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マレーナさんと僕(1回目/全3回)

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マレーナさんと僕(1回目/全3回)

リアクション

 
 ■
 
 マレーナが管理人室にも戻ってくると、既に作られた食事と、各自で持ち寄った菓子等で、なごやかに親睦会は進んでいた。
「管理人室」は他の部屋同様、四畳半一間だが、彼女の荷物は無いに等しい。
 そこで普通の部屋より広々としている。
 だがこの日は、約90名程が押し掛けた為、押し入れや廊下、果ては窓の外まで占拠しての賑やかな昼食会となっていた。
 
 マレーナが用意された座布団の上に正座する。
 はじめに声をかけてきたのは、トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)だ。
「マレーナ姉ちゃん!」
 トライブは下宿生達全員から、マレーナの「弟分」と認識されている。
 しかし彼女からすれば、下宿生達は全員可愛い「弟」達に相違ない。
 ただし、トライブは「やんちゃな弟(妹?)」ではある。
 その辺りはマレーナも心得ているらしく。
 日々の「タダ飯」のために自分の茶碗とお箸を持ってきても、泰然として微笑んでいるだけなのであった。
「あら、トライブ。随分と御無沙汰でしたわね?」
「うん、ほら! 開拓とか、バイトとかでさぁ」
「カナンですわね?」
 マレーナはスウッと目を細める。
「東西南北……それは難儀な開拓だとお聞きしますわ」
「でも、俺は生活費は稼がなくちゃいけねーしさ!」
 二ィッと笑う。
「で、でも! その前に受験だぜっ!
 おい! そこのメガネ! ニヤニヤしてんじゃねーぞ!」
 取りあえず隣席のキヨシをシメてみる。
 ついでに3杯目の御飯は、キヨシの茶碗ですませるのであった。
「いいよな!
 マレーナ姉ちゃんの料理は最高だぜ!
 おっと! そこの大皿は全部俺のだからな!」
 
 そこへ、見回りに行っていた、如月 正悟(きさらぎ・しょうご)が帰ってくる。
 彼はマレーナのボディーガード兼ボランティア従業員として、「夜露死苦荘」に収まっていた。
 片手に、青島 兎(あおしま・うさぎ)の姿。
「こいつ、蒼空学園生の上に、ここに住みたいっていう上に……日本酒をバイクに隠しやがったんだよ! 未成年のくせに」
「わーっ! わーっ! 日本酒はオンナノコの秘密なの〜!」
 兎は首根っこを捕まれたまま、ジタバタともがく。
「違うよ〜! 兎は『パラ実生』だよ〜!」
「じゃ、何で蒼空学園の制服なんだよ?」
「……細かいことは気にしない。
 それがパラ実生ではなくて? 正悟さん」
 マレーナの言に、おおっ! とどよめきが起こる。
「そーだよー、正悟。細かいことは気にしないの〜!」
 べぇ、と舌を出すと、兎は手伝いしたい旨を申し入れた。
「そう? では、皆様にお茶でもお配りして下さると、助かりますわ」
 そうした次第で、兎は「茶酌み小僧(?)」のポジションを手に入れたのであった。
 
 元気に飛び出した兎の背を見送って、時に、と正悟が遠慮がちに切りだす。
「マレーナさんと、昔話しようと思って、ね」
「大丈夫ですわ、正悟さん」
 マレーナは正悟の気持ちを察したようだ。
「ドージェ様の事ですわね? お気になさらずに」
 はあ、と一息つく。
「気になっているのは。
 パートナーロストの件だよ」
 正悟は真剣に尋ねた。
「心配なんだ。その……よく、幻影見たり、不安定になったりとか、良くない噂を聞くから」
「ロストの影響は、既に出ておりますのよ」
 マレーナは一瞬迷ったようだが、覚悟を決めたようだ。
「力が……無くなってしまいました、と申しますか。
 以前よりも、格段に『弱く』なってしまったのですわ」
「力が? あの、最強の『剣の花嫁』と謳われた、あなたの?」
「ええ。でも、力と心の強さは別物でしょう?」
 マレーナは微笑む。
「ですから、これからは『心の強さ』で受験生の方々を応援致しますわ」
「マレーナさん……」
 正悟はマレーナのけなげな姿に心を打たれる。
(この方は……やはり、俺が、この手で守らなくては!!)

