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2月14日。

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2月14日。
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リアクション



4


 リンスが人形を作る脇で、茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)もそれを手伝っていた。
「次は何をすればいいの?」
「綿詰めた穴を塞ぐだけ」
「了解」
 仕上げの作業を、手伝わせてもらっている。
 最近、手伝うことが多くなった。今日のように、主に仕上げだ。仕上げを衿栖が担当することで、人形に魂がこもることがなくなる。
 バレンタイン仕様の、二対一組の人形を作り、粗が無いかチェックしてから陳列棚へ。お客様が入ってきたら、集中しているリンスに代わって「いらっしゃいませ!」の声。
 クロエと共に、茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)も接客を手伝っていた。客引きやラッピング、お出迎えなどの簡単なことだけど。
 それと、
「ハッピーバレンタイン!」
 お客様へチョコを配ったり、など。
 このチョコを用意したのは衿栖である。バレンタインなんだから特別に、という配慮で、だ。
「わ、チョコですか? ありがとう、店員さん♪」
 喜ぶお客様の声に、
「チョコ?」
 リンスが顔を上げる。こんな風に集中が切れる瞬間を衿栖は初めて見た。チョコが好きなのは知っていたけれど、まさかこれほどとは。
「茅野瀬、チョコあるの?」
「あるけどお客様用だからね」
「いいな、チョコ」
 言われるかなとは思っていたけれど、実際に言われると焦ってしまうもので。
「リンスはだめ!」
 思わずぴしゃりと強く言った。すると、「え」と驚いたような声を出され、その上硬直された。
「……硬直しないでよ! なんかすごい悪いことしてるみたいじゃない!」
「じゃあ頂戴」
「……た、頼まれたってあげませんからね!」
「ケチ」
 珍しく軽口である。ただ、無表情を貫かれているので、それがチョコを求めているだけなのかどうかはまったく分からない。
 とりあえず離れよう、とリンスから距離を取って、陳列棚のチェックをする。埃がついてないか。奥に人形が押し込まれていないか。大丈夫そうだ。やることがなくなる。
「……あげればいーのにぃ」
 と、朱里が笑った。衿栖は朱里をジト目で見る。
「何をよ?」
「チョコ」
「……そりゃ、あげたいけど」
 とはいえこれはあげられないのだ。
 だって大量配布用だ。
 言ってしまえば、義理だ。
 ……本当に渡したいものは。
 ちらり、キッチンを見た。キッチンには黙って置いた箱がある。
 それは、昨日誰にも言わずにこっそり作っていたもの。
「私も食べたかったのにー」
「な、何を? チョコなら食べればいいでしょ、ほらあーん」
「チョコじゃなくてー」
「じゃないなら何よ?」
「衿栖。バレバレだということに、気付いてないな?」
 レオン・カシミール(れおん・かしみーる)がくすくすと笑いながらそう言ったので、思考停止。
 ――バレバレって、
 キッチンに再度、視線を送った。
 ――あれのこと?
「あれのことだ」
「!!」
 思考を読まれて跳ねあがる。
「な、な、な」
「チョコ作りは匂いですぐにバレる」
「……嘘でしょ?」
「朱里がずっと食べたそうにしていたな」
「今もだもん」
「た、食べちゃ駄目だからね!」
 思わず小声で叫んだ衿栖に、朱里とレオンが噴き出した。
「ほら、やっぱり!」
「持ってきていたんだな。忘れていなくて何よりだ」
「……もしかして、嵌めた?」
「嵌めるまでもなくバレバレだったと言っているだろう」
「うぅ……」
 別に、好きなのではない。
 いや、好きといえば好きだけど、それが恋愛感情かどうかは別だ。
 でも、チョコをあげたいと思ったのは、本当で。
「もー、ただでさえぐるぐるしてるんだから、からかわないでー……」
「わかった。朱里、コーヒーでも淹れてやれ」
「はーい。クロエー、リンスー、ちょっと休憩しようよっ」
 客足も一段落したし、丁度いいから。


