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リアクション
21.恋人たちのクリスマス。3
クリスマスだというのに、教導団ではイベント事が何一つない。
「そうだ、ヴァイシャリーへ行きましょう」
そこで、セオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)が思い至ったのは、ヴァイシャリーへ行くこと。
聞いた話によると、街は飾り付けられ、夜になるとイルミネーションに灯が灯り、それは幻想的にライトアップされるという。
ただの思いつきで、なんのプランもないけれど。
恋人のローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)に連絡を取って、待ち合わせの時間を決めて。
――きっと、ヴァイシャリーの湖にイルミネーションが映えるのでしょうね。
そんな風景を思い描きながら、デートの支度をした。
今夜は、セオボルトの方から誘ってくれた。
しかも場所はヴァイシャリー。なんともロマンティックである。
――素敵な夜になりそうだわ。
「少し歩きましょうか」
「セオと一緒なら、どこまでも」
元より、デートプランはセオボルトに任せるつもりだ。
「では、はぐれないように手を繋ぎませんか?」
「ええ」
セオボルトの腕を取り。
胸に抱くようにして、腕を組んだ。
「……ローザ、今日は随分と大胆ですな?」
「そう? いつも通りよ。それにこれなら、身体が冷えないでしょう?」
寄り添って、ゆっくりとした足取りで街を歩く。
サンタ姿の売り子がケーキの販売を呼びかけ。
リースやツリーが店の脇に飾られていたり。
まだ日が落ち切っていないのに、光るイルミネーションもある。
そして周りは、自分達と同じように仲良く寄り添うカップル達。
「みんな綺麗ね」
街も、幸せそうな人達も、みんなみんな。
「ローザ。湖の方へ、行ってみませんか?」
「湖?」
「イルミネーションが、綺麗に見えると思いまして」
ヴァイシャリーにある湖は、大きくて澄んでいて、とても綺麗だ。
そこに、街の灯が――イルミネーションが反射されれば、それはきっと、もっと。
「素敵。行きましょう?」
日は、徐々に落ちていた。
空は暗くなったが、街灯やイルミネーションが明るく光っていて、街は暗さなどという言葉とは無縁なところにある。
人々は、広場で行われている聖歌隊による賛美を聞いているようで、思いのほか湖の近辺に人の姿はなかった。
ふたりで独占――というほどではないにせよ、それなりに静かで、隔絶された空間。
降りる、沈黙の帳。
飽きることなく二人並んで、イルミネーションを見ていた時に。
「……その、色々考えたのだけど」
不意に、ローザマリアが口を開いた。
「中々、セオにあげたいと思う、『これ!』といった物が思い浮かばなくて」
「ああ、プレゼントなんて。自分はローザの気持ちがあれば、」
「ううん、ちゃんと用意したわよ? ……思い浮かばないから、自分で加工してみたの」
す、と渡された、可愛くラッピングされた小さな箱。
「開けて、貰えるかしら」
言われるがまま、リボンを解き包装紙を解き。
箱の蓋を、ゆっくりと開いた。
「これは、」
「蒼機水晶石のロザリオよ。飾りっ気には乏しいかも知れないけれど、私の願いは、誰よりも強く込めたつもり。
――どんなに離れていても、最愛の人と心を通じ合わせることができるように、って」
恥ずかしそうに、語尾がどんどんか細くなっていく。
そんな姿も愛らしくて、何より自分を想いながら作ってくれたことが愛おしくて。
抱き締めたくなる衝動を堪え、セオボルトは、ポケットに忍ばせていたプレゼントを手にした。
「ローザ。メリークリスマス」
それから、ローザマリアの首にそれを下げる。
――今まで、ありがとう。
――そしてこれからも、どうかずっと、永遠に。
想いを込めて贈ったものは、
「ペンダント……?」
木賊色のペンダント。
驚いているのか、ローザマリアはセオボルトの顔と、自分の首から下げられたペンダントを交互に何度も見つめている。
「恋人の幸運を祈る石を――モルダバイトをあしらったペンダントなんです」
ローザマリアは緑色が似合うから、きっとこの色のペンダントも似合うはずだと思って。
「嬉しい……! 大切にするね。ずっと、ずっと、……っ、」
そう言ったローザマリアの顔は赤く、嬉しそうに照れ笑いで、けれど満面の笑みで。
後半はもう言葉にならないらしく、嬉しさを身体全体で表現するように、セオボルトに抱きついた。
突然だったので一瞬面食らうが、そんな彼女を抱き締め返して。
「愛しています。誰よりも、何よりも」
耳元で、甘く甘く、囁いた。
*...***...*
ヴァイシャリーにある、小洒落たレストランにて。
水神 樹(みなかみ・いつき)が佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)と食事を楽しみ、談笑している最中に。
「これ」
弥十郎が、頬を少し赤くして、照れくさそうに小さな箱を渡してきた。箱の大きさからして指輪のようだ。
「出会って、一年経つから。一周年の記念」
クリスマスだし、と、やはり照れたように笑って、言って。
「開けても、いいですか?」
「もちろん。……つけてあげようか?」
申し出に、樹はこくりと頷いた。
二人して顔を赤くして。
弥十郎が、箱から指輪を取り出す。
蘭の花弁を模して作った、繊細な印象の指輪。
そして、嵌めてもらう時に気付いた。
指輪の内側に、『樹に捧げる一滴』と彫られていることに。
「…………」
「……樹?」
黙り込んだ樹へと、弥十郎が名前を呼んだ。
「……気に入らなかった?」
不安そうに言われた言葉に、首を大きく横に振り。
「違うんです。違うんです。
……幸せすぎて、夢みたいで、私、嬉しくて……」
涙が出そう。
そう思った時には視界が滲んでいて、
「あ、わ。あのっ、」
――泣いたら余計に戸惑わせちゃう!
