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リアクション
ダンジョン 囚人
同行看守セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が、李大尉に進言する。
「脱獄しようとする囚人の人数と構成を確かめ、戦って勝てそうなら奇襲を仕かけ、そうでなければ、一旦やり過ごした上で、背後に回り、そこから奇襲攻撃を仕掛けるか、いったん引いた後で、マッピングした地図と現在位置を確認し、敵を確実に追い込める場所へ誘導して、そこで鎮圧にかかりましょう」
李大尉は顔をしかめる。
「おまえもか。これは立てこもるテロリストの掃討作戦ではないッ!
この情況で牢を抜ける程度は、生存の為に普通にありえる情況だろう? 装備も人員も、潜入作戦ではないのだから、やりすごすなど不可能ッ!
だいたい我々はマッピングと制圧を並行して進めている。地図がある場所は制圧済みだ」
「それでは、私だけでも決行許可を」
「単独行動は禁じているッ」
セレンフィリティをフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)がたしなめる。
「ここは古代王国期の刑務所ですから、今とはまた違った技術、いわゆるロストテクノロジーで警備システムが組み込まれているでしょうから、そのことも考慮して行動しませんと」
「考慮って、どうやってよ?!」
セレンフィリティに言い返され、フィリッパは言葉に困り、籠手型HCにこれまでマッピングした地図を現した。
「この延々と独房とまっすぐな通路が画一に続く中で、奇襲ややり過ごしなど可能でしょうか? 自然の洞窟や、個人の館とは訳が違いますわ」
セシリアが唐突に「あれっ?!」と声をあげる。
「あっち。暗い所から、こっちの様子をうかがってる人がいるよ」
彼女の声でそちらに懐中電灯や光の精霊が集中するが、もう誰もいない。
「顔だけ出して、なんだか、こっちの様子を探ってるみたいだった」
メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)もその人影を見ていた。
「やっぱり生き残ってた囚人さんがいましたねぇ。他の誰かが奥にいるから、報せに行ったのでしょうかぁ?」
李大尉は決断を下す。
「危険だが、確認しない訳にはいかない。皆、警戒してくれッ」
「だったら、こいつが先頭の番だな」
アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)がペットのゴーレムを呼び寄せる。
「もし攻撃されても、こいつが盾になってくれる。
さすがに、こんな所に落とし穴はないだろ。踏み抜くような傷みも無いしな」
アキラはその場で飛び跳ね、改めて硬い床だという事を確かめる。
「ゴーレムだけでは通路すべてはカバーできまい。私も盾役に立候補させてもらおう」
さらに魔鎧罪と呪い纏う鎧 フォリス(つみとのろいまとうよろい・ふぉりす)も龍鱗化を併用して、ゴーレムの隣に立つ。
そうやって警戒しながら進んでいくと、複数の気配が近づいてくる。
引き続き殺気看破を行なっていたセシリアが、こくんと首をかしげて、メイベルと顔を見合わせる。
「殺気、という程じゃないかな? 十数人いるよ。ダークビジョンで見た限り、服装は無地で質素で囚人っぽいと思う」
「かなり警戒はされてるみたいですけどぉ、『殺ぉす』という感じではないですねぇ」
「だが、奴らは牢を抜け出して集団で活動している!」
同行看守相沢 洋(あいざわ・ひろし)は、皆に伝えるセシリアたちを押しのけ、ゴーレムとフォリスの間に行く。そして囚人らしい人々に向け、いきなり足元に警告射撃をした。
「教導団の者である。貴官の脱走を阻止する。警告を聞かぬ場合は誤射として射殺する。同意するなら抵抗をやめ、監獄に戻……」
洋の言葉が終わる前に、囚人たちから火炎や雷など複数の魔法が飛んでくる。
ゴーレムがこげ、フォリスは装甲の厚い場所で魔法を受けるが、すべてを受けきるには魔法の量が多い。
守護天使とパートナーが張っていた禁猟区が役に立つが、一行全員はカバーできない。盾や鎧で防ぎきれずに負傷する者が多数出る。
「レジーナ、回復を」
「はいっ」
金住 健勝(かなずみ・けんしょう)少尉が、背後にかばったパートナーに求める。レジーナはリカバリで仲間をまとめて癒す。
