リアクション
「他に何か質問など、ありませんかね?」
双方が名簿の確認を終えた後、ルースが一同を見回す。
「一つ、お願いがあります」
手を上げたのは、ロイヤルガードの博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)であった。
「どうぞ」
許可を出したのはロイヤルガード隊長の神楽崎優子だ。
博季は頷いてから、真剣な目で話し始める。
「エリュシオンの方々に同行し、僕はエリュシオンに渡らせていただきたい。帝国側の現状が知りたいのです。それは、シャンバラにとっても必要なことでしょう」
博季は、極力、互いの死者を出さないように戦ったつもりだった。
それでも、怪我が元になり亡くなった者や障害を残すことになった者もいる。
それに、同じ戦場に出ていたから。自分は不殺の理想を掲げて戦ってはいたが、誰が殺したとか、そういう問題でもないだろう。自分が殺したのも同然だ。……そう、考えていた。
「戦没者の墓地や彼らの病院に視察に伺いたいのです。戦争終結のご報告をさせていただきたい」
自己満足に過ぎないかもしれないが、命を奪った者の責務だと博季は考えて、エリュシオンに向かうことを望む……。
「シャンバラのロイヤルガードとして、イルミンスールの魔術士として……。敵対していた者の代表として」
「こちらとしては、来ていただいても構わぬが」
ルヴィルが責任者である都築少佐に目を向ける。
「国軍としては認められない、が?」
都築少佐は優子に目を向ける。
「ロイヤルガードとしても、行くべきではないと考える。だが、個人の行動であるなら私に止める権限はない」
優子はそう答えた。
頷いた後、都築少佐が博季に説明をする。
「ロイヤルガードの名を出して、代表として行くということは、君の行動はシャンバラ政府の行動だと相手側は受け取る。シャンバラの国民もロイヤルガードが国内のことではなく、国外への援助を優先したと思い、不満が生まれるだろう。
逆もある。ロイヤルガードの君を敬愛する国民達が、エリュシオンで君が傷付けられたと知ったのなら、シャンバラ国内のエリュシオン人に対して、報復をする可能性もある。
エリュシオンの民に石を投げられる覚悟はあるのだろうが、シャンバラの民が石を投げる結果を招くようなことは避けて欲しい。
そして、君が留守の間に、君の家族にその憎しみは向けられかねない」
「全てを語らずとも、キミの気持ちは解っている。ただ、責任のある立場を持つという事、家族を持つというこはそういう事だから、今は、キミ個人として自分の家族を、ロイヤルガードとしては国民感情を大切にすることを一番に考えていてほしい」
ロイヤルガードの地位も、大切な人と結ばれることも、君自身が望んだ事だから、と。
優子は穏やかに語った。
「今は別の方向から、友好関係を築いていく必要があるということですね……。わかりました」
博季は目を伏せて、引き下がった。
志を同じくするエリュシオン人の友が出来たのなら、正体を隠して向かうことは可能かもしれない。
だけれど、現段階ではまだ、代表として向かうことは難しいのだと。自分一人では背負いきれないことなのだと、知った。
「この後、交換が行われるかと思いますが、その間に少し――お時間を戴きたく存じます」
レストに向かい、そう言ったのは優子の補佐として付き添っていた早川 呼雪(はやかわ・こゆき)だ。
「なんだ?」
「あなたに届け物をした女性の事でお話があります」
呼雪の言葉に、レストの眉がピクリと揺れた。
「俺も、聞きたいことがあります。捕虜交換に影響を及ぼすものではありません」
同じく、緋桜 ケイ(ひおう・けい)もレストに真剣な目を向ける。
この場で聞きたいが、この場では答えてくれないことが解っているから。
「私達も同席させてもらいたいです」
「お願いします」
朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)と、イルマ・レスト(いるま・れすと)もそう願い出た。
「……構わない。その前に、私からもシャンバラに個人的に頼みたいことが、ある」
レストは少し間を置いた後。
皆の視線を受けながら、こう語りだした。
「シャンバラに属していたユリアナ・シャバノフと私は、パートナー契約を結んでいた。彼女には、身寄りがない。遺体や遺留品の引き取り手はいないはずだ。だから、私が引き取りたい」
その言葉だけでは、彼の気持ちは読み取れなかった。
「率直に言いいますが。遺留品や遺体から、情報を得ることが目的としか思えません。また、エリュシオンには、遺体を蘇らせる技術もあるのでは? クローン技術も……」
優子が厳しい姿勢で言った。
隣に座るアレナが、不安げに瞳を揺らす。
「十二星華計画は、選帝神カンテミールが行っていたこと。剣の花嫁を復活させた技術も、クローンを作り出した能力も、彼の神としての特殊能力であり、帝国に残ってはいない」
「何故、今更そんなことを? 彼女を不憫に思うのなら、生きているうちに自分の元に呼ぶこともできたのでは?」
都築少佐が尋ねる。
「不憫に思ってはいない。ただ、彼女に対して責任は感じている。他の戦没者と一緒に、こちらで埋葬したい、それだけだ」
「……残念ですが、彼女の遺体の行方は判明していません。ですが、あなたの一個人としてのお気持ちは政府に伝えておきます。それ以上のお返事はできません」
優子はそう答えて、話を終わらせた。
