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リアクション
第二章 聖しこの夜
16.恋人たちのクリスマス。
――付いてきて良かったのかね。
自分とスカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)の先を行く、椎堂 紗月(しどう・さつき)と鬼崎 朔(きざき・さく)を見て。
椎堂 アヤメ(しどう・あやめ)は小さく息を吐いた。
夜に行われる、クリスマスパーティの買い出し。
それにアヤメは駆り出されていた。数少ない男手だから、荷物持ちを手伝えと言うのが紗月の弁だが。
紗月と朔の間に流れる空気を邪魔しているのではなかろうか。
――少しは気を利かせてやるか。
でないと、せっかくのイブなのに二人きりにすらなれそうにない。
「オイフェウス」
「はいであります、アヤメ様!」
スカサハに呼びかけると、彼女は背筋をピンと伸ばして元気よく返事をした。
「……お前、元気だな」
返事をしただけなのに、周りの人が数人振り返る程度には。
「今日のスカサハは一味違うでありますから! 元気だっていつもよりチャージオッケーなのですよー!」
なんてったって、サンタ様ですから!
そう言って笑い、足取り軽やかにスカサハは歩く。そのたびに、赤いスカートがひらひら揺れる。
「転ぶなよ」
「はいであります!」
「さっさと買い物済ませるぞ」
――紗月はあんな調子だしな。
夜になったら、二人きりになるチャンスも殆どないだろうに。
今二人で過ごさないで、どうするというんだ。
「ではではアヤメ様、お手を拝借!」
「は?」
すっ、と伸ばされた右手に、首を傾げる。手を繋ぐと言う意味だろうか。
「アヤメ様も一緒に、サンタ様としてお買いものであります!」
「それにどうして、手が関係あるんだ」
「仲良しの印なのであります! アヤメ様はサンタ様の恰好ではないですゆえ、サンタ様の恰好であるスカサハと仲良し! と示せば、」
「よくわからないぞ」
スカサハ独自の理論は、解しがたい。
が。
「ま。ほっといたらどこに行くかわからないしな……」
手くらい、繋いでやるか。
「迷子になった時捜す手間を省いただけだからな」
「はいであります♪」
だから、嬉しそうに笑うなと。
「じゃ、紗月。買い物行ってくる」
「は?」
「行ってくるであります!」
「スカサハも? え、じゃあ、私は紗月と」
――二人きりだ、堪能しろよな。
声には出さず、朔を見て少し笑んで。
街に、二人で繰り出した。
煙幕ファンデーションに、予約しておいたクリスマスケーキ。
「アヤメ様。他に何がありますか!?」
左手に荷物をいっぱい持って、スカサハはアヤメに問いかける。
「あとは飾り付けのリースとか……」
アヤメが考え込んだ瞬間、
「あ、クラン!」
機晶犬のクランが、走り出した。追いかける。突然、スカサハに引っ張られる形となったアヤメが、珍しく驚いたような声を出してそれを追走。
少しして追いついたクランの口には、光る、小さな何か。
「クラン? それは何でありますか?」
「指輪だな」
露天販売されていた、青い石がついた細身の指輪。
「む〜。気に入ったでありますか? でも、売り物に口を出したらダメでありますよ!」
クランを注意するスカサハに、アヤメが「口を出すだと意味が違うぞ」と小さくツッコミを入れて来た。が、ムツカシイのでスルーする。
しかし、この指輪。
「スカサハも、気に入ったであります」
自分の目の色と同じ青い石にも、繊細な細工が施された楕円のリングも。
「アヤメ様、お揃いで一緒に買うでありますよ!」
だから、好きな人と持っていたいな、なんて。
「俺が? 指輪を?」
つけるのか? とばかりに疑問符を投げてくるアヤメに、こくりと頷く。
それでも首を縦に振ってくれないから。
「……イヤでありますか?」
「んな顔するなよ、別にイヤだなんて言ってないだろ」
「じゃあ!」
「思い出作りには丁度いいかもな」
言って、アヤメが指輪を手に取って。
「ほら」
指輪を嵌めてくれた。
右手の指に輝く指輪を見て、自然に顔が綻ぶ。
「アヤメ様」
「ん?」
「スカサハは幸せであります!」
「お前、本当に元気いいな」
「はい!」
元気良く、返事をして。
再び手を繋ぎ直し、また街の人混みの中、身を投じる。
さて、そうしてアヤメとスカサハが買い物をしている間。
――こ、これって実質……デートだよね?
紗月と二人きりになった朔は、緊張していた。
――って! 何緊張してるんだ……っ!
デートなんて何回もしているのに。それ以上のことだって、して……。
――でも、でも、だって。
クリスマスイブにデートだなんて、そんなことは初めてだし。
ああ、意識した瞬間、心臓がばくばくと悲鳴を上げる。
頬は勝手に熱くなるし、視線は揺らぐし。
――きっと、変に思われてる! ていうか顔熱い! 熱い!! 素数、そうだ素数を数えよう。そして落ち着くんだ。
が、動揺した頭は回らず、
「さ、紗月」
「ん?」
「1は……素数だったっけ?」
「はっ?」
「…………いや、なんでもない」
素っ頓狂な問い掛けをしてしまった。
――アホか私は!? 何を動揺してるんだ! もっと現実的な方法で落ち着け! 例えば深呼吸とか!
