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曲水の宴とひいなの祭り

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曲水の宴とひいなの祭り

リアクション

 
 
 
   お疲れ様
 
 
 
 今年も無事にすべての雛行事を終えることが出来た。
 満足した様子の客が客室へと戻ると、ホテルでは最後の仕事、撤収が始まる。
 雛行事の間、喫煙スペースで煙草を吸って時間を潰していた橘恭司も、撤収が開始されるとまた力仕事を引き受けた。
 華やかな女の子の行事も良いけれど、やはり恭司はこうして身体を動かしている方が性に合う。
 庭に出した縁台を分解し、巻いた緋毛氈を何本も回収し、と黙々と働く。
 琴子は庭に飾られた雛壇の人形の埃をそっと払っては、大切に箱に収めてゆく。ホテルがこの行事の為に用意したひな人形は、真新しく豪華だけれど。
「持ち主のいないひな人形はどこか寂しげですわね……」
 そう言いながら箱にすべてを収めると、運ぶのは恭司に頼み、琴子は今度は遣り水を辿って下流へと行った。
 遣り水の流れる先には網が仕掛けられ、桃舟や形代がひっかかっている。
 それらは一旦乾されてから、福神社に持っていくことになっている。本来は川にそのまま流してしまうものなのだけれど、さすがにホテルの遣り水に流しっぱなしにするわけにはいかない。
「みなさん、沢山流されたんですねぇ」
 乾かすために広げられる網を見てメイベルが言う。多くの人形はそれだけ行事に参加してくれた人が多かったことを示しているのだから。
「日本古来の行事ですが、日本以外の地球の人もパラミタの人も区別無く楽しめる素敵な行事でしたわね」
 フィリッパの言葉に、琴子はそうだといいですわねと微笑んだ。
「パラミタは日本のように四季のある場所ですもの。日本で行われている季節を楽しむ行事はきっと、パラミタの皆様にも好んでいただけるものだと思いますわ」
 訪れる季節を喜び、去りゆく季節を惜しみ。健やかであれと願い。そんな思いには大陸の差は無いはずだから。
「相互理解とはこういったところから少しずつ広まるのも知れませんね」
 行事という形になっていれば互いの文化も受け入れやすい。小難しいことではなく、大陸の別なく皆で楽しく過ごすことによって、互いへの理解が深まっていくのではないかと、フィリッパは思った。
 
 
 
