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リアクション
8
シャンバラ上空にある、花に包まれた島。
それが蒼空の花園だ。
クリスマスを共に過ごせなかった姫宮 和希(ひめみや・かずき)とミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)は、その日の分まで楽しもうとこの場所に来た。
まずはペガサスに相乗りして、空の散歩。
高く飛びあがり、悠々と空を歩く。
「たっかいなー……」
和希の後ろに座るミューレリアが呟いた。
「ミュウ、しっかり掴まってろよ?」
「うん。ありがとう姫やん」
それまでは、和希の腰に緩くしがみついていたミューレリアだったが言葉を受けてぎゅっと密着する。
「姫やん、あったかいな」
「え? そうか?」
「うん」
楽しそうに、ミューレリアが笑っている。和希まで嬉しくなって、笑った。
空を飛ぶ機会なんてそんなに無いから、眼下に広がる世界はとても幻想的に感じる。
色とりどりの花や、手を繋ぐ恋人同士。その光景が、浮世離れして感じたのだ。
「女王が即位したし……シャンバラ大荒野も、ここやヴァイシャリーのようになれるかな?」
荒れ果てた野ではなくて、花や緑が溢れる大地に。
「俺も、ロイヤルガードとしてだけでなく、一個人としても大荒野の再生や治安安定のために働く。
みんなが安心して暮らせる場所を作りたいから、だから」
――ミュウ、手を貸してくれ。
「姫やん」
そう言う前に、ミューレリアが口を開いた。
「なれるよ。……私も、頑張るからさ」
意志の強い声で、はっきりと。
「私、ロイヤルガードになったし……これからは姫やんと一緒にシャンバラの未来を築いて行けるぜ?
だから、なれるかな? なんてのは言いっこなしだぜ!」
「……そうだなっ。一緒に、ここみたいな綺麗な景色にしていこうぜ!」
「もちろんなんだぜ♪」
同じ夢を見ていてくれた。それが嬉しい。
風が吹いた。
いくら二人が密着していて、暖かいとはいえ、やはり風は冷たい。
和希はミューレリアからもらったマフラーを取り出して、巻いた。
やや不格好で、一人で巻くには長いマフラーだけど、
「ミュウ……ロイヤルガード就任、おめでとう」
「ありがとな、姫やん」
二人で巻くには、丁度良い。
ふんわりミューレリアの首にもかけて、それからまたミューレリアが強く和希を抱き締めて。
「姫やん、やっぱりあったかい」
くすくす、ミューレリアが無邪気に笑った。そうなのかな、ときょとんとしていると、
「ずっとこうしていたい」
「ミュウ……」
「だって、姫やんとこうしてると、すごく幸せなんだ。……もちろん、ただ手を繋いでいるだけでもだけど、だけどこうして姫やんにぎゅってしてると……うん、やっぱり、幸せだぜ」
「俺も、ミュウとくっついてるのが好きだ」
ずっと、この幸せが続くように。
願って、そしてそうなるようにと動いて行こうと。
頑張ろうと、強く強く思った。
さて一方で、そんな二人を見ている影があった。
「…………」
伊達眼鏡でちょっぴり変装した、レロシャン・カプティアティ(れろしゃん・かぷてぃあてぃ)である。
――こんなこと、良くないとは分かっているのですけど……。
だけど、和希とミューレリアが気になって、二人のことを考えるとモヤモヤしてしまって。
バレンタインデーに何をしているのかと思うと、気が気じゃなくて。
――こんなこと、ストーカーみたいです……うぅ。
こっそり、調査しに来てしまった。
ただ、邪魔するつもりはない。二人に迷惑をかけたくないし、負担にだってなりたくない。
気になるから眺めておきたいというか、二人を見ればモヤモヤが落ち着くかもしれないという一縷の望みでもあったりしたのだが。
だけど、モヤモヤは消えなかった。
むしろ、ペガサスに乗って上空からの景色を楽しんでいる二人を見て、もっとモヤモヤしてきてしまった。
――そうですよね、見付けたところで何もできないんだから。
気付かれなさそうなだけ、まだマシか。ばったり会ってしまったところで、何がしたいのか。それはレロシャンにもわからないから。
ふっと、一年半前を思い出す。
彼女と出会ったのは、レロシャンの方が早かった。
あの頃、自分がもっと早く行動を起こし、ありのままの気持ちを彼女に伝えていれば。
――今、こんな風に思い悩むことはなかったのでしょうか?
――けど……なんだか、それも違う気がします。
彼女と付き合いたい。そういうのとは、何か別な気がする。
――特別な存在として、見てもらいたいのでしょうか?
――気にかけてもらいたいのでしょうか?
