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リアクション
22.恋人たちのクリスマス。4
クリスマスイブくらい、好きな人過ごしたいからと頼み込んで、ロイヤルガードの公務にお休みを頂いて。
秋月 葵(あきづき・あおい)は今、エレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)と一緒にヴァイシャリーに来ていた。エレンディラがコーディネイトしてくれた恰好で。
お揃いのコートにお揃いのブーツ。マフラーもお揃い。
「エレンの言うとおりだったね〜」
厚着じゃないかな、と言った葵に、エレンディラは「外は寒いですからね」とマフラーを巻いたのだ。
「見て見て、息が真っ白」
はぁ、と吐いた息が、すぐに白くなって。
それが妙に楽しくて、吸って吐いて吸って吐いて。
「何をやっているんですか、もう」
くすくす、エレンディラが笑う。
「ほら、行きましょう?」
差し伸べられた手を取って。
指を絡めて、恋人繋ぎ。
「あ。葵ちゃん」
歩いている途中で、エレンディラがぴたりと足を止めた。
なあに、と隣の彼女を見ると、視線はブティックに釘付けで。
「寄っていきませんか?」
何か着たいものがあるのだろうか、目がきらきらしている。
「いいよ〜、寄ろう!」
ドアを押して、ベルを鳴らしながら店に入る。
ふりふりふわふわとした、可愛らしい服が多い店だ。
――うわぁ、可愛いなぁ……。
服に目を奪われていると、
「葵ちゃん、葵ちゃん」
エレンディラに呼ばれた。
「これと、これ。試着してみてくれません?」
渡されるは、ワンピースドレスとショートボレロ。
「あと、それからこれも」
ふわっと広がったスカートと、そのスカートに似合いそうなカットソー。それからカーディガン。
次々とコーディネイトし、渡してくる。
「試着追いつかないよ〜?」
「待ちますので♪」
エレンディラはとても楽しそうである。
着せ替え人形状態の葵としては、ちょっと疲れるけれど。
――服、可愛いし。エレンは嬉しそうだし。
まぁ、いっか。
「葵ちゃーん、これなんかも似合うと思うんですけど、どうですー?」
「ちょっと待って〜、まだ着替えてる最中だから〜!」
結局、気に入った服を数着購入して店を出て。
「はぁ……葵ちゃんは、本当に何を着ても似合いましたね。眼福でした」
エレンディラは、満足げに微笑んだ。
あの後、雑貨屋さんに入り、お揃いのアクセサリーを購入して、プレゼントし合ったり。
家で留守番をしているパートナーたちへのクリスマスプレゼントに頭を悩ませたりして。
陽は落ちて、夜。
二人は、予約を入れていたレストランに来ていた。
「うわー、キレイだね〜♪」
窓からは、『はばたき広場』が見える。
ライトアップされた時計台や、クリスマスツリー。
それらを見下ろす位置にある、レストラン。
「予約を入れて正解だったね♪」
窓際の席はやはり人気だったのか、到着した時には既に埋まっていて。
「そうですね。予約していなかったら、この景色を見れなかったかもしれません」
眼下に広がる光を見て、目を細める。
ディナーもとても美味しくて、デザートまでしっかり頂いて。
「ねえ、まだ時間あるし……公園、寄って行こう?」
葵に誘われるままに、公園のベンチに座った。
座ると、葵がそっと肩を寄せてきて。
エレンディラは、気持ちに応えようと肩を抱く。
細くて、小さくて、華奢で。
人を護ろうと、たくさんたくさん、頑張っていて。
だけど世間知らずで、エレンディラが居ないと何もできない面もあって。
とても大切な、愛おしい子。
改めてそう、再認識していると、
「ねえ、エレン。……キスする?」
「!?」
突然の言葉に、驚いた。
「……嫌?」
「え、あ。嫌じゃなくって……あの」
エレンディラは即座に理解する。
――周り、ですか。
いちゃいちゃする恋人達が多い公園だ。周りの雰囲気に呑まれてしまうのも頷ける。
「恥ずかしいので……目を閉じていても良いですか?」
キス自体が嫌なのではなくて。
ただ、恥ずかしいだけで。