 目の前に、急須。

「はい! そこまでー!」
 兎が現れて、マレーナに抱きついた。
「駄目だよ〜、マレーナさんは皆のものだからね♪」
「まあ、兎さんってば!」
 ふふっとマレーナは無邪気に笑う。
 そのエプロンの前身頃に指を突っ込み、ぴろ〜んとが引っ張った。
 バストの谷間が露わになって、一同は絶句する。
「お風呂、楽しみだね〜? マレーナさん」
 あっはっは〜と兎は笑って、仕事に戻って行った。
 おっぱい党として、この事態をどう受け止めればよいか? 悩む正悟。
 その向こうに、血走った目でガン見するキヨシ達の姿がある……。
 
「皆さん動けない、今が好機です!!」
 固まった一同を尻目に、朱 黎明(しゅ・れいめい)は立った。
 目指すは、「管理人」マレーナの席。
 山といる下宿生達の人垣を乗り越え、マレーナの下へ辿り着く。
「まぁ、黎明さん」
「こんな時でもなければ。
 あなたに、お尋ね出来ませんからね」
 内に秘めた想いは出さず、
「私はドージェに心酔していました。
 だからこそ、お尋ねしたいのです!
 ドージェの、フマナでの最期の様子を!!」
「ドージェ様の、最期……」
 マレーナは復唱しつつ、遠い目を向ける。
「それは、ご立派なお覚悟でございましたわ。
 私は、彼のお傍にお仕え出来て幸せでございました」
「マレーナ……」
 くうっと拳を握りしめる。
 大事な主人を失ってしまったというのに。
 この「けなげさ」は一体、どこからくるのだろう?
(ひょっとして、マレーナは。
 まだドージェが生きていると。
 そう考えているのではなかろうか?)
 仮定が正しいとすれば、未練がましく遺品をしこたま取っておくはずだ。
 だが、予想に反してマレーナは神棚を見上げただけだった。
「あれ1つですのよ、申し訳ありませんが」
 そこには。
 フマナでドージェが残していった携帯電話が置かれていた。
 国頭が壊したのち、新しくなった貰った方のものだ。
「その国頭さんもこの下宿の方とは、世の中とは奇妙なものですわね?」
 ふふっと楽しそうにマレーナは笑った。
「マレーナ!」
 黎明の決意は、それで固まった。
 そんなマレーナだからこそ! 自分は心ひかれてしまったのだ。
 だから……。
「マレーナ、私は貴方を絶対に幸せにして見せる!」
 おお! と一同に衝撃が走る。
 何っと、片眉を上げたのは目の前の如月正悟。
「それは、私しかいない!
 例え、それを貴方が拒絶しても、私は貴方を幸せにしてみせる。
 覚えておいて……」
「俺が拒絶すんだよ!
 ここの手伝いをしてから、口説けっ!」
 箒と雑巾を押し付けられて、廊下に放り出されてしまった。
 雑用係にならされてしまった憐れな男――一丁あがり!
 
 うう〜ん、うう〜ん、とわざとらしくうめき声。
「ま、マレーナくん……」
「まぁ、司さん」
 マレーナは押し入れの中をのぞく。
 絆創膏を額に貼った月詠 司(つくよみ・つかさ)の姿があった。
 彼は事故の後、軍用バイクの修理や禁猟区を設置した結果、寝込むこととなってしまった。
「いやぁ、あれがないと色々と不便でしょ?」
『突っ込め』なくて、と気弱に笑う。
 傍らに、パートナーのパラケルスス・ボムバストゥス(ぱらけるすす・ぼむばすとぅす)
「まぁ、一時的なものだろ。
 少しここで休ませてくれねぇか?」
「お医者様のおっしゃることですもの、パラケルスス先生」
 マレーナは頷く。
「けれど、このようなお体で。
 そこまで押して、司さんは下宿のために?」
「いやぁ、実は修理やらは盾前でさぁ、実は……」
「ゲホゲホゲホッ!」
 司はむせて、話を遮った。
(まさか、トラップ張って遊んでたなんて。
 今更、い、いえませんよねぇ???)
「ところで、パラケルスス先生は“X”様とはお知り合いでいらっしゃいますの?」
 マレーナは今朝届いたばかりの手紙を見せる。
 
