的な姿をしている。そして実際に攻撃的だった。くわと口を開けば鋸状の歯がびっしりと生えている。尾もまた鞭のようにしなった。
 また、インテグラルに操られたと思わしき人間も前線に出てくるようになった。見た目は他の暴力団員と大差はないが、契約者であれば一目瞭然だ。表情がまるで死人のようであり、言葉にも抑揚がなくなっている。超人的な能力があるのも特徴だった。村雲庚が剣を交えた西山、沢口のような種類の者たちである。
 これを巧みに見分けたのは御凪真人だ。慧眼たる彼はとっさに思いつき、サンダーブラストで新竜会組員たちを攻撃した。といっても手加減をしている。これで倒れれば(気絶すれば)一般組員、そうでなければインテグラル強化組員というわけだ。すぐに結論が出た。
「……どうやら、もう強化組員ばかりのようです」
 倒れる組員はいたが、それはもう二三人だけのことだった。他の組員はすべて、強化された存在だった。
「それにしても」
 シェイド・ヴェルダは振り返って味方勢を見た。一時の勢いがない。この時代にあってはならない、あるはずのない怪異が立て続けに生じたのである。当然のように石原勢は総崩れとなった。
「触ってないのに人が飛んだあたりまでは『合気道です』とか言って誤魔化せたが、こういうのはどうしようもないか……」
 どうする、とロア・ドゥーエはグラキエス・エンドロアに問うた。しかしグラキエスは落ち着いている。
「これだけの混戦だ。戦場には魔物が巣くうという……そういったものが出てきたとでも考えてもらうしかなさそうだな。それに」
 グラキエスは周囲を窺ってから言った。
「歴史の自浄作用が働いている様子はない。これくらいならそれこそ、『気のせい』『戦いに夢中になるあまり幻覚を見た』という話で済まされるようだ」
 そこにゴルガイス・アラバンディットが加わった。
「なにをブツブツ話している……? 敵に『力ある物』が現れたときそこ我らの出番であろうが」
 フードの奥からのぞくゴルガイスの眼は、それこそイレイザー・スポーンと同じかそれ以上に攻撃的である。彼は率先してイレイザー・スポーンに向かっていく。
「アラバンディットはせっかちでいけないな」
 苦笑気味に言ってロアルドも続いた。
「ついに出てきたね」
 宇都宮祥子もまた刀を逆手に握ると、二の足を踏む味方勢をよそに怪異に対し果敢に挑んだ。地を蹴り剣を巡らせて、斬撃刺突つぎつぎと放つ。トカゲは黒い首を伸ばして彼女を叩き落とそうとするも、ほぼ一方的に刀傷を負わされるばかりだ。
「セレス!」
 相棒の名を呼びながら五十嵐理沙が駈け込んだ。敵は怪物、もう遠慮はいらない。
「この状況なら、さほど加減はしなくても良さそうですわね……参りましょう!」
 セレスティア・エンジュが応じる。彼女の広げた右手に二本、魔法の矢が生じた。これを諸葛弩につがえて放つ。二つの矢はまるでミサイル、左右に分かれて一つの敵を狙う。これに終わらない。セレスティアは次々と装填してはこれを放った。
 この援護射撃にみち導かれ、これぞ必殺、龍骨の剣、理沙は両手に持った剣を、矢に惑うトカゲの頭に叩き落としたのである。強烈な手応え。スポーンの首がころりと落ちた。
「へっへー、もうああいうのが出てきたらあたしが出てきても誰も注目しないからオッケー♪ ……って、注目されないと思うとそれはそれで悔しい気がする−!」
 などと煩悶しつつ、ラブ・リトルも飛び出してきて叫びを浴びせるのだ。