エレンディラは、静かに目を閉じた。
――むしろ、葵ちゃんなら……って、私は何を考えて、
思考の途中で、エレンディラの唇に柔らかなものが重なった。
触れるだけで、すぐに離れていった、唇。
「……葵、ちゃ?」
「えへへ。……しちゃった」
「もう……」
やっぱり、恥ずかしいけれど。
やっぱり、嫌じゃなかった。
「葵ちゃん」
「なあに?」
「これからも、よろしくお願いしますね。
メリークリスマス」
*...***...*
クリスマスに特別な思い入れなんて、ルーク・クレイン(るーく・くれいん)にはないけれど。
それでも、シリウス・サザーラント(しりうす・さざーらんと)と一緒に居たくて。
勇気を出して、今日一緒に居てほしいと誘ったのだけど。
――あれ、なんか、頭が熱い……。
身体もだるいし、ぼんやりする。
――もしかして、風邪……かなぁ。
だけど、そんなことを言ったら、気付かれたら。
この気まぐれな吸血鬼は、ルークを放って何処かへ行ってしまうかもしれない。
そんなのは嫌だから。
何事もないように、普段通りに振る舞おうと。
一緒の時間を、少しでも長く、過ごしたいから。
足元が覚束なくても、くらくらしても。
それでも、前を向いて、平気な振りして、一緒に歩く。
だって、嬉しかったんだ。
クリスマスイブ。神聖な夜の日。
思い入れはなくても、そういう日に一緒に過ごせることが。
なぜだか、今日はずっと一緒に居たいなんて……居てほしいだなんて思ってしまって。
夜の風を頬に感じながら、イルミネーションを眺める。
「ねえ、綺麗だね、シリウ――」
言いかけた言葉が、止まる。
シリウスが、あっちへふらふらこっちへふらふら。
老若男女問わず、声をかけて誘惑していたから。
普段なら飛び膝蹴りの一つや二つ、お見舞いしているところだというのに。
――どうして。
どうしてこんなに悲しいんだ。
どうしてこんなに泣きそうなんだ。
「どうしたの、ルーク?」
きっとこいつは、気付いているのに。
意地悪く笑って問い掛けてきて。
――酷いよ。
「……なんでもない」
だからせめてもの抵抗を。
知らん顔して、そっぽを向く。
「俺、ルークにプレゼントを用意してるんだ」
と、そんなことを言うから、不意打ちで嬉しくなって、
「……うん、そうだよね。シリウスだもんね……」
手にしているものを見て、落胆。
「どうして肩を落とすの。素敵なプレゼントでしょ?」
「どうしてそれで喜べるんだよ、首輪だろ?」
真っ赤な、首輪。
それを手に、シリウスは嫣然と笑う。
「俺の物だっていう証だよ」
「受け取りを断固拒否する!」
「まぁまぁ、そんなこと言わずに」
笑顔を浮かべてにじり寄ってくるシリウスに距離を取るけど。
――最終的に、僕が受け入れるのをわかってて持ってきてるんだから。
――卑怯だよ。
足を、止める。
もちろんその隙を見逃すようなヤツじゃないから。
かちり、首輪が嵌められて。
「よく似合うね」
ぐい、と引き寄せられた。
食い込む首輪の痛みと、息苦しさに顔が歪む。
「とっても素敵だよ」
「……嬉しくない」
けれど、これでもう離れられなくなってしまった。
辛くても、苦しくても。
彼の、所有物?
――ああ、なんか、もう。
――それでも、いいかなぁ。
足が、段々と重くなっていく。
倒れてしまいそうだ。
――やだな。
――まだ、もっと、シリウスと一緒に居たい。
――あと少しで、いいから。
意思とは裏腹に、身体がぐらりと傾いで。
だけど、倒れずに済んだのは、
「……シリウ、ス」
彼が支えてくれたから。
「ああ、やっぱり熱があるね」
ルークの額にひんやりとした手を当てて、シリウスは言う。
「生憎俺はプリーストじゃないから治す術はないけど。
……だけどそうだね、今日はクリスマスだし」
すっと近付かれ、耳元に唇が寄せられて、
「特別に、俺の血を吸っても良いよ?」
囁かれた。
甘く、甘く。
含みを持った声で。
「俺が欲しい……だろ?」
もう。
我慢できない。
「欲し、い……シリウスが欲しいよ」
「お好きな所から召し上がれ?」
縋りつくように抱き締めて。
その首筋に、口付けた。