慌てて顔を隠そうとした樹の目元に、弥十郎の手が伸びてきて。
す、っと涙を拭った。
「あ、」
「喜んでもらえたみたいで、嬉しい」
「……はい。最高の、一日です」
はにかんで笑う。
「私からも、プレゼント」
ペンダント用の箱に入れて、綺麗にラッピングされ、彩りとして緑色のリボンを巻いたもの。
「開けてもいい?」
「どうぞ」
中身は、
「……懐かしいなあ」
初めて一緒に写った写真が入ったロケットペンダント。
紅葉が山を真っ赤に染めていた、そんな季節に一緒に行った山で撮影したもの。
「あ」
それから、弥十郎が蓋を見て声を上げた。
蓋には、『あなたへの想いは距離をも超える』と刻んでおいたのだ。
見付かったことが恥ずかしくもあり、見付けてもらえて嬉しくもあり。
「……ありがとう」
言われた言葉に、照れて俯く。
「表面、ブーゲンビリアだね」
「弥十郎さんの、誕生花……ですよね」
「そこまで覚えてもらっているなんて、ワタシは果報者だね」
プレゼントを交換した後、二人は夜の街へ出た。
ぎこちなく腕を組んで、ゆっくりとしたペースで一歩一歩、街道を進む。
イルミネーションがきらきら光り、樹の顔を照らしていた。
――今日もかわいいなぁ。
その横顔を見ながら、弥十郎はぼんやりと思う。
――かわいいっていうか、
「綺麗」
「え?」
「あ」
思っていたことが口から出ていて、焦る。
ここで素直に、「樹さんが綺麗だなぁって」と言ってしまうのは簡単だが、……照れる。
なので、
「イルミネーション。上から見たら、綺麗なんだろうねって思って」
誤魔化した。
その言葉を樹は素直に受け取ったらしく、
「じゃあ、飛んじゃいましょうか」
「え?」
「箒に乗って、空から見ましょう?」
なるほど、それは素敵な提案だ。
どんな世界が見えるのだろう?
人に迷惑がかからなそうな、人気の少ない場所からふわり、浮き上がる。
光の林。
空から街を見下ろして、弥十郎が思ったのは、それ。
「わぁ……」
樹が感嘆の声を漏らす。
イルミネーションよりも、きらきら瞳を輝かせて。
「綺麗ですねっ」
嬉しそうに、楽しそうに笑って。
夜間空中飛行を、楽しむ。
手を伸ばしても、届かない距離で。
だけど、確実に、傍に居ることはわかる距離で。
「私、本当に幸せです」
樹が、言う。
「隣に、大切な恋人が居るクリスマス。
こんなにも心が暖かくなれる日を、私は他に知りません。……幸せです」
一言一言を、噛み締めるように、ゆっくりと。
樹の言葉に、弥十郎の胸まで暖かくなって。
「ワタシもね。幸せだよ」
気の利いた言葉じゃないけれど。
伝えたかった言葉を伝える。
「樹さんと一緒に居られて、樹さんがそう思ってくれて。
樹さん、大好きだよ」
ゆっくり近付けば、ほら、もう、手が届きそうなくらい、近い。
手を伸ばして、頬に手を当てて。
ちゅ、と触れるだけのキス。
「や、弥十郎さんっ!?」
「ちゃんと、前回の反省はしたよ?」
空の上だなんて、誰も見てはいないから。
「もう、そういう問題じゃ……」
拗ねたような声と、
「でも、いいです」
悪戯っ子のような声。
頬に触れる、柔らかな感触は、唇のもの?
