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リアクション
18.恋人たちのクリスマス。2
友達同士で集まって、馬鹿騒ぎをするのもいいけれど。
せっかくのクリスマスなんだから、好きな人と過ごしたい。
そう考えて、レイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)はセシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)を誘ってヴァイシャリーの街へやってきた。
目的地は、魔道具店。
「ヴァイシャリーのこういうところに、一度来てみたかったのじゃ」
わくわく、という擬音が良く似合いそうな弾んだ声で、セシリアが言った。好奇心で瞳はきらきらと輝いている。
「楽しそうだナ」
「うむ。何があるかのー?」
店のドアを引くと、きらびやかなヴァイシャリーの街とは正反対に暗い店内が照らし出された。
いらっしゃいませの声は低く、店員の恰好は黒いローブを目深に被った怪しい姿。
「おお……いかにも、といった感じじゃのぉ……!」
常人ならば一歩退いてしまいそうなその店の雰囲気に圧倒されることもなく。
セシリアが店に踏み込んだ。レイディスも続く。
入ってみるとそこには様々な商品があり、そのどれもに目を奪われた。互いに別の棚で、気になるものを物色し始める。
「なんだコレ。本?」
気になったものを手に取ると、ヒヒヒと低い笑い声。驚いて肩が跳ねた。
「開いて見るがいい……」
店員が言うように本を開くと、
「うお!?」
魔物が飛び出した。
そこそこリアルにできているが、よく見れば映像だとわかる。
「玩具だ、コレ」
本を戻し、今度は水晶を手にした。値札と一緒についていた説明書きを読み上げると、
「『割れると半径3メートルほどの爆発を起こす水晶』……危ねェなオイ!?」
――持ってられるか!
レイディスはすぐに棚に戻す。
――ていうか、棚の上部に置くようなモノじゃねェ!
内心ツッコんでいると、また別の物に目が止まる。
先端に、月を象った蒼い水晶が付いた神秘的な杖。
――セシーに似合いそうだ。
「……買うかい?」
「うお! 気配無く立つんじゃねェ!」
ヒヒヒ、とまた店員が笑った。
「ラッピングも承っているよ……」
「おー……、じゃあ、頼むぜ」
プレゼントとして渡すために、可愛く包んでもらおう。
さて一方で。
「マフラーとはまた普通のものを置いているのじゃな。店主ー、これは何の効果があるのじゃ?」
クリスマスにぴったりの目玉商品! と銘打たれた白いマフラーを手に、セシリアは店主に問いかける。
店主は口を開かず、ぴ、と皺々の指でタグの部分を指した。
「なになに……? 『着けると寒いギャグを連発して、周囲を絶対零度に凍りつかせる』じゃと?」
なお、着けた本人はマフラーの効果で暖かいため被害を受けない。
使いようによっては立派な武器だろうが、
「ただの呪いのアイテムじゃないかえ!?」
どこがクリスマスにぴったりだ!
――しかし、これはこれで逆にレイに着けさせてみたいぞ……。
寒いギャグを連発する、レイ。
きっと、言いながら羞恥心で顔を赤くさせるのだろう。
可愛いと思うし、見てみたいと思う。けれど、代償が周囲を凍りつかせることだと考えると。
「が、我慢じゃ我慢」
さすがに被害が甚大すぎる。マフラーを棚に戻し、別の品物を探す。
――ふむ?
そして、まともそうなものに目が止まった。タグにある説明を読む。
――中々、ろまんてぃっくなものよのぉ。
気に入った。
「店主! これを包むのじゃ」
レイに気付かれる前に、こっそりと。
購入完了。包んでもらったそれを、鞄の中に忍ばせた。
振り返ると、レイはしれっとした顔をして入口脇に立っていて。
「もういいのか?」
と、問いかけて来た。
「うむ、堪能した。ところでレイ、その包みはなんじゃ?」
店に入った時には持っていなかった、細長い何か。訊いても「別にー」とはぐらかされて、
「広場、行くんだろ?」
そうだった。
イルミネーションを見よう、と話していたことを思い出す。
「うむ! 向かおうぞ!」
仲良く並んで店を出て。
広場を目指す。
まだ早い時間だったせいか、イルミネーションの灯はついていなかった。
二人は休憩がてらにベンチに腰掛け、ぼんやりと聖歌隊の歌に耳を傾ける。
のんびりと、時間が過ぎていく。
穏やかで、心地良い時間。
――セシーも、そう思ってくれてると良いナ。
歌が止んだ。一時の休憩なのだろう。
そのタイミングで、レイディスは包んでもらった杖をずいっと差し出した。
「ほら」
「? なんじゃ?」
「クリスマスプレゼント」
「なんと。レイからもか」
……からも?