――なんだか私、構ってちゃんみたいですね……うう、でも、でも。
「レロシャン」
考えが行き詰まった時、ミューレリアの恰好をさせていたネノノ・ケルキック(ねのの・けるきっく)から声を掛けられた。
「言いたいことがあるなら言ってみろだぜ! 体でぶつかってこいだぜ!」
「ネノノ……」
ネノノには、今日一日ミューレリアになってもらうことにしてある。
そんなことをしてどうしたいのかは、やっぱり自分でもよくわかっていない。
だけど、恰好を似せ、語尾も同じにするように言っていた。
そして今、言われた言葉に対して、レロシャンは姿勢を正した。ネノノに向き合う。
「私は、あなたのことが好きです」
――ただ、親愛か愛情かは、わかりませんけど。
「……なんて、相手がネノノだから緊張せずに言えるんだろうね」
本人を前にしたら、言えそうにない。
「練習台として変装してもらったのに、なんかごめんね」
「レロシャン……。
なんて言えばいいかわかんないけど、気を落とさないでくれなんだぜ。
上手く伝えられない時は、私も一緒に悩んだりするから、一人でぐるぐるしないでほしいんだぜ!」
ネノノの言葉に、薄く笑った。
「ありがとう」
和希とミューレリアを見たら、ミューレリアが和希へをチョコを渡している場面だった。
不思議と、そこまで胸は痛まなかった。
*...***...*
「シャンバラの上空にこんな素敵な場所があるなんて驚きました」
水神 樹(みなかみ・いつき)は、そう言って笑った。
ペガサスに乗って、雲海を見る。ところどころ、雲海が開けたところからは花園が見えた。地上とは違う、不思議な雰囲気。
ちらり、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)を見た。樹と同じくペガサスに乗っている。凛とした横顔がかっこいい。そう思ったら、なんだかすごくドキドキした。
――空の上、二人きり。
誰からも干渉されない世界に、二人でいる。
最初、上手に乗れるかわからなくて不安だったペガサスも、よく訓練されていてゆっくりとしたペースで飛んでいてくれるし。
「樹」
弥十郎に名前を呼ばれた。
呼び捨て。
なんだか距離が一気に縮まった気がする。元々そんなになかっただろうけど。
「あそこ、人気が少ないよ。お弁当にしようか?」
「はいっ」
会話の内容を理解したように、ペガサスがゆっくり降下していく。降りた場所は、木々に囲まれ外界から遮断されたように錯覚を受ける場所だった。けれど他の場所と変わらず花は咲いていて、美しい。
「樹、座ろう?」
樹が辺りを見回しているうちに、弥十郎が地面にレジャーシートを引いていた。
「はい」
弥十郎の隣にお邪魔して、持ってきたバスケットをシートの上に置いた。
今日はピクニックデートだから、お弁当は必要不可欠。
「サンドイッチです、召し上がれ♪」
春を意識して、菜の花や卵、トマトを挟んだサンドイッチを詰めてきた。
いただきますと手を合わせ、弥十郎がサンドイッチを食べる。
「ん。美味しい!」
「えへへ。喜んでもらえて嬉しいです」
言って、温かい紅茶を淹れる。それから自分もサンドイッチを食べた。
「学校、どう?」
「うーん、特に報告できるようなことはないですね。弥十郎さんは?」
「有名料理人って言われたかな」
「……これ以上有名にならなくてもいいですよ?」
「大丈夫、有名になっても樹が一番だから」
目を見て言われた甘い言葉に、思わず視線を逸らす。嬉しいのと同時に、恥ずかしかった。二人きりというこの空間がそれを加速させる。
「風が出てきたね」
そんな樹の様子を見て笑っていた弥十郎が、言う。
「こっちにおいで」
差し伸べられた手に手を重ねると、くいっと引かれた。バランスを崩して腕の中にすっぽり、納まる。
「こうすれば寒くないよね」
「えと、えと……、はい。寒くないです」
むしろ、顔が熱いくらい。
真っ赤な顔を見られたからだろう、弥十郎が悪戯っぽく笑う。顔を背けるにも密着しすぎた。だからそのまま、ぎゅっと抱き締める。
「……二度目のバレンタインも、こうして一緒に居られて幸せです」
腕の中で、樹はぽつりと言葉を紡いだ。
弥十郎と付き合い始めてから二度目のバレンタイン。
一緒に居る時間はいつもとっても幸せで、心がぽかぽか温かくなる。
その想いは、逢う度に積もっていく。溶けることも萎むこともなく、大きく、大きくなっていく。
それを少しでも伝えたくて、ゆっくりと、想いを口にする。
「弥十郎さんを愛しているって気持ちがまた増えました」
「樹……」
感激したように、情の籠った声で弥十郎が樹を呼んだ。はにかんで笑い、
「去年あなたからいただいたものを、今年は私からプレゼントしていいですか?」
頷かれるのと同時に、弥十郎の唇にキスをした。
そっと触れるだけ。だけど、長く口付けて。
離れると、弥十郎がまた、悪戯っぽく笑う。
「一年前なら樹にこういうことをされるのって、想像できなかったなぁ」
耳元で囁かれた言葉に、何度目か顔を赤くして。
「きゃっ、」
耳を食まれた。
「食べる場所じゃないです、耳」
「そうだね、樹を食べるならこっちだよね」
言われて、弥十郎からキスされた。
一度目は軽く、二度目も軽く。
三度目だけ、深く、深く。
離れたくないとでも、言外に言うように。
*...***...*
人気デートスポットだからだろう、蒼空の花園には人が多い。
「ね、日奈々。ちょっと人の少ない場所を探しに行こうか」
冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)の提案に、如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)はこくりと頷いた。
日奈々は人の多いところが苦手だ。
だからきっと、千百合が気を遣ってくれたのだろう。
「はぐれないように手を繋ごう」
きゅ、と握られる手。細くて、日奈々よりちょっと大きな手。こちらからもきゅっと握り返し、ゆっくりと歩きだした。
花の匂いがする。
いろいろな花の匂いだ。
甘い匂い。すっきりとした匂い。春だと錯覚しそうな香りに包まれながら、二人は歩く。
ふと、その香りに混じってしていた人の匂いが感じられなくなった。
あるのは花の匂いと千百合の匂い。
「あ……良い場所、みたい……」
「うん。周りに人も居ないし、二人きりだよ」
「千百合ちゃん、そんな場所見付けちゃうなんて……さすが、ですぅ」
「えへへ、そうかな?