「では、実際の引き渡しを行いたい。我が国の民を、船の前まで連れてきてもらおうか。確認後、こちらが預かっている貴国の民を下船させる。……隊長はここに残られるのですね?」
ルヴィルの言い方は、少し嫌味っぽかった。
レストは「ああ」とだけ答える。
「迎えが必要になるようなことは、なさらぬよう」
そう言い残し、ルヴィルは龍騎士達を引き連れて会議室を後にする。
「手短にな」
優子も呼雪にその場を任せると、都築少佐と国軍と共に、捕虜の交換へと向かう。
「アレナさんは、こちらに。一緒にいていただきたいのです」
優子についていこうとしたアレナのことは、ユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)が引き止めた。
「……はい」
アレナは不安げな顔で、呼雪のパートナーのユニコルノ、タリア・シュゼット(たりあ・しゅぜっと)、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)と共に、会議室の入口の側に留まった。
○ ○ ○
「助けてくれたこと、感謝しておる」
皆が退場した後。最初に言葉を発したのは、ケイのパートナーの
悠久ノ カナタ(とわの・かなた)だった。
「ホント、ありがとう」
ケイもレストに頭を下げて礼の言葉を言った。
大荒野の戦いにて。
ケイはレストに生身で立ち向かった。
あの場で、レストはロイヤルガードであるケイを殺せたはずだが――彼はそれをせずに、囲まれていたケイとカナタを逃がすかのように、魔法で突風を起こし、戦場の外へと追いやった。
敵であったのに関わらずに、だ。
「なぜ、わらわ達を助けたのだ?」
「助けたわけではない。偶然だ」
カナタの問いに、レストは目を逸らして、そう答えた。
「帝国兵はもういないし、レスト・フレグアム個人としての話が聞きたい。……それとも、レスト・シフェウナと言った方がいいかな」
ケイはまっすぐにレストを見る。
合宿で、ケイはクリス・シフェウナのことをレストに尋ねた。
しかし、あの場でレストはクリスのことを語りはしなかった。
知っておきながら、敢えてそれを表に出さなかったということだ。
外交上のリスクを考えてのことかもしれない。
だけれど、彼がクリスについて無関心を装ったのは、そういった政治的な判断だけではない気がして……。
「今日、引き渡されるクリス・シフェウナと君は……血のつながりがあるんじゃないか?」
「血のつながりはない」
レストはすぐに否定をした。しかし……。
「一緒に育った、家族――妹、ではあるが」
そう小さな声で続けた。
「大切な、人なのですね……?」
『地底迷宮』 ミファ(ちていめいきゅう・みふぁ)の問いに、レストは迷いの表情を見せるが、頷かなかった。
「ユリアナさんも、レストさんにとって大切な存在だったはずです……。どういう意味にしても。そのユリアナさんが持っていた魔道書と同じ魔道書をクリスさんは持っていたそうですから」
レストが2人に魔道書を預けたのだとしたら、
クリスもまた、レストに信頼されている。あるいはユリアナと同じくらい大切な存在のはずだと、ミファは考えていた。
「お前たちは何か勘違いをしている。確かに、クリス・シフェウナと自分は、兄妹として育ち、仲も悪くなかった。ユリアナは、地球に降りた際に見つけた孤児だ。どんなことをしても、生きようとするその強さに興味を持った。……男だと思い込んでいたんで、再会した時には少し驚いた」
ゆっくりと、懐かしむような口調でレストは語っていく。
エリュシオンの強力な魔道書を手に入れた自分は、その魔道書を特殊能力で2つに分けて、ひとつをその地球の孤児に。もう一冊を、地球人と契約をしていたエリュシオンの孤児の妹に渡した。
目的は、優秀なパートナーを得る事。
クリスのパートナーが魔道書に認められ、魔道書の力を行使できる人物ならば、自分はその――御堂晴海と契約をし、クリスを手元に呼び寄せていたかもしれない。
完璧に近い形の成長を遂げたのは、ユリアナ・シャバノフだった。
しかし、クリスが捕まり、彼女の家に泥棒が入ったのか、片方の魔道書が行方不明になってしまったことで、レストの目論見は崩れてしまった。
「すべては力を得るためだ。帝国の為にな」
レストはそう言い、笑みを浮かべた。
……冷笑のつもりだったようだが、ケイ達にはそうは見えなかった。
悲しそうな笑みに見えていた。
「……その、魔道書をお返しした彼女――ユリアナについて、お話ししておくことがあります」
呼雪が静かな声で語り始める。
ユリアナが、レストを守るために行ったことを。
約束を果たす為に、命を賭けたことを。
最後まで彼女は一途であったこと。強かったこと。
記憶に残っている全てを、彼女の動作と言葉全てを、呼雪はレストに話していく。
彼女を看取った者として、彼女に止めを刺した事も……。
『彼の役に立てた』と言いながら、息絶えた事も。
呼雪はレストの目をまっすぐ見つめて伝えた。
「俺は……どんなに必死に掬おうとしても、掌から零れ落ちてしまうものがあるのだと痛感しました。
それでも、人の切なる願いを守りたいという思いは変わりません」
「……」
「どうか、悔いのないように生きて下さい」
呼雪はレストに深く頭を下げた。
そして皆に会釈をして、その場を去っていく。
レストは拳を握りしめて黙っていた。
その拳が、かすかに震えていることに、ケイ達は気付いていた。