疑問に思っていると、セシリアが鞄から包み紙を出した。
「指輪?」
「ふふ。これが私からのプレゼントじゃよ」
言って、笑う彼女の指にも同じもの。
「ペアリングでの。これが私の分じゃ。
そして面白い特性があってのう」
悪戯っ子のように、くすくすと笑い。
レイディスが指輪を嵌めるのを待って、指を近付けて来た。
すると浮かび上がった、虹の橋。
宝石同士の間にかかる、美しくて小さなもの。
「虹がいつまでも二人の架け橋となるように、という意味らしいのじゃ。なかなか粋なアイテムじゃろ?」
「っ、な、」
――なんか、恥ずいぞ!?
虹は綺麗なのだけど。
意味も素敵なのだけど。
だけれど、なんだか無性に恥ずかしくて。
レイディスはブラックコートの前ボタンを外す。
「? レイ?」
何をしておる、と問いたそうな瞳を向けたセシリアごと、コートの中に隠すように、ぎゅっと抱き締めた。
膝の上に乗る恰好になったセシリアは、変わらずきょとんとした瞳を向けている。
「この橋が架かっている間だけ、こうしててもいいか?」
二人をいつまでも結ぶものなら。
その間だけでも。
「……ふふ。いつまでも消えなかろうな。これだけ近くに居るのじゃから」
「それならそれで、俺はイイ。
大好きだ、セシー。他の誰よりも、愛してる」
コートの中。
周りから隔絶された、小さな二人の世界で。
深く長いキスをした。
「私も……レイが一番好きじゃ。大好きじゃよ。これからもよろしく頼むのう、レイ?」
「こっちのセリフだ」
*...***...*
佐伯 梓(さえき・あずさ)は悩んでいた。
――ナガン、ハロウィンで勝手に寝たの気にしてるかな。
それはおよそ二ヶ月前のハロウィンの日のこと。
自分から出掛けようとナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)を誘ったのに、お菓子に入っていたアルコールに負けて眠ってしまった。
謝りたいのだけれど上手く謝れなくて、そうこうしているうちにもうクリスマスイブだ。
「あ〜ずさァ」
俯いていたら、名前を呼ばれた。顔を上げる。
「ケーキまだ食べちゃダメ? タダケーキ。ケーキ食お、ケーキ」
「うん、食べよー。ベンチ行こー」
ケーキを奢ると言って、今日誘い出してみたわけで。
梓の手には、ヴァイシャリーにある有名なケーキ屋さんに朝から並んで買ってきたケーキの箱。
箱の中には一緒に並んで一緒に選んだ、苺のショートケーキ二つ。
「早く食おー」
ナガンはささっとベンチまで走り。
隣に空けた一人分のスペースをばしばし叩く。
早く来いとの催促のようだ。
「走ったらケーキ崩れるってー」
出来るだけ急ごうと早足になって、隣に座った。
膝の上に箱を置いて、披く。
「タダケーキ! タダケーキ!」
やたらと嬉しそうだけど。
「ナガンそんなにケーキ好きだったっけ?」
「別にふつー。タダケーキは嬉しいけど」
「なるほど」
「梓こそ嬉しがれよ。ケーキだぞケーキ」
もちろん、つまらないわけがない。
といっても、ケーキがあるからではなくて。
――ナガンと一緒に居られるからだけど。
……言わないけれど。
「はっぴーめりーくりすまーす!」
隣でナガンは手を合わせ、いただきますの代わりにその言葉を言って。
ケーキをはぐはぐ。
梓もそれを真似して、「はっぴーめりーくりすますー」同じ挨拶で、ケーキをぱくり。
店に行列ができるだけあって、ケーキの味はとても良い。生クリームはしっとり濃厚で甘く、だけど後を引き過ぎない。
「うまいー」
手が止まらなくなるくらいには、とても。
「また並んで買いに行こうかなー」
そうそうケーキを買う機会はないし、そういう時くらいなら奮発してもいいかなあと思うのだ。
真っ赤な苺は最後のお楽しみにと取っておいたら、
「苺食わねーの」
「食べる。好きだから最後にしてるのー」
「あーんしてやろーかァ?」
ニヤニヤ、ナガンが言ってきた。
「うん、される」
「素直だなー梓は」
「ナガンが相手だからー」
あーん、とフォークを向けられて、口を開く。
「…………」
が、一向に苺は口に入ってこない。
「いちごー」
「おあずけー」
「なんだよー?」
けれど、口には入れてもらえなくて、自分から食べに行った。
「梓、犬みてー」
「なんでー?」
「じゃれついてくるから」
これはじゃれつくに入るのだろうか?
