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第33章 甘い湯浴み

 空京の中心街から外れた場所に、観光に訪れる人々をターゲットに建てられたリゾートホテルが存在する。
 高台に建てられたこのホテルからは、空京の夜景を楽しむことが出来る。
 更に、スイートルームにはガラス張りの展望風呂がついている。
 現在は、バレンタインフェスティバル期間中であることから、桃色を中心とした可愛いイルミネーションも観賞することが出来た。
 こちらのホテルでも、期間中は特別な催しが行われている。
 その一つ。
 チョコレート風呂を目当てに、佐伯 梓(さえき・あずさ)は、思いを通じ合せたばかりの恋人、ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)を誘ってやってきた。
 甘い特別なディナーを一緒に楽しんだ後、2人だけの部屋で談笑し、それから目的のチョコレート風呂を楽しむことにした。

「甘い香りがするなァ」
「ココアのような匂いだね。でも、湯は甘くないんだってー」
 ウェルロッドは服をぱぱっと脱ぐと全裸で、浴室へ。
 梓はウェルロッドの後ろから、腰にタオルを巻いて浴室へと入った。
 湯船の中には、茶色の湯が入っている。
 チョコレートがモチーフの入浴剤が溶けているとのことだ。
「薄いココアのようだ」
 ウェルロッドは湯に手を入れて掬い上げる。
 鼻に近づけて、香りを楽しんだ後、舐めてみるが味はない。
「アズも舐めてみるかー」
 言って、濡れた指を梓に差し出した。
「ん……。甘い甘い。とっても美味しい」
 ウェルロッドの指を舐めた梓はそんな感想を漏らした。
 笑い合いながら体を洗って、一緒に湯船へと入る。
「ウェル、傷跡いっぱいだね……」
 梓はウェルロッドの身体の傷を、しみじみと眺める。
「アズは胸に、模様があるんだなァ」
 ウェルロッドは、梓の胸に手を伸ばした。
「気にしないでー」
 梓はにっこり笑みを浮かべて、ウェルロッドに抱きついた。
 ウェルロッドは、梓の背を撫でた後、自らの膝の上に乗せてガラス張りの窓の方に、体を向けさせる。
「乾杯しようかー」
 梓は用意してあったトレイを手繰り寄せる。
「チョコ風呂似合うジュースなんだって。甘すぎない味ー」
 2つのグラスに、梓は赤い色のオレンジジュースを注いでいく。
 その片方をウェルロッドに。
 もう片方を自分で握って、ウェルロッドに微笑みかける。
「乾杯」
「カンパイ」
 カツンと、グラスを重ねた。
 それから再び、2人はガラス窓の方に体を向ける。
「綺麗だねー」
「不思議な気分だぜェ」
 時折、ジュースを口に運びながら、ゆっくりと、無心で2人は夜景を眺める。
 街にきらめく光は、空の星のようで。
 空を見下ろしているような、感覚を受けた。

 入浴後。2人は身体を拭き合った後で、一緒のベッドに横になった。
「ウェルの体に、匂い残ってるー。今日はチョコの夢見そうだよー」
 梓はウェルロッドの背に抱き着いて、背中に自らの額を押しつけた。
 そして、小さな声でこういう。
「ウェルのこと大事にするからずっと側にいさせて」
 ……すぐに、ウェルロッドの手が、梓の体に伸びた。
「アズの体にも残ってるぜェ」
 ウェルロッドは身体を梓の方に向けて、胸の中に梓を抱きしめた。
「甘い甘い匂いだなァ」
 梓の首筋に顔を近づけて……キスをした。
「俺の体も……甘いかどうか、確かめてみるー? いいよ、ウェルの好きにして……」
 梓が赤い顔をウェルロッドに向ける。
「お休み、アズ……」
 ウェルロッドの指が、梓の瞼に触れた。
 梓はそっと目を閉じて、ウェルロッドが与えてくれる次の感覚を待つことにした。