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【創世の絆】もう一つの地球と歪な侵略者

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【創世の絆】もう一つの地球と歪な侵略者

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井の頭公園防衛戦 1



 井の頭公園の各地点で、獣の咆哮が鳴り響いた。狼の遠吠えにも似たそれは、別の場所の遠吠えを呼んだ。
「くるか」
 狛江橋で陣地を構築していたゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)は、すぐに迎撃体勢を取るように部下に命じた。間もなく、斧や剣などの武器を構えたゴブリンの集団が橋へと殺到する。
「一番先頭の奴に火力を集中させる! 出鼻をくじいてあげるわ」
 橋で構えた鶴 レナ(つる・れな)が号令を出し、突撃してきたゴブリンを迎撃する。銃口から出る人間達の咆哮が、ダエーヴァの怪物を蹴散らしていく。
 銃撃を受けたゴブリンが、持っていた手斧を投げる。苦し紛れの一撃だった。狙いが定まってもない斧は、そのまま池へと沈んでいった。
「こんなの、ほんの小手調べってわけね」
 視界を塞いでいたゴブリンの群れが倒れると、大量のダエーヴァの軍勢が目に入る。ほとんどは、ゴブリンの姿をしているが、中にはミノタウロスやワーウルフなどの別固体の姿も確認できる。
 一定の距離を開け、ずらりと整列する様は敵ながら壮観であった。どれだけの数が居るのか、考えたくもない。
「そのようなもの、悠長に使わせないのじゃ!」
 バーストダッシュで急降下するのは、枝島 幻舟(えだしま・げんしゅう)だ。敵が姿を現す前から、上空で待機してた幻舟は、後方で組み立てようとしていた投石器に突撃していった。
 確認できた投石器は四つ、それらを全て破壊して回る。バーストダッシュの加速力もあり、ダエーヴァは成すすべなく用意した兵器を破壊されてしまった。
「おんや?」
 幻舟は奇妙な集団を見つける。もとより、個人でできる破壊活動には限界があり、何を狙うかは非常に重要だ。そのため視野は広く、敵の活動には常に注意を払っている。そんな彼女が見つけたのは、鉛色の一列に並ぶ集団だ。
 最初は、池を越えるための手製の橋を運んでいるのかと思った。狛江橋の付近は、両岸が他の地点よりも近く、橋をかけるという手段も不可能ではない。だが、運ばれているのは、人がすっぽり隠れられるぐらいの金属の塊で、その数は多い。
 それが何であるかの答えは、すぐに出た。運ばれて最前線に送られた金属の塊を、ダエーヴァは次々と地面に突き立てたのだ。
 即席の遮蔽物だ。盾として使うには不恰好だし、恐らく人間には重くて使い物にならないだろう。だが、銃弾ぐらいなら受け止められるに違いない。
「池を挟んでにらみ合いをするつもりか、いや……」
 空飛ぶ箒シュヴァルベであがってきたゴットリープが、眼下の敵の動きを怪しむ。
「そんなわけないじゃろう。奴らには時間制限があるのじゃからな」
 幻舟の言うように、道が完成するまでの時間は彼らにとって有限だ。
「拠点を腰を据えて攻略するというのは、当然の対応だ。だが、奴らもこちらが急ごしらえの設備であるとわかっているはずだ」
 見渡しただけでも、数はダエーヴァの軍勢の方が上だとわかる。犠牲は出るだろうが、その数を武器に突撃を続ければ、自分達が持ち堪えきれるとは思えない。
「仲間意識が強いのかねぇ……違うね、一旦降りますぞ」

