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リアクション
13
ヒラニプラ郊外にある一軒家。
窓際にある机に向かい、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は手紙を書いていた。愛しい人への恋文である。
その最中、何度か視線が机の端に行った。
そこにあるのは、彼女から貰った紅葉が入った優美な栞。
微笑んで、手紙を書くことに戻り。
それが一段落してから、窓の外を見た。
昼時、天気は晴れ。
――同じ空の下、彼女やルカ達は今頃どうしているのだろうか。
そんなことに、想いを馳せた。
ダリルに想われていたうちの一人、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)はというと。
「必死で軍務スケジュールやりくりしたよー」
シャンバラ宮殿展望台にあるレストランにて、恋人である鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)と軽い食事を摂っていた。
ルカルカと真一郎は、互いに軍人として多忙である。特にルカはカナンと本国を始終往復しており、なかなかまとまった時間――それこそ、今日のような休日を作るなんてすごく難しくて。
だけど、どうしても真一郎に逢いたくて。
やりくりを頑張って、一日空けた。
夏侯 淵(かこう・えん)と姜 維(きょう・い)も伴っての、四人での家族デートである。
真一郎が、ルカルカの言葉に無理をしないでとでも言うように一度だけ頭を撫でた。
「ん、大丈夫☆ 今真一郎さんと一緒に居られるからね、明日からまた頑張れるよ。
それよりコンサート、良かったよね♪」
展望台に来る前、四人はクラシックコンサートを観て来た。オペラ音楽がメインの構成のものだ。
「演奏も歌も、すっごい良かった! 身体の中に音がどんっ、って入ってくるのよね! すごかったぁ……」
「恋の話ばかりでしたね」
言われて曲目を思い出す。フィガロの結婚、椿姫、ロメオとジュリエット、カルメン……。
「ロマンチックではあったけど……」
言葉を濁すように言うと、真一郎が苦笑した。どうやら同じことを思っているらしい。
――恋をして暴走して、周り中不幸にした挙句死ぬとか、不倫とか……そんなのばかりだったもんねぇ……。
呆れ混じりに、ルカも笑う。
「普通の恋話じゃドラマにならないからかな?」
「普通の恋が一番いいんですけどね」
「だよね?」
二人で意見の一致に話し込んでいると、
「? 複数の女と関係するのは当然じゃないのか?」
淵の爆弾発言。
「……そっか、淵は三国時代の英傑だもんね」
あの頃は、正室側室それから侍女……と、女性が武将たちの周りに居たからそうなのだろうけど。
「でも、淵の前世と一緒にしたらダメ」
「そういうものか」
然程興味がないのか、淵はルカにそう言われると窓から眼下に広がる街を見始めた。
そんな淵を見て、
「淵ちゃん可愛いなぁ……兄者、持って帰ってもよかろうか?」
姜維がぽそり、呟く。
「……正気に戻れ、姜維」
さすがに真一郎が止めた。ルカは、
「仲良きことは美しきかな♪」
暢気に笑って、近況報告を始めることにした。
地球にある実家に里帰りをしたこと。墓参りをしたこと。
それから広がって、
「一度御父様のお墓に会いに行きたいわ」
「ではまたスケジュールのやりくりをして、行きましょうか」
「うん♪」
次のデート(と言うには、内容が真面目すぎるけれど)の約束も取り付けて。
「そろそろ展望台へ行きましょうか」
どちらともなく言い出して、展望台へ向かう。
レストランよりも大きく、そしてよりクリアに見えた眼下の街並み。
それを楽しんでからルカは、
「じゃん♪」
パラシュートを広げて持ち、笑った。
「それは、何に使うのです?」
真一郎の問いに、ふふふと笑いながらパラシュート装着。
「跳ばない?」
「係りの人に止められると思いますよ?」