*...***...*


 2月14日にウルス・アヴァローン(うるす・あばろーん)が人形工房を訪れるのは、二年ぶりだった。
「よーっす、元気してるかー?」
 ドアを開けると同時に挨拶。工房に入って行って、空いている机の上に放浪先で仕入れてきた人形の材料を積み上げて行く。
「いつもどうも」
 休憩中だったリンスが言った。笑顔で応えて椅子を引き、近くに座る。
「それとこれ注文書」
 こっちは手渡しし。
 一枚一枚依頼を見て行くリンスを眺め、
「商売繁盛良き哉良き哉」
 歌うように言う。
 そうだね、とリンスが笑った。薄くではあるが、確かに。
「人気者になったなー、本当」
「そう?」
「そうだって」
 芸術の神様が微笑んだのだろうか。
 この能力がなければ、とか。
 散々悩んだ人だから。
 だけど、なくても良いやと思わずに、まして蔑ろにすることなく、いまこうして共存することを選んだ人だから。
 ――きっとそうなんだろうな。
「なぁ、その能力無くなったらどうする?」
 唐突な問いに、リンスが僅かに目を見開いた。
「……どうしようか」
 そして、困ったように首を傾げる。困るということは、なくてはならないということで。
「無きゃ嫌だっていうなら、自分から動けばいーさ」
 クリスマスキャロルのように。
 そうすれば、
「差し出されている手は見付けられるから」
 それを握り返して、探しに行けばいい。
 ね。と手を差し伸べると、ほとんど躊躇うことなく手を取った。
 ――本当、変わったなあ。
 友人として嬉しくなるくらいに。
 ――むしろ変わってないのって、
 自分の方かもしれない、なんて。
 だって、ここに居るとどうしてもあの人を思い出してしまって。
「……あの人、俺に一回もチョコくれなかったなー」
 ぽつりと漏らした呟きに、
「姉さんのこと?」
 リンスが問い掛けてきた。
「そ」
「毎年くれてたでしょ?」
「……本命をって意味で」
「それって。……もしかして、姉さんのこと」
「さあなー」
 口が軽くなってしまった。笑って誤魔化し、口を閉ざす。
 それはリンスが相手でも、いやリンスが相手だからこそ言うまいと。
「旧友との間に秘密の一つ、あってもいいだろ」
「……ま、深く訊かないけどさ」
「そういうところが好きだぜー」
「そりゃどうも」


*...***...*


 バレンタインは、女から男、男から女に渡す以外にも、友達から友達へ渡すことがあると聞いて。
 フランカ・マキャフリー(ふらんか・まきゃふりー)は、チョコレートを作った。ミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)に手伝ってもらいながらテンパリングをして、ハートの型抜きチョコを。
 かぱ、と綺麗に外れたそれを、箱に入れてラッピングしてメッセージカードも付けて。
「できたー♪」
 ニコォ、と満面の笑み。
「じゃあ、くろえちゃんにわたしてくるですー」
 チョコを持って、コートを着て、お出掛け準備完了。
「えっ、えっ? フランカ一人で行くの?」
 ミーナの慌てた問いにもこくんと頷き、行ってきますと手を振った。
 それでもミーナは着いてこようとするから、フランカはキッと睨みつける。
「ひとりでいくの!」
「フランカみたいなちっちゃくてかわいいこが一人でなんて危ないよ!」
「だいじょーぶですー。みーなとおかーさんはおるすばんですー」
 一人でできるところを、見てもらいたいのだ。
「だから、めー!」
 ぱたぱたぱた、ミーナを振り切るようにフランカは走り出す。
 目指すは人形工房、クロエの許。


 さて、置いて行かれたミーナだが。
 簡単に振りきられるような人間では、ない。
 人の恋路を邪魔するなと言われても。
 過保護すぎると言われても。
 それでもフランカを一人にするわけにはいかない。
 変装したり家の陰に隠れたり、こそりこそりとついていく。
 だが、心配には及ばなかったようだ。
 変な人に着いて行くこともなく、寄り道することもなく。
 見事、一人で工房まで辿り着いた。
 こんこん、ノックも忘れない。
「こんにちは!」
 挨拶だってもちろんだ。フランカは賢い。
 ――これなら後を付けるなんて真似、しなくてもよかったかも?
 そう思いつつも、見届けたことによってこうしてほっと一安心もできているわけで。
「くろえちゃん、だーいすき♪」
 そう、とびきりの笑顔でクロエに渡すところまで、しっかり見れたし。
「わぁ、フランカちゃん、ありがとう!」
 喜ぶクロエも見れたし。
 ――よかったね、フランカ♪
 ――早く家に帰って、この結果をお母さんにも教えてあげよう。
 その後、暗くなる前に迎えに来ようと決めて、ミーナは家に帰るのだった。