「みんなお疲れ様。今日は本当に大変だったね」
 手伝いが終わって戻ってくる皆を、桐生円はねぎらった。
「余った料理をもらってきましたから、これでお疲れ様会をしませんか?」
 七瀬歩がひな料理の余りや飲み物を載せたワゴンを引いてくる。あらかじめ、裏方の合間に余った料理や飲み物をもらえるように、関谷未憂が頼んでおいたものだ。
「琴子先生もご一緒にどうぞ。去年も今年もありがとうございました。楽しかったです」
「いいえ、こちらこそ手伝って下さってありがとうございました。助かりましたわ」
 未憂の言葉に、1人ではとてもとてもこれだけの行事を回すことは出来ないからと琴子は逆に礼を述べる。
 雛行事がここまで盛況に出来たのも、参加してくれた生徒たちの力あってのことだ。
「皆さん、飲み物は行き渡りましたか? まだの人は好きなものを教えて下さいね」
 テーブルに料理を並べると、未憂は裏方の手伝いの皆に飲み物を配ってお疲れ様の乾杯をした。
「ひな祭りのお料理って目にも優しいですよね」
 嬉しそうにいただきますと手を合わせると、未憂は料理をつまみながら皆にどんな手伝いをしたのかと尋ねた。
 お手伝い、というのは幅があるからこそ、その人なりの個性が出るものだ。自分には出来ないことを思いついて手伝える人に憧れる。もしかしたらその逆もあるのかも知れないけれど。
「私はほぼ、お客様の案内でしたね。特にパラミタの方は雛祭りのことを知らない方が大半でしたので、その説明をしているうちに時間が過ぎてしまった気がします」
 けれど普段はしないこういう接客は面白かった、と冬山小夜子は答えた。
「小夜子さんは大人びているから、きっとお客様の案内も落ち着いてしていたんでしょうね」
 未憂に言われ、小夜子は恥ずかしそうに首を振った。
 そんな小夜子を眺めつつ、真口悠希は思う。
(小夜子さまは武をもって百合園や愛するお姉さまの役に立とうと必死で強くなろうとしているのですよね……ただ……鍛えすぎて腹筋が凄くなっちゃったという噂は本当なのでしょうか……?)
 ついちらっと視線が小夜子のお腹あたりにいってしまうけれど、服の上からではその下は窺い知れなかった。
「私はお客様に俳句のことを説明しましたー。でも、説明するとなると難しいですねー」
 耳に馴染んでいる韻律なのに、いざ説明しようとすると五七五の世界は奥深い。冷や汗をかいちゃいました、と歩は笑った。
 そんな明るい歩の笑顔を、悠希はまじまじと見てしまう。
(ボクが人として当たり前の優しさしか持ってないとすれば歩さまは……強い本当の優しさを持っている方……。誰よりもボクの為にと言葉をくれて、誰よりもボクと一緒にいてくれて……僕も歩さまみたいな、本当に他の人の力になれる様になりたい……)
 悠希の視線に気づくと、ん? と歩は目を見開く。
「どうかした? 料理取ってあげようか? このちらし寿司すごく美味しいよー」
 さっと料理を皿に取り分けてくれる辺り、やはりさすがだ。
「ボクはあんまりお手伝い出来なかったんだよね……」
 円は心配そうな顔で琴子に向き直る。
「今日はお世話になりました。迷惑じゃなかったらいいけど……」
「迷惑だなんてとんでもないですわ。一生懸命にお手伝いして下さっている気持ち、きっとお客様にも伝わっていますわよ」
 上手く出来ない時があっても、根底に客をもてなそうという気持ちがあるなら大丈夫、と琴子は安心させるように円に微笑みかけた。
「だといいけど。うーん、普段からもう少し、他の人とお話ししたりした方がいいのかな? そしたらみんなみたいに、色々出来るようになれる?」
 今日一日みんなの仕事ぶりを見て、円はいろいろ考えさせられた。みんないろいろ頑張ってたんだなとつくづく感じる。
「円さんはもう十分色々出来てると思いますよ。でもそういう頑張り屋さんなところ、素敵ですよね」
 未憂の目から見ると円は、ちっちゃいけれど格好良くてがんばりやさんな先輩だ。
「そんなことないと思うけど……料理とかも出来るようになった方がいいのかな?」
 まかない料理を食べながら円が言うと、ロザリンドがそうそう、と皆を前に宣言する。
「私の今年の目標は、『料理を普通の人並みにできるようにする』ことなんです。この機会に皆さんの前で宣言しておきますね」
 今もちゃんと練習しているのだとロザリンドは言った後、ちょっと恥ずかしそうに付け加える。
「……ちょっと寮のキッチンが悲惨なことになってたりもしましたが、大丈夫です、今年こそはなんとか!」
「へー、リンさんは料理の勉強中ですかー。やっぱり一番大事なのは愛情ですから、きっと上達早いと思いますよー」
 歩に励まされ、ロザリンドは料理への意欲をあらたにする。
「そうですよね。料理は愛情と根性でなんとかなりますよね」
「……え、えっと……一番大事なのは愛情だけど、レシピも二番目くらいには大事なので、ないがしろにはしないでくださいねー」
 ちゃんと食べられるものが出来るように、と歩はそっとロザリンドに注意しておいた。
「お仕事の話はこれくらいにして……お内裏様で格好良い人いましたよねー。すごい美人さんなお雛様もいて、見てるだけで楽しくなっちゃいましたー」
 歩の話をきっかけに、場の話題は今日の雛祭りへと移った。
 仲睦まじく寄り添うお内裏様やお雛様、わいわいと楽しそうだった官女や五人囃子。
「カッコイイ王子さまみたいな人がお内裏様になってくれたらいいのになー」
 そしたらお雛様になって一緒に歩くのに、と言いかけて歩は琴子に尋ねる。そう言えば、好きな人の話とかをいっさい聞いたことがないけれど、大人の女性なんだから一緒に歩くような男性もいるのだろうか。
「あのー、琴子さんはバレンタインデーに本命チョコとか誰かに渡したりしました?」
「いいえ。誰にも差し上げておりませんわ」
 バレンタインデーの催し自体参加したことがない、と琴子は答えて逆に皆に尋ねる。
「皆さんはどなたかにあげられましたの?」
 途端に皆の視線を受けて、未憂は慌てた。
「えっ……な、何ですか。一斉にこっち見ないで下さい」
「今日はいらっしゃらないのですね。こんな良い方を放っておくなんて、先輩も罪な方なのです」
 くすくす、と悠希に笑われ、未憂の頬は見る間に赤くなっていったのだった。
 
 そしてお疲れ様会も終わりとなる。
「去年は色々なことがありましたよね。今年もきっと多くのことがあるかと思いますけれど、皆さんで一緒に頑張っていきましょうね」
 流し雛に行っていた分、あまり手伝えなかったから、とロザリンドは最後の食器の片づけを進んで引き受けながら席を立つ。
「琴子先生、今日は色々教えてもらってありがとうございましたです! とっても楽しい雛祭りになりましたですっ!」
 ファイリアは元気よく琴子に礼を言った。
「ファイリアさんこそ、お手伝いお疲れ様でした」
「ボク、日本文化にちょっと興味が出てきました。また先生に色々教えてほしいです」
 ウィルヘルミーナの言葉に琴子は目を細める。
「それは嬉しいことですわ。日本には季節を感じられる行事がたくさんありますの。またご参加下さいましね」
「来年も雛祭りがあるなら、また参加したいですね」
 未憂の言葉に琴子は、
「そう言っていただけるのが何より嬉しいですわ」
 と微笑んだ。
「今日はみんなほんとうにお疲れ様。折角だから記念撮影しましょ」
 席を立ちかけた皆を集めると、アルメリアはぱしゃりと集合写真を撮る。
 雛衣装は着ていないけれど、
 ずらり並んだ皆全部、今日の主役のお雛様――。
 
 
 

担当マスターより

▼担当マスター

桜月うさぎ

▼マスターコメント

 
 ご参加ありがとうございました。完成が遅れてしまい申し訳ありません。
 雛祭り、は女の子のお祭りとしても良いものですけれど、春を告げる祭りとしても素敵ですよね。
 いつしか外は梅ならぬ桜が満開の春。
 このリアクションを読むひととき、皆様の上に明るい春がありますように。