「急に戦いになってしまったから、第一撃はやられ放題じゃないか」
白砂 司(しらすな・つかさ)が大急ぎでオートガードとオートバリアを発動させる。
マクスウェル・ウォーバーグ(まくすうぇる・うぉーばーぐ)が李大尉に申し出る。
「迂回して背後を突く許可をもらいたい」
「分かった。シャーレット、ミアキス、援護してこいッ」
「はいっ!」
待ってましたとばかりセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が、マクスウェルに続いて飛び出していく。セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が苦笑しながら、その後を追った。
若干こげたパワードスーツの中で、洋が吠える。
「弾幕援護を行う! みと! 構わん、全力砲撃許可! 防衛システム、逃亡者、逃亡の恐れ有る者。これ全て敵性と見なす! 撃て!」
彼の忠実な下僕乃木坂 みと(のぎさか・みと)は、洋の銃撃に合わせる様に囚人に雷術を放つ。
「囚人の皆さんには銃弾よりもこっちの方がよいのでは? 急な心筋梗塞とかでっち上げることに出来るでしょうし」
しかしカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)が、魔法を放とうとするみとの腕を抑える。イルミンスール生徒としてもロイヤルガードとしても、見ていられない。
「これは殲滅作戦じゃないよ?! 殺戮みたいな事はやめなよ!」
「洋さまの命令は絶対ですわ」
みとはカレンの腕を振り解こうとし、洋は無視してマシンピストルで弾をばらまいている。
「こっのー!」
ブチン。
鈍い音が響いた。
カレンが切れた音、ではなく、彼女が洋のパワードスーツのケーブルを火術で焼き切ったのだ。
もちろんパワードスーツには耐火処理が施されているが、カレンの魔法攻撃力の前には、そんなものは無きに等しかった。
スーツはヴンヴンと異音を立てるだけで、満足に動かなくなった。
「洋さまっ?!」
みとは、スーツ内でもがく洋を助けようとする。しかし清泉 北都(いずみ・ほくと)がヒプノシスで彼女を眠らせてしまう。北都はひっそりとため息をつく。
「まさか看守が、強引に殺そうとするなんてなぁ。
囚人から話だって聞かないといけないのに」
北都は、囚人にもヒプノシスをかけて、殺さないように無力化する。
幾人かの囚人が眠って魔法攻撃が緩んだ事で、フォリスは龍飛翔突で前方の集団の中心に飛び込んでいく。棗 絃弥(なつめ・げんや)も呼応して援護射撃をしながら続く。
ロイヤルガードの葛葉 翔(くずのは・しょう)も、グレートソードで飛び来る魔法を弾き落としながら囚人へと突進する。弾けた火花で、服や髪がちりちりと焦げた。
囚人は防具らしき物は身につけておらず、鉄格子を引き抜いたらしき鉄棒を振るってくる。肉体強化術を使ったり、武道の心得がある者もいるようだ。
フォリスは突っ込んだ低い姿勢のまま槍を振り回し、囚人を寄せ付けない。囚人が槍をよけたスキに、絃弥は鉄棒を持つ手を蹴りつけ、武器を手放させる。
翔はグレートソードを振りかぶり、剣の平らな部分で囚人をなぎ払った。
囚人はそれでも魔法で対抗しようとする。
と、その背後の闇から気配を消したマクスェルが飛び出した。ブラックコートや隠れ身を駆使したニンジャの術だ。囚人は意識する間もなく、その場に倒れる。マクスウェルは暗器で次の囚人を無力化する。そこに別の囚人が鉄棒を振りかぶる。しかしセレンフィリティの銃撃に、逆に自分が撃ち倒される。
「ふふふ……これよ、これ!」
嬉しそうなセレンフィリティに、セレアナは心の中で、やれやれと首を振った。
囚人は、次々と無力化されていく。
「抵抗をやめろ。大人しくしていれば、手荒なマネはしないぜ!」
翔が呼びかけると、囚人が古王国語で聞き返してきた。
「おまえたちは何者だ?!」
翔は古王国語で返す。
「俺たちはシャンバラ王国の国軍とロイヤルガードだ。あんたたちは監獄ごと五千年ぶりに発見された。大人しくこちらの指示に従ってくれるなら、乱暴はしない」
「五千年……?」
囚人たちは抵抗するのをやめ、不安そうに視線をかわす。一人、リーダーシップのある者が進み出て、翔に言う。
「何が何だか分からないが、国から送られたならありがたい。
急に、たくさんの仲間や看守が消えてしまい、残った警備施設は暴走してて外に出られない上、恐ろしい怪物は襲ってくる。なにより水や食料もつきかけて困ってたんだ」
