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●大荒野の元日

 秘境で過ごすお正月。
 藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)はこの日、シャンバラ大荒野に首狩り族を訪ねていた。目的は文化人類学のフィールドワークだ。興味本位に遊びに来たのではなく、実際に論文にするための真面目な訪問である。
「地球では概ね冬至のあたりから各種の儀礼が盛んになるように思いますが、シャンバラ大荒野ではどのようなものでしょうか?」
 事前に行った下調べを元に、彼女は長老に話を聞き、しきりとメモを取ったりしていた。
 昨年、大学に彼らを招待し、歓待することで信頼を得た優梨子である。この日も彼らの客人として、老若男女から歓迎され、長老ともスムーズに会談できたのだった。
「なるほど、今日は成人の儀を行うと……。しかもそれは、強力なゴムを使うことで、地上から空中に向かってロケットのように飛ぶもの……いわゆる逆バンジーによく似た内容なのですか。面白いですね」
 とすると彼らの場合、弱った(冬至の)太陽に活力を与える、という意味で新年の儀礼を行うのではなく、太陽が弱った状態を太陽が赤子に戻ったとみなし、一年の始まりと捉えているのだろうか。そして成人とは、子どもが一人の人間として再び生まれたという意味で、これに通じるものと考えているのだろうか。そういう仮説を立てると、空中に飛び上がるという逆バンジー方式の儀式も、なにかを象徴しているのではないか……とまで考えたところで、一旦その考えを優梨子は措くことにした。
(「ああ、いけないいけない。つい、得られた資料を得られた順番で、自分が理解しやすい方向に並べ仮説を立ててしまう傾向が私にはありますね。これでは自説への我田引水です。今日の目的は資料集めに徹し、その上で俯瞰的に考えるようにしなくては……」)
 結論ありき、では調査は調査の意味をなさないというのは研究の基本だ。あくまで謙虚に、先入観(prejudice)なしに調査すべしと優梨子は己に言いきかせた。
 彼女が手土産に持参した酒や衣類、それに、子どもたちにサービスで披露した手品(といってもこれは、サイコキネシスによるインチキなのだが)などが功を奏し、優梨子は特別に、成人の儀式の手伝いをさせてもらえることになった。櫓を組んだり、儀式の挑戦者を見守ったりするのはもちろん、最初に『リハーサル』として、試しに飛ぶことも許されたのである。
「ふふ、楽しみですね。ならば私も、ここで成人させてもらうとしましょう」
 飛ぶことをあまり躊躇していると首だけ飛んでいく、という言い伝えのある物騒な装置に入り、優梨子は体の両サイドにゴムを取り付けられ、緊張の面持ちでその瞬間を待つ。
(「なんて刺激的な言い伝え……わざとグズグズして、首だけポーン、と飛んでいくのも素敵ですね……。鏡餅のみかんの代わりに、私の頭部を重ねたお餅に載せて貰ったりして……ふふ」)
 などと思っていたら彼女の首……だけではなくその下もすべて、荒野の青空に舞い目が眩むほどの高さまで飛んでいった。
「ああ……飛びましておめでとうございますっ!」