「メリークリスマス。あなたとこの景色を見られて幸せです。
たくさんのプレゼントを、ありがとう」
樹からのキスに驚いていると、それは綺麗に微笑んで言われて。
――ああ、本当に。
「樹さんはずるいなぁ」
――可愛すぎるよ。
*...***...*
「遊園地、楽しかったね!」
遠野 歌菜(とおの・かな)は、満面の笑みで月崎 羽純(つきざき・はすみ)の手を握った。
遊園地デートの帰り道。
薄暗くなってきて、さあ真っ直ぐ帰ろうか、という時に。
「公園」
羽純がぽつり、呟いた。
「公園、寄っていかないか?」
「…………」
「……何で黙ってるんだよ」
「だって、」
――羽純くんから誘ってもらうのって、初めてなんだもん。
言いかけたけど、
「なんでもないっ」
言わないでおいて。
さっきよりも強く強く手を握り締めて。
公園までの道を、同じ速度で歩いた。
着く頃には、もう日はとっぷりと暮れていて。
公園のイルミネーションはライトアップされていた。
てっぺんの星がきらきら光る大きなツリー。
噴水の周りを縁取る草木にも電球は付けられ、噴水を照らし出す。
遠くに見える街並みも、やっぱりきらきらと光っていて。
「すごい、綺麗……!」
思わずそう、感嘆符。
「ね、綺麗だね、羽純く――」
言いかけて、羽純を見上げたら。
その横顔に、目を奪われた。
――綺麗、だなぁ。
ライトに照らされ、輝いて見える羽純は、
――誰よりも、綺麗。
「ああ、綺麗だな。
……どうした?」
返事をしてから、ずっと歌菜が見ていたことに気付いたらしい。
羽純が、きょとんとした目で歌菜に問いかけた。
「あ、わ、えっとね!」
見惚れていたことを自覚して、わたわたと慌てる。
どうしよう、素直に言うべきか、と一瞬悩んで、誤魔化す言葉も見つからなかったから、
「……えっとね、羽純くんは綺麗だなぁ……って、思って」
感じたことをそのまま言ったら。
「っ、ぷ」
笑われた。
「……綺麗って」
くすくす、くすくす。
――わ、笑わないでよぉ。
――でも、笑ってる羽純くんも、綺麗だなぁ。
「……出会った時から、思ってたんだ。凄く綺麗な人だなぁって」
笑われても構わないと、続けて素直な気持ちを口にしたら肩を抱かれて、
「でも、それは俺の台詞だろう?」
目を見て囁かれ、触れるだけのキスをされた。
「う、う〜っ」
抱かれただけでもドキドキするのに、眩暈がするのに。
キスまでされたら、倒れてしまいそうになる。
「そうやって照れるところ。変わらないな」
また、くすくす、羽純が笑う。
「……意地悪」
何回しても、照れるものは照れるんだからしょうがない。
それに、
「……ここ、外だもん」
「じゃ、室内だったらいいんだな?」
「そういう問題でもなーいっ!」
「まぁそれはそれとして。
歌菜、少し目を閉じてろ」
すっぱり話題は打ち切られ、命じられたはその言葉。
目を閉じる、と言われて真っ先に連想するのは、
――き、キス!? でも今したばっかだよね!? 何!?
戸惑い、おろおろとしていると、
「早く」
催促された。
――羽純くんなら、
何されてもいいや、という感情もあって。
きゅ、っと目を瞑った。
緊張して、心臓の音がうるさい。
どきどき、どきどき。
顔も真っ赤なんだろうなぁ、と思いながら、時を待つ。
左手に、羽純の手が触れた。
びくり、肩が跳ねる。
――左手越しに、心臓の音が伝わっちゃったらどうしよう。
そんな、あるはずもないことまで心配していたら。
手首と薬指に、ひんやりとした感触。
「もういいぞ」
「……?」
恐る恐る、目を開けて。
感触の正体を、確かめた。
「ブレスレットと、リボン?」
「プレゼントと……予約だ」
――予約?
なんの、と疑問符を浮かべながら羽純を見上げると、
――あ、珍しい。ほっぺ、赤い。
羽純は少しだけ頬を赤くしていて。
もしかして、照れているのかな、なんて。
「いつか……その薬指に合う指輪を、贈るから。
だから、それまで……空けておけよ」
左手の薬指に贈られる指輪って、それはつまり。
「羽純、く」
嬉しさに、言葉が出ない。じわ、と涙まで浮かびそうになる。
「……なんで泣くんだよ」
「う、嬉しくて……っ。
わかった、羽純くん用に……空けておく。……ていうか……羽純くんじゃなきゃ……嫌だ、よ」
切れ切れに、なんとか言葉を絞り出して。
ようやく言えた言葉に、羽純は優しく微笑んだ。
その笑顔は、本当に綺麗で。
「羽純くんの笑顔は、幸せな気持ちにさせてくれるね」
――私まで、笑顔になっちゃうよ。
「歌菜が居るから、俺は笑顔になるんだ」
言葉と同時に、もう一度優しく抱き締められて。
温もりを感じて、暖かな、幸せな気分になって。
歌菜は、ぎゅっと抱き締め返す。
離れないように。