思い立ったら即行動、で、立ち止まってすぅはぁ。
その甲斐あって、少しは鼓動も収まり、冬の冷気に頬も冷やされた。
――昔の私なら、こんなことは絶対になかったのにな。
冷え過ぎたせいか、昔のことまで思い出してしまったけれど。
『汚い』自分。
誰も愛してくれるはずのない自分。
だから、好きとか恋とか愛とか、そういう感情には。
――こんな感情には、縁がないと思っていたのに。
「朔、緊張してるんだろー」
全部紗月のせいだ。
暖かな笑みで……今浮かべているような、優しい笑顔で。
私の『汚い』部分も含めて、全てを受け入れてくれたから。
一切否定はしなかった。
本当に、朔の全てを、認めて好きと言ってくれた。
――だからこそ、私は今の『私』で居られる。
紛れもなく、紗月のおかげなんだ。
「実は俺もなんだよなー」
「え?」
「緊張っ」
なんだ、紗月も同じだったのか。
お揃いだね、と笑いかけたところへ、カーディガンを渡された。
「クリスマスプレゼント」
「わ、……あったかい」
柔らかくて暖かいそれに、顔を埋めて微笑む。
「……と。もう一つ」
「もう一つ?」
チェーンが通され、ペンダント状にされた指輪。
サイズが大きいからこうしているのだろうけれど、あれ?
――紗月、私の指のサイズ知ってるよね?
どうして違うサイズなんだろう。首を傾げると、
「その……今はまだ嵌められねーけど、さ」
紗月の首元にも、小ぶりな指輪の付いたペンダントが着けられていることに、気付く。
――……もしかして。
「いつかそれを嵌めるのに相応しくなれたら……朔の手で、俺の指に嵌めてほしい。その時に、俺も朔の指に嵌めるから」
約束。
そう言って、小指を差し出してきた紗月と、指を絡める。
「待ってるね」
「おー。そう待たせないから安心しろよな」
「顔、赤いよ?」
「……ちぇ」
絡めた指を、そのままに。
恋人繋ぎで、街を歩いた。
*...***...*
機晶姫は、永遠とも言える寿命を持つ。
対して、神野 永太(じんの・えいた)という人間は――自分は、あとたったの数十年しか生きられない。
そんな存在が、彼女に好きと言ってもいいのだろうか?
好きと言うだけ、愛してしまうだけ、傍に居るだけ――いつか訪れる死別の折に、より深く悲しませてしまうだけなのではないか。
聖歌隊の面々が歌う賛美歌には、死んだものは天国へ行くから悲しむことはないという一節があるけれど。
それでも、大切な人と離れ離れになってしまうのは、悲しいことじゃないか。
二人がけのベンチ、永太の隣に腰掛けて、静かに歌を聴いている燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)は、どう思うのだろう。
傍に居たいと永太が願えば、ザイエンデは受け入れるだろう。手を取って、一緒に歩いていくだろう。
けれど、それには終わりが来るから。
長い時が過ぎればいずれ、永太はザイエンデに看取られて逝く。それはきっと、永太にとっては幸せなことだ。好きな人に看取られて逝けるなんて。
だけど、その時ザイエンデは悲しむだろう。
そんな思いはさせたくないのだ。
あの時気付いてしまった、好きだという気持ち。
――このまま言わないで居ても、ザインはきっと私の傍に居てくれる。
それは愛し合う二人、という意味ではなくて、契約者とそのパートナーで、という意味だから、望んでいる姿とはだいぶ違うけれど。
でもその方が、いつか来る時を、必要以上に悲しまなくて済むだろうな。
――だから、きっと、言わない方がいいんだ。
「……、永太?」
くい、とザイエンデに服を引っ張られて我に返る。
「あ、」
「どうかしました?」
「…………」
その問いに答えられず、ただ黙ると。
手を、きゅっと握られた。
「冷たい、ですね」
「冬だしなぁ」
「寒くないですか?」
「ちょっとね、寒いかな」
「じゃあ、」
手を繋いだまま、ザイエンデが抱きついてきた。
体温は、ないけれど。
すごく温かくて。
「ねえ、ザイン」
「はい?」
「ザインは、私と一緒に居て、」
一瞬の、躊躇い。
聖歌隊の面々が歌う曲が、静かに流れる。
――私と一緒に居て、幸せかい?
――私は、ザインに迷惑をかけていないかい?
それを聞きたいのに、ああどうしてだろう。
声が出ないのだ。
ザイエンデは、急かすでもなく、永太の言葉を待っている。
――言わなきゃ。
――言わなきゃ。
気持ちばかりが急いでしまう。
「……人が、いっぱいだね」
言えずに、話をはぐらかす。
ザイエンデが、「そうですね」と辺りを見回した。
――ああ、言えなかったなあ。
自分に自信がなくて、ここ一番で勇気が出せない。
出すべきなのに。
悔いていると、
「イブの夜は、カップルが多いです」
不意に、言われる。
言われてから永太も周りを見る。確かに、多い。さすがクリスマスイブだ。
「わたくし達も、カップルに見えるのでしょうか」
「え、」
――嫌、なのだろうか。
問えずに居ると、じっ、とザイエンデの瞳が見上げてきていた。
「永太は、それを嫌がりますか?」
そんなことあるはずがない。首を横に振る。
「いや。むしろ、ザインが嫌がっているんじゃないかってひやりとしたかな」
「じゃあ、」
「うん。……嫌じゃない。
その反対だよ。……ずっと一緒に居てほしいって、思っているんだ」
パートナーとしてじゃなくて、好きな人として。
……その言葉は、まだ言えなかったけれど。
「はい。永太と、一緒に居ます」
ザイエンデの答えは、笑顔のそれ。