 だが勢いがあるのは新宿勢だ。イレイザー・スポーンは跳ね、飛び、あるいは走り、渋谷勢を恐慌状態に陥れた。そこにインテグラルに取り憑かれた超人が攻撃してくるのだ。抵抗は難しい。
「肥満さん、絶対守ります」
 マティエ・エニュールはやはり光学迷彩を発動させたまま肥満の前を守った。マティエだけではない、姫宮和希も立ちはだかり、迫り来るスポーンをくわと睨むと、
「冗談じゃねえ! そんなに簡単に未来を奪われてたまるかってんだ!」
 翻るスカートも物ともせず、『ドラゴンアーツ』の怪力キック超人化したヤクザをぶっ飛ばした。
 紫月唯斗も負けない。
「たとえインテグラルに操られているとはいえ人間。殺すわけにはいかない……か」
 と言うなり武器を鞘にしまい担ぎ直した。ヤクザに向かって自然体で構え、来い、とばかりに挑発気味に、指をくいくいと起こして倒した。
「舐めやがって!」
 妙に抑揚のない声ながら怒りを発し、突っ込んでくるのは超人ヤクザ、両手に握るは極道長ドス、岩をも砕くその一撃。
 だが心眼、開眼。
 唯斗は、正面から打ち込まれた長ドスをぴたりと白刃取りしたのである。
「舐めているのは貴様だ。忍者を舐めるなって話だ」
 白刃取りした腕を左右に捩ると、ぽきっとドスが柄から折れた。
「……安物を、使うな」
 忍者は断を下すと蜘蛛のように相手の首筋に飛びつき、ぎゅうぎゅうと絞めて絞め落としたのだった。
 されど一人二人倒したところでそうそう状況は覆らない。どこに隠れていたというのか、どんどん新手が来るのだ。
 クレア・シュミットが案じたのは、石原側の損失である。敵勢が愚連隊のメンバーを殺すとする。仮に、一人や二人であれば歴史は自らこれを調整する可能性もあるが、あまりに損害が大きければ肥満、勾玉の欠損がなくても歴史が大きく変動するかもしれない。
 ゆえに彼女は、愚連隊のなかの常人には退却を命じた。
「引けっ、規格外の連中は我々が引き受ける」
「断る」
 だが清華はそれを拒んだ。
「しかし、普通の人間には……」
「普通の人間には……か」
 そのとき清華は奇妙な表情で笑みを見せた。いや、笑んだのではない、唇を歪めたのだ。その下にあるものをちらりと見せたのである。
 ――牙。
 クレアがはっとなったのを見るや、
「お嬢さん、特別なのは自分たちだけだと思わんことだ。……大丈夫、悪気で言ったのではないのは知っておる。任せよ」
 今度こそ清華は笑み、鉄パイプを肩に担ぎ肥満に歩み寄った。
「肥満、無事か?」
 言いながら、敵方のヤクザの膝に思いっきり一撃している。
「おめえこそ、息が上がってるぜ」
 逆だ。石原肥満こそ、ぜえぜえと息をしていた。彼は若い。そして強い。だが、契約者たちのような底無しの体力はないのだ。それを特に指摘せず清華は言った。
「何言ってやがる。ところでお前、変なのが出てきたから俺達のちょい後ろに下がれ。な?」
「おいおい、俺がそういう性格じゃねぇのは知ってるだろ?」
「知ってる。だが敢えて言う。大将格は出過ぎず引きすぎず……だ。死なれちゃあ困るんだよ、俺は特によ。あんたの終わりは夢の終わり……仮にお前以外の奴らが新天地を語っても、誰も付いて来やしないだろうさ。自分の価値ぐらい分かってんな、肥満?」
 肥満は黙った。とうに知っていたのだ。彼も。
「いいか……死ぬな、死んでも死ぬな。俺は執念深いんだ、死んだら地獄の果てへでも呪ってやる」
 ニヤリとすると清華は、肥満の肩を押して後方に下げたのである。肥満は逆らわなかった。
「任せたぜ。おめぇこそ、死んだら殺すからな」