『パラケルススっていう医者を呼んだぜ。
 扱き使ってくれや!
                  “X”より』

 だが、パラケルススは首を振った。
「いや、俺もメールでな、読むか?」
 携帯電話を取り出し、同文のメールを見せる。
「急に呼び出された、って訳だよ。
 まぁ、私も『可愛い管理人さん』のいる下宿で!
 ていわれちゃさぁ……けどよ」
 今は、とさりげなくマレーナの手を握った。
「お力になりてぇと。
 そう思っているのさ♪ 管理人さん」
「パラケルスス先生……」
 マレーナは口元に手を当てる。
 何だかいい雰囲気だぞう?
「つーわけでよっ!
 管理人さんのカルテから、作って差し上げ……」
「まずは『俺達』の健康管理からしましょうね!
 先生!」
 キヨシ達から道具を押し付けられる。
 かくして、彼等も廊下に放り出されてしまった。
 憐れな男共――二丁あがり!
 
「それにしても、遅いですわね……」
 はあ、とマレーナは髪をかきあげた。
 一同は艶っぽさにドキッとする。
「あ、あの、マレーナさん。
 何のこと?」
「え? ええ、その……。
 まだ入居予定で、来られていらっしゃらない方がおりますの」
 台帳を取り出す。
 チェックの付いていない名前が数名ある。
「それに、そろそろお風呂に水を入れる時間ですし……」
「親睦会に集中出来ないのね?
 そんなことは、私達下宿生にお任せ下さいな♪」
 ぱんぱん、と水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)は手を打った。
「麻羅!」
「緋雨! 呼んだかのう?」
 天津 麻羅(あまつ・まら)が現れる。
「この麻羅が、管理人さんの代行をするから。
 だから、安心して楽しんでね、マレーナさん」
「ありがとうございます、緋雨さん」
 マレーナはホッとして、台帳を元の場所に戻す。
「まずは風呂じゃな?」
 麻羅は素早く外へ飛び出した。
「下宿の動機、家庭教師兼お手伝いで、という事でございましたが?」
「ただの、ではないわよ!」
 緋雨は「空京大学合格通知」を取り出した。
「そうした次第で、腕もバッチリ保障するわよ!」
「只者ではないと、そうおっしゃるのですね?
 お気遣い痛み入ります」
 マレーナは丁寧に首を垂れる。
「うん、私はあなたに幸せになってもらいたいだけからね!」
「は?」
「い、いえ、ドージェについて聞きたいかな〜って。
 私、その、契約者になった頃はろくりんピック開催ですぐにフマナの戦いになったから。
 噂でしか聞いた事がないの」
「ドージェ様、ですか……」

 それからマレーナは、ドージェとの日々について、延々緋雨に語って聞かせた。
 マレーナの語るドージェは、どことなくセピア色のような気がするのは、気がかりではあったが。
 
「いつまでも過去に縛られているのって、どうなのかな?」
 ぼそっと呟く。
(マレーナさんには、気分転換が必要なのかもしれないな。
 例えば、エプロンの下のボロ服を「新しい着物」にしちゃうとか。
 ペットを買うとか……ペットね?)
「ねえ、マレーナさん!」
 はい? とマレーナが顔を上げる。
「いっそのこと、ここでペンギン飼っちゃおうよ!」
「は? それは構いませんが……?」
「うん、だったら、私のパラミタペンギン置いて行くね?
 で、名前は?」
「そうですね……惣……ではなくて、『ドージェ様』……」
 こうしてペンギン「ドージェ様」は、受験生達の心を癒すのに貢献するのであった。