日奈々と二人きりになりたかったしね……」
「……?」
後半の言葉の意味がよくわからなくて、首を傾げた。
「それより! お弁当食べよ♪ シート敷くから一旦手を離すね」
手が離れる。日奈々はじっと待った。千百合と繋いでいなかった方の手には、バスケットがある。それほど豪華なものではないが、味に自信のある日奈々お手製弁当だ。
「敷けたよ、日奈々。こっちにおいで♪」
「はい……っ」
楽しそうな千百合の声に呼ばれて座った。バスケットを開ける。
「わ! 美味しそうっ……!」
「豪華じゃないです、けど……味には、自信、ありますぅ……」
「ううん、とっても豪華だよ……!」
彩りや飾り方を工夫したからだろうか。目が見えないハンデを背負っていたけれど、その分頑張った。結果として千百合が喜んでくれているなら、これ以上嬉しいことはない。
「日奈々、日奈々」
「?」
「あーん♪」
言われるがままに口を開けた。食べ物が入れられる。味からして卵焼きのようだ。
「ん、……美味しいです、よ……?」
「うん、あたしも食べてる。美味しい。日奈々天才」
「……えへ、へ」
いちゃいちゃしながらお弁当を食べて。
食後に紅茶を淹れて、飲んで。
「……ふぁ」
お弁当を作るために、朝早くから起きていた。満腹の満足や多幸感も手伝ってか、眠い。
「眠い?」
「ん……はぃ。ちょっと、だけ……」
「膝、貸してあげるよ」
頭を撫でられた。そのまま、こてんと倒れる。
柔らかくて温かな太股の感触に、ふにゃり、微笑んだ。
そしてそのまま、眠りの世界に引きずり込まれる。
日奈々の寝顔を、千百合は堪能していた。
咲き乱れる花。甘い香りに包まれて、日奈々の髪を手櫛で梳く。
さらさら、引っかかることなく髪は指を通り、たまに「ん、」と日奈々が声を上げた。可愛い。
しばらくそれを繰り返していると、ぱちり、日奈々が目を開けた。
辺りはもう、薄暗い。
「ふにゃ……もう、こんな時間……?」
「おはよう、日奈々」
「はう……ごめんね、眠っちゃって……暇、だったですよね……?」
「ううん。日奈々の寝顔が可愛かったから、退屈しなかったよ」
「……っ、もう……千百合ちゃんったら……」
照れる日奈々も可愛くて微笑む。
身体を起こした彼女の頬に手を伸ばし、頬を撫でる。
「……千百合ちゃん?」
「あのね、日奈々」
すべすべの肌。顎まで撫でてから、手を離す。
そして、鞄から箱を取り出した。小さな小さな箱だ。想いの詰まった小さな箱。
「……?」
日奈々の左手を取った。
小さく細い手。その薬指に、箱の中身を――指輪を、嵌めた。冷たさに、日奈々が震えた。
「日奈々に言いたいことがあります」
ちょっとだけ、かしこまる。
左手の物が何なのか気付いたらしい日奈々も、少し身体を硬くした。
「これからも一緒に居てください」
「はい」
「ずっと好きで居させてください」
「はい」
「……あたしと結婚してください」
日奈々の目から、ぽろぽろと涙が零れた。
「返事を聞かせてもらえる、かな?」
「はい。……『はい』、です……っ」
それからぎゅっと抱き締められた。
千百合も日奈々の背に手を回し、きゅっと抱き締め返した。
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