――まぁ、ナガンが楽しそうだからいっか。
俺犬好きだしー、と自己解釈して。
「寒いねー。ナガン寒くない?」
自分はカーディガンを羽織っているけれど、ナガンはいつものピエロ服一枚きり。
「胸がホッカイロだから暖かいんだぞ」
それはとても便利そうだ。真似できないけど。
「俺なんか飲み物買ってくるー。ケーキ食べたら何か飲みたくなったし」
「飲み物? あるぞ、水道水」
「水道水って」
なんでそんなものを。
「あ。がっかりしただろ梓」
顔に出てしまったらしい。
「そォんな梓にはとびきりのマジックをご覧に入れましょゥ」
ぴしり、眼前に突き付けられる指。
マジック? と首を傾げると、ナガンが得意そうに笑む。
「このただの水道水をお酒に変える秘術デス」
「俺、お酒は」
弱いよ、また寝ちゃうよ。
そう、ストップをかける前に、寄せられる顔。
あ、と思う頃には、唇と唇が重なっていた。
――つめたい。
それは唇がなのか、冷えた水がなのか。
けれどすぐに、熱くなった。
身体の中から、おなかのあたりから。
行為によって、どきどきして。
じんわり、じんわり。
――あつい。
「…………」
「どォーだ?」
ナガンが再び得意気な笑みを浮かべた。
「……うん、お酒、だ」
だって、熱いし。
酔ったし、ナガンに。
「ありがとー」
へにゃり、微笑んだ。
「俺からもプレゼントー。ありがとーの意を込めてー」
渡したものは、
「手袋?」
argentum。
義手であるナガンのことを考えて選んだ、シルクの手袋だ。
「てゆーかなんで梓がありがとーなんだよ。もらった側が言う言葉だろソレ。いや梓がナガン様に尽くすのはいいことだけどなー」
「うん。いつも付き合ってくれてる、お礼」
「そォかい。
んじゃナガン様からもくれてやるー」
ナガンマジック以外にもプレゼントがあったらしい。
渡されたものは、ピエロの人形。
「ナガンみたい」
「ナガン様モデルの特注だし」
「あはは、そっかー。それじゃ似てるに決まってるねー」
嬉しかった。
自分に模した人形を、渡してくれたことが。
「大事にするー」
ぎゅっと抱き締め、ありがとうと微笑んだ。
ちらほら。
そこらで灯が付き始めた。
「そろそろライトアップの時間なのかなー?」
イルミネーションが、輝き始める。
紺色の空には、薄い色の月。
「ナーガンっ」
ナガンの腕に飛び込んで。
「あの、さっ」
ドキドキ、爆発しそうな心臓に急かされながら。
「ハロウィンでのこと……本気にして、いいんだよね?」
ずっと、気になっていたことを口にした。
蘇る記憶に、顔はどんどん熱くなる。きっと真っ赤に違いない。
対照的に、ナガンは表情を変えない。白い顔に、いつもの笑みが浮かんでいた。
――否定、しないや。
――拒まれないんだ、俺。
――恋人、に、なってほしいなぁ。
沈黙は、肯定ととっていいのだろうか?
ナガンは、笑っている。
「寒くないんだっけ」
「ナガン様は万能胸だからなー」
「でも首元が寒そう」
言って、着けていたマフラーをふわりと巻いた。
その瞬間に、触れるだけのキスを落とす。
これなら周りに見えないだろうし。
それならいくらか恥ずかしくないし。
「あず、」
だからナガンの言葉を遮って。
マフラーに隠れたまま、長く深いキスをもう一度。
「ナガン、これからも。よろしく、ね?」
はにかむと、
「梓からヤッてくるのは10年はえー」
再びナガンからキスされた。
冷たくなくて、温かなキス。