「怪物だって?!」
囚人の話によれば、怪物は巨大な不定形の塊で、泥人間を無数に生やした巨大スライムだという。牢を抜け出なかった囚人は、そいつに飲み込まれてしまったそうだ。
「それは大変だったな」
七尾 蒼也(ななお・そうや)は彼らに同情し、こういう時の為にと持ってきたポットからお汁粉を差し出す。
「さすがに全員分はないから、弱っている人中心に分けてくれよ」
「おぉ〜っ、ありがてえ!」
囚人は大喜びで、お汁粉をかきこむ。他の探索者たちも、水筒の水や非常食を彼らに食べさせた。
その様子に司はアテが外れた様子だ。囚人も監獄も五千年の眠りから醒めたばかり。
「もっと汚い手でも使うと思ったのだが」
(これでは、いきなり銃撃で脅してドサクサ紛れに殺そうとした、こちら側の看守の方が『汚い』手段を使っているじゃないか)
司はやれやれと肩をすくめ、取り囲まれている洋の方を見た。
みとに手伝わせてパワードスーツを脱ごうと四苦八苦している洋に、李大尉が怒鳴る。
「この馬鹿者がッ! 五千年前の人間が『教導団』を知っている訳なかろうッ! 一方的に発射したあげく、殺害を狙うとは何事だッ?!」
グレートソードを収めた翔も、洋をにらむ。
「探索者が勝手な行動をしないか気にかけてたが……同行看守が勝手な行動をするのは、どういう訳だ?」
さらに同行看守を怪しんで、その様子を見張っていた探索者紫月 唯斗(しづき・ゆいと)も、洋とみとに疑いの目を向ける。
「装備の力や立場をカサに偉ぶって……。こいつ、ブラキオとかいう囚人のボスに取り入って、甘い汁を吸ってる口じゃないのか? そのパワードスーツもブラキオにもらった物かもしれないなぁ」
「これは自前の装備だ!」
さすがに苦労して入手したパワードスーツまで疑われて、洋は反論する。しかし唯斗はなおも追求する。
「そういえば最初っから、他の探索者を危険にさらすような事をしてるしな。
ロイガやもっとベテランの教導団員がいるのに、隊長ヅラしてんじゃねーよ。みっともねぇ。
どうせブラキオに命令されて、この探索が失敗に終わるように仕組んでるんだろ?」
「ブラキオなんぞとは会った事もない! 看守に対して、何だ、その口の聞き方は?! ……う」
言ってしまってから、周囲の冷たい視線に洋は沈黙する。
周囲の探索者も、ロイヤルガードや教導団員の目も冷ややかだ。
李大尉が怒鳴る。
「何様か、貴様はッ?! こんな事が続くようなら放校処分ものだッ! もういい。貴様は反省房に入れッ!」
大尉の合図で、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)とセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が洋を拘束した。それを止めようとしたみとは大尉に殴り倒され、手錠をかけられた。
セレンフィリティはごつりと洋に銃口を押し付ける。
「今のあんたたちは囚人と同じよ、反省房送り。抵抗するなら撃つわ」
同僚のはずだが、洋を脅す彼女の瞳は危険に光っている。
セレアナがぼそりと告げる。
「妙な動きをしたら、壊し屋セレンを喜ばせるだけよ。そうなったら、悪いけどパートナーの私でも、すぐに止められないわね」
事もなげに恐ろしい事を言う。
情況を確認し、翔が李大尉に相談した。
「そいつらを反省房に送るなら、この保護した古代の囚人たちも一緒に地上に連れていかないか?
水や食料をやっちまった奴もいるから、補給もした方がよさそうだ」
それには傍で聞いていた蒼也も賛成する。
「戻れば、食堂もあるし、彼らを休ませられるんじゃないかな。見たところ、もう抵抗する気はないようだし、教導団の保護対象になるんじゃないかな?」
李大尉は「そうだな」とうなずいた。
一行は一旦、保護した囚人たちを連れて地上へ戻った。
洋とみとは、セレンフィリティに連行されて刑務所の反省房にそれぞれ入れられる。
囚人たちは、素性やどんな罪で投獄されていたかを聞き取り調査の上、対処が決められるだろう。五千年前の個々の犯罪の記録は残っていない為、もとの罪状は自己申告頼みになってしまうが。
彼らはいわば五千年間をタイムワープしてしまい、家族や友人、社会のすべてと切り離されている。シャンバラも彼らの知るシャンバラとは違うだろう。それだけでも、とてつもなく重い罰に違いなかった。