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リアクション
12.大切なあの人へ、想いを乗せて。
「リンス師匠! クロエちゃん! メリークリスマスなのですよー♪」
人形工房のドアを開け放ち、オルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)は元気よく挨拶した。
「今日はセルマさんと一緒に、師匠に会いに来ましたよー♪」
続けて、セルマ・アリス(せるま・ありす)に掌を向け、ご紹介。名前を呼ばれて、セルマがぺこりと頭を下げ、リンスもそれに合わせて会釈。互いに控えめである。
それからリンスがオルフェリアに視線を合わせ、
「今日は元気そうだね」
前よりも少し柔らかい声で、そう言ってくれた。オルフェリアは初対面の時を思い出す。あの時は相当ふらふらで、大変だった。
それに比べれば今はもう。
「もう、風邪さんバイバイーで、元気満点ー、です!
なのでこれをどうぞ♪」
文脈に繋がりはないが、言葉の勢いのままにずいっと差し出すはクリスマスケーキ。
今日はクリスマスだから。プレゼントだ。
そしてプレゼントはもうひとつある。
が、渡したい相手がいまここに居ない。きょろきょろ、工房内を見回す。
「師匠、クロエちゃんはどちらにいらっしゃるのでしょうか?」
「クロエ? ……あれ、居なくなってる」
「えええ!?」
――行方不明なのですか!?
「セ、セルマさん! オルフェ、クロエちゃんを捜してきますです!」
「わかった。迷子にならないようにね」
「はいですっ! 行ってきますですー!」
挨拶だけはちゃんとして。
今入ったばかりの工房を、駆け出して行く。
オルフェリアが出て行って。
――よし、今のうち。
セルマはリンスに近付く。
「リンスさん、お久しぶりです。注文していた人形を受け取りに来ました」
オルフェリアには言っていなかったが、実はセルマとリンスは初対面ではないのだ。
しばらく前に、人形の注文をしに訪れた。
そして今日、クリスマスイブに受け取りにきた。
「どうぞ」
渡されたのは、色違いで同じデザインの猫の人形。赤いリボンを巻かれた黒猫と、青のリボンが巻かれた白猫。
愛らしい顔の、抱き締めるのに丁度良いサイズのそれを受け取り、
「可愛いですね……」
思わず漏れる、感嘆の声。
手触りも良く、柔らかくて、思わずぎゅっとしたくなる。
「気に入ってもらえたようで何より」
「ありがとうございます! ……ところで、あの」
「何?」
「体調、大丈夫ですか?」
オルフェリアのお見舞いに行った時に、聞いたのだ。リンスが入院していたことを。
根を詰め過ぎて、頑張りすぎて、倒れてしまったと。
「見ての通りだよ」
言われて、まじまじと観察。
細いし色白だけれど、病的な感じはしない。むしろ発注した頃よりも、
「血色良くなってます?」
「いろいろ食べたからねぇ」
「だからですか。
でも、良かった。何にしても、体調が良くないと難しいですし。
……って、俺のとこの魔道書の受け売りですけど。偉そうにすみません」
思わず謝ったけれど、ふるふると首を横に振られ、
「その通りだと思うようになった」
と言ったから。
なら良かったと安堵して。
「俺も、オルフェさんと一緒にクロエさんを捜してきます。
お仕事、大変でしょうけれどほどほどに。お身体、お気をつけて」
ぺこり、もう一度礼をして。
工房を、出る。
――いざ渡すとなると、緊張するなぁ。
以前、彼女からクッキーを貰った時は気楽なものだったのに。
――喜んでくれるといいけど。
すぅはぁ、深呼吸して。
オルフェリアを捜しに、歩き出す。
さて、クロエを捜しに出たオルフェリアはというと。
迷うことなく、クロエを見つけることができた。
「クーロエちゃんっ」
小さな花が咲いている原っぱに座りこんだクロエの横にしゃがみこんで目線を合わせ、声をかける。
「? おねぇちゃん、だぁれ?」
「リンスさんを師匠と仰ぐ者ですっ! オルフェリア・クインレイナーと申しますですよー、初めまして♪」
フレンドリーに、笑顔で笑声でご挨拶。
手を差し伸べると、クロエもその手を取ってくれて、きゅっと握手。素直な子だ、可愛い。
「クロエちゃん、工房を抜け出して何をしていたですか?」
隣に腰掛け、訊いてみた。
「わたしね、きょうね、いっぱいいろいろ、してもらったの」
すると、クロエは静かに語り出す。
「だけどね、わたし、おかえしできないから、」
クロエが手元に視線をやった。
そこには小さな花束がいくつも、いくつも。
「はなたば、つくってたの。おれいしたくて」
――はうぅっ、良い子さんです……っ!