 同じ頃、ケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)が率いる七井橋の軍勢も、ゴットリープ隊の前に現れた鉄塊の遮蔽物が敷き詰められていた。
「あれは、何だ?」
「陣を構えるつもりか?」
 アンゲロ・ザルーガ(あんげろ・ざるーが)は、攻撃を停止させて敵の動きを伺った。先ほどの突撃は難なく蹴散らせたが、今度の行動は不気味だ。
 鉄の塊の遮蔽物の向こうで、ダエーヴァは蠢いていた。何かをするつもりなのは、間違いない。
「そうきたか、頭を下げろ」
 陣地に積んだ土嚢に、ケーニッヒは飛び込んだ。アンゲロも同様に飛び込み、頭を下げる。その上を通過するのは、銃弾だ。
「あれって、自衛隊が前まで使ってた奴だよな」
 鉄の遮蔽物から飛び出したのは、小銃だ。ダエーヴァのゴブリンは、銃で武装しているのである。
「ああ、八九式で間違いないだろうな」
「東京の自衛隊が襲われたのって」
「いや、現在の正式装備ではないはずだ。それに、あの数を揃えるには、こちらで数回戦った程度は不可能だ。恐らく、アナザーの自衛隊のものだろう」
「しっかりしてくれよ〜」
 銃声は鳴り止まない。
 ケーニッヒは、野部 美悠(のべ・みゆう)八上 麻衣(やがみ・まい)の二人を自分の元に呼んだ。
「先ほどの掃射で負傷者は?」
 麻衣が端的に状況を説明する。戦闘の継続が難しい負傷者が少なからず出ているようだ。
「わかった。フリンガー隊は?」
「ほとんど私達と同じだよ。ただ、負傷者は向こうの方が多いかも」
「了解した。フリンガー隊は後方に部隊を配置していたな。撤退は可能か尋ねてくれ」
「わかった」
「麻衣。我とアンゲロにできる限りの補助魔法をしたら、美悠と共に部隊を下がらせる。橋を渡った先で、フリンガー隊と合流しろ」
「二人はどうするつもり?」
「この状況で、橋を渡れば危険だ。少しかき回す」
「了解、付き合うぜ」
「危険よ」
「承知の上だ。それに、見た限り奴らは泳ぐ以外の方法で、池を渡る方法は無いだろう。橋を基点に防衛した方が、現状よりはマシになる」
「……あんまり無茶はしないでね」
「当然だ、我にはやるべき事がまだ多くある」
 麻衣は二人に、ホーリーブレス、パワーブレスと能力を底上げする魔法をできる限り施した。その間に、美悠とゴットリープ隊のテレパシーによる作戦の合意が図られた。
「よし、準備はできたな」
「いつでもいけるぜ」
「では、今行くぞ」
 二人は土嚢を踏み台にして大きく跳躍し、敵の鉄塊の盾の内側に飛び込んだ。こちらを見張っていたダエーヴァの視線をかき集める。
「橋を渡るわ、動ける人は負傷者に手を貸して、急ぐわよ」

 後方に送られていく負傷者と入れ違いに、松井 麗夢(まつい・れむ)は前線へと赴く。部隊の配置を後方に移すために、背中を見せている時が一番危険だ。それをカヴァーする必要がある。
「お待たせ、手伝うよ」
 さっと横を並走しながら、美悠が声をかける。彼女と共に、ファウストの部下も何人かがついてきている。彼らは肩にスコップをかけ、手は土汚れが目立つ。
「ありがとう!」
「それと、これはお土産」
 背負っていたバッグの中身を、走りながら見せた。中身は、地雷や手榴弾などの爆発物だ。ぎっしり入っている。
「派手にやっていいって、許可もらってきたよ」
「そっか、じゃあ思いっきり派手にやらないとね!」



「せっかく用意した信号弾が、無駄になっちまったな」
 ウォーレン・アルベルタ(うぉーれん・あるべるた)清 時尭(せい・ときあき)の肩をぽんと叩いた。
「傍から見ると、ほんと軍隊ですね」
 時尭はウォーレンの手をどけながら、そう答える。
「よく統率が取れてますね……けど、統一の意思とか、思考の平行とか、そういうのではないですなぁ」
 井の頭公園駅前に橋頭堡にしたダエーヴァの一団を彼らは観察していた。
「随分と丁寧に準備をするものですね……」
 ジュノ・シェンノート(じゅの・しぇんのーと)は、彼らが自分達の身以外に物資も運び込まれている事に注目した。
「俺達はあいつらが道を破壊するつもりだと考えてたが……案外、あいつらも道を欲しがってるのかもしれねぇな」
「自力でこっちにこれるのに、そんな必要ありますかね?」
「あっちのコリマの話によれば、戦車やヘリのような兵器を彼らは使ってきてるそうですが、こちらにそういった類が現れた報告はありませんね」
「重量制限でもあるのかね」
 こちらで確認が取れているのは、ゴブリンやミノタウロス、ワーウルフといった固体と、一部の騎乗用と思われる怪物ばかりである。
 アナザーで猛威を振るっているという、人間が使っていた兵器を元にしたものなどは、一つの報告も無い。
「手加減をしてくれている、なんて事はないでしょう。あれだけ準備を入念にする手合いですからね」
 着々と進攻の足がかりを作るダエーヴァを前に、ウォーレンの部隊は偵察に徹してた。だが、それが本来の目的ではない。彼らは待っていたのだ。
「悪い、遅くなった」
 待ち人現る。カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)コード・イレブンナイン(こーど・いれぶんないん)が彼らの部隊に合流した。
「収穫はありましたか?」
「いや、全然だったな。交戦地点を回ってみたが、全部持ってかれた後で何も残っちゃいねぇ」
 自衛隊がダエーヴァと戦ったという地点を、カルキノスは巡回していた。武器や弾薬など、再利用できそうなものは無いかと探してみたのだが、目ぼしい収穫は無かった。ダエーヴァが自衛隊の使っていた銃を使ってきているという報告から、誰が持ち去ったのかは考えるまでもない。
「攻撃目標はあれだな」
 コード・イレブンナインが、物資を集積している一団を確認する。
「ああ、あんまり来るのが遅いんで、俺達だけで先にパーティを始めようかと思ってたところだぜ」
「なんとか遅刻しないで済んだってわけか。じゃあ、アレだな。駆け付け三杯ならぬ、駆け付け大津波で場を盛り上げてやろうじゃねぇか」
「物資を失うというのは、精神面での効果が大きいはずです。彼らの動きにも注意したいですね」
「よっしゃ、じゃあおっぱじめるか!」