「……あ。そうか、それを忘れていたわ」
案の定、パラシュートを広げ始めたルカ達の許へと係りの人がやってきた。
「新アトラクションのようなものだと思っていただけませんか?」
説得はルカに代わって真一郎がし、ルカはうんうんと頷く。
「私達、教導団で訓練を積んでいますし!」
「元傭兵でもありますし。
今後は器具など安全性を考慮した物にしますから、まずは前例としてどうですか?」
けれど、
「それでも危ないことには変わりないので……」
係員は頷いてくれなかった。
しょぼくれるルカルカの肩を、真一郎が優しく抱いた。
「これも、また次にやりましょう。その時は安全性を考慮して、ね?」
「うぅー。契約者向けのアトラクションに良いかなって思ったんだけど、なぁ」
止められる理由も、わからないではないけれど。だって万一死人が出たりしたら、イメージダウンどころじゃ済まない。それを許した側にも責任が問われてしまうから。
――ルカ達は絶対大丈夫だと思うけど。
それを第三者である人にまで許容してもらおうというのは、なかなかに難しいのだ。
残念とは思っても、今はデート中。降下したりなどという特別な楽しみ方をするのではなく、普通なデートをしよう。そんな平穏な一日があってもいいじゃないか。
「自分は淵ちゃんと飛び降りたかったなー」
姜維の言葉に、
「却下」
「って言うだろうから、抱きあげたり抱えたりして遊ぼうと思っていたし」
「ほらみろ! 不純な動機だらけだ!」
「そう? ……淵ちゃん、ちんまりしてるしすっぽり抱けそうで良かったんだけどなぁ」
「誰がちんまりだ、誰が!」
ちみっこ言うな! と怒る淵と、それを見てくすくす笑う姜維を見て。
「平和ね」
「平和ですね」
真一郎と同時に、そう言った。
顔を見合わせて、笑った。
*...***...*
椎堂 紗月(しどう・さつき)と鬼崎 朔(きざき・さく)がシャンバラ宮殿特別展望台でデートするのは何一つとして問題ない。
問題なのは、
――だからなんで、俺がまたここに居るんだ。
椎堂 アヤメ(しどう・あやめ)は強くそう思う。
――邪魔だろ明らかに。
恋人同士のデートに、どうして付いていかなければいけないのか。
――居ないほうがいいだろ。紗月は何がしたい? 俺に気を遣わせたいのか? 別に面白い行動もしないから楽しくないだろ。
――嫌がらせか? そんなことをする奴じゃないが、そうとしか思えないぞ……。
「なーアヤメー。クリスマスん時何があったー?」
「何も」
「嘘だぁ。その指輪ぜってー何かあったろ? アヤメ自分からアクセサリー買うなんてねーだろ?」
しかも、クリスマスの時のことをしきりに聞いてくるし。このやり取り、今朝から何回目だろうか。
それから、今回も二人のデートには自分の他にスカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)も居た。これでなんとなく、紗月の考えることはわからなくもない。わからなくもないが。
――あの、馬鹿。
そう思わざるを得ない。
が。
紗月にも指摘されたように、クリスマスの日に買った指輪をあれから律儀につけているアヤメ自身も。
「大概だな」
「はいっ、何でありますかアヤメ様!」
「なんでもない。それより前見て歩けよ」
「はいであります!」
「あと、あんまり前行くなよ」
二人の邪魔になるから。
だから今回も、スカサハを連れて少しはなれたところを歩く。
――とはいえ、ここでは何もすることがないか。
――……退屈だな。
「アヤメ様! ここからの風景はキレイであります! とても素敵であります!!」
スカサハも楽しそうだし。
笑っていたスカサハが、くるり、アヤメに向き直る。
「だから前向けって、」
「キレイと言えば、アヤメ様。この指輪ありがとうございますなのであります!」
ぴ、と示された手には、アヤメとお揃いのあの指輪。
「……あんまデカい声で言うなよ」
「? なぜでありますか?」
「他の観光客の迷惑になるから」
というのと、紗月に聞かれたらなんとなく気まずいというか、恥ずかしいとか……。