思わずきゅんとして、抱き締めそうになって、だけど初めて会った相手にそんなことをしたら怖がらせてしまうのではないかと我慢して。
「今日はですねぇ、オルフェ、サンタさんのお使いなんです」
ゆっくりと、言った。
「??」
「クロエちゃんが、そうやっていつも良い子さんで居たから、サンタさんがプレゼントを置いて行ったんですよー。それを、お届けに参りました♪」
「サンタさん! いるのね!」
「はいです♪」
「どんなおかお?」
……どんな。
もちろん、いまのサンタの話はオルフェリアが作り出した嘘の話しである。クロエを喜ばせたくて作った話。
「それは、秘密なのです♪」
なので誤魔化し誤魔化し。
深く聞かれる前にと、にっこり笑顔でプレゼントを渡した。
ゴシックロリータ調の眼帯である。
「じゃあじゃあ、オルフェおねぇちゃん、これあげる!」
「花束! オルフェが一番にもらっちゃって、いいのですか?」
「うん!」
にこぉと笑顔でクロエが頷く。
――ああっ、可愛いです……!
もうだめだ、限界だ。
「あのあの、クロエちゃん」
「なぁに?」
「お願いがあるのです、あの」
「?」
「……抱き締めても、いいですか!?」
「ぎゅー?」
「ぎゅー、ですっ!」
オルフェリアが抱き締めるより、先に。
クロエが、きゅっと抱きついてきてくれた。
「!!」
「ぎゅー♪」
「〜〜っ、クロエちゃん可愛いのですよー!」
きゃぁきゃぁ、二人で抱き締め合っていたら。
「あ。セルマさんっ」
いつの間にか、セルマにその様子を見られていた。心なしか顔が赤い。
「オルフェさん、あの……」
「? どうしたのですかー?」
「これ、」
「? お人形ですか?」
少し震える手で差し出しているのは、赤いリボンを首に付けた愛らしい黒猫のお人形。
「わぁ、すごく可愛い黒猫さんなのですよー……♪」
愛らしさにきゅんとして、ぎゅっと抱き締める。ふかふかふわふわ、柔らかい。
「……クッキーのお返しの、クリスマスプレゼント、です」
――そんな、お気になさらなくともよかったですのに……!
