|
|
リアクション
■ 実家に帰らせていただきますっ? ■
ガタコンと揺れる電車に乗って、神代 明日香(かみしろ・あすか)が着いたのは片田舎の駅。
ノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)を連れての帰省もこれで3度目だ。
去年と同じ車掌さんは、『運命の書』ノルンの出した切符を見ても、もう何も言わずに笑顔でそれを受け取ってくれた。
駅を出ると家までは延々と続く田舎道。
今年も明日香とノルンは手を繋いで歩いて帰る。
明日香は薄手の長袖ブラウスに、ふんわり広がる長めのスカート。
ノルンは胸元にスモッキング刺繍の入ったライトブルーの半袖コットンワンピース。つばの広い麦わら帽子に、ワンビースについているのと同色のリボンを結んでいる。明日香がノルンの分の荷物を持っているから、ノルンの持ち物はポシェットに入った魔道書の本体だけだ。
田舎だから途中の道ですれ違う人は皆、顔見知りばかり。
こんにちはと挨拶すると、こんにちは、お帰りと挨拶してくれる……のだけれど。
明日香とノルンが通り過ぎた後、聞こえてくる噂話の内容がふるってる。
「神代さんのとこはやっぱり、女の子1人だったの間違いないわ」
「だったら従姉妹? 似てるから血縁よねぇ」
「でも従姉妹にしては似すぎてない? 明日香ちゃんの小さい頃にほんとそっくりよ」
「じゃあ隠し子だったりするのかしら。神代さんとこの旦那さん、そんなことしそうには見えないのにねぇ」
「まさか……明日香ちゃんの娘?」
すっとんきょうな声を出してから、女性は慌てて声を潜める。
「……だってほら、都会の娘は進んでるって言うじゃない」
「あらまぁ、あの明日香ちゃんがねぇ……実家に帰ってくるなんて、旦那と喧嘩でもしたのかしら」
尽きせぬ噂話に明日香は心の中で、えーっと……、と唸る。
旦那様と喧嘩して、5年前に産んだ娘のノルンちゃんを引き連れて実家に帰る16歳の自分。
あんまりな噂だ。
そのうちノルンを連れて近所回りして、紹介した方がいいかも知れない。けれど、田舎の人にノルンが魔道書なのだと説明してもきっとちんぷんかんぷんだろうし。
まあ噂話で盛り上がっているだけなら問題ない……かな。
そう自分に言い聞かせると、明日香は気にしない気にしない、と弾みをつけてノルンと繋いだ手を振った。
「明日香さん、暑いです。疲れました」
歩くにはちょっと遠い実家までの道。明日香にとってそうなのだから、ノルンだったら尚更だ。
「もうちょっとですよ〜」
そう言われると黙るけれど、少し歩くとまたノルンは言う。
「暑いです! 魔法なり箒で飛んでいきませんか?」
「ここではダメですよぉ。みんながびっくりしてしまいます〜」
そう言って明日香はノルンの帽子の位置を直した。
「直射日光は氷術では防げませんからねぇ。お帽子はちゃんと被ってましょうねー」
そう言う明日香はスカートの中等に薄い氷を氷術で作り出して温度調整をしているから、そこまで暑さは気にしていない。
「……あ!」
ふわりと明日香から流れてきた冷たい風で、ノルンもそれに気づいたけれど慌てて知らん顔する。明日香があまりに自然に魔法を使っているから、全然気づかなかった。自分も氷術を使うことに思い当たらなかったのが、ちょっと悔しい。
(わ……私も魔法使っちゃいますからね)
ノルンも真似っこして氷術を服の内側にかけた。
たくさん氷を作ってしまうと重いしぽとぽとと溶けた水が垂れてびしょ濡れになってしまう。かといって薄い氷はすぐ溶けてしまうので、うまく制御しながら保つのは難しい。
ノルンは魔力は明日香と同等かそれ以上ありそうなのに、細かい制御や長時間の集中が苦手だ。
もともと歩行速度が遅い上、氷術に集中しているものだからノルンの歩みはほとんど牛歩になってしまう。
「お夕飯までに着くかしら……」
まだ太陽は高いけれど、明日香はノルンに聞こえないようにこっそり呟いた。
そんなことが聞こえてしまったら、ノルンがすねてしまうのは目に見えている。
といって、こののろのろ歩きに合わせて歩くのも辛い。
明日香はちょっと考えて、ノルンの耳に囁いた。
「実家にアイスクリームを用意してもらってます。暑いから一緒に食べましょうね〜」
「アイス!」
そう聞いたノルンの頭からは、氷術のことなんてきれいに吹き飛んだ。
「さぁ、明日香さん早く行きましょう」
おおはしゃぎで明日香の実家への道を急ぐ。
「そんなに引っ張らないでください〜」
言いながら明日香の顔は、懸命に足を急がせるノルンの可愛さににこにこと笑みくずれてしまうのだった。