「これはスカサハ、考えが至りませんでした!」
「まあ、元気なのも礼を言うことも良いことだけどな」
「はいっ。そこで、このスカサハ! 今日は感謝の気持ちを込めて、手編みのマフラーとバレンタインチョコを作ってきたであります!」
ばばん、と差し出されたチョコは、『血世孤霊斗』と化していた。
――……これは、どうすれば。
扱いに困っていたら、スカサハの機晶犬・クランが飛びついて飲み込んだ。
「こっ、こらー! クラン、ダメでありますよぅ! それはアヤメ様にと!」
「いや、いい。気にするな、気持ちは受け取ったから」
――タイミング的に助かったしな……。
などということは、言わない。
「うぅ、頑張ったのですが……あとは失敗してしまったクッキーしかないであります」
しょぼくれるスカサハ。
そんな風に落ち込まれると、
「……それ、食べてやるからよこせ」
「……! はい♪」
スカサハは真面目だから、気持ちは受け取ったと言っても納得しないのだろう。
ちゃんと形にして渡したいと思うのだろう。
――だったら、失敗でも受け取るべきだろ。
――胃、そんなに強くねーけど。大丈夫かな。
――ま、いいや。
にこにこと笑い、差し出してきたクッキーはちょっと焦げていたけれど。
「美味いじゃん」
「本当でありますか!?」
「嘘言ってもしょうがねーし」
スカサハは始終笑顔で。
――退屈だとか思ったけど。
――まぁ、ゆっくりできる一日があっても問題はない、か。
後方二人が仲睦まじくやっている傍ら、前方でデートする二人はというと。
――私の気持ち、渡さなくちゃ。
朔は、チョコを胸に抱いて俯いていた。
紗月が好きなビターチョコ。
レシピを見て、練習して、上手に出来たなと自分でも思えた、それ。
今日は、朔と紗月にとって大切な日。
バレンタインというだけじゃない。告白記念日。付き合い始めた日。一年経っても萎むことのない気持ち。
だけど今朔の心にあるのは、愛しい人と一緒に居られて幸せ、という感情ではない。
強い、不安。
ちらり、横目で紗月を見る。楽しそうに、眼下の街並みを見て「すげー!」と声を上げる、誰よりも大切な恋人。
――この人と、ずっと一緒に居たい。
――結婚して、家族になりたい。
そう思うのに。
そう思うが故に、不安になるんだ。
――本当に、いいの?
朔がどれだけ取り繕っても、綺麗でいようと思っても。
――私は……罪深い……復讐者、なんだよ……?
それだけじゃない。
朔は紗月の信頼に対し、裏切る行為を犯している。
第七龍騎士団団員。
それが今の朔の立場。
そこに所属しているということは、いずれ紗月達に矛を向ける存在になるかもしれないということ。
離れ離れになるかもしれない。
それでも一緒に居たいなんて思うのは、エゴなのではないか。
――私に、この人を縛る権利なんてあるの?
――私は、この人と添い遂げていいの……?
「朔?」
目の前に、紗月の手があった。ひらひら、振られている。
「えっ、何?」
「どうかしたか? なんかぼーっとしてたけど。体調悪い? 風邪?」
「ごめんね。考え事しちゃって……大丈夫だよ、元気」
にこ、と笑う。
デートの、最中。
紗月まで不安にさせることはないのだ。
だから、自分の不安は隠しておくのだ。
「そっか? 辛くなったら言えよ?」
「うん。ありがとう。
……あ、そうだ。これ、カーディガンのお礼。紗月を守ってくれるお守り♪」
渡したのは、虹のタリスマン。
「お守り! ありがとな♪」
「えへへ。どういたしまして。
それとね、私、紗月にお願いがあるんだ」
ポケットから、赤い毛糸を取り出した。
「この赤い毛糸、小指に結んでもらっていいかな」
この行為にも、思い出がある。
行動のひとつひとつに、紗月の姿を思い浮かべてしまう。
それだけ思い出を作ってきたということ。
「ん、わかった」
きゅ、と結ばれた赤い糸を見て。
――大丈夫、まだ頑張れるから。
そっと目を閉じた。
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