嬉しさと恐縮の混じった感情と、セルマの緊張が伝わって来てなんだかこっちまでドキドキしてきてしまった。
「あ。お揃いも、あるんですねー?」
なので、話題転換にとセルマの持っているお人形にも目を向ける。
「はい。……えっと、それで」
「?」
「それで、それを俺だと思って、持っていて……くださ、い……」
セルマの語尾は消え行くように小さくなっていって。
顔は耳まで赤くなっていて。
そんな風に、大切に想われていることが嬉しくなって。
オルフェリアは、照れたように微笑んだ。
「はい。この黒猫さんを、セルマさんだと思って大切にするですよ……♪」
その言葉に、セルマも恥ずかしそうに笑んだから。
二人揃って、真っ赤な顔で照れ笑い。
*...***...*
イブの夜のお茶会に、緋桜 ケイ(ひおう・けい)は参加する予定でいる。
が、夜まではまだ時間がある。
そんな時に聞いた、人形工房の話。
それは、その人形師が作った人形には魂が宿るという話。
「気にならないか?」
なんだか不思議な感じがするのだ。
隣を歩く悠久ノ カナタ(とわの・かなた)に尋ねると、「ふむ」と返された。
「ケイが気になるのならば行ってみようか。時間はあるのだからな」
了承も得たし、工房の場所も訊いて把握して。
工房に着いたら、予想外。クリスマスパーティが開かれていた。
「いらっしゃいませ」
ドアを開けて入ると、感情の起伏に乏しい声が投げかけられた。噂通りだ。
「あんたがリンスさん?」
「そうだけど」
やはり。
では、あちらでスカートの裾をふわふわと揺らしながら、給仕したり笑ったりケーキを食べたりと忙しそうなのが、クロエか。
「噂を聞いたから、来てみたんだ」
「噂?」
「あんたが作る人形には魂が宿るって噂。一体どんな魔法なんだ?」
ケイは、誰かのために手を伸ばせる魔法使いでありたいと常々思っていて。
そのためなら、努力は惜しまないし、難しい書物を読み解くことも厭わない。
知らないことを知って、それが自分の、魔法使いとしての理想像に近づけるなら、と。
だから、
「俺ね。このことについて、気味悪そうに言われたり訊かれたりすることはしょっちゅうあるんだけど」
「?」
「あんたみたいに、目をキラキラさせて訊かれたのは初めてかなあ」
はしゃいだように、訊いてしまうのも仕方ないことで。
「い、いいだろ別に。知らないことを知れると思うと、嬉しいし楽しいんだ」
「いいことだと思うよ?」
「で、魔法なのか? あの子も?」
クロエを目で追って、問う。
「いや。俺のこれは魔法じゃないよ」
魔法じゃない?
じゃあ、何なのだろう。
リンスの目を見て返答を待つが、
「俺にもわからないから、その好奇心の期待に沿えないな。ごめんね?」
と、いうことらしい。
確かに残念だけど、そう簡単にわからないとなったら俄然気になってきた。
「知ろうとして、魔法学校に通ったりもしたんだけどね」
解らず終いだった、とリンスは言った。
「魔法学校って、イルミンスールの?」
「そう」
「俺、魔法学校に通ってるんだ。もし何か解ったら知らせる」
「本当? ありがと」
――あ、笑った。
薄くだけど、確かに。
「……そういえば俺、名乗ってないな」
「そうだね。俺はリンス」
「緋桜ケイだ。彼女は悠久ノカナタ」
少し離れた場所で、棚に置かれた人形を見ていたカナタを指して、二人分の自己紹介。
それから、
――うん、カナタは遠い。聞こえないはずだ。
位置を確認。
「大切な人に、クリスマスプレゼントを贈りたいんだ」
話を切り出した。
「簡単なものでいいんだ。何か、作って贈りたい」
「了解。簡単ならフェルト人形かな……手、針で刺さないように気を付けなよ?」
日が暮れて来て、いい時間になったからと工房を出て。
「意外と、見ていて飽きないものなのだな」
それがカナタの人形工房での感想。
「人形にもいろいろ種類があるのだな」
見ているだけでも楽しかった。時間を忘れて、ケイに肩を叩かれるまで見入ってしまうほどに。
「退屈させてなかったなら、良かった」
ケイは、そう言って微笑む。自然な笑みだ。ケイも楽しめたのだろうか?
「おぬしは? 好奇心を満たすことは叶ったのか?」
「叶いはしなかったけど、新しく調べ物をしたくなったな」
「ほう。何かが琴線に触れたか」
「まあな。……ところで」
ケイが、不意に立ち止まった。
「? どうした?」
「手。出せよ」
疑問に思いつつ、手を差し出すと。
その手の上に乗せられた、小さなフェルトのマスコット人形。
「な、」
「ちょっと誕生日には早いけど……いつもありがとな」
誕生日。
そう、明日、12月25日はカナタの誕生日なのだ。
どうせ忘れているだろうなと思っていたのだけれど。
どうせクリスマスの陰に隠れてしまうのだろうと思っていたのだけれど。
「ハッピーバースデー」
「……うむ」
不意打ちすぎて、照れくさくって。
ありがとう、が言えなかったじゃないか。
少し縫い目が歪なその人形を、カナタは掌で包み込んだ。
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