 御殿山のふもとに設営された簡易司令部と、その周囲は急ピッチでいくつもの作業が進められていた。一つは、道と呼ばれる移動装置の作成だが、こちらはテントに覆われており作業内容などは、羅を含むごく一部の人にしかわからない。他に、多目的に利用するためのテントの設置や、集積された物資を各地に運び出したりと、人の行き来がとても多い。
 中でも多くの人が割かれ、時間との戦いとなっているのが御殿山を照らすための投光機を設置する作業だ。
「少しは休んだらどうですか?」
 杉田 玄白(すぎた・げんぱく)が見上げた先では、月摘 怜奈(るとう・れな)が投光機を繋ぐ作業をしている。
「これが終わったら休むわ」
 怜奈は振り返らずにそう答える。
「そう言って、どれだけ作業してると思ってるんですか? 夜の警戒に志願したんでしょう」
「だって、夜の任務じゃないとこっち手伝えないじゃない。手配したのは私なんだから、できる限りの事はやらないとね」
「ほんとに休まなくて大丈夫なの?」
 そう尋ねるのは、怜奈の右腕、ではなくそこに魔鎧として一緒に居る躑躅森 那言(つつじもり・なこと)だ。今は、黒い手甲と脛当、右腕全体を覆うように、暗闇のような瘴気といった姿をしている。
「休まないわけじゃないわよ。ただ、目処がつくまで手伝いたいの。お日様は止まってくれないから」
 二人の会話を耳にして、玄白はため息をついた。現状、夜までに間に合うかどうはわからない。人が一人手伝ったぐらいで、劇的に改善するような話でもない。放っておけば、夜まで作業し続けるだろう。
「やれやれ」
 玄白も作業の手伝いを始めた。作業自体は特別な知識や技術を必要としない単純なものだ。ただひたすら、数だけ多い。作業を始めてしばらくして、本部がさらに慌しくなった。
 誰かに話しかけなくても、何が起こったのかは銃型HCを通じてすぐに共有された。敵の大軍が井の頭駅方面から押し寄せてきたのだ。
 ダエーヴァの軍勢は、部隊を二つに分け、それぞれ池に沿ってこちらに向かってきているようだ。新星が防衛ラインを作っていた二つの橋で激戦が繰り広げられている。
 この戦いで負傷者が出ており、彼らの治療の手伝いとして玄白はテントに出向く事になった。部隊は違えど、情報共有が密に行われているおかげだ。少し怜奈が心配だったが仕方ない。
「……」
 三田 アム(みた・あむ)の運営する救護テントにやってくると、彼女は小さく頭を下げた。
「応援ありがとうございますわ。この子ちょっとお喋りが得意じゃないんですの、悪く思わないでね」
 医療テントの設置を手伝っていた野部 涼子(のべ・りょうこ)が、アムの態度にフォローを入れる。
「構いませんよ」
 玄白は気にした様子はなく、頷いて返した。あとはよろしくたのみますわ、と言い残して涼子はすぐにテントをあとにする。彼女の防衛する地点はまだ敵の姿は見えていないが、今後はその場から離れる事はできないだろう。
 すぐに玄白の負傷者の診察をはじめる。運び込まれている負傷者は、銃創がほとんどだ。
「ああ、これは厄介ですね」
 玄白はメスを手にとった。治療を施すにも、まずは弾丸を摘出しなければならない。準備を整えていたはずの新星の救護テントに自分が呼び出された理由を理解した。この勢いで負傷者が増え続けたら、いくら人手があっても足りないだろう。
「……」
 アムは静かに治療を行う。玄白も同じく、黙々と治療を続ける。外の喧騒から切り離されたように、救護テントの中ではトレイに弾丸が置かれる乾いた音だけが、繰り